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ぐうたら主の相談所  作者: 日下みる
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~お仕事 外部編3~

何か長い説教でもしたそうな武田を放置し、武田医院を出て次の予定に向かう。

武田自身、この後にも仕事があるのでそんな時間はない。

幼い頃に施設で育った理乃には、基本的に土日祝日は休みという概念は残念ながら生まれなかった。

春休み、夏休み、冬休みというのにも慣れておらず、学校に入ってからも稽古や定期検診に施設へ訪れたりと完全に丸一日予定がない日と言うのがない。

施設では毎日、勉強や訓練、研究などの予定が組まれている。

課題が終わった者は各自自由に自習をする。

理乃は専ら、図書室や訓練に費やしていた。

遠足や社会科見学、修学旅行もなく、体育祭や文化祭もない。

クリスマスは食事が少し豪華になるくらいで世間ほどの認識もない。

誕生日すら人数が多い為、仲間内で細やかに盛り上がるくらいだが、誕生日を知らなかった理乃はよく分かっていない。

父親が自営業に転職していたのも関係しているだろう。

その上、知人友人の殆どが個人事業主。

カレンダー通りの休日を謳歌しているのは、疎遠になっている兄くらいなものだ。

その分、一日の仕事が終電まで、ということにはならない。

ある意味、規則正しい生活をしていると言えるだろう。

毎日休みなく、内容こそ違うが何かしら仕事をし、夜には予定や読書に嵌りさえしなければ子供と大差ない時間に寝る。

日常に仕事が自然に入り込み、プライベートとのオンオフが非常に分かり辛く、仕事に必要な本や、人間として自分では感じられない感情を知る為に読んでいる漫画や小説などもあり、趣味なのか勉強なのか仕事なのか区別も難しい。

その為、何も知らない真知子によく怒られるのだが、馬耳東風。

定期的に行われるお茶会も、休みを合わせるのではなく、時間を合わせるのが限界だ。

それぞれ代理の者に任せ、その時間だけ抜けてくる。

”飲み会”ではなく”お茶会”なのはその為だ。

昌信は「理乃に会った後に仕事する気が起きない…」と働き詰めの中、一日の仕事を終わりにし、酒を嗜む事も多いが、部下からは「少しは休め!」という声が多い。

いくら年中無休の施設とはいえ、他の職員は回して休みを取っている。

労働基準法をぶっち切りで無視しているのは所長の昌信だけである。

研究所という職業柄、趣味や生き甲斐としている者も多く、通常の企業よりも皆、仕事熱心ではある。

子供を預かっているので尚更だ。

昌信が危険思考には細心の注意を払っているため、心ある職員も増え、悪事は出来ない環境に整っている。

「昔は問答無用で電撃の刑だったんですよ~」などと古参の人間が言うものだから、医療器具に研究資材、防犯用に散涙スプレーなどが常備されている施設では、その脅しは生々しく効果覿面。

相当の覚悟や趣味でもなければ実行しないが、そうであれば実行前にバレる。当然の成り行きだった。

「所長はいるか?」

「あ。こんにちは。お待ちくださいね」

仕事やら何やらで良く来るので受付は既に顔パスだ。

最も、研究材料と知っているのは古参のみで、資料には違う名前で登録される。

スケジュールを確認しただけで奥の応接室へと通される。

場所は過度な増設や移動がなければ慣れたもの。

何年も住んでいたのだから当たり前だが。

ぼんやりと懐かしんでいる内に用のある人間が到着した。

「やぁ。お待たせ。来てくれて助かるよ」

「問題ない」

「そうかい?じゃぁ、ささっと済ませてお茶でも飲もうか」

「仕事は良いのか?」

「部下に追い払われちゃったんだよねぇ。まぁ、直ぐに始められる物でもないし、構わないでしょ」

医療や医学は日々進歩し、新しい論文が発表され、停滞する事がない。

その新しい論文が取り入れる必要のある内容の場合、当然この施設でも研究される。

問題を抱える子供達の面倒を見るだけがここの仕事ではない。

被検体としての価値が未だ衰えない理乃は内容によって採取に応じる。

喫煙はしていても、何故か血中濃度などには一切問題がない。

献血用ではないので、そこまで五月蝿く言われないのもある。

理乃は味覚や嗅覚を鈍らせる為に軽く吹かしているだけというのもある。

他の面子は理乃の喫煙に驚いたが、両親が喫煙する実家に訪れた事があり、理乃の身体能力を知っていた昌信は「だよねぇ」と諦め半分で納得した。

嗅覚が鋭い子供の家で両親の煙が充満し、酷く臭う。

折角洗った洗濯物すら、煙と臭いが充満する部屋に暫く放置されてから戻って来るので臭い。

それにキレた理乃が「他人の所為で臭いくらいなら自分で吸う」となったわけだ。

単純三段思考回路なだけはある。

最も、そんな理由で自身が周りに悪臭を撒き散らして良い理由にはならないが、なにぶん、そうでもして誤魔化さなければ、バスは勿論の事、スーパーやコンビニすら臭いが強過ぎて吐き気がするのだ。

