〜駆け引きは無理難題から始める〜
武田先生のところにも、専門の心理カウンセラーさんはいる。
けれど、癖のある患者さんの場合、先生の判断で理乃に依頼することが多いらしい。
全てのカウンセラーさんがそうとは言わないけれど、模範解答しか返って来ず、自分の価値観に凝り固まった世間の常識に疑問も持たない人間では特有な価値観を持った患者さんの対応が出来ない事が多々ある。
その結果、カウンセラーや医師により、簡単に「反抗的」「社会不適格」「統合失調症」という枠組みに嵌め込まれる。
心理カウンセラーさんは、真面目な人が多い。
困った人を正したい、と強い正義感を持っている人もいる。
心理学を学んでいるが故にテキスト外な事には、簡単に「変人」と評価してしまい、匙を投げてしまう。
その点、理乃自身が「社会の常識」に当てはまらないので、柔軟に対処出来るんだとか。
思考に社会として。常識的に。という固定概念がない。
ただ、ありのままその人を否定するのではなく、受け入れる事を前提に見ている。
ちなみに、以前あったその問題点は分析、解析済みらしく、報告書のようなものを先生に渡していた。
理乃は、性格に矛盾して変な所で異様に律儀。
そして、その報告書は役立つ内容だったらしく「うちの頭の固い真面目ちゃんな心理カウンセラーじゃ役に立たないのも頷けるね!」と喜んで受け取っていた。
上乗せとして報酬も追加されたらしい。
対面した訳でもないのに、会話をした本職の人よりも理解してしまうのだから、いっそカウンセラーにでもなればいいのに。
……あの性格じゃ無理かな。
「で?資料は?」
「勿論持って来てる」
武田先生が一つの封筒を理乃に渡す。
ガサガサと中身を取り出すと数枚の書類が。
さすがに横から覗く訳にもいかないので、見ない。
これも大事な個人情報。
守秘義務というものがある。
…理乃に見せてる時点でどうかと思うけれど、その辺りをクリアするのも兼ねての「相談所」らしい。
ペラペラと無言で資料を読み込んでいく理乃。
邪魔をしないように黙るしかないけれど、正直居た堪れない。
空気が!無言が辛い!!
理乃と二人きりならともかく、他の人がいるとどうにも落ち着かない。
「真知子君はどうだい?少しは慣れたかな?」
え。話出しちゃうんですか?
理乃の邪魔にならない?
チラリと理乃を見ると、完全無視。
「あ。はい。まだまだ勉強中ですが」
「うんうん。熱心なのは良いことだよ。間違っても理乃を見習わないようにね」
「見習おうとしても無理です」
「あっはっはっ!それもそうだ!誰にも真似出来ないね。真似したくもないけど」
何だか酷い言い方だけれども、否定をする場所もない。
さすが理乃の友人なだけはあるかもしれない。
「いやぁ。まさか理乃が知人が依頼した件以外にも受け付けるとは思ってなかったよ」
「そうなんですか?前からだと思ってたんですけど」
「あははは!そんな訳ないじゃないか。確か…四ヶ月前くらいからだったかな」
あれ?それって、私がここに入社するのが決まった前後ってこと?
「槍でも降るのかと友人と賭けをしていたんだけどね。昔からの友人をアシスタントに入れると聞いて納得したよ」
「え?」
「理乃は天邪鬼な上に言葉も足りないからな。一人雇うだけでもかなりのお金がかかるからね」
「あ…!」
「あははは!君はどうやら余程、理乃に気に入られているみたいだね」
「いえ…そんなんじゃないと…思います…けど…」
何故か物凄く恥ずかしくなってきた。
元々、お客さんを直接相手にする方が予定外だったらしい。
なので、今も最低限しか予約は受け入れておらず、専ら知り合いの補助がメイン業務。
私を雇用したので、少し増やしただけらしい。
以前は一日に一件か二件受ければいい方だったとか。
うぅ…。面倒を見てたのは私の方だとばかり思っていたのに、受けていたのは私の方だったなんて…。
恥ずかしすぎて死にたい。
ニヤニヤ見てこないでください。
そうゆうリアクションは理乃とそっくりですね。
完全に類友ですよね…!!
