~情報の大切さ~
料理も揃い、お酒も入ったことで緊張も緩和され、美味しい料理に舌鼓を打ちながらほがらかに会話をしていた。
料理が運ばれて来てから、すでに三十分は経過している。
その間、武田は食事をしながら真知子の理乃への文句を笑って受け流したり、相談に答えたりしていた。
お酒の力は偉大である。
完全に武田に対して遠慮していた真知子だったが、元々が絡み酒。
お酒が入れば、武田は真知子にとって理乃の生態を知っている数少ない愚痴や不満にも同意を得られる相手という思考の元、楽しく悪口に勤しんでいた。
武田が同意してくれれば、それを元に理乃本人に苦情申し立てをする気満々だった。
武田は悪口こそ言わないが、真知子の発言に否定もしない。というスタンスだったが、それに気付くほど真知子は冷静ではなく、武田も若くはない。
巧妙に誘導して、さも同意していると思わせる程度の事は造作もない。
だが、結果としては真知子にとっては問題はなかったので、特に深く考える事も怪しむ事もない。
何故なら「そうだねぇ」「大変だったねぇ」などと言ってもらえるだけで充分なのだから。
食事をしながら雑談をするほどには打ち解けた二人だった。
と、言っても、武田にとっては真知子は「理乃の珍しいタイプのお気に入り」といった認識が強い。
真知子自体は特に変わった所もなく、普通の女性である。
その普通の女性が理乃の身近にいることが、武田の好奇心をくすぐり、話を聞いていたにすぎない。
最も、そんなことに真知子が気付いているわけもなく。
会話に理乃が入って来ないのは、食事中だからだ。
食事中ならば、悪口だろうが、理不尽だろうが苦情だろうが無視されるのは真知子にとっては経験済みだった。
無視される。つまりは、反論がない。言いたい放題の絶好のチャンスである。
いない所で悪口を言うのは、陰湿な気がしてしたくないが、本人の目の前で、同類にしか見えない武田との会話のネタにするのは有りだと思ったのだ。
何せ、他に話題がないのだから。
共通なネタと言えば、理乃絡みしかなく、自然と今日の事からも苦情が多くなるのも致し方なし。
「あ。そういえば、武田先生、今日は理乃と約束してたんですか?」
元々、真知子が一人で苦労する羽目になったのは、理乃の外出が原因である。
そして、外出した理由が武田との約束だと思うのは自然だろう。
高そうなお店に事前に予約してあったことも考慮すれば尚更。
だが、そうならそうと事前に教えて欲しかった。というのが真知子の言い分だった。
「いや。していないよ」
変わらない笑顔で予想外の返事を当たり前の様に言われ、苦情のネタにしようと目論んでいた真知子は返答に困った。
「え?してない・・・んですか?」
「うん。してないねぇ」
武田と合う約束があったのが大前提だと思っていた真知子には、約束していない。という時点で意味不明である。
今、ここで食事をしていることも含めて。
理乃は外出したら、まず見つけられないのが真知子の経験談だった。
何せ、着信もメッセージも無視。
GPSも切ってあるし、広い街中で何をどうやったら見つけられるのか。
偶然会った、という訳ではないだろう。
何せ、仕事を依頼する為の書類まで持ち歩いていたくらいだ。
忙しい武田が何の理由もなく、書類を持ってフラフラと歩いていて、偶然、理乃と出くわした、なんて事も早々あるとは思えない。
「えーと。すみません。意味がわかりません」
お手上げである。
最初から現状まで理解不能である。
何がどうしてこうなった?という考えが真知子の頭の中でグルグルと出口のない迷路を彷徨い、早々と白旗を揚げた。
「あははは。そう難しい事じゃないんだがねぇ」
難しくない。難しくない・・・?
