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狂う羊  作者: 銀杏玲
6/7

(六)

 それから僕はすっかり熟睡してしまったのか、ようやく耳元から聞こえる「銀杏、起きろ。時間だ」という黒木の声で目を覚ましたのである。目を開けると、真っ暗な部屋の中で、黒木が懐中電灯で自分の顔を照らしていた。

 「部屋の灯りは目立つ。この懐中電灯はもう切るから、窓際に移動するぞ」

 懐中電灯の灯りを消した黒木の背中につくように、静かに僕は窓際まで身を寄せた。

 23時5分、窓の外は、白熱電灯が牧草地に薄明るくともっており、不気味な様相を呈していた。僕はこのとき、これから起こる出来事などまったく想像しえなかったのだが、一方の黒木は、彼特有の若干の考察から、全体像の把握へと近づいているようだった。

 「“金ベルトの腕時計の男”の一件で、その男を、近頃大学生を食い物に裏の世界で暗躍する“麻薬の運び屋”と推察するに至ったが、今、この推察は、遠山青年との対峙、少女の言う“狂う羊”の話を経て、限りなく真実へと近づいている。そう思わないか?」

 僕は黒木の言っている結論の前提をつかめずにいた。

 「僕にはまだ君のいう結論の前提がまったく理解できないね。“金ベルトの腕時計の男”がほんとうに麻薬の運び屋だったとすれば、遠山青年はおそらく彼から麻薬を買い取りたかった、だけど、居場所がわからないから、尋ね人欄を使って、男との接触を試みたという推察は容易に理解できる。けど、彼は、随分と落ち着きのある立ち振る舞いで、とても麻薬を必要とするような人相ではないように僕には見えたよ」

 「たしかに、彼は麻薬常習者には見えないが…」

 その時、黒木の話を遮るように外から耳にしたことない甲高い獣の奇声と、女性の悲鳴が暗黒の空に突き抜けるように鳴り響いたのである。

 「キャーッ!!!助けて!誰かぁー!いやぁぁーーー!あなたぁーーー!」

 黒木と僕は窓を開けて身を乗り出し、外を見渡した。

 「あれは!なんということだ!」僕は叫んだ。

 魔物にでも捉われたかのように、狂った挙動の二頭の羊が奇声を発しながら、真っ赤に染まった遠山青年を咥えて、牧草地を駆けずり回っている。僕と黒木は、宿直室の窓から外の牧草地へと飛び出し、二頭の羊を追ったが、羊たちは時速40キロはあろう速度で牧草地を駆けずり回り、ついには崖下の日本海を目掛けて一直線に走り出した。

 「大変だ!黒木!」羊を追う僕の後ろで黒木は足を止めた。

 「もうだめだ、諦めろ銀杏!」

 二頭の羊は遠山青年を咥えたまま、牧場の柵を突き破り、崖下の日本海へと身を投じた。

 「なんということだ!」

 僕ははじめて目にした狂気的な人の死に白熱電灯の下で泣き崩れた。これまで黒木とともに、様々な謎解きに関わってきたが、人の死を目の当たりにするのは、このときが初めてだった。もう学生の謎解きの範疇を超えている。おそらく黒木もそう思ったに違いない。

 「まずは道警に連絡だ。ただ俺たちにも責務がある。道警が来る前にあの羊たちが飛び出してきた研究施設を」と牧草地に跪く僕の腕を取り、研究施設へと走り出した。

 僕は悲しみの気持ちを抑え、走りながら「いったい、何が起きたんだ」と黒木に問いかけた。

 黒木は走りながらも冷静だった。

 「麻薬の用途は人に限らないということだ」

 開きっぱなしの研究施設の中へ足を踏み入れると、厩舎とつながっている研究個室は、ガラスの破片が散乱し、液体や遠山青年のものと思われる血液が滴り、足の踏みどころがないほどの地獄絵図であった。

 そして、研究個室内は青臭く、どこか甘い香りが充満していたのである。

 「銀杏、だめだ出るぞ。これは大麻の臭いだ。俺たちまで錯乱状態になってしまう」

 黒木は研究個室にあった一冊の本を片手に僕の腕を引っ張り、牧草地へと再び飛び出した。


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