〜唐突な訪問者〜
はぁ…。さきほどの高橋さんの件について報告書を兼ねた資料を作成しないといけないのだけれど、どう書いたらいいのかさっぱりわからない…。
よくある愚痴から始まり、最後にはただのガールズトーク。
書き留めておかなければならない箇所がわからない。
旦那さんに不満があることはわかったけれど、高橋さん本人も「妥協と我慢」と言っていたくらしいだし。
次回は理乃に相手をして欲しい。という希望しかわからない。
理乃が同席してくれていたら聞く事も出来るけれど、不在だった案件の報告書を手伝ってもらいようがない。
…理乃なら、詳しく話せば何とかしてくれるような気もするけど。
うんうんと悩みながら報告書に向かい合うものの、すでにペンは止まっている。
すっかり机にへばりついて音を上げそう…。
「ただいま」
?!
「理乃!?」
「他の奴に見えるなら眼科行け」
そうゆう意味じゃない!!
ドアを開ける時に物音しないとか心臓に悪いことは辞めて欲しい。
「どこ行ってたの?!」
「本屋」
ほーぅ。そうですか。私に仕事丸投げしておいて本屋ですか。
「こっちは大変だったんだからね!!」
「嫁の貰い手は見つかりそうか?」
そこまで読んでたの?!
最早、思考を読むどころじゃない。
サトリすら凌駕する予知能力としか思えない。
「見つかるわけないでしょ!」
「高望みするからだろ」
…本当に盗聴器仕掛けてるんじゃないかと思えてきた。
「あっはっはっ!真知子君だったか?理乃の相手は大変だろう」
「大変なのは俺だ」
無自覚も大概にして!
振りまわされているのは、一方的に私!!
理乃の後ろにもう一人いた。
すっかり理乃に気を取られていて気づかなかった…!
「武田先生!ご無沙汰してます。気付くのが遅れてすみません…」
全部理乃が悪いんです。
武田先生は、理乃に仕事を振った張本人。
独立の際にも色々と協力してくださったとか。
「いやぁ。上手くやっているようで安心したよ」
今のやり取りを見て、上手くやってる様に見える点はどこですか?
「とうとう呆けたか」
同意だけど、そこまで言う?
「相変わらず素直じゃないな。お前は」
「狸に言われたくない」
「さてと。申し訳ないが、コーヒーでも淹れて貰ってもいいかな?」
理乃の嫌味には慣れているのか、スルー。
「あ!はい!気が付かなくてすみません。直ぐに用意します」
慌てて給湯室へ。
言われるまで気付かないなんて!
それもこれも理乃のせいだ。
すっかり頭に血が昇ってしまった…。
「図々しいにも程があるだろ」
「お前さん程じゃないだろう?」
「黙れクソジジイ」
武田先生は、私たちの親と大差ない年齢の方だ。
落ち着いていて、とても包容力があり、優しそうな笑顔が印象的でがっしりとした体型にも関わらず威圧感はない。
とても頼り甲斐のありそうな大人の男性。
理乃の嫌味やワガママなんて気にもしない度量の持ち主である。
さっきからの理乃とのやり取りを聞く限り、ただの良い人、という訳ではないっぽい。
そうでもなければ、理乃の友人なんてまず出来ない。
理乃の知り合いは癖が強い人が多い。
本屋に行っていたと言うけれど、武田先生と待ち合わせでもしていたのかな?
それならそうと言えばいいのに。
理乃は変な所で天邪鬼を発揮して、自己弁護なんてまずしない。
むしろ偽悪振るという変な癖がある。
すっかりただのサボリだと思い込んでしまった。
実際に、高橋さんの件は理乃じゃなくても問題なかったし、武田先生に用事があったなら優先してもおかしくない。
「お待たせしました。どうぞ」
「あぁ。ありがとう。やはり、可愛い子が淹れてくれるコーヒーはいいね」
「いえいえ!そんな。お口にあえばいいんですけど」
子供って歳でもないけれど、お礼を言われたり、可愛いと褒められるのは嬉しい。
「子って歳でもないだろ」
理乃も少しくらいありがため!