うん。さっぱりわからない。
「すみません。理乃を捕まえる秘訣の伝授をお願いします」
捕まえる秘訣があれば、右往左往する事も減るだろう。多分。無駄かもしれないが。何せ相手は理乃だ。
油断は出来ないが、手がかりがないよりは、あった方がマシな気がする。
「あははは。秘訣って。そんな大層なものじゃないよ」
「私には大層なものであり、且つ、かなり貴重で重要なので是非」
マジである。酔いも冷めるほどのマジである。
「簡単だよ。今日は理乃の好きそうな本の発売日だからね。昼過ぎ辺りにお気に入りの本屋で待っていただけだよ」
「・・・は?」
「捕まえた所でお店の予約をした。それで現状に至る訳だよ。簡単だろう?」
呆然としている真知子を放置して、ドンドン話を進める武田である。こんな所は少々、理乃に似ている。
と言っても、詳しく説明してくれているだけ武田の方がはるかに親切ではあるが。
「えーと・・・。その情報はどこから・・?」
ツッコミ所が満載である。
ツッコミが追いつかないとはこの事か!という知りたくもない事を経験してしまった。
理乃の読む本のジャンルは様々である。系統なんてあってないようなものだ。恋愛がメインなものはない。くらいしか真知子には分からない。
何せ、哲学書から純文学、画集や漫画やラノベと節操なんてないようなものだ。
その中からどうやって選抜と発売日の情報まで入手するのか。
もし、入手したとしても、どこの本屋にどの時間帯に行くのか、気分屋の理乃の行動なんて予測不可能である。
「うん?そりゃ、これだけ付き合いが長ければ自然とわかるだろう?」
さっぱりわからない真知子だった。
武田よりも遥かに長い付き合いであるはずの真知子にはさっぱりである。
そもそも、中学という行動範囲が極めて狭い時から理乃を捕まえるのは至難の業だったのだ。
それが行動範囲が広がった今では絞り込むことすらまず無理だった。
そもそも、わかっていれば困っていないし、相談もしていない。
「すみません。さっぱりわかりません。理乃は気分屋な上に行動力がありすぎて何処に行くのか予測不可能です」
真知子にとっての理乃は、糸の切れた凧みたいなものだ。
その上、普通なら尻込みしてしまうような所にも、気分が乗れば行ってしまうのが理乃である。
「あはははは!まぁ、行動力があるのは否定しないけれどね」
否定しないんですか。
そこは否定して欲しかったんですけど。
否定出来る根拠とか何一つ持ってませんけど。
「縄張りがあるんだよ」
にっこり笑顔で何を言っているんだろう。と思った真知子は多分、間違っていないはず。多分。
ここまでハッキリと自信満々に言われると、自分の価値感が間違っているような錯覚を覚える真知子だった。
縄張りとは、あれか。動物がよくやるあれですか。
理乃は人間である。
確かに、よく行く場所、とかお気に入りの場所などは真知子にもあるが「縄張り」とはこれ如何に。
「縄張り・・・ですか?」
「そう。理乃はね。知らない場所に行くのが嫌いなんだよ。誰かに連れられてならよくあるが、一人で行く場所は決まっているんだよ」
「はぁ。まぁ、割と普通ですよね」
「そう。普通だろう?決まった本屋、喫茶店にしか行かないんだから、待ち伏せするのは簡単なんだよ」
簡単、と言われても、真知子には考えても思い出しても、理乃が行く店の候補すら思い浮かんで来なかった。
理屈では普通だが、それを把握するのは普通ではない気がしなくもない。
その相手が理乃とあっては、余計に普通とは程遠い気がする。
「まぁ、簡単と言っても、普段は無理だがね。本の発売日。それも、発売日当日に入手したいもの。というヒントが必須だからね」
なるほど。いくつかのヒントがあって初めて成功する待ち伏せのようだ。
真知子の知らない事であったが、理乃やその友人達は普段の行動から、相手の趣味嗜好、癖、行動などの情報を蓄えているのである。
そして、何かを依頼する際に、普段から蓄積した情報から釣れそうなモノを提示する。というのが安定したルールとなっている。
真知子が理乃と二人で外出した際に、真知子好みのお店に連れて行ったり、ルートの選定に困らず、道中に好きそうな店に理乃が気づくのは、普段から癖になっているからである。
情報があるのとないのでは雲泥の差であり、情報とは普段の些細な行動だけでもかなり集まるものだ。
そして、情報収集や分析は理乃と武田の得意とする所だ。
それを知っていた理乃にとっては、本屋で武田が待ち構えていた所で「何か用がある」と理解するには充分だった。
一歩間違えればストーカーだが、相手との関係性が大事であり、彼等の間では問題はなかった。
そういった意味でちょっかいをかけてくる相手が同じ事をしたならば、理乃は無視して撒いて帰って来るだろう。
「今度から理乃が集めている本の新刊チェックはするようにします・・・」
真知子が出来るのは、精々、それが限界である。
幸運な事に居住区への立ち入りは許可されている。
本棚を見れば、集めているシリーズくらいはわかるだろう。
今後、唐突に外出されるのを避ける為には、それくらいの事はしておかなければ、真知子の精神衛生上よろしくない。
これくらいの事はしておいても損はないだろう。
理乃の集めているシリーズを把握した真知子が理乃に使いッ走りとして買出しを頼まれる事を真知子は今はまだ知る由もない。
理乃さん、台詞ナシ(笑)




