#1-6.颯爽! 薔薇の騎士
【前回までは】
狼藉の限りを尽くすサンダーボルト団の高速装甲車。
そこに登場! 謎のヒーロー、薔薇の騎士とスーパーバイク・ランサー!
1
その二輪自動車は巨大にして華麗であった。
全長は四人乗りの自動車とほぼ同じ。車体の大半を覆う赤い流線型のカウルには薔薇の装飾がほどこされている。さながら象嵌された美術品だ。
長大なボディの中ほど、埋まるようにして白い甲冑姿の乗り手が収まっている。その乗り手の後ろ、ボディの後半分は前部の三倍ほどの幅があった。車体左右に大きなユニットが存在するからだ。これはいかなる機構を内蔵しているのだろうか。
車体の尾部には真鍮の太い排気管が四本突き出し、陽の光に黄金色に輝いている。
そしてボディの右側面だ。回転弾倉を持つ長銃身砲が取り付けられている。その姿は、甲冑姿の乗り手と相まって、長槍を構えた騎兵を思わせる。
──槍騎兵。
このモーターサイクルは、誰言うとなくそう呼ばれていた。
そのランサーを駆るのが薔薇の騎士である。
正体不明にして神出鬼没。
青い薔薇の装飾がほどこされた白い甲冑を身にまとっていることから、薔薇の騎士と呼ばれている。
警察が手を焼く大火後の犯罪者〈アフターズ〉の前に現れ、これを退治することから、新聞などでは正義のヒーローと持てはやされている。
その薔薇の騎士が現れたのだ。
「うひょーっ! まさかホントに現れるとはな!」
ガラードが喜びの声を上げる。
「クソっ!」
一方パーシーは怒りの声を上げてアクセルを踏み込んだ。
19世紀の王国は法治国家だ。たとえ凶悪犯相手でも個人が私的に制裁を加えることは許されない。
警察官であるパーシーにとって、薔薇の騎士も〈アフターズ〉の同類だった。それも警察の権威を傷つける厄介な存在だ。
「もっとスピード上げろ! 見失っちまうぞ」
「うるさい!」
ソードフィッシュの速度が上がる。汽罐の圧力がもどってきたのだ。
「サンダーボルトも薔薇の騎士も、まとめて捕まえてやる!」
ボイラーよりも熱い闘志を燃やすパーシー。しかしランサーとサンダーボルトたちには追いつけない。
行く手に、巨大な鉄橋が見えて来た。その高さは四階建ての建物に等しい。
キャメロット市を囲む環状鉄道の高架橋だ。
大火後の都市改造計画で、キャメロット市内の鉄道は高架橋ないし地下に敷かれることとなった。幹線道路での渋滞をふせぐためである。
それで生まれたのが市中心地を囲む環状鉄道の高架橋である。この環状鉄道の内側は〈環内〉と呼ばれ、それはキャメロット中心部と同義で使われている。
環状鉄道を境にして、建物の高さと家賃は低くなり、〈環内〉ではほぼ直線だった幹線道路も、大きなカーブが目に付くようになる。
さしものサンダーボルトもここから先は減速せざるを得ないだろう。
「おいおい……」
ガラードがつぶやきをもらす。
鉄道高架橋をくぐったところで、ランサーがサンダーボルトたちに追いつき、追いつかれた怪自動車が更に速度を上げたのだ。
2
さっそく大きなカーブが現れた。そこに2台のサンダーボルトとランサーが突入する。
化鳥の叫びようなドリフト音が上がった。2台の装甲車と1台のモーターサイクルは、後輪を石畳の上で滑らせてカーブを曲がる。
華麗なランサーのドリフトに対して、サンダーボルトたちは無様だった。
怪自動車同士が微かに接触し、金属の甲殻同士が火花を上げる。
左側のサンダーボルトが外側に大きくふくらむ軌道を描き、歩道そばにあった馬用の水飲み場に接触した。
爆発したようにレンガの破片が飛び散り、水飲み場が半壊する。高速、大重量の車両は、接触しただけで大きな破壊力を生むのだ。当の怪自動車はなんとか体勢を立て直して走り続ける。
「人通りがないのが幸いだな」
パーシーがつぶやく。
まだ多くの馬車が使われているキャメロットでは、馬の水飲み場があちこちにある。下町の子供たちは、タダの飲料としてその水道の水を飲みに来る。もしも子供たちがいたら大惨事になるところだった。
通りの両側では、目に見えてガス灯の数が減り、建物も五階建て以下の建物ばかりになってきた。
風を撒き、排気音を轟かせ、石畳の道をサンダーボルトとランサーが駆け抜けて行く。両者の速度は時速100キロをゆうに超えていた。
二度、三度と大きなカーブを越える。
サンダーボルトらがなんとか曲がっているのに対し、ランサーは余裕のようだった。
同じように後輪を滑らせていても、サンダーボルトたちのような危うさがない。制御されたドリフトなのだ。
「ただ者じゃねぇな」
ガラードの言葉にパーシーはうなずく。
サンダーボルトの乗り手と薔薇の騎士。その技量の差は歴然だった。
そしてマシンの性能は遙か上をいっている。
サンダーボルトの機関音にひび割れたような音がまじり、排気音はせき込むような不安定さが感じられる。
一方、ランサーのエンジン音にはそうした不安定さは一切ない。まだ余裕があるのだ。
ランサーにサンダーボルトは追いつめられようとしていた。
「まずいな…ヤツらに焦りが見える」
パーシーの観察眼は、サンダーボルトたちの運転からそれを読み取っていた。
あの速度でクラッシュすれば、周りにも大きな被害が出る。
不安はすぐに現実となった。
追いつかれたサンダーボルト、その左の1台が減速し、ランサーの横に並ぶと体当たりをしかけた。
