#5-16.理想の労働者
【前回までは】
ヘルファイア倶楽部に潜入したルーだが、そこにメアリーの姿はなかった。しかしこの秘密クラブの会員がハーバードのスポンサーであることが判明。メアリー、そしてハーバード探して、ルー、モリー、フェイはバージハウスへと向かった──
1
ルーがヘルファイア倶楽部に潜入していた頃、パーシーとガラードはキャメロット総合大学に来ていた。
「ジェフリー・ハーバード。彼の研究テーマは生命の根源物質を見つけ出すことだった」
当時は准教授だったという教授は、当時を思い出しながら語った。
「かつては血液が生き物の根源だと考えられた。だが血液を持たない生物もいる。クラゲは? 草や木は生き物ではないのか? 答は否だ。ここからすべての生き物に共通する、生命の根源となる存在があるのではと考えられているのだ。電気のようなエネルギーなのか、あるいは化学物質か…生き物を生き物たらしめている存在がきっとある」
一気にしゃべった教授は、話に着いてきているか確認するようにパーシーとガラードを見た