武田先生は、理乃への態度と私への態度が全然違う。
私のことはちょっと子供扱いしている感じがする。
理乃にするみたいに遠慮なくバシバシ言われたら言い返す事も出来なくて凹むだけなのはわかっているけれど、ちょっと面白くない。
理乃もそうだけれど、相手に合わせて態度を変える。
それは当たり前なんだけれど、距離感や関係性とか性格ではなく、相手の許容範囲を見定めて踏み込み方を変えている、という印象。
面白くないと感じるのは、理乃に対しては対等な感じなのに、私のことは子供扱いだから、かな。
「ジジイにとっちゃ俺たちはガキみたいなもんだ。気にするな」
あら。聞いてたの?
というか、今、私の心読んだ?読んだよね?
「もう読んだのか?」
「碌な事が書いてない。参考になるか」
「そうか?私も目を通したが、こんなものじゃないか?」
「揃って節穴か?看板下げた方がマシだな」
「便利な友人がいると看板を下げなくて済むんだから助かるね」
「ほざけ」
理乃は書類を封筒に戻してテーブルの上に放り投げてしまった。
大事な書類じゃないの?
「それで、受けてくれるかな?」
拒否権がない迫力なのは私の気の所為でしょうか?
「どこまでだ?」
理乃には関係なかったみたいです。
度胸と肝の座り方は同い年とは思えない。
「今の資料でどこまで把握を?」
「まぁ、おおよその検討が付いたくらいか」
本職の人が匙を投げた資料でそこまでわかるものなの?
「ふむ…。出来れば、次回にその子がうちに来る時に同席してもらいたい」
「断る」
「理由は?」
「表に出る気はない」
「どうしてもダメか?」
「本職がいるだろ。そいつにやらせろ」
「その本職が書いた資料にダメ出しをしたのはお前だろうが」
「俺に任せてたらそいつが成長しないだろ」
「確かに身内を育てるのは大事だが、そのために患者を使う気はない」
さっきまで巫山戯ていたとは思えない空気。
それだけ真剣ということなんだろうけれど、威圧感が凄い。
「親はどうした?」
「連れて来てはいるけれど、さすがに部屋には入れてない」
「ふむ…ちなみに、会話はどれくらいだ?」
「正直、ほとんど出来ていないと言っていいな」
「無視か?無言か?」
「無言だな」
それって違いあるの?
「あっそ。じゃぁ適当に話しかけろ。ネタは何でもいい。最初はテスト回答をネタにでもしておけ」
会話にならないのに?
「おい。私はお前じゃないんだぞ。そんな器用なこと出来るか」
理乃みたいに誰でも思考が読める訳じゃないしね。
「狸の癖に面倒な奴だな」
「狸は関係ないだろうが。化かすわけじゃあるまいし」
「はぁ……面倒」
「頼む。…………報酬とは別で欲しがってた本を買ってやる」
「仕方ないな。一回だけだぞ」
物に釣られるなー!!
というか、渋ったのワザとでしょ?!
報酬増やすために焦らしたでしょ!!
「そうかそうか。理乃ならそう言ってくれると思ってたぞ」
うん?武田先生、もしかして落とし所はそこだったの…?
類友はコレだから嫌だ…。
「黙れクソジジイ。一回だけだぞ」
「そこは患者の希望次第だからな。俺には何とも言えん」
うわぁ…。さすが年の功。
「飯行くぞ」
「おぉ。もうそんな時間か。今日の酒は美味そうだ」
え?!今から行くの?!
報告書、相談したかったのに…。
「マチ、お前も早く準備しろ。今日の報告は明日でいい」
え?私も一緒!?
報酬を兼ねているならお邪魔するべきじゃないとは思うのだけれど、二人とも当たり前のように待っていてくれてる。
「あ、うん」
ここは素直に甘えてしまおう。
二人がかりで言いくるめられたら絶対勝てないし。
理乃は嫌がったら無理強いはしないけれど、遠慮した場合には強引に連れて行く。
明日かぁ…宿題が残ってるみたいで落ち着かなくて好きじゃない…。
とりあえず、お酒飲みすぎて忘れないようにしないとっ!
酔い潰れる気しかしない。




