~三十六計逃げるに如かず~
理乃はさっきご飯を食べたばかりだけど、午後の予約が近いので、さっさとお昼ご飯を食べることに。
理乃は普段からあまり食べないけれど、食べたばかりだし、ご機嫌斜めということもあって、いつも以上に食べないんだろうなぁ。
自棄食いとは一生縁のないタイプ。
仕方がないので、理乃には果物メインでパスタを少しにしてあげよう。
サラダや果物は食べるのよね。
二人して黙々とご飯を食べる。
今更、会話がないと間がもたない。という訳でもないし。
話をしながら食べる時もあるけれど、口に物を入れたまま話す。ということを理乃はまずしないので、
基本的に食後のティータイムに話をした方がいい。
変な所だけしっかりしてるんだから。
その癖、椅子への座り方が行儀悪かったりする。
その上、地べたに座りこんで食べたり、食べ歩きには抵抗がない。
食べるのと話すのを一遍にするのが面倒って理由だったらどうしよう。
すんごく可能性ありそう・・・。
「ちょっと。パスタも食べなさい」
さりげなく果物だけで終わらせようとしないの!
「ちっ」
舌打ちしない!
人がせっかく作ったんだから、ありがたく食べなさい。
量も少なくしてあるんだから。
嫌々食べ始めました。
ちょっと。作った人の目の前でそういう顔しないの。
美味しくないわけでは・・・ないと思うんだけどなぁ。
なにせ、パスタ茹でただけだし。
後は混ぜるだけのソースだもん。
好き嫌いもわからないのに、味に五月蝿いというのはどうなの?
飲み込むような勢いでパスタを食べ、そのままコーヒーを飲み始めた。
食後の一服が美味しそうですねー。
ちなみに、煙草も美味しいかどうかはわからないらしい。
なんで吸ってるの?
「俺、午後出掛けるから」
え?午後って予約入ってなかった?
「午後のお客さん、待ち合わせ外だっけ?」
たまに外のお店を指定してくるお客さんもいる。
その際の食事代はお客さん持ちです。
何せ、理乃は食事にお金を掛ける事を嫌う。
自腹で強制的にご飯なんて食べさせられるくらいなら、受付を拒否する。
珍しいことではないけれど、そんな話は聞いてない。
「いや。ここ」
「それまでには帰って来る?」
帰ってきてくれないと困るし。
「任せた」
「はぁ?!」
ちょっと待ってよ!?
いきなり一人立ちですか?!
さっき失敗?しちゃったばっかりなんですけども?!
確か、次のお客さんは常連さん。
常連さんでもなければ、夫婦間について相談なんてしてこないしね。
あー。もしかして。
「理乃・・・?まさか、相談内容について察しがついてたりする?」
「担当外」
担当外って・・・。
まぁ、理乃は人の思考を読めたりするんだけど、何故か恋愛関係や男女関係については一切わからない。
恋愛ドラマとか映画を見ていても、何がどうなっているのか、さっぱり理解出来ないらしい。
たまたま嵌っているドラマが家に帰るには間に合わないというので、
ここで見させてもらい、理乃も一緒に見てたんだけど。
ハラハラしたりときめいたりするシーンを相変わらず無表情で眺めていた。
一緒に見ると、すぐに感想を言い合えるのは楽しい。
家で一人で見てると、こういう事って出来ないし。
けれど、理乃とはそれは出来ないと気付きました。
理乃の中では結婚とは政略結婚くらいしか理解出来ないらしい。
それ以外の場合、自分が有していない遺伝子情報を相手が持っているだけ。とかなんとか・・・。
恋愛については、子孫を残すための脳内物質による操作。錯覚。妄想。とのこと。
浮気とかについても「雄が種を撒き散らすのは自然な本能」とまで言い出す始末。
最早、相談に向いてないにも程がある。
「優秀な遺伝子持ってる奴が何人か女を囲っておいた方がマシ。残す必要もないようなくだらん男の遺伝子を残して何の意味があるんだ?」
という話を聞かされた時は、一体、いつの時代のどこの国の人間かと思いました。
絶対日本で育ってないでしょ?どういう教育を受ければそんな発想になるのか・・・。
日本生まれの日本育ちなのは知ってるんだけどね。
両親も恋愛結婚とか言ってたので、そんな下積みはない・・・はずなんだけど。
