~ご飯を食べに行きましょう~
視点がちょいちょい変わります。
武田先生のお誘いに図々しくも、理乃の後押しで同伴し、タクシーで店に着いた真知子は店構えを見ただけで着いてきたことを早くも後悔していた。
タクシーで何故か理乃が武田先生よりも上座に座っていた事が記憶から吹っ飛んでしまいそうな勢いで後悔していた。
ちなみに、真知子は運転手に許可を取り、助手席に座った。
二人の間に座る根性なんてない。
最も、いくら理乃が細身とはいえ、武田先生は男性らしい大柄な人なので、後部座席に三人座るのはかなり窮屈なのだが。
目の前にあるのは和風料理屋さん。いや、最早「料亭」と言った方が相応しい佇まい。
一見さんお断り、会員制としか思えないお店である。
明らかに自分の様な若輩者が気軽に入れる店ではない。
理乃を連れて行く、という事で学生や新社会人達が騒ぐ様な気軽な店には行かないだろうな、とは予想していた。
理乃が気に入るお店の必須条件は、静かで座り心地のいい椅子、教育が行き届いた店員、一定以上の味。という「一体アンタは何様だ?」といったもの。
ちょっとしたお茶を飲むだけでも、営業の人が取引をするのに使う様な大人な向けな店ばかりだ。
だからといって、まさかここまで高級店に来るとは誰が予想出来ようか。
「刺身」というリクエストからホテルではないのは予想がついていた。
だが、政治家や社長さんとかが愛用するような敷居の高すぎる店に来るとは思ってもいなかった。
というか、思う方がおかしいと思う。
当たり前な顔をしている理乃がおかしいと思う。
そして、当たり前のように連れて来る武田先生もおかしいと思う。
(誰かー!普通の感覚な人はいないの?!私がおかしいの?!)
真知子はこっそりとパニックを起こしていた。
「マチ、行くぞ」
真知子がパニックを起こしている間に武田がタクシーの会計を終わらせ、お店の扉を開け、理乃達が潜るのを待っていた。
上座に座っていた理乃がタクシーを降りるのが武田よりも遅くなるのは必然である。
つまり、その間一人で店の前でパニックを起こし硬直していた真知子は少々残念な佇まいを本人の意識していない所で披露していた。
武田がこっそりと笑い、なんとか押さえ込むことに成功し、何食わぬ顔で扉を開けた所で理乃が真知子に声をかけた、というのは真知子には秘密である。
だが、それを知らない真知子は武田が扉を開けて待っている、という状況に慌て、恐縮した。
自分の親のような年齢の男性にエスコートされるのが当たり前な理乃の態度は、明らかにおかしい。
これがバブル時代でもおかしい・・・と思う。
(武田先生は年齢的におかしくないけど、むしろ年齢的にエスコートされる側ではなかろうか・・・?)
堂々と扉を潜る理乃の背中に張り付くようにして後に続く。
理乃は一番に店に入ったにも関わらず窓口にいる店員に声をかけようとはしない。
私達の後に続いて店に入り、扉を閉めた武田先生が店員に話し掛ける。
「予約をしている武田と申しますが」
「お待ちしておりました。ご案内致します」
案内人に着いて行く武田に続いて歩きだした理乃に真知子は慌ててついていく。
真知子の感覚では、まるで武田先生が理乃の従者の様な振る舞いに見える。
(これは・・・かなり失礼なのでは・・?)