今ですら、公衆トイレの類いは鼻呼吸を辞め、最低限の呼吸しかしない形で何とか凌いでいる。

何せ、鈍らせた嗅覚で日本酒は匂いでレベルが分かり、米は炊けた匂いで違いが分かる。

味覚も同様。

麻痺させて水の味の違いくらい分かるのだから下手な所で食事も出来ない。

卵や牛乳なども明らかに違いが分かる。

色々な料理に使われる食材だけに、すぐに分かるので食べるには不便である。

ニコチン中毒ではないので、場によっては数日吸わなくても困らない。

タバコ嫌いな人間や不味い場所でもまず吸わない。

日本舞踊の発表会の手伝いがてら喫煙などしようものなら、着物に臭いが付く。

その日は現場に向かうまでの交通機関などで軽く意識が遠くなっていたりするが。

誰にも知られずに、出来るだけ体臭に近い臭いのタバコで日々誤魔化し、耐えている理乃だった。

バレないよう、ささっと古参連中に採取され、ささっと移動する。

長居してはいつバレてもおかしくない。

両者共に慣れたモノ。

何処の何を採取するのか分かっているので、可能な場所は同時進行だ。

そのまま今度は応接室ではなく所長室へと通され、飲み物と食事が運ばれて来た。

「飯もまだだったのか?」

「頂きます。そう言えば、今日は食べた記憶がない…ねぇ」

部下が追い払う筈である。

時刻は既に夕方に近い。

理乃ですら食事は済んでいる。

最も、朝食は真知子に、昼食は晴信に無理矢理食べさせられた様な物なので人の事を言える生活ではないのだが。

「食事中悪いが、お前の愚弟をどうにかしろ。マチに関与し過ぎてウザい上に、俺の主治医とか抜かしやがった」

完全な勘違いである。

一人で勝手に自分の中にある”真っ当”を押し付け口出ししてくるのだ。

世間知らずの自覚はあるので聞きはするが、初対面の時同様に”価値観”と”周りの環境”と”育った環境”が違い過ぎて納得出来ないモノや採用出来ないモノが多々ある。

分かりやすい例では、真知子は晴信の事を「武田先生」と呼ぶ。

だが、理乃の育った環境や価値観では「先生」とは「先に生まれた=年寄りとか老いぼれって呼ばれている気がするから呼ぶな!」と習っている。

その価値観の元に「先生」と付ける事に抵抗を感じるくらいには真面目な感性をしているとも言える。

他人が口にする分には「違う価値観なんだな」で済ませる程度には大人である。

病院などでどうしても付けざるを得ない時は「センセイ」と心持ちカタカナ発音だ。

普通はバカにしての行為だが、理乃にとっては、出来るだけバカにせず、譲歩した結果である。

その時点で世間と大幅に離れている。

変な所で細かく、変な所で大雑把と他人が感じるのはそれらも関係しているのだろう。

「あー。何か聞いたかも。ねぇ、何で二人して俺に言うのさ?俺、理乃を説得しろとか言われたんだけど?何で俺を間に挟むの?」

確かに愚弟を巻き込み、情報提供は求めたが、そんなとこまで仲介していられない。

「勝手に駆除していいならそうするが。一応はお前の弟だからな」

「なるほど。君の要求はそういう意味が含まれてたの」

どうやら、友人認定をしている自分へ配慮してくれたらしい。

まぁ、そうでもなければ、最初にこちらが提示した金額の半額以下で採取に応じてくれる筈もない。

何せ、理乃は金にも仕事にも困っていないのだから、そんな事をしなくても食べていける。

純粋に研究への協力で、金を受け取るのは流石に経理や経営上、問題だからという所か。

「ほんと、分かりにくいデレだよね…」

「?何の話だ?」

今はどうやら、食事とコーヒーの臭いが混ざった室内の情報処理で忙しく、思考を読む暇もないらしい。

確かに、臭いの強い白米とおかず、コーヒーでは理乃には辛いかもしれない。

理乃に会う日はどれだけ忙しかろうが、シャワーだけは忘れない年頃の武田昌信だった。

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