しかし薔薇の騎士はそれを読んでいた。
ランサーは加速して体当たりを軽々とかわした。かわされたサンダーボルトは勢い余って歩道に乗り上げた。
猛スピードがあだとなり、怪自動車ははじけ飛ぶように横転した。
二転、三転…石畳と自身の欠片をまき散らしてサンダーボルトは何度も転がる。あげくガス灯に激突、これをへし折ってやっと止まった。
3
「派手にやったもんだな」
横倒しになったサンダーボルトを見てガラードが言う。
もう1台のサンダーボルトは戻って来る様子はない。クラッシュした仲間を置いて逃げ去ったのだ。
近くにソードフィッシュを停め、パーシーとガラードが降りた時、倒れたサンダーボルトの甲殻が動いた。
重なり合っていた鉄の甲殻がスライドして開き、中から2人の男が這い出て来る。
レーサーを気取っているのか、モーターレースのドライバーが着るようなドライビングスーツを着ている。目出し帽をかぶっているので人相は分からない。
「待て!」
叫んでパーシー、そしてガラードが駆け出す。その声に、2人のサンダーボルトは路地に逃げ込もうとする。そこに──
「なっ!」
引き返してきたランサーが、パーシーとガラードの行く手を阻んだ。
「貴様、どういう──」
パーシーの言葉は、爆発音にかき消された。横転していたサンダーボルトが爆発したのだ。
反射的に顔をかばうパーシーとガラード。
幸い二人とも無傷だった。ランサーが間に入っていたためだ。
二人が顔を上げ、ランサーの向こうのサンダーボルトを見た。
原型を留めないほど破壊された車体が炎に包まれている。そのすぐ横、へし折られたガス灯からも柱のような炎が上っている。
目出し帽たちの姿は見えない。路地に逃げ込んだのだろう。
「あの車両は、極めて揮発性の高い燃料が使用されている」
薔薇の騎士がつぶやくように言った。
まるで機械が話したかのような金属質の声に、パーシーもガラードもぎょっとなった。
「接近する際は注意したまえ」
機械で加工されたと思われるその声は、男とも女ともつかない。
パーシーはあらためて薔薇の騎士を見た。
フルフェイスのヘルメットでその顔は見えない。
青い薔薇の装飾がほどこされた白い甲冑。曲面で構成された鎧のデザインは近世のもののように見える。しかしよく見れば、あちこちに歯車や円筒機構がついており、ただの鎧というわけではなさそうだ。
機械加工された声と全身を覆う甲冑。年齢はもちろん性別すら分からない。
「貴様は何ものだ?」
パーシーが問うた。薔薇の騎士は少しの間考え、
「……キャメロットの守護騎士・ランス」
そう言うと、薔薇の騎士はランサーを出した。
蒸気機関とは明らかに異なる、重い排気音を轟かせ、赤いモーターサイクルは風のように走り去っていった。
「カメラがあればなあ」
ガラードがぼやくそばでパーシーは舌打ちした。
「……礼くらい言わせろよ」
4
暗い地下道を巨大なモーターサイクルが走る。
大火により計画が頓挫した地下鉄。大火後に新たなものが整備されて放棄された地下水路。キャメロット市の地下には、忘れられた地下通路が数多く残されている。
その地下道を、薔薇の騎士は秘密のハイウェイとして使用しているのだ。
地下道の先、レンガ張りの壁に擬装された扉の先に、薔薇の騎士の隠れ家〈アーセナル〉はあった。
鉄骨の柱と梁に支えられた地下の基地。帰還したランサーを、二人の老人が出迎えた。
一人は黒のスーツ姿の老執事。
オールバックにした白髪といい、よく手入れされた口ひげといい、上品かつ優雅な「これぞ執事」という姿である。
もう一人は白衣に片眼鏡。
ヨレヨレの白衣に白髪もぼさぼさ。いつも両眼を見開いているような顔つきは、世間がイメージする「イカレた博士」そのものである。
老執事の名はボールス。博士はマーリンという。
「噂のサンダーボルト、どうであった?」
薔薇の騎士が下りるのを待たず博士──マーリンが尋ねた。
「ランサーの敵ではない。2台いたのは誤算だったけど」
薔薇の騎士はそう言うと、ランサーの計器板、そこに並ぶ多くのスイッチの一つを操作した。
ヘッドライト近くのカウルが開き、中から写真機ユニットが現れた。新大陸で発明されたばかりのロールフィルム式の写真機、それを改良したものだ。
マーリンが「うほほほ」と奇妙な笑い声を上げて写真機を受け取った。そのフィルムには追跡しながら撮ったサンダーボルトの姿が写っているはずだ。
「モリーは?」
薔薇の騎士がヘルメットを取ると、金と銀の髪がふわりとこぼれ出た。
「すでに戻り、入浴の準備をしております」
恭しくヘルメットを受け取り、ボールス執事が答える。
「それじゃ、まずはお風呂ね。その後で作戦会議をしましょう」
薔薇の騎士──ヴィヴィアンはそう言って笑った。
薔薇の騎士のランサーvsサンダーボルト団の怪自動車の対決でした。
スチームパンクのカーチェイス、いかがだったでしょうか?
「スチーム」といいながら、サンダーボルト団もランサーも蒸気機関ではないのですが^_^;
そうした新発明もスチームパンクの要素ということで。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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