#5-21.長い夜のおわり
【前回までは】
ハーバードの死体工場で、ルーはイモータル7の群れを倒し、不死の巨人ジオマグスはランサーの秘密兵器〈エクスカリバー〉の前に滅びた。その一方、ガラードは、逃走を図るホワイトを止めようとしていた──
1
ほぉお……ほぉお……。
夜の運河に乾いた呼吸音が満ちる。
30を越えるイモータルの群れがガラードに向かって来る。
「ヒヒヒ…お前はお終いだ、新聞記者!」
ブラックボイラーの客車の中でホワイトが笑う。
そこに、アセチレンランプの光が射した。
ガラードの背後から猛スピードで一台の蒸気自動車がやって来る。ポリスカーだ。
ポリスカーはブラックボイラーの横を通り抜け、イモータルの群れの前で急ハンドルを切った。けたたましいスリップ音が上がる。後輪を滑らせ、ポリスカーは左側面でイモータルたちを5、6体ほど吹っ飛ばして止まる。
運河沿いのたいして広くない通りである。横向きに止まったポリスカーはイモータルに対する障害となった格好だ。
止まったポリスカーからサーベルを手にしたパーシーが降り立った。
「待ってたぜ友よ! ──ってお前だけかよ?」
後に続くポリスカーの姿はない。
「後から来る」
パーシーは他の警官たちをぶっちぎり、単独でやって来たのだった。
「オレのためにひとりで来てくれたのか。愛してるぜ」
ポリスカーを迂回したイモータルたちがふたりに襲いかかる。
「下らんことを言うと帰るぞ」
左から来た2体のノドをパーシーのサーベルが斬り裂いて倒す。
「照れんなよ!」
右からも2体来る。ガラードは握りしめた拳の形を変えた。
指を第二関節から折り曲げ、指の腹で指の付け根を押さえるように握る。中国武術で豹拳と呼ばれる平たい拳だ。
ガラードは中国武術など知らない。ノドを狙うためこの場で思いついたのだ。
ガラードの拳がノドを一撃すると、イモータルは硬直し、そして倒れた。平たくした拳が精確に気管をつぶし、呼吸を止めたのだ。
今夜のガラードは死者への気遣いを捨てていた。
埠頭でのホワイトらの扱いを見たからだ。
死んだ後まで奴隷として使われるくらいなら…自由にしてやる!
後から後からイモータルたちは攻めてくる。
しかし、横向きに停車したポリスカーのため、ガラードとパーシーに向かって来るイモータルたちは一度に2、3体ずつだ。
生きた人間なら、ボンネットに上がるなどして一気に押し寄せて来たことだろう。
だがイモータルにそんな知性は無い。言われたまま命令を実行する程度の知性しかないのだ。
愚直にイモータルたちはポリスカーをよけて2、3体ずつ進んでくる。そしてサーベルと拳によって倒されていった。
「ば、バカな…!」
馬車の中でホワイトは青ざめた。
あれほどいたイモータルが数えるほどになっている。
ホワイトは焦った。
自分で馬車を動かすか…と、御者台のほうを見たホワイトの顔に、また邪悪な笑みが浮かんだ。
ほぉお……ほぉお……。
夜の運河に乾いた呼吸音が満ちる。
はっとなってパーシーとガラードは振り向いた。
ふたりの後ろ、埠頭のほうから大勢のイモータルたちがやって来る。
埠頭でデモンストレーションのための荷下ろしをしていたイモータルたちだ。
「これはちとマズいな」
ガラードはつぶやいた。
後ろからやってくるイモータルは100体をゆうに越えていた。
2
隊列を組み、イモータルの大群がやって来る。
あれだけの数で来られたら、さしものパーシーとガラードでもどうしようもない。
「拳銃を持っているか?」
ガラードはあるアイデアを思いついた。
「ちゃんと返せよ?」
「この前も返したろう?」
パーシーから六連発の拳銃を受け取ったガラードは、ブラックボイラーへと駆け寄った。
「ひぃいっ!」
窓の外から銃を向けられ、ホワイトが悲鳴を上げる。
脅えるホワイトを見てガラードはニヤリと笑って見せ、引き金を引いた。
銃声が上がり、客車の窓ガラスが砕け散る。
「こいつで操っているんだったよな!」