読んでいる本にも恋愛物なんて滅多にない。
理解出来ないから読まないのか、読んでないから理解出来ないのか、難しいところ。
それなら、まだ私が対応した方がマシかもしれない。
「文句があるなら離婚すればいい」
とか言いそうだし。
というか、前に言ってたし。
嫌な所があるけれど、好きで離れられないけど、我慢出来ない。という難しい恋心なんて理解出来ないのだ。
我慢出来ないのに何故一緒にいるのかが謎だそうだ。
世の中、理乃みたいに、気に入らない人間はさっさと縁をバッサリと切ってしまう人間だらけなわけがない。
むしろ、そんなタイプは極稀だと思う。
どうしたって合わないけれど、付き合いってものがある。
そんなだから通知表に毎回「協調性がない」とか書かれるんだよ。
あ。中学の時にはすでに出来上がってるのか。
今更治るわけがない。
社会人経験を経ても治らないのだから、根っからだ。うん。
というか、どうやって社会人してきたのか謎でしかない。
アルバイトもしたことない私に比べたら、理乃は学生時代からアルバイトをして社会に出たのは数年も早い。
それなのにこれなんだから、何がどうやってきたのやら。
トラブルだらけだったに違いない。
「じゃ。行ってくる」
へ?!
私がぼんやりと考えながら食べている間に食後の一服を済ませた理乃は早々に出掛ける準備をしていた。
といっても、お財布をポケットに入れただけの手ぶら。
理乃は鞄なんて余程何か持っていく時じゃないと持たない。
財布とスマホ、鍵があれば充分らしい。
それらをズボンのポケットに入れてしまえば準備は完了。
女子力のじょの字もない。
「ちょっと!本当に行くの?!」
「当然」
バタンッ
説明も何もなしに行ってしまいました。
自分勝手にもほどがあるでしょ?!
え。どうすればいいの?
いきなり任せられても困るんですけど!?
えっと、とりあえずご飯食べて、片付けて、お茶の準備して。
きゃー!予約の時間まで後一時間しかない?!
ゆっくり出来るように時間に余裕を持って昼食にした筈なのに!
理乃のまったりペースに付き合っていると、時間の感覚がおかしくなってくる。
あっという間に一時間や二時間なんて過ぎてしまう。
理乃の周りだけ時間の流れが違うんじゃないかと思ってしまう。
大慌てで片付けて、歯を磨いて、以前までの資料に目を通す。
最初の方こそ、それなりに深刻な相談だったけれど、回を追うことに些細な事で来るようになっている。
相談癖みたいなものが出来てしまったのだろうか?
コンコンッ
きゃー!もう来た?!
一時間は早い。
子供の頃の一時間。特に授業中は長く感じたけれど、大人になってしまえば一瞬。
出掛ける準備なんて一時間じゃ足りないくらい。
「はい。どちら様ですか?」
落ち着け。うん。冷静にならないと。
何せ、午前中とは違い、助けてくれる理乃はいないんだから!
「予約していた高橋でーす」
「お待ちしておりました」
ドアを開けて部屋の中へ通す。
勝手知ったるなんとやら。
挨拶をして、自主的にソファの元へ。
「お茶淹れてきますね」
「よろしく。いつもありがとうね」
「いえいえ。こちらこそありがとうございます」
うーん。明るいおばちゃんって感じだなぁ。
常連になるほど悩みを抱えるタイプには感じられない。
今回は夫婦問題についてって事だけど・・・。
未婚どころか彼氏もいない私で役に立つのかな・・・。
急に不安になってきた。
大丈夫。うん。理乃よりはマシな対応が出来る筈。多分。
お茶を出して、対面にある理乃のソファに座る。
「あら?今日は理乃ちゃんは?」
あの理乃をちゃん付けって・・・。
ある意味凄い。似合わないにも程がある。
「すみません。急遽用事が出来てしまいまして。本日は未熟ながら私が相手をさせていただきます」
仮にも所長が相手をするはずが、未熟なアシスタントでしかない私が相手をするのだ。
これは謝っておいた方がいい。うん。理乃が気まぐれですみません。
「あらぁ。それは残念ねぇ。せっかく理乃ちゃんに会いに来たのに」
「すみません」
ソレ、理乃本人に言ったら予約受付拒否されますよー。
・・・うん?もしかして・・・?
