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王宮を救ったのに処刑されたので、2度目の人生は王宮への復讐に明け暮れようと思います。  作者: 渚月(なづき)


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第9話 玉座の前で

宮廷会議の間に、私の味方は三人。敵は、宮廷のほぼ全員。


それでも足を踏み入れた。

証拠がある。真実がある。そして、もう後ろには決して退けない理由がある。


会議の間は王宮の中央棟、玉座の間の隣に設けられた大広間だ。

円卓を囲むように、有力貴族たちが着席している。壁には歴代国王の肖像画、天井には王家の紋章。

この部屋のすべてが、権力の重さを物語っていた。


正面に王太子クリストフ。その隣にドロテーア。

二人とも、完璧な微笑を浮かべていた。

クリストフの余裕は本物だ。この男は自分が負けるとは微塵も思っていない。宮廷の全てを支配してきた自信が、その完璧な微笑の裏側に透けて見える。


「さて、臨時会議の議題は──ハインツ前宰相の後任人事、だったな」


クリストフが議題を設定する。後任人事を議題にすることで、会議の主導権を握るつもりだ。

自分の息のかかった人物を宰相に据えれば、もう誰も逆らえない。


そのとき、ヨーゼフが立ち上がった。


「議題の追加を申請する。──ハインツ前宰相が生前に調査していた、王家文書の管理に関する不正疑惑について」


会場がざわめいた。

クリストフの微笑が、一瞬だけ固まった。だが、すぐに元に戻る。この男の仮面は厚い。


「不正疑惑とは穏やかではないな、ヨーゼフ伯爵。いったい具体的に何を指しているのか」


ヨーゼフが、円卓の向こう側から私に視線を送った。

私は立ち上がり、円卓の中央に進み出た。足音が広間に反響する。貴族たちの視線が集中する。重い。だが、もう重さには慣れた。処刑台の上で浴びた視線に比べれば、これは何でもない。


「王太子殿下。三年前、シュテルン辺境伯家が取り潰された件について、お聞かせください」


クリストフの目が、ほんの一瞬だけ鋭くなった。

それ以外は完璧な仮面。さすがに動揺を悟らせない。


「シュテルン家? 正当な手続きにより、当主が継承権を放棄し、領地を返上した。それだけの話だ」


「では、この文書についてはいかがでしょうか」


防水布に包まれた勅令を取り出し、円卓の上に広げた。

シュテルン辺境伯家の継承権を認める王家の勅令。王の御璽が押された原本。蝋に刻まれた獅子のランパントが、燭台の光を受けて厳かに輝く。


「これはハインツ前宰相が保管していた原本です。──そしてこちらが、王太子殿下が西棟の書庫から持ち出された『継承放棄の宣言書』の写しです」


もう一枚の文書を隣に並べる。ヨーゼフが三年をかけて入手した、放棄宣言の控え。


「この二つの文書に使われた封蝋を比較してください。原本の封蝋は正規の王家の蝋で、辰砂による深い赤色です。しかし放棄宣言の封蝋は、色が微妙に暗い。──正規の蝋ではありません」


宮廷の外交において、文書の真贋を確認する最も基本的な方法が、封蝋の分析だ。

専門家による封蝋の鑑定は、偽造を見抜く最も確実な手段だ。これは先に典礼官として学んだ知識が、今まさに武器になっている。


「つまり──シュテルン家の継承放棄は、偽造された文書に基づくものです」


私の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

前の人生では、こんな場に立つことはできなかった。証拠を集めることも、味方を得ることも、この広間で声を上げることも──すべて、二度目の人生でしか成し得なかったこと。

マティルデの最後の言葉、ハインツの懐中時計、ニクラスの静かな覚悟、ヨーゼフの三年間の忍耐。一人では辿り着けなかった場所に、今私は立っている。


広い会場が静まり返った。

貴族たちが互いに目を見交わす。疑惑、動揺、好奇心──様々な感情が入り混じった視線が、広間を行き交う。


クリストフは微笑んだまま──だが、その微笑は凍りついていた。


「興味深い主張だ。だが、それが偽造だという証拠は? 素人の目で色が違うと言われても──」


「ヨーゼフ伯爵に委託し、王家の封蝋師に鑑定を依頼しました。その結果がこちらです」


ヨーゼフが封蝋師の鑑定書を差し出した。

正規の封蝋との成分の差異が、明確に記されている。辰砂の含有量、蜜蝋と樹脂の配合比、すべてが数値で示されていた。


「さらに、この偽造文書の作成時期と、王太子殿下の近侍が西棟の書庫に繰り返し出入りしていた時期が一致します。近衛のベッカー家の兵士が目撃しています」


一つずつ、丁寧に、確実に、逃げ場を塞いでいく。

観察し、仮説を立て、検証し、証拠を積み上げる。それだけだ。派手な弁舌も、感情的な糾弾もいらない。事実だけが、この場では力を持つ。


クリストフの顔から、ついに微笑が消えた。

碧い目に、生の感情が剥き出しになる。怒り。焦り。そして──恐怖。

あの退屈そうな欠伸を浮かべていた男が、今は恐怖で顔を歪めている。因果というものは、確かに巡る。


「下らん。たかが典礼官の妄想に──」


「クリストフ」


低い声が、広間に響いた。

全員が振り返る。


玉座の間との境にある大扉が開き、一人の老人が現れた。

──国王だった。


病で長く公の場に出ていなかった国王が、杖をつきながら、広間に入ってきた。

痩せた体に王衣をまとい、白い髪が額に垂れている。だがその目だけは──ハインツと同じ、揺るがない光を宿していた。同じ時代を生きた二人の老人に共通する、揺るがない信念の灯。

広間の貴族たちが一斉に立ち上がり、頭を垂れた。長く姿を見せなかった国王の出現に、会場の空気が一変する。権力闘争に明け暮れていた貴族たちが、この瞬間だけは本来の主に従う姿勢を見せた。


「父上──」


クリストフの声が、初めて動揺で揺れた。

完璧な仮面が、最も予想していなかった人物の登場で、音を立てて砕けていく。


国王はゆっくりと円卓まで歩き、私の広げた文書を見下ろした。

老いた手が文書に触れ、獅子の紋章の上をなぞる。


「ハインツから、手紙を受け取っていた。──自分の死後、エステルという女官が、この件を明らかにするだろう、と」


国王の視線がクリストフに向けられた。

父が息子を見る目。そこには怒りよりも、深い悲しみがあった。我が子を信じたかった親の、裏切られた悲しみ。


「王太子クリストフ。お前には弁明の機会を与える。だが──」


クリストフの隣で、ドロテーアが静かに立ち上がった。


「陛下。すべては私が──」


「座りなさい、ドロテーア」


国王の一言で、公爵令嬢は黙った。

扇を握りしめた手が小刻みに震えている。銀髪を飾る宝石が、その震えに合わせて冷たい光を散らした。


広間に重い沈黙が降りた。

私は円卓の前に立ったまま、拳を静かに握っていた。


ここまで来た。マティルデの死、ハインツの遺言、ニクラスの真実、ヨーゼフの協力。

すべてが、この瞬間に繋がっている。


だが──決着はまだだ。

クリストフはまだ微笑を取り戻そうとしている。唇の端が引きつりながらも、上がろうとしている。この男は、追い詰められてからが本当の勝負だ。


そして国王が次に発した言葉は、この宮廷の誰もが──私さえも──予想しなかったものだった。


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