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王宮を救ったのに処刑されたので、2度目の人生は王宮への復讐に明け暮れようと思います。  作者: 渚月(なづき)


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第4話 伯爵の沈黙

真実は、たいてい誰も見ない静かな場所に隠されている。


西棟の書庫は、王宮の中でも最も古い区画にあった。

石壁に染みついた埃の匂い。何十年も人が触れていないような空気の重さ。燭台の明かりが届かない棚の奥に、年代順に並べられた記録綴りが眠っている。


宮廷の文書管理は厳格だ。重要な公文書は原本と写しの二部を作成し、別々の場所に保管する。

原本には王の御璽、写しには管理官の署名。この二重保管制度は、火災や盗難に備えるだけでなく、文書の改竄を防ぐためでもあった。

だが今、その制度が悪用されている。原本を隠し、写しだけを操作すれば──公式な記録そのものを書き換えられる。


ニクラスが入口で見張りに立ち、私は書庫の奥へ進んだ。

王太子の近侍が何度も訪れていた場所──それは書庫の最奥、「王家文書」と刻まれた扉の前だった。


鍵がかかっている。だが典礼官の職権により、この区画の鍵は持っている。

少なくとも、ドロテーアに権限を奪われる前の今なら。あと数日で、この鍵すら私の手から取り上げられるだろう。


鍵を回す。重い扉が軋んで開いた。湿った空気が顔にかかる。長い間、誰も開けていなかった部屋特有の、閉じ込められた時間の匂いがした。


中は小さな部屋だった。棚に並ぶのは、王家間の書簡の写し。外交文書。条約の原本。

その中に──一つだけ、不自然に空いた棚がある。

周囲の棚には均等に文書が並んでいるのに、その一段だけぽっかりと空白になっていた。


(ここにあった文書が、持ち出されている)


棚の端に、薄い擦り傷が残っていた。最近、何かを引き抜いた跡。爪で引っ掻いたような線が二本、木の表面に走っている。

そして棚の奥、壁との隙間に──小さな紙片が落ちている。


拾い上げて、燭台の明かりに翳した。

文書の一部が破れて残ったものだ。判読できる文字は少ないが、いくつかの単語が目に飛び込む。


「……継承……放棄……署名……」


継承の放棄。

誰が、何の継承を放棄したのか。


(王太子はこの文書を隠すために、近侍を何度も寄越した。そしてマティルデは、この文書に関わる書簡の燃え残りを拾った)


これまでに観察した結果を並べ、仮説を立てる。

西棟から持ち出された文書は「継承放棄」に関するもの。王太子がそれを隠したいのは、自分の王位継承に関わるからだ。

まだ全体像は見えない。だが、散らばっていた点と点が、少しずつ線になり始めている。


書庫を出ると、ニクラスが壁にもたれて待っていた。外套の襟を立て、闇に溶けるような姿勢。


「収穫は?」


「半分だけ。ここにあった文書は持ち出されている。でも、手がかりは残っていた」


その紙片を見せると、ニクラスの目が細くなった。


「継承の放棄か。──王家の誰が、何を放棄した?」


「それを調べるには、別の場所にある記録と突き合わせる必要がある。宮廷の財務記録。領地の移動や税の減免──継承に関わる変更は、必ず財務に痕跡が残る」


中世のヨーロッパでは、塩は通貨に等しい価値を持っていた。ローマ時代に兵士の給与が塩で支払われたことから「サラリー」の語が生まれたとされる。

財務記録にはあらゆる資産の移動が克明に刻まれる。領地が動けば税額が変わり、税額が変われば記録に残る。

どんなに巧妙に隠しても、金の流れだけは消せない。


「財務記録の管轄は──」


「ヨーゼフ伯爵よ」


ニクラスの表情が、一瞬だけ険しくなった。


「あの男は信用できるのか」


前の人生で、ヨーゼフ伯爵は私の処刑に賛成票を投じた。

理由は分からない。ただ淡々と、「規則に則り、処刑は妥当」と宣言した男。あの冷たい声は、今でも耳に残っている。


「信用はしていない。でも、避けては通れない相手よ」


翌日、私はヨーゼフ伯爵の執務室を訪ねた。


ヨーゼフは赤みがかった茶髪の男で、鋭い目つきの奥に常に皮肉めいた笑みを浮かべている。

執務室は整然としていた。書類が分類され、棚には年代ごとにラベルが貼られている。この男の緻密さが、空間にそのまま現れていた。

私が用件を伝える前に、彼は先に口を開いた。


「典礼官殿が財務の門を叩くとは珍しい。何か嗅ぎつけたか」


「嗅ぎつけた、というほどのものではありません。舞踏会の経費処理について、確認したいことがあるだけです」


嘘ではない。舞踏会の経費を処理し確認する権限は、まだ私にある。

だが本当の目的は、過去の財務記録を閲覧するための口実を作ること。


ヨーゼフは書類の山から目を上げ、私をじっと見た。

この男の視線は重い。見透かすような、品定めするような、不快な鋭さがある。


「……いいだろう。ただし、閲覧は私の立ち会いの下でだ」


「構いません」


ヨーゼフの書庫で、私は舞踏会の経費を確認するふりをしながら、過去五年間の領地移転記録に目を通した。

指先で頁を繰りながら、視線の端でヨーゼフの動きを追う。彼は窓辺で書類を読んでいるように見せかけて、こちらを監視していた。


そして見つけた。三年前の記録に、不自然な領地移転がある。

ある辺境伯の領地が、正式な手続きを経ずに王家直轄領に編入されている。

移転の理由は──「当主の継承放棄による」とだけ記されている。


(辺境伯の継承放棄。西棟の文書と一致する)


だが──その辺境伯家の名前は、記録から消されていた。

まるで、その家が存在しなかったかのように。家名があるべき欄は空白で、インクの滲みすら残っていない。


「何を見ている」


ヨーゼフの声が、背後から聞こえた。

いつの間にか、すぐ後ろに立っている。靴音一つしなかった。


「経費の照合です。三年前の舞踏会と、今回の規模を比較しようと思って」


「三年前の記録は、舞踏会の欄の二つ先だ。──今あんたが見ているのは、領地移転の記録だろう」


誤魔化しが効かない。この男は、私が何を見ているか完全に把握していた。

自分の書庫の中身を一頁ごとに把握している人間には、嘘は通じない。

ヨーゼフという男の底知れなさを、改めて実感した。この男は敵でも味方でもなく、ただ真実だけを見定めようとしている。その徹底した合理性が、かえって不気味だった。


沈黙が流れた。壁に掛けられた燭台の炎が、二つの影を揺らしている。

ヨーゼフは窓の外に視線を向けた。その横顔は、笑みが消えていた。


「典礼官殿。一つだけ忠告する」


「何ですか」


「消された名前を追えば、あんた自身が消されることになる。──マティルデのように」


体が凍りついた。

この男は、マティルデの死を知っている。公式にはまだ「里帰り」として処理されているはずなのに。


ヨーゼフは何も言わず、書庫の扉を開けて私を促した。

その目は──敵意でも警告でもない、もっと複雑な色をしていた。怒りと悲しみが混ざったような、底の見えない深さ。

あの目の奥には、何年もの歳月をかけて積み上げられた何かがある。私にはまだ見えないが、いずれ分かるときが来る予感がした。


伯爵は何を知っている。そして──何を隠そうとしている。


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