いやいや。私に任せた方がいいって思ったんだよ。きっと。
任せても大丈夫っていう信頼だよ。きっと。・・・多分。
「えーと・・・本日のご相談の件なんですが・・・」
「あ。そうだったわね!聞いてちょーだい!」
えぇ。話出したら止まらない愚痴やら何やらがエンドレスと続きました。
最早、井戸端会議以下。
ただの愚痴のオンパレード。
相談もなにもない。
それなら主婦友達とかとしてくれないかなぁ。と思うような内容ばかり。
うん。これはアレだ。
理乃、わかってて逃げた!!
多分、今回を期に予約拒否する。
「忙しい。代わりにアシスタントが対応する」
という状況を見せたので、理乃と話をするのが目的となっている場合、理乃が絶対に対応するとわかっていなければ予約をしてこない。
次回から連絡が来た時点で、いない可能性を匂わすに違いない。
意外な事に、理乃はあまり女性には強く出ない。
機嫌を損ねた時は保障しないけれど、害がない女性はそれとなく逃げるだけ。
これが下心満載の男性ならバッサリと真正面から拒絶の意を表す。
どちらがキツイかは、人それぞれだと思うけれど。
理乃が帰って来るのを狙ったのか、延々と話す高橋さん。
有に二時間は経過している。
多分、帰ってこないですよー。
盗聴器でもしかけているのかってくらい、理乃は逃げるのが上手い。
逃げられたら、本人にその気がないと見つけるのは不可能。
電話もメールも無視するし。
メッセージに既読すらつかない。
さて、どうしたものか。
相槌を打てばいいだけなので、問題ないといえば問題はないけれど。
「そうそう。貴女、結婚は?」
「え・・・?えーと、今の所ないですけど」
何故、私の結婚の話に飛ぶのか。
うん。女性の話題がポンポンと飛ぶのはわかってるよ?
でも、何故私のに飛んだし。
あれだけ愚痴を聞かされたら、結婚への夢も願望も消え失せると思うよ?
「あらぁ。じゃぁじゃぁ、彼氏はいるの?」
「いませんけど・・・」
最早ガールズトークでしかない。
こんな年配の方とガールズトークをする日が来るとは思ってもいなかった。
女性はいくつになっても女ということでしょうか。
「だめよぉ。そんなんじゃ!いい人紹介してあげましょうか?」
「いえ、そういうのは、ちょっと・・・」
いくら石頭が原因でそういったのに抵抗があるとはいえ、付き合いのない人に紹介してもらうのは怖すぎる。
「そうやって敬遠してたら、結べる縁もなくなっちゃうわよ!もう若くないんだから」
ほっといてください。
どうせもう若くないですよ!
これでも私だってちょっとは焦ってるんです!
