#1-7.情報サロン ロッホ・ネス
【前回までは】
奇っ怪な高速装甲車を駆るサンダーボルト団と薔薇の騎士のランサーとのカーチェイス。怪自動車はランサーの敵ではなくクラッシュ。刑事パーシーと記者ガラードははじめて薔薇の騎士と対面した──
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──情報サロン『ロッホ・ネス』。
その店は、キャメロット市の北側、環状鉄道キングス・クロス駅のそばにあった。
お茶や軽食を注文すると新聞、雑誌、市況、紳士録、企業名鑑などを閲覧できるという店である。別途料金を支払えば、マイクロフィルムに収まった新聞、雑誌のバックナンバーや、科学技術の論文を読むことができる。
元は旅行者に食事や喫煙ラウンジを提供する施設であったものを、ヴィヴィアン・ベンウィック伯爵令嬢が買い取り、改造したのだ。
かの令嬢は、ファッションから発明品まで、新しいものならなんでも好きらしい。
新聞、雑誌は元より各種メーカーのカタログや科学技術の論文まで。
新たなものが発表、公開されると、ヴィヴィアンはそれを集め、分類、保管していた。蒐集家が美術品を集めるようなものだ。
ロッホ・ネスは、ヴィヴィアンの情報コレクションを保管する施設であり、言うなればそれを有料公開しているのだった。
情報を求め、様々な人間が、ここロッホ・ネスに訪れる。
地方へ商談に向かう商人たち。
情報収集に来る役人。
研究資料を求めて科学者、技術者たちも訪れれば、思想家や文化人が交流の場に利用している。
政治家、裏社会の人間、貴族、労働者階級…ロッホ・ネスには多種多様な人々がやって来る。
その中には、刑事と記者もいた。
「奇遇だな。いや、こうなると運命を感じちゃうね」
「これが運命なら、悪運というやつだな」
連れ立ってきたわけではない。入り口でばったり会ったのである。
肩を抱こうとするガラードの手を払いのけ、パーシーは入り口のガラス戸に手を掛けた。
ガラス戸には、北方の湖に棲む怪物が描かれている。それを開け、二人は店内へと入った。
二階まで吹き抜けの構造。それと間口の広い入り口と大きなガラス窓も相まって、店内は開放的で明るい。
シンプルで落ち着いた内装は、
「貴族にはやや物足りないが上品であり、重厚、華美であるが庶民が気後れするほどではない」
と、評されている。
入ってすぐ左には軽食と飲み物を注文するカウンターがある。カウンターのそばに新聞が入った大きなラックがあり、今日キャメロット市内で発行された新聞はもちろん、国内の地方紙や欧州と新大陸の有力紙までも並んでいる。
入り口からみて正面奥の壁には列車の時刻表や運行状況が貼られている。
その横には株価と市場の最新情報が書かれた黒板があり、飲み物のカップを片手にそれを眺める人たちがいた。
店内の席の大半は二人用の小さな席が占めている。二人席だが利用するのはほとんどはひとり客だ。
入り口からみて右手には四人用のボックス席が6つある。ボックスの間は衝立と植木で隔てられており、商談や情報交換に利用されていた。内密な話をしたい者、静けさを求める客は奥にある個室が利用できる。
「閲覧室を頼む」
「いつもの部屋な」
「リーダーが二台の部屋ですね。承知しました」
カウンターのフロント係が微笑んで答える。この二人は常連なのだ。
二人が利用するのは、マイクロフィルムリーダーのある閲覧室であった。
ここロッホ・ネスには過去の新聞、雑誌の記事、公開された技術や論文などのマイクロフィルムが集められている。
国立図書館には、より規模の大きな設備があるが、ロッホ・ネスでは分野ごとに分類されているため、効率よく探しものを見つけることができる。何より、図書館はお茶もコーヒーもマズいのだ。
「ご利用になるお時間は?」
「とりあえず2時間だ。自動車とそのエンジンに関係したフイルムを頼む」
「自動車による事件、事故の記事も。あとお茶とスコーンのセットな」
注文をすませた二人は錬鉄製の螺旋階段を上り、2階の閲覧室へと入った。