お礼の一つくらい言ってもいいと思う。
当たり前のように口に運んで一服しないで欲しい。
全くもう!
さて、どうしよう。
理乃が帰ってきたら、報告書について色々相談したかったのだけど、武田先生がいるならそれも出来ない。
忘れないうちに今日中に書いてしまいたい。
居住区でやればいいんだろうけど、正直、一人で書ける自信はない。
定時にはまだ時間があるし、終わるまで待っててもいいんだけど。
基本、定時は19時。頭が10時からなので妥当なところ。
大抵は理乃と夕飯を一緒に食べてから帰るので事務所を出るのは20時以降。一人でご飯食べるのも味気ないし、放っておいたら理乃はご飯を食べない。一人分より二人分の方が安く済む事が多いので、すっかり習慣となってしまった。
つまり、まだまだ時間はある。
「真知子君も良ければ一緒にどうだい?」
「いいんですか?」
「なぁに、構わんよ。可愛い子がいるに越したのとはないしな」
そう言っていただけると助かります。
正直、どうしたらいいのか迷ってたし。
図々しく勝手に同席する度胸はない。
「ジジイの家じゃないだろ」
「お前と二人で茶を飲んで何が楽しい」
「なら帰れ」
約束してたんじゃないの?
「独占したい気持ちはわかるが、余裕を持った方がいいぞ」
「頭が腐るのはジジイの自由だが、俺を巻き込むな。用がないなら帰れ」
二人の会話はテンポが速すぎて口を挟む暇がない。
元々、理乃はレスポンスが速い。
私と話す時は、私が遅いせいかそこまで全体的に速くはないのだけれど。
二人とも頭の回転が速いのか、ポンポン先に進む。
理乃は相変わらず偉そうな態度で座って無表情。
反対に武田先生は、そんな理乃が面白いのか、終始笑顔のまま。
「用もなくお前に会う訳がないだろうが」
「暇潰しやら面子合わせにしょっちゅう呼び出す奴の台詞じゃねぇな」
「あっはっはっ!お前も嫌いじゃないんだから問題なかろう」
「くだらん前置きはいい。用件はなんだ」
「若い癖に余裕が足りんなぁ」
「ジジイ相手に割く時間はない」
「どうせ本を読むかダラダラしてるだけだろうに」
「俺の時間をどう使おうが俺の勝手だ」
「晩飯は奢ってやるから話くらい聞け」
「報酬は別に取るからな」
「可愛げがないのう」
「そんなもん俺に求めるな」
「それもそうだな」
「美味い刺身で手をうってやる」
「やれやれ。相変わらず遠慮の知らん奴だな」
「マチも刺身でいいな?」
へ?私も一緒でいいの?
「行かないのか?」
「行ってもいいなら…」
けど、武田先生の奢りなら、勝手に同伴してもいいもの?
「気にするな」
先生の顔色を伺う。
理乃じゃあるまいし、そんな遠慮もなく奢ってもらうのも悪いし…。
「真知子君さえ良ければ一緒に行こう」
「じゃぁ、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」
「礼ならいらん」
理乃の言う台詞じゃないよね?!
「お前も真知子君を見習ったらどうだ?」
「文句があるなら他に回せ」
「それが出来たら苦労せんわ」
「苦労を俺に押し付けるな」
「お前の代わりに出来る奴がいたら最初に回してる」
「後輩の育成でもしろ」
「勿論やっている。が。お前ほどの奴はなかなかいなくてな」
「で?」
「なぁに。少々個性的な子がいてな。その精神分析を頼みたいんだよ」
精神分析とは、心療所などでたまに行われる精神テストのようなもの。
有名な物で言うと、猟奇的な殺人犯などに行われる。
けれど一般の方でも状態によっては行われるものらしい。
元々、理乃はその分析をたまに振られていたらしい。
長くなりそうな予感がしたので、分けました。