真知子には、理乃が武田先生を顎で使っているようにしか受け取れなかった。
弁護士として働いていた時、この辺りの手続きは下っ端の仕事だったのだ。
「(ちょっと!理乃、失礼でしょ?!)」
「ん?」
内緒話をする為に、理乃の耳元で小声で話しかけた真知子に対し、小声でもない返答。
最も、普通に声を出すと通りがよすぎる声色を濁らせ、浸透率を悪くしているので、多少は合わせてくれたようだが。
何故そんな器用な事が出来るのか、については、理乃の目立ちたくない性格と目立ってしまうという状況故に習得せざる得なかったスキルなのかもしれない。
おかげで、店員には聞こえておらず、武田は聞こえていて無視している。
最も、武田が内心で笑っているのは、背中しか見えない真知子に分かるはずもない。
理乃は気付いているが、自分が笑われている訳でもないので無視だ。
「(武田先生を顎で使うなんて、いくら親しいとはいってもこの扱いは酷いでしょう!)」
「は?」
理乃の唯我独尊振りには慣れていたが、まさか他人の目の前で年上の男性を召使いの如く扱うのが当たり前だと思っている。と言わんばかりの反応が帰ってくるとは・・・。
真知子はクラクラする頭を必死に抑えながらも、理乃への説得?を続けた。
「(だから!武田先生は理乃の従者でも召使いでもないでしょ!?)」
「何の話だ?」
先ほどから、全くと言っていいほど、意思の疎通が出来ていない。
扉を開けさせ、取次ぎを任せ、真ん中を歩いている理乃は真知子から見たら一番の重鎮の態度である。
真知子はその態度について怒っているのだが、理乃にはさっぱり伝わっていなかった。
理乃であれば、真知子の思考をある程度読んで原因がわかりそうなものだが、現状に理乃側が読む必要性を感じていないらしい。
理乃と武田の感覚で言うならば、扉を押さえて女性を招き入れるのは男性の仕事。男の女性への扱いが紳士的であり、丁寧である事を表現しただけにすぎない。
その証拠に、理乃の事務所に来た際には、理乃が開けて入り、続いて武田が入室している。
完全に表向き様の仕草である。
また、店員への声かけを行ったのも、男性に主導権がある事を示しただけである。
これが全員男性の場合、一番下が動くのが礼儀に適っているのだが、妙齢の女性二人に大の男性一人だ。
理乃がでしゃばってサクサクと手続きしていたのでは、逆に武田は程度が低い男、もしくは部下という評価になる。
ちなみに、同伴している女性が秘書などの場合はそれに値しない。
理乃はただ単に、武田の男としての面子を立てただけに過ぎない。
理乃が堂々としているのも、地、というのもあるが、ここで恐縮したりオドオドしていては、武田の男としての評価が下がるだけである。
要は「大した事ない女性を連れてご機嫌取りをしてるいい歳した小物で小金持ちなおじさん」にならないよう
「中身のある女性を振る舞い(元々、理乃は女王様然とした威圧感と雰囲気を持っている)男性を立てる術を持っている女性を連れていて、威厳、経済力だけでなく、包容力、紳士的な男(実際、その通りなのだが)」を見せただけである。
つまり、真知子の勘違いだった。
面子の立て方は、場所、文化、性別、年代、相手によって様々だ。
もし、武田が理乃達と大差ない年齢の場合、また違った手順になったのかもしれないが、武田ほどの年齢となれば、現状の方が器がでかい男に見える。というだけだ。
エスコートの仕方も、洋風、和風とではまた異なってくるが、基本的に日本では男を立てるのが良いとされる。男性が年上の場合は尚更。
真知子の感覚は「下っ端、年下としての礼儀」であり、理乃の「女性として男性を立てる礼儀」とは別の種類にある。
どちらも間違いとは言えないが、この手の店の場合は理乃の対応の方が同伴者に好まれる事が多い。
この辺りを使い分けるので、理乃は知人友人に色んな場所に連れ回されるのである。
理乃がまともに返事をしないのは、真知子に教える必要はない、と判断したためだろう。(理乃には弁解する、という発想がなく自分が悪く言われている分には全く困らないという悪癖がある)
実際、対応をした店員は、武田の客人は理乃であり、真知子は理乃の付き人見習いだと判断していた。
地位のある妙齢の女性が異性と二人きりでの食事を回避したのだ、と認識したのだ。
客観的に見れば、真知子は理乃に雇われた従業員なので間違いはない。
だが、今は友人として食事に来ただけだ。
それを察した武田が内心笑ってしまうのも致し方ない、だろう。
真知子の初々しい反応は珍しくないが、理乃の友人だと思えば笑えてくるから不思議だ。
相応の店ともなれば、店員も客を見る目が肥えてくるもの。
客のランクに合わせて接客する際の慎重度も、また変わってくる。
客同士間での上下関係を見抜き、上位の人間に最も手厚い対応をするのも、礼儀の一つ。
割り当てられた個室に到着し、武田を上座へ、次席に理乃、末席に真知子が座った。
真知子としては、タクシーで理乃が上座を陣取ったので、てっきりここでも上座に座ると思っていたので不思議そうにしていた。
自分が末席に座る事に抵抗は全くないが、二人とも当たり前の様に座る席を決めているのは真知子には違いが理解出来ずにいた。
