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王宮を救ったのに処刑されたので、2度目の人生は王宮への復讐に明け暮れようと思います。  作者: 渚月(なづき)


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第7話 裏切りの代償

信じた相手に裏切られるのは、何度経験しても慣れないものだと知った。


ヨーゼフ伯爵の書庫で、私は真実の一端に触れた。

三年前に消された辺境伯家──その名はシュテルン家。

そしてシュテルン辺境伯家には、王家の血を引く傍系として、「王位継承権」が認められていた。


「シュテルン家の当主は、三年前に継承権の放棄を宣言し、領地を王家に返上した。公式にはそうなっている」


ヨーゼフは窓の外を見ながら、淡々と説明した。声に感情は乗っていないが、窓枠を握る指の関節が白くなっていた。


「だが実際は?」


「実際は、当主が放棄に同意した事実はない。偽造された文書が作られ、当主は行方不明になった。家は取り潰され、記録からも抹消された」


「王太子の仕業?」


「おそらくな。シュテルン家の継承権が存在する限り、王太子の即位には常に異議申し立てのリスクがある。そのリスクを消すために、家ごと消した」


静かな部屋に、ヨーゼフの声だけが響く。

この男は、三年前からすべてを知っていたのだ。


「あなたは──前から知っていたのね。なぜ今になって教えてくれるの?」


ヨーゼフは長い沈黙の後、初めて私と目を合わせた。

皮肉めいた笑みが消えた顔は、初めて見る表情だった。


「亡くなった妻が、シュテルン家の出身だった」


息を呑んだ。


「妻は三年前の騒動の中で命を落とした。俺は証拠を集めてきたが、一人では王太子を追い詰められなかった。──あんたが動き始めたとき、初めて可能性が見えた」


だから書庫で私を泳がせた。敵を装い、距離を取りながら、私の動きを見定めていた。

あの冷たい視線も、マティルデの名を口にしたときの警告も──すべてが、味方か敵かを見極めるための試験だったのだ。


(この人は敵じゃなかった。──最初から)


「ヨーゼフ伯爵。協力してもらえますか」


「伯爵はやめろ。ヨーゼフでいい」


皮肉屋の笑みが、このとき初めて本物に見えた。

長い間、一人で戦ってきた男が、ようやく信頼できる相手を見つけたときの表情。それは安堵でも喜びでもなく、ただ静かな覚悟だった。


ヨーゼフが提供してくれた資料を持ち帰り、ニクラスと内容を精査した。

シュテルン辺境伯家の継承権に関する文書の写し。偽造された放棄宣言との矛盾点。そして、シュテルン家最後の当主の名。


ニクラスの手が、文書の上で止まった。

指先が白くなるほど、紙を握りしめている。


「この名前──」


彼の顔から、血の気が引いていた。


「ニクラス?」


「……シュテルン家の最後の当主は、俺の父だ」


時間が止まったように感じた。

ニクラスが流浪の剣士だった理由。王宮に「探し物」があると言った理由。古びた外套の下に隠された、行き場のない怒りと悲しみの正体。

すべてが、一本の線で繋がった。


「だから王宮に──」


「ああ。父が消された真相を知るためだ。──まさか、こういう形で答えに辿り着くとはな」


ニクラスの声は低く、震えを押し殺していた。

私は何も言えず、ただ彼の隣に立っていた。言葉では埋められない沈黙がある。そういうとき、人は傍にいることしかできない。


翌日──すべてが崩れた。


ヨーゼフから受け取った資料の一部が、王太子の手に渡っていた。

クリストフ王太子が、宮廷会議で声明を出した。


「王宮の治安を脅かす不穏分子が、偽造文書を用いて王家を混乱させようとしている」


私たちの動きが、筒抜けだった。


(情報が漏れた。だが──誰から?)


