~ご飯は美味しく食べられる環境が一番大事だと思うんですけど~
食事も終わり、食後のティータイムが始まっていた。
理乃は縁側のある方へと席を移し、襖を開けて夜の景色を堪能しながらの一服中だ。
このお店は庭の景観も考慮しているらしく、季節の花々や植物などが慎ましくも美しく配置されていた。
普段の理乃の寝間着である浴衣姿で熱燗などを手にしていたら、さぞや絵になったことだろう。
残念ながら、洋服姿に手にしているのはコーヒーカップだったが。
真知子としては、食事中の時のような武田との二人だけの雑談は気を遣って疲れたので、食事が終了したならば理乃に参加して欲しかったのだが。
いくら武田が気を遣ってくれたとはいえ、年配の男性と緊張せず話すほど場数など踏んでいない。
中途半端に知り合いなので余計に困るのだ。
理乃なら適度に両者に話を振る位の事はしてくれるだろうし、仲間はずれにならないよう真知子にも解説してくれる筈なのだ。
ところが。
食事を終えた理乃は一人マイペースに満喫中だった。
(理乃の馬鹿ーーー!!!)
まぁ、真知子がこう思っても致し方ないことなのかもしれない。
武田も食後は静かに過ごすタイプなのか、話題も振ってこない。
時折、思い出したようにコーヒーを飲むくらいだ。
沈黙に苦痛を感じているのは、明らかに真知子だけである。
食後のリラックスモードの二人と明らかに困惑しているのが一人。
真知子が困惑しているのがわかっていそうだからこそ、余計に少々腹が立つ。
主に理乃に対して。
コーヒーも飲み終わり、耐え切れなくなること数十分。
真知子には数時間にすら感じられた時間だった。
どうしようかと理乃を見ると。
「・・・Zzzz」
寝ていた。
どうやら、珍しく沢山食べて、お眠のようだ。
襖に寄りかかりながら、首を傾けて、ちょっぴり口も開いている。
馬鹿っぽいような子供っぽいような寝方だ。
理乃は変な所で子供っぽい。
理乃の体内リズムで言うならば、二十時が最も眠い時間である。
今時、小学生でもそんな生活リズムを送っている子は少ないだろう。
最も、理乃の本来の体内リズムを知らない真知子にそんな事がわかるわけもなく。
(お腹いっぱい食べて寝ちゃうって、小さな子供じゃあるまいし・・・)
意外なギャップに微笑ましく感じてしまう真知子だった。
何故なら、仕事している時はそんな素振りを見せないので。
単純に、仕事や食事の関係上、二十時は何かしら忙しい時間帯だ。
二十時が過ぎてしまえば、逆に眠気が遠ざかる体質なので、気付く方が難しい。
どちらかと言うと、暇さえあれば寝ているので、だらしないイメージの方が強い。
「武田先生、理乃、寝ちゃったんですけど、どうしましょう?」
小声でお伺いを立てる。
流石に寝ている人間の前で普通の音量で話すのは遠慮したのだ。
寝られていても困るのだが。それはそれである。
「ん?あぁ、じゃぁ帰ろうか」
「え。起こすんですか?」
「じゃないと帰れないだろう?このお店の営業時間もあるんだから放っておくわけにもいかないしね」
それはそうだけれども。
そうなんだけども。
ここまであどけなく寝ている理乃は珍しいので、真知子としてはもう少し鑑賞しておきたい。
「もう少しこのままってのは・・・ダメですか?」
「そうしてあげたいのは山々だけどね。仕事の話もしたいから、遅くなる方が問題だろう?」
「あ、そうなんですか。それなら仕方ないですね・・・」
中途半端に寝て、夜に寝られない方が困ると思うし。
「理乃、起きてー?帰るよー」
ゆさゆさと揺さぶって起こす事にした。
なんとなく勿体ないという気持ちがあるので、強く起こせない。
毎朝の遣り取りを思い出せば、この程度で起きるのか不安もあったが、どうやら杞憂に終わったようだ。
「ん~・・・ふわぁあ」
「あ。起きた」
「起こした奴が何言ってんだ」
その通りである。
起こした人間が起こそうとして、相手が起きたなら、起きた事にとやかく言われる覚えはないだろう。
「帰るって。帰ったら仕事の話があるみたいだから、ちゃんと起きててね」
「・・・おやすみ」
「寝ないでー!!!」
「冗談だ」
嘘だ。今のは絶対本気だった。
少なくとも、半分以上は本気だった。
「本当に寝ちゃダメだよ?わかってる?」
念を押したくなるのも仕方ない。
何せ、今日のご馳走はその仕事の報酬の一部だ。
真知子も食べた身なので、その分の仕事は理乃にしてもらわないと真知子としても困る。
例え理乃が気にしなくても、真知子が気になる。
「わかってる。しつこい」
シッシと手を振られてしまった。
私は虫か!!?