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閲覧室は、ホテルでいえばシングルルームほどの部屋だった。
入り口からみて左右の壁に1台ずつ、巨大なマイクロフィルムリーダーが置かれている。
マイクロフィルムリーダーの外観は、大きなガラススクリーンが乗った広い机といった姿だ。机の上には小さなタイプライターの他、メモ用紙とペンが用意されている。
すぐに係の者が二人分のティーセットと、マイクロフィルムを持って来た。
マイクロフィルムがセットされると、横幅60センチほどのガラスのスクリーンに、マイクロフィルムに収められた記事が拡大投影される。
パーシーとガラードは背中合わせに席に着き、それぞれの調査を開始した。
パーシーは自動車とエンジンを。ガラードは自動車が関係した事件、事故の記事を調べる。
一読したら机の左側にある小さなハンドルを回す。ガシャガシャ機械音を立ててページがスライドして、次のページと入れ替わる。
気になった記事があると、その管理番号をメモし、別の記事を見てゆく。
しばらく室内は、リーダーを操作する音と小さなつぶやき、時折ティーカップとソーサーが触れる音だけが支配した。
「どんな感じだい?」
1時間ほどしてガラードが尋ねた。
「有望な手掛かりを見つけた」
パーシーは机の引き出しを開けた。
中には小さなタイプライターに似た機械が入っている。
マイクロフィルムリーダーの操作鍵盤だ。管理番号を打ち込むと、その記事がスクリーンに投影されるという仕組みである。
パーシーが表示させた記事は、写真付きの新聞記事だった。
「3年前、新型エンジン搭載の車両開発のため投資が募られた。内燃エンジンというそうだ。小型軽量、高出力。しかし揮発性の高い燃料を使用するため、安全性に疑問あり…とのことだ」
「ああ、そんなのあったな」
パーシーの背中越しにスクリーンを覗いてガラードが言う。
「たしか試験車が爆発して、開発中止になったんだっけか。実用化されれば石油産業が優勢になるから、石炭メジャーの陰謀だとか噂されてな」
パーシーが別の管理番号を打ち込むと、ガラードの言った事故の記事が表示された。
粒子の粗いモノクロ写真で、炎上する車両が写っている。
「サンダーボルトとは似てねぇな」
「ああ、だがエンジンの特徴は一致する。ボイラーの必要のない小型高出力エンジン。揮発性の高い燃料を使用。試験走行で時速100キロを突破したともある」
「ほほう、出資を募ったのはボルトン伯爵か」
そう言うと、ガラードは自分がいた席に戻り、操作鍵盤に指を走らせた。
「こいつを見てくれ。2年前の記事だ」
ガラードが表示させたのは、貴族の子弟たちが訴えられたとの記事だった。
「貴族のボンボンたちが、公道レースと称して幹線道路で暴走を繰り返し、訴えられたって事件だ。主犯とされたヤツの名を見てみろよ」
「アクセル・ボルトン? ボルトン伯爵の息子か」
「次男だ」
記事には、貴族特権で無罪となったアクセル・ボルトンとその取り巻きたちの写真もあった。
ドライビングスーツを着た若い男たちが数人映っている。
中央に写っている男がアクセルで、でカメラに向かい、小馬鹿にした笑みを浮かべている。品性の欠片もなく、とても貴族の子弟とは思えない。
「取り巻きの中にロックウェルってのがいるだろ。こいつの親父は男爵で、石油の精製工場を持っている」
「確かか?」
「労働組合にカネを渡した疑惑で取材に行ったことがある。門前払いくらったけどな」
「エンジン、燃料か。他の取り巻きたちの家も調べよう」
言うが早いかパーシーは閲覧室を出てゆく。スコーンをかじりながらガラードが後に続いた。
ここからは捜査/調査パート。
調査の名を借りた世界観の紹介も兼ねていたり。
ベースはヴィクトリア朝ですが、スチームパンク世界となった背景があります。
その1つがこの石炭メジャー。
石油に代わって石炭が経済を牛耳っているというわけです。
こういうの考えるの、ほんと楽しいです。
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