ヨーゼフではない。彼が資料を渡す判断は慎重で、漏洩のリスクを最小限にしていた。

ニクラスでもない。ロジーナは──資料の内容を知らない。


消去法で残る名前は、たった一つだけだ。


ルドルフ男爵。


彼にだけは、私たちの調査についての方向性を伝えていた。

信頼していた。有用な情報をくれたから。誠実そうだったから。あの真っ直ぐな目を、私は信じたかったのだ。


(嘘をつくとき、相手の目を真っ直ぐ見つめる──)


あの穏やかな笑顔が、脳裏をよぎった。


確証が必要だ。ここで感情に任せて動いてはいけない。

一度目の人生で学んだ最大の教訓は、「思い込みで判断しない」ということ。

私はニクラスとヨーゼフに、偽の情報を流す計画を立てた。


ルドルフにだけ、「証拠の写しを北棟の隠し部屋に保管している」と伝える。

もしルドルフが内通者なら、王太子側はその場所を調べに来るはずだ。


結果は、その夜のうちに出た。


北棟の隠し部屋に、王太子の近侍が三人、侵入してきた。

ニクラスが影から見張っていたから間違いない。時刻、人数、侵入経路──すべて記録した。


ルドルフだった。

最初から、王太子の手駒だった。


翌日、私は何食わぬ顔でルドルフと会った。


「エステル様、お加減はいかがですか? 最近、お疲れのようですが」


穏やかな笑顔。真っ直ぐな瞳。

知らなければ、心から心配してくれる味方にしか見えない。その完璧な仮面の裏に、保身だけがある。


「ルドルフ。一つだけ聞いていい?」


「何でしょう」


「北棟の隠し部屋の場所を知っているのは、私とあなただけだった。──なのに昨夜、王太子の近侍がそこに来たのはなぜかしら」


ルドルフの笑顔が、氷のように固まった。

一瞬の沈黙。それから、彼の目から穏やかさが消えた。まるで仮面が割れるように。


「……気づいていたのか」


「あなたの情報は正確すぎた。下級貴族が一人で集められる質じゃない。最初から、渡される情報だったのよ。私を誘導するために」


ルドルフの顔が歪んだ。


「仕方なかったんだ。王太子殿下に逆らえば、俺の家は潰される。──あんただって分かるだろう。力のない者は、強い者に従うしかないんだ」


その言葉に、怒りよりも先に、深い疲労感が来た。

分かる。分かるからこそ、許せない。弱さは罪ではないが、弱さを言い訳にして他人を売ることは罪だ。マティルデの笑顔が、脳裏に浮かんでは消える。


「マティルデもそうやって消されたのね。あなたが居場所を伝えたから」


ルドルフが目を逸らした。

その沈黙が、何よりも雄弁な自白だった。


「ルドルフ男爵。あなたの行為は、王宮の規定により情報漏洩罪に該当する。ヨーゼフ伯爵が証人として記録を残している」


「そんな──」


「証拠は三つ。あなたにだけ伝えた偽情報に近侍が動いた事実、時系列の記録、そしてあなた自身の今の発言。これ以上は、王太子でも庇いきれないわよ」


淡々と、事実だけを並べた。

感情的に責め立てるのではなく、逃げ場のない証拠を静かに積み上げる。これが私の戦い方だ。


ルドルフは膝から崩れ落ちた。


「すべてを書面に残してもらう。あなたが誰の指示で、何をしたか。──それが、あなたに残された唯一の道よ」


ルドルフは震える手で、差し出された羊皮紙に署名した。


ルドルフの情報漏洩は、マティルデの命だけでなく、私たちの計画全体を危険に晒した。もしヨーゼフが原本の存在を察知される前に手を打っていなければ、王太子はとっくに地下文書庫に手を伸ばしていただろう。紙一重だった。


(これが──裏切りの代償)


一つの裏切りは暴いた。だが、王太子はまだ動いていない。そして老宰相ハインツが、宮廷会議で緊急の召集をかけたという報せが届いた。


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