まぁ、わかってるならいい。
さっさと自分も帰り支度をしなくては。
武田はほぼ既に支度は済んでいる。
最初から手ぶらな理乃は論外だった。
何せ今すぐにでも店を出れる。
しかし、ご馳走になっておいて、理乃の態度は不遜である。
というか、いつも理乃の武田への態度が不遜だ。
敬語なんて一切使わないし、武田もそれを注意したりしない。
友人らしいし、本人同士が構わないのならいいのだが、それでも相応の立場というものがあるだろうに。
何せ、理乃は武田が仕事を回してくれるから食べていけるようなものだ。
もぅ!みんなして理乃を甘やかすから理乃の態度が直らないのにっ!
機会があれば一度説教してやろう。
・・・効果のほどは期待出来ないとしても、注意するのとしないのでは別である。
下手したら、理乃の場合、その態度が問題と認識してない可能性すらある。
中学時代、校長室のソファで休み時間にゴロゴロし、校長先生に対してもタメ口だったのだから。
校長先生に対して「よぉ。ハゲ」とハイタッチして挨拶している場面を見た時はどこをどう注意していいのかすらわからないほど問題だらけだった。
その理乃に対して文句も注意もしない校長先生もどうかと思ったけれども。
横で見ていた教頭先生なんて、唖然として口を開けて固まっていたほどだ。
「マチ、置いてくぞ」
理乃をどう説教するかを考えている内にすっかり置いてかれそうになった。
「待ってってば!」
なんで起こした人間が起きたばかりの人間に置いてかれなければならないの!?
武田は先に行って既に会計をしているという。
すっかり置いていかれてしまったようだ。
会計をしている武田を置いて、理乃が扉を開ける。
礼の一つもなしですか?!
だが、それは真知子の早とちりだったようで。
武田が扉の前まで来ると、
「ご馳走様でした」
と、理乃が頭を下げたのである。
「いやいや。美味しかったかい?」
「はい。ありがとうございました」
そんな当たり前な遣り取りをして店を出て行く二人。
思わず唖然とした真知子は慌てて二人を追いかけるため、お礼をするタイミングを失ってしまっていた事に気付く余裕すらなかった。
タクシーに乗って待っていた二人に謝りつつ、タクシーは真知子の家へと向かって走り出した。
二人はこの後、理乃の事務所で仕事の打ち合わせがあるのだ。
事務所と真知子の家の別方向にあるわけでもないので、遠回りと言うほどの寄り道ではないのが救いだろうか。
理乃はタクシーの中でも寝てしまっていて、車内はラジオだけが流れていた。
沈黙に耐えられないが、ラジオだけなのも少々キツイ。
だが、第三者である運転手さんがいる以上、仕事関連の話も出来ないし、世間話はすでにネタが尽きている。
確かに料理は美味しかったが、気苦労の方が勝っていた真知子だった。
今度から、食事のお誘いは丁重にお断りしよう。と真知子が内心決めていたとしても、誰も責められないかもしれない。




