#5-18.死体工場
【前回までは】
コープスシンジケートの正体を見た記者ガラードは、接続運河バージカットにあるアジトへと追跡した。そこで同じくアジトを見張っていたモリーと遭遇。その直後、運河に潜んでいた謎の巨人にモリーは連れ去られてしまう──
1
「こいつは701-B! あの時の実験体じゃないか!」
その声に、モリーの意識は目覚めた。
「……そうか! ライトチャペルでエイトどもがおかしなほうに行くと思ったら、コレを彼女と間違えていたんだな。そして今また……」
白衣を着た男がぶつぶつつぶやいている。
ブロンドの髪に青い瞳。眼鏡を掛けた神経質そうな男だ。
──ドクター・ハーバード!
40をとうに越えているはずだが、15年前の古い写真に写っていた姿とあまり変わっていない。
その隣には虚ろな顔をした白いドレスの女──咬み裂きジェーンことジョアンナがいる。どういうわけか彼女の左腕は肘から先がなく、包帯が巻かれていた。
モリーは自分がどこにいるのか理解した。
ここはハーバードたちのアジト、その研究室だ。
モリーは、胸をはだけられた姿で石造りの解剖台の上に寝かされているのだ。
そこに、慌ただしいノックの音とともにドアが開いた。
「ドクター! また女を捜していたのですか?」
入って来たのはタイタン海運のホワイトだった。
「鍵を掛けておいたのに、どういうわけか抜け出してしまったんだよ。娼婦の左腕も切り落としてあったのに…どうしてだろう?」
「そんなことより、今日はイモータルのお披露目の日でしょうが! あんたがいないと困るんだ!」
ハーバードの注意がモリーから離れた。
──今だ!
モリーは飛び起きると同時に跳躍し、2メートルは離れていたハーバードの背後に降り立った。
身体が…重いっ!
回復しきっていないのか、モリーの身体能力はいつもの半分ほどに落ちていた。
それでも人間離れしたスピードに、ハーバードとホワイトは反応できなかった。彼らが気づいた時にはモリーの両腕がハーバードの首にからみついていた。
「な、なんだ!?」
「これは驚いた」
慌てふためくホワイト。一方ハーバードは驚きはしたが動揺はしていなかった。
「ドクター・ハーバード。一緒に来てもらいますよ」
低い声でモリーが言う。
しかしハーバードは鼻で笑った。
「創造主に歯向かうか。出来損ないが!」
次の瞬間、モリーを、またあの頭痛が襲った。
これは…!?
強烈な痛み。それ以上の衝撃。たちまちモリーの意識は闇へと沈んでゆく。
ヴィヴィアンさまに…知らせなくては…!
消えゆく意識の中、モリーは必死に霊波通信を試みた。
「ドクター! こいつは!」
「15年前、僕が作った実験体イモータル7のひとつだ。どうしてコイツがここに? いや、それより動く死体にすぎなかったのに…この筋肉の張り! 体温! 自我や知性もあるようにみえたぞ」
倒れたモリーを見下ろしハーバードはつぶやいた。
「これは隅々まで調べる必要があるな……」
その声を最後に、モリーの意識は完全に闇へと落ちた。
2
フェイとルーが接続運河バージカットの手前で合流して間もなく、モリーが意識を失う直前に発した霊波通信が届いた。
薄れ行く意識の中、モリーが死力を振り絞った霊波通信は、彼女が見聞きしたもの──映像と音声がそのまま届いた。
「あの野郎っ!」
フェイは激昂した。
霊的なつながりの強いルーとフェイには、エーテルのにおいや冷たい石の床の感触までも届いていた。我慢できるものではなかった。
「落ち着きなさい」
駆け出そうとしたフェイ、その襟の後ろをルーがつかんで持ち上げた。
「放せ! あいつの首を引きちぎってホムズ河に蹴り落としてやるんだ!」
猫みたいにぶら下げられた状態でフェイが暴れる。
「……ふたりとも、すぐに戻って」
そこにヴィヴィアンの〈声〉が命じた。
「ヴィヴィアンさま…!」
「ハーバードはあなたたちを無力化する手段を持っている。モリーを助けるには準備が要るわ。大至急、アーセナルに戻って」
何か言いかけたフェイを制してヴィヴィアンが言う。
感情を欠いたその〈声〉は無理矢理怒りを押し殺しているためだった。ヴィヴィアンもフェイに劣らず激怒しているのだ。
「戻るわよ」
「……うん」
ルーとフェイはうなずき合うと、ベンウィック邸そして基地アーセナルのあるラムステッドへと向けて駆け出した。
いつもなら人目に付かぬルートを選び、細心の注意をしながら移動するのだが、今は可能な限りの最短距離で向かう。
ふたりは屋根の上を駆け、地下のシークレットハイウェイを走り、自動車なら小一時間はかかる距離を15分ほどで戻ってきた。
地下にあるランサーの基地では、ヴィヴィアンはヘルメット以外、薔薇の騎士の装備を着けたまま電話に出ていた。
電話はすぐ終わり、ヴィヴィアンがふたりのほうを向いた。