昔、友達に紹介して貰った男の子が合わなかったので、それ以来そういったものは抵抗がある。
友達の手前、酷くは出来ないけれど、受け入れるのもちょっと・・・という板挟みは辛い。
特に遊び人って感じでもなく、まともそうな人だったのだけれど、一緒にいても楽しくないし、なんだかしっくりこなかったのだ。
二回ほど一緒に出掛けたけれど、どこに行くのか、からすでにどん詰まり。
効率も悪くて、あっちこっちと歩かされる羽目になるし、男の子の体力感覚で連れまわされるのは結構辛い。
その人がオススメと連れていかれたお店も好みじゃなかったし、落ち着かないし、大盛りばっかりの男の子向け。
理乃と出掛けると、その辺りは無駄なくスマート。
最初に目的を作ってしまい、寄り道も兼ねた道順とかも理乃が考えてくれる。
道中で私の好みのお店とかも教えてくれたり、歩いている時にちょっと気になって見てただけなのに「寄るか?」と気付いてくれる。
きちんと休憩のタイミングも計ってくれるし、休憩するお店を探して歩き回るという経験もない。
初めて行った場所でも、歩きながら周りを覚えているらしくて、どこそこに何があった。と教えてくれる。
出掛ける定番の場所は大抵行ったことがあるらしい。
理乃がミーハーな訳ではなく、付き合いで連れまわされた時に覚えたそうだ。
「あんまり理想を高く掲げちゃダメよ?どっかで妥協しないと」
「それはわかってるんですけど・・・なかなか」
最早、どっちが相談しているのかわからない状況になってるんですけど?!
「希望をいくつも掲げちゃダメよ。せめて一個にしぼりなさい。高望みしても、そんな男なんていないんだから」
うーん。言うことキツイなぁ。でも、女性が考える理想の男性なんてこの世にいないというのは、なんとなくわかる。
「一個、ですか」
「一個。あとは妥協、我慢しかないわね」
それであんなに愚痴が零れるのかと思うと、結婚する気がなくなるんですけど・・・。
「で?どんなタイプがいいの?おばさん、紹介できるかもしれないわよ」
いや、紹介はいらないです。
「うーん。頼りになる人、ですかね」
「あら。亭主関白タイプがいいの?」
「いえ、そうではなくて・・・」
頼りになる人はみんな亭主関白なの?
イコールなの?それはちょっと嫌だ。
頼りになると俺様は違うと思う。
こればっかりは感覚的なものなので、口で説明するのは難しい。
「そういえば、理乃ちゃんも未婚よね?」
「理乃は独身主義ですから」
なにせ、結婚=政略結婚という思考回路だし。
「未婚の女が二人一緒にいたら、どんどん結婚は遠ざかるわよ?女は男がいてこそ魅力的になるんだから!」
後者はわかる気がするけれど、前者はいまいちわからない。
うーん。確かに、友達も彼氏が出来た途端に生き生きとしたりするし。
女子力向上に余念がないのを見ると、確かに頑張りが少ない気がしなくもない。
でも、好きでもない人とお付き合いするのも嫌だし。
年齢が年齢なので、どうしても結婚が前提みたいになるので、やはり慎重にいきたい。
「あら!もうこんな時間!!理乃ちゃん帰って来なかったわねぇ」
あ。三時間以上経ってる。
理乃と一緒にいる時とは違う感覚でガールズトークというのも時間の流れが早い。
というか、やっぱり理乃の帰宅を待ってたんですね。
そのためにアレコレと聞かれたのかと思うと、力が抜ける。
「じゃぁ、帰るわね。次は理乃ちゃんにいて頂戴って伝えてくれる?」
「あ、はい。本日はありがとうございました」
多分、無駄ですけど。
バタンッ
はーーーぁ・・・。
疲れた・・・。
同世代の人と長話するのとは違って、やっぱり年上の人は疲れる・・・。
理乃はよく相手出来るものだ。
というか、そういえば私がここで会った事がある理乃の知人友人は年上の人ばかり。
それも、一回りは年上な人ばかりだ。
下手したら、私たちよりも親との方が歳が近い人もいるかもしれない。
慣れか。慣れなのか。
初めての一人での対応ということもあって、物凄く精神的に疲れた。
今日はもう予約は入っていないし、このままぐったりしていよう・・・。
理乃が一日に数件しか予約を取らない理由がよーくわかった。
これは疲れるよ・・・。
なんで理乃は平気な顔してるのか、体験した後では不思議でしかない。
帰ってきたら、いっぱい愚痴ってやる!
ぐうたらは一話が長いのが問題な気がします。