素通しになった窓から銃を入れ、ガラードは車内の霊波通信機に向けて連射した。
ガラス筒が砕け、激しく火花が散る。
ホワイトが悲鳴を上げてドアを開け、転がり出て来た。
「どうだ?」
全弾撃ち尽くした拳銃を手に、ガラードがイモータルの大群のほうを見た。
ほぉお……ほぉお……。
イモータルたちの歩みはまるで変わらない。
ほぉお……ほぉお……。
乾いた呼吸音とともに100を越えるイモータルが迫って来る。
「装置を破壊したのが間違いだったな!」
地面に転がったホワイトが叫んだ。
「てめぇ!」
ガラードがホワイトの胸ぐらをつかんで立ち上がらせる。
「殴るなら殴れ! わしにも止められんのだ!」
「クソっ!」
吐き捨ててガラードはホワイトを放り出した。
「ヒヒヒ! ヤツらはもう誰にも止められない! わしの勝ちだ!」
腰をさすりながらホワイトが哄笑する。
その間にもイモータルの大群が迫って来る。
「覚悟を決めるかぁ」
ガラードがため息をついて拳を構える。
「いや、待て。様子がおかしい」
迫る死者たちが自分たちを見ていないことにパーシーは気づいた。
彼らが見ているのは──
「さぁやれ! この生意気な若造どもを引き裂いてしまえ!」
勝ち誇るホワイト。しかし、イモータルたちはパーシーとガラードを無視した。そして──
「な、なんだ? 何をする!」
イモータルたちはホワイトを取り囲むと、その身体に噛みついた!
3
「やめろっ! やめてくれぇええ! ぎゃあああっ!」
大勢のイモータルに噛みつかれ、ホワイトが絶叫する。
ホワイトだけではなかった。イモータルたちは後ろにいたヘルファイア倶楽部の資本家たちにも襲いかかった。
「やめろぉ!」
「助けてくれぇ!」
「オレじゃない! お前たちを殺したのはオレじゃないんだ!」
腕と言わず足と言わず噛みつかれて資本家たちが泣き叫ぶ。蹴っても払いのけても、別の死者が入れ替わり立ち替わり噛みついてくる。
その有様をガラードとパーシーは呆然と見ていた。
「頼む! 許してくれ!」
涙を流し、命乞いするホワイト。一体のイモータルがのしかりながら顔をよせた。
「すぅべておぅ…警ぃ察ぅに…っ話すぅか?」
苦労してしぼりだしたような声で死者が言った。
「そ、それは…!」
「話したらオレたちは死刑になるぞ?」
仲間の資本家たちが言う。
「認めてるようなものじゃねぇか」
ガラードが呆れる。
イモータルたちは噛みつき攻撃を再開した。
「言う! 言うから!」
「助けてくれぇええ!」
資本家たちは降参した。
後の絞首刑より、いま全身を噛みつかれる痛みと恐怖に耐えられなかったのだ。
その直後、イモータルたちの動きが止まった。
糸が切れた人形のように倒れる。次々とイモータルたちは通りに倒れてゆく。
倒れたイモータルたちは目を閉じていた。
そして二度と起き上がることはなかった。
「どうなっているんだ?」
「装置を破壊したことが効いたのかな?」
パーシーとガラードが顔を見合わせる。
ふたりは気づいていなかった。
死体工場の入り口にモリーが潜んでいたことを。
イモータルたちはモリーが操っていたのだ。
先刻、ジョアンナと意識がつながった時、モリーには彼女がどうやって何度もアジトを抜け出したのかを知った。
ジョアンナは微かに残る記憶から、ソーディグに帰ろうとしていた。
しかし部屋には鍵が掛かっていた。ジョアンナは、近くにいたイモータルを霊波で操り、鍵を開けさせたのだ。
自我も思考力も極めて少ないジョアンナには鍵を開けさせるくらいしかできなかった。
だがモリーは違った。
ヒドルミナのプレートが埋め込まれたままのモリーは、自らを霊波通信機にしてイモータルたちを操ったのだった。
「死者たちの復讐なのかもな」
放心し、すすり泣く資本家たちを見てパーシーが言う。
「因果横暴ってヤツだな」
「それを言うなら因果応報だっ!」
パーシーに突っ込まれるガラードにモリーは微かな笑みを浮かべた。
4
死体工場の炎はプラントだけでなく天井や壁へと燃え広がっていた。