そんな真知子を横目に武田は内心苦笑が止まらなかったが、表情に出すなんて愚は犯さず、簡単にメニューを頼み(要は、本日のおすすめ、である)店員を下げさせる。
理乃は店員が下がった途端にさっさとくつろぎ、淹れられた緑茶を飲んでいる(冷茶だったため、猫舌の理乃でも問題なかった)
真知子は石のように正座したままお茶に手を出すこともせず硬直している。
理乃は助ける気もないようで、まったりしている。まるで自室にいるのと大差ないくつろぎ様だ。
武田は理乃の友人としては普通な真知子に面白味を感じながら、若い女性をいつまでも固まらせておくのも可哀相なので、緊張が和らぐ切欠に、と声をかけた。
「真知子君はこういった店に来るのは初めてかい?」
正直、ここまで固まられると武田も少々居心地が悪い。理乃ほど薄情ではないので尚更だ。
「ふぇ?!あ、はい!もちろんです!」
見事にひっくり返った声だったが、ここで笑ったら泣き出しかねない。
それほど、真知子は今の自分の返事が恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして下を向いて縮こまっている。
角度と前髪で見えないが、下手したら涙目になっているかもしれない。
武田は刺激しないよう(これ以上は内心だけで笑いを収めるのが限界なので)少し落ち着くまで時間を置こうとしたのだが
「ふぇ?!ってなんだ?」
と、武田の心配りを台無しにするように理乃がツッコミを入れて、ニヤニヤとした視線を向けている。
物真似までバッチリだ。そんな特技まで披露してまでからかわなくても・・・と武田は呆れていいやら、特技に感心していいやら、悩んだ。
「うううううるさいわね!しょうがないでしょ!!?」
「どもりすぎだ」
「うっさい!」
「声がでかいのはマチの方だと思うが」
「私は理乃みたいに心臓に毛が生えてるわけでも金剛製でもないの!」
「俺はそんな特異体質になった記憶はない」
「物理的な話なんてしてないってわかってるくせに!!理乃のバカ!!いじわる!!」
「純粋な質問だったんだがな」
確かに、奇妙な言葉を発した真知子に質問しただけ、とも取れる。
そしてその後の遣り取りも普通に反論しているにすぎず、言葉だけならばそう解釈も出来るが、ニヤニヤした視線を向けている時点で確信犯だ。
理乃がしらばっくれていて、真知子は言いがかりをつけているにすぎない。
つまり、真知子が言いがかりを付けなければ、ここまでいじられる事もなかったのだが、そこはそれ。
武田としては、漫才としか思えない遣り取りを見て、内心、見事に理乃に振り回されている真知子を見て爆笑中である。
「~~~!!!!武田先生も酷いと思いますよね?!」
内心、と限定すれば、実は理乃よりも武田の方が笑った回数は多い。
そして、武田が笑っていたのを理乃は気付いている。
武田としては、今まで笑わなかった理乃の方が凄いな、と感心しつつ「これが付き合いの長さ故の耐久度の違いか?」などと考えていた。
そんな武田に笑った理乃が酷い、という事に同意を求められても、武田は理乃よりも結構酷い事を考えていたのだ。
だが、そんなことをわざわざ教える必要もなく
「そうだねぇ。理乃はいじめっ子だから」
「ですよね!!」
「この狸。誰がいじめっ子だ」
当然、武田の心情なんて手に取るようにわかっていた理乃からは苦情が入る。
だが、そんな事を真知子が知るわけもなく、同意を得たり!とばかりに熱が入る。
「理乃に決まってるでしょ!!」
「マチ、いい加減音量落とせ。うるさい」
「うっ・・・!」
ヒートアップしすぎていた所に、ストップが掛かった。
気を落ち着かせるためにお茶を飲み、ようやく通常状態に真知子が戻ったのがよくわかる一コマである。
つまり、あれだけガチガチだった真知子がすっかり平常心に戻ったのである。
助ける気なんて全くなかった素振りだった癖に、武田が不発だったせいで、仕方なく口を出したようだが
「最初からお前さんがやれば良かったんじゃないか?」
思わず武田がそう言うのも致し方ないほどの真知子の変容ぶりである。
だが、真知子はこの発言の意味がわからなかったが、理乃に話しかけているのだけはわかったので、頭に?マークを浮かべながらも聞き役に徹している。
「面倒」
「これだからツン9割り。だなんて言われるんだ」
「いい歳したジジイがツンとか言うな。キモイ」
「そりゃ偏見と差別だろう」
「鏡見て来い」
実際、武田自身も若者言葉が似合うとは思っていないので、これ以上は辞めにする。
ツン9割。は、共通の友人が評価していたのを引用したにすぎない。
それに、理乃が音量を注意したにも理由がある。
「失礼します。お料理をお持ちしました」
襖の外から声がかかったのである。
恐らく、廊下の床が軋む音を聞き取っていたのだろう。
「ああ。入ってくれ」
「失礼いたします」
着々と料理が並べられ、料理に合った酒、飲み物が置かれていく。
事前に伝えていた通り、理乃の前には酒ではなく、緑茶が置かれる。
店員が室外に出るまで三人とも無駄口は叩かず、店員の対応をするに留め、理乃の姿勢がくずれたのを合図に音頭を取り、食事を始めたのだった。
お久しぶりですみません。