「ボールスからの報告よ。ロッホ・ネスにガラードさんから電話があったそうよ。曰く──ローマン刑事が来たら伝言を頼む、コープスシンジケートのアジトはバージカットにある廃業した造船所。ベンウィック家のメイド、モリーが捕らわれている──と」
ルーとフェイは息を呑んだ。
警察がハーバードたちのアジトに踏み込んだら、モリーがイモータルであることが知られてしまう。
「ガラードさんはパーシー刑事がいそうな場所すべてに連絡したのでしょう。当然、警察署にも」
ルーの言葉にヴィヴィアンはうなずくと、
「警察がアジトに来るまで2時間…もっと早いかもしれないわね。──ドクター・マーリン、例の件をふたりに教えて」
マーリンに声を掛けた。
「おぬしらがブロンズストリートで回収したシームの残骸を解剖したら、面白いことが分かったぞ」
うひひひ…と笑うマーリン。その手にはメスが握られていた。
3
──同じ頃。
ガラードは小さな消毒薬工場の事務所にいた。
運河から這い上がったガラードは、電話を借りるためこの事務所に侵入したのだった。
パーシーの立ち回りそうな場所はすべて連絡し、伝言を頼んだ。
「本部からここまで車で40分くらいか。警官の召集とポリスカーの準備に1時間…ああ、あの本部長のことだ、決断に時間がかかるに決まってる。早くても2時間はかかるな」
待つのも記者の仕事。普段のガラードなら2時間待つくらいどうということはない。
しかし今はモリーのことが気がかりだった。
彼女は生きているのか。生きていたとしても、相手は死体を手に入れるために大量殺人を行う連中だ。どんな扱いをされることか…!
考えるだけで気が狂いそうだ。
ガラードは事務所の窓からホワイトらのアジトを覗き見た。
ここからアジトまで100メートルほど。運河沿いのまばらなガス灯に、かつて造船所だった建物は巨大な影として浮かんでいる。
ガラードが目を凝らしていると、前の通りに蒸気トラックが一台現れ、通り過ぎて行った。
こんな時間に?
やはりトラックは造船所の前で停まり、鉄の大扉が開いた。トラックが中へと入るとまた閉じられた。
「……ただ待ってなんていられるか!」
つぶやいてガラードは事務所から出た。
× × ×
「これからお目に掛けるのは、我らの理想の労働者が作られるプロセスです」
アジトの中では、ホワイトとハーバードが資本家たちを前にしていた。
そこはまるで化学工場のようであった。
大小のタンクとそれをつなぐ無数の配管からなるプラント。真鍮の歯車とガラス筒の機械装置。船渠だった部分は床板で覆われ地階となっている。
化学プラントの前にはタイル張りの石のベッドが12あり、それぞれのベッドの右側には細いアーム状の機械が取り付けられていた。
ハーバードが装置のひとつを操作すると、先ほどやって来た蒸気トラックの荷台から、1体のイモータルが降り立った。
降りたイモータルに、荷台にいる仲間が積み荷を渡す。
積み荷は死体だった。
死体を受け取ったイモータルは、それを石のベッドへと運んでゆく。
2体目が荷台から降り、死体を受け取って石のベッドへと運ぶ。3体目、4体目と後に続く。
「これはイモータル3──保存液を注入した死体だ」
ハーバードが説明する。
12ある石のベッドに12の死体が乗せられた。死体を運んだ12体のイモータルがその横に着いている。
「はじめろ」
ハーバードが命ずると、イモータルたちは剃刀を取り出した。
それをベッドの死体の頭に当て、髪を剃ってゆく。イモータルたちの動きは、多少のぎこちなさはあるがよどみがない。
「こんな細かい作業もできるのか」
投資家のひとりが目を見張った。
イモータルは単純労働しかできないと思っていたのだ。
「秘密はこの機械。命令列打刻機です」
ホワイトが霊波通信機に繋がった歯車計算機のような装置を紹介し、手にしたパンチカードをかかげて見せた。
「自動織機と同じです。専用のパンチカードを読み取らせて霊波通信機で送信することで、イモータルはその作業に特化した労働者になる。炭鉱夫、ライン工、農夫や御者、どんな労働者にもなるのです」
胸を張るホワイトに、資本家たちが、おお、と感嘆した。
4
──帰りたい。
彼女はそれだけを願っていた。
目に映るもの、耳に届く音、そのすべてがここが自分の居場所ではないと伝えている。
帰りたい…帰りたい……。
狂おしいまでの渇望。押し潰されるような孤独。
どこに、誰の元に帰りたいのか、それは分からない。
ここじゃない。ここじゃない。ここじゃない……その絶望だけが伝わってくる。
帰りたい…帰りたい……帰りたい…………。
暗闇に光るリングが見える。
美しくやさしいきらめき。その光が彼女を招いている。
帰りたい…帰りたい……帰りたい…………。
光のリングに彼女は手を伸ばす。
しかし手は光に届かない。
歩いても歩いても、彼女の手は光に届かない。
暗闇の中、彼女は歩き続ける。
帰りたい…帰りたい……帰りたい………帰りたい…………。
× × ×
……今のはいったい?
ぼんやりする頭でモリーは思った。
私の、生前の記憶?
狂おしい想いはあまりに生々しく、自分の身に起きたことのように感じられた。
いや、違う…あれは……。
ぼんやりと霞むモリーの視界。その中に、左腕がない白いドレスの女性がいた。
──ジョアンナ・ハルゼイ。世間で咬み裂きジェーンと呼ばれている女。
ああ、あれはあなたの想いだったのね。
同じイモータルによって蘇った者だから霊的な繋がりがあるのだ。
妹たちと同じだ。ジョアンナの心の声がモリーに届いていたのだ。
そこに、またあの頭痛が襲ってきた。
今回の痛みは強くないが、頭の中をかきまわされるようでひどく不快だ。
「気がついたか」
ドクター・ハーバードの声にモリーの意識は完全に覚醒した。
これは…!?
彼女は鎖でしばられ、床から2メートルほどの高さに宙づりにされていた。下には薬液の入った大きな金属タンクがある。
「下にあるのは溶解槽。廃棄する素材を処理するタンクだ。僕がこのスイッチを押せば、お前はタンクの強アルカリの中に落ちる」
ハーバードが手にした有線リモコンをモリーに見せた。
「イモータルは呼吸ができなくなると活動を停止する。当然、再生力も失われる。お前は強アルカリでゆっくり溶かされ、骨も残らず消えて無くなる。投資家どもへのプレゼンが終わるまで、そこで大人しくしていろ」
投資家へのプレゼン?
モリーが視線を転ずると、並んだ石のベッドで死体が加工されているのが見えた。
シーム──いやイモータルたちが、石のベッドに寝かされた死者の頭蓋骨をノコギリで開いている。
「この作業はあの葬儀屋がやっていました」
ホワイトが説明する。
端にいるイモータル、その一体だけ黒いスーツを着ていた。
モリーは知らなかったが、それは連れ去られた葬儀屋のラザラスだった。
「彼を霊波通信機につなげ、一連の作業をやらせる。するとこちらの装置が彼と同じ作業を行わせる命令列のパンチカードを作るのです。あとはそれをシーケンサーを使ってイモータルに読み込ませれば…ご覧の通りです」
イモータルたちが、切り開いた頭蓋骨を取り外し、脳を露出させた。12体がほぼ同時のタイミングであった。
「これらイモータル8は脳機能が高く、いかなる労働もこなせる。より力が必要な労働や兵士とするならイモータル7というものがある。こちらは超人的なパワーに加え、撃たれようが切られようが死なない不死身の身体を持っています」
ホワイトの説明に、資本家たちは目を輝かせた。
「素晴らしい! 新たな産業革命だ!」
「貧窮院にいるクズどもをすべてイモータルにしよう!」
「死者の軍団で我らは無限の富を入れられるぞ!」
目を輝かせ、喝采を上げる資本家たち。そこに──
ドン! という重い衝撃音が轟いた。
「な、なんだ?」
また衝撃音。正面の大扉からだ。
何度も衝撃音が鳴る。分厚い鉄の扉がヘコみ、歪む。外から扉が暴力的な力で殴られている。
一際大きな音が轟き、大扉が内側に向かって倒れた。
そこにいる全員が息を呑んだ。
ぶち破られた大扉。その向こうに現れたのは12、3歳の小さなメイドだった。
「フェイのお姉ちゃんを返せぇええっ!」
両の拳を握りフェイは叫んだ。
【どうでも良い設定】
作中、モリーが701-B (ななまるいち・びー)と呼ばれていますが、これは、
7はイモータル7を、01は最初(1番目)のバージョン、Bはその2体目を表しています。
つまりモリーは、イモータル7.0の2番目の検体というわけです。
ちなみにルーは703-A、フェイは704-Cで、それぞれ7.3の1番目、7.4の3番目です。
物語はここからクライマックスに入ります。
どのようなバトルと伏線の回収があるか、乞うご期待!
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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