燃えさかる炎に照らされ、真鍮のタンクや歯車が黄金色に輝いている。
帰りたい……。
それを見たジョアンナが、炎に向かって歩き出した。
「待て! 止まるんだジョアンナ!」
ハーバードが叫んだ時にはすでに遅く、ジョアンナは炎のただ中に踏み込んでいた。
白いドレスに火が点き、全身が炎に包まれる。
それでもジョアンナの足は止まらない。
帰りたい…帰りたい……。
ジョアンナは炎の奥へと歩いて行く。
その切ない思いはモリーにも伝わっていた。
「もう終わりにしたいのですね。ジョアンナ」
モリーは霊波通信機のガラス筒を叩き割ると、中からヒドルミナのワイヤーを取り出した。
ジョアンナ…あなたの帰る場所はもうない。
あなたの家も、あなたを待つ人も…だから終わりにしたいのですね。
モリーはヒドルミナのワイヤーを巻いて指輪の形にすると、
「ジョアンナ! あなたの指輪よ!」
ジョアンナに向かって投げた。
足下に転がったヒドルミナのリングが炎にきらめく。
ジョアンナは膝を突いてリングを拾い上げた。その直後、炎が回った壁がジョアンナの上に崩れ落ちた。
「ジョアンナぁあああっ!」
ハーバードが絶叫する。
そこに、サイレンの音が聞こえてきた。警察、そして消防がやって来ようとしている。
ハーバードを始末するのは今しかない。
ヴィヴィアンはランサーのリボルバーライフルをハーバードに向けた。
今、装填されているのは焼夷弾。人間に命中すれば骨も残さず焼き尽くす。
彼が生きている限り、私と私の家族の秘密が脅かされ続ける……。
照準器にハーバードの姿を捉えた。
へたり込み、泣きじゃくる死の医師の姿は、ひどくちっぽけなものに見える……。
……小さくため息をついて、ヴィヴィアンはランサーの銃を下ろした。
「ルー、フェイ、引き上げるわよ」
そしてランサーをモーターサイクル形態に変え、走り去っていった。ルーとフェイは裏口から人目に付かない闇へと姿を消す。
それと入れ替わるようにパーシーとガラードが入って来た。
「無事だったか…!」
「薔薇の騎士に助けていただきました」
安堵して駆けよるガラードの足が止まった。
そこでモリーは、自分の襟が大きく開いていることに気づいた。ハーバードに捕まり、検分される際にはだけられたのだ。
首と胸の縫合痕を見られる…!
モリーは咄嗟に襟を押さえ、隠した。
「……見ましたか?」
「いいや! 見てない! 育ちは悪くても心は紳士なんだ」
あわててそっぽを向くガラード。
……ウソだ。
もしモリーが普通の女性であったならガラードは、
「悪い、見ちまった。男の子だから、つい…ねっ!」
と、おどけるはずである。
ガラードは、彼女の胸の谷間を見たことにして誤魔化しているのだ。
「ウソが下手ですね」
「いや見てない! 見てないって!」
ムキになって否定するガラード。
「では、そういうことにしておいてあげます」
「見てないってば!」
「ここは危険だ。出るぞ」
言い合うふたりにパーシーが割って入った。
抜け殻のようになっているハーバードを立たせたパーシーは、モリーに、
「無事で良かった。車でお屋敷まで送らせます」
と声をかけた。
外は大騒ぎだった。
ホワイトたち資本家を連行する刑事たち。イモータルたちを一ヶ所に集める警官たち。そして消火活動に当たる消防士たち。
その喧騒から出たモリーは空を見上げた。
運河の向こう、遠い空に夜明けの光が広がっている。
朝の光に、モリーはジョアンナのことを思った。
炎の中に消える直前、ジョアンナはモリーが作った指輪を見つめ、微笑んでいた。
「今日は、久しぶりにお天気になりそうですね」
夜明けの光を見つめモリーはつぶやいた。
長い夜は終わったのだ。
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次はエピローグ。
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