#1-8.令嬢と刑事、正義を語る
【前回までは】
怪自動車を操るサンダーボルド団。
刑事パーシーと記者ガラードは、情報サロン ロッホ・ネスでその手掛かりを発見する──
1
パーシーとガラードは閲覧室を出て一階へと下りた。
カウンターで紳士録を借り、近くの席に着いてガラードのメモと見くらべる。
「アタリだな」
公道レースで訴えられたアクセルの取り巻きたちは、いずれも貴族の次男、三男たちだった。その親たちは、鋼板製造の工場や捕鯨船団を持っていた。
「──見捨てられし者たちを代表して…か」
パーシーがつぶやいた。
「なんだ?」
「ヤツらの声明文、それに駅で言った言葉だ。日の目を見なかった内燃エンジン。斜陽の石油産業と捕鯨。鉄鋼は業界全体としては好調だが、統廃合で閉鎖された工場も多い」
石炭メジャーと呼ばれる大手石炭企業たちの圧力で、燃料としての石油は灯油のみに限定されるという法律、通称『灯火法』が各国で施行された。
そのため、一時は石炭に取って代わるとまで言われた石油産業は凋落の一途だ。
捕鯨も灯火法で打撃を受けた業界だ。
石油由来の灯火油が安く大量に出回り、鯨油に取って代わったのだ。
乱獲による鯨油生産量の低下に加え、この灯火法で捕鯨産業の斜陽化は加速度的に進行した。その有様は、「捕鯨船はクジラより先に絶滅する」とまで言われている。
「なるほど。それが見捨てられし者たち…というわけか」
「断言はできないがな」
そこに、
「今日もお二人お揃いですね」
美しい女性の声がかけられた。
この店のオーナー、ヴィヴィアン・ベンウィックその人だった。後ろにはメイドのモリーが影のように付き従っている。
ヴィヴィアンの声を聞いたパーシーは、胸が高鳴るのを覚えた。しかし彼女の高慢で人を小馬鹿にした笑みを見て、その気持ちを抑え込んだ。
一方、パーシーの後ろ姿に声をかけたヴィヴィアンは、振り向いた彼の無関心で無愛想な顔に、少なからず気分を害した。そのため笑顔が半端に固まってしまった。
高慢な笑みと無愛想な仏頂面。
それが照れ隠しであるとも知らず、刑事と令嬢は鋭い視線をぶつけ合う。
「例のサンダーボルト団の捜査ですね。成果はありまして?」
パーシーを無視してヴィヴィアンはガラードに尋ねた。
しかしエメラルドの瞳は主の意に反し、ついついパーシーのほうを見てしまう。
「そりゃもう、バッチリですよ」
「捜査中の案件にはお答えできない」
調子のいいガラードに対して、パーシーは事務的に答える。
そのつれない態度が照れ隠しとは知らないヴィヴィアンは、ムッとなった。
「そうそうガラードさん、あなたの薔薇の騎士の記事、読ませていただきました。とても詳細で素晴らしい記事でしたわ」
「お褒めいただき、校閲至福」
「それを言うなら恐悦至極だ。記者が校閲に幸せを感じてどうする」
パーシーが突っ込む。それをガラードは無視して続けた。
「薔薇の騎士の記事は人気があるので、売り上げも上々ですよ」
「あんなイカレたヤツを持ち上げるなんて、どうかしている」
パーシーが毒づく。
「彼は民衆のヒーローですわよ? 犯罪者を懲らしめる正義の味方だと評判ですわ」
「何が正義の味方だ。あのふざけた格好はなんだ? 道楽で悪党退治しているとしか思えない」
「あら、道楽ではいけませんか?」
ヴィヴィアンが首を傾げた。
2
「かつてキャメロットの裏社会に君臨した犯罪王モードレッドは、犯罪は我が仕事だと言ったそうですわ。アーサーのおじさまは、キャメロット市民を守るのはアヴァロン公爵である自分の義務だと仰っています」
ヴィヴィアンは唇をつりあげて笑った。
「仕事と義務…この言葉には、仕方なくやっている、という本音が見え隠れしていると思いませんか? 仕事や義務で仕方なく正義を行うより、道楽で正義の味方をするほうが健全というものですわ」
「道楽で正義を行われてたまるか!」
パーシーの声が大きくなった。
ヴィヴィアン、薔薇の騎士…こいつらはどうしてオレの心をかきみだすのか。その思いでパーシーの口調はついつい強くなる。
ふと気がつけば、他の客たちからの視線が集中している。迷惑そうな視線が半分と、好奇の眼が半分。
声を落としてパーシーは続けた。
「正義は個人が扱うには大きすぎる力だ。個人が好き勝手に正義を行えば秩序は乱れ、社会は立ちゆかなくなる。それを道楽で行われるなど、あってはならない」
「正義は個人には扱えませんか。では警察なら正義を扱えると?」
「警察ではない、法だ。警察が行使する正義は法に基づいている」
「その法に基づく警察では捕らえられない犯罪者がいますわ。〈アフターズ〉のような」
「悔しいがその通りだ。法や警察が不十分なのは認める」
パーシーは唇を噛んだ。
「だが、法や警察の力が不十分なのは、その大きすぎる力が市民に向かわないようにするためだ。いや、こんなことは言い訳にならないな……」
パーシーの脳裏に、ソードフィッシュを軽々と引き離してゆく怪自動車の姿がよぎった。
「では、薔薇の騎士と共闘なさっては?」
ここぞばかりにヴィヴィアンが言う。
「なんですって?」
「警察が手に負えない相手に限り、薔薇の騎士と共闘すればよろしいのです」
そうすれば警察と薔薇の騎士、どちらにもメリットがあるはずだ、とヴィヴィアンは考えていた。
そうすればパーシーと対立することもない。しかし──
「それは不可能だ」
パーシーは即答した。
「何故ですの?」
「法に基づかない正義の行使は暴力であり犯罪だからだ。いくら悪党を退治しようが、ヤツは法を無視している。そんなヤツとは手を組めない」
「刑事さんにとっては薔薇の騎士も犯罪者というわけですか。だから手を組めない、と」
ヴィヴィアンは小さくため息をついた。
「その通り。いつかこの手で捕まえてやる」
「そうですか……」
パーシーの言葉に、ヴィヴィアンの眼が不機嫌に細められた。
「でも、あなたに捕まえられるかしら? ローマン刑事」
挑発的に言うヴィヴィアン。
「捕まえるさ。レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
パーシーも鋭い視線をヴィヴィアンに向ける。
「むむむ…」
「ぐぬぬぬ」
令嬢と刑事、両者がにらみ合うことしばし……。そして、
「フンっ!」
同時に鼻を鳴らし、二人は顔を背けた。
──どうして理解してくれないのか。
と、互いに腹を立てて。
ヒーローが正義の味方である理由。
スーパーマンは社会の一員になるため。
バットマンは子どもの頃に負ったトラウマの克服のため。
うちのヴィヴィアンは趣味と道楽で正義のヒーローやってます。
たまにはこういうヒーローがいてもいいじゃない。
…と思ったら、水戸黄門がいたわ。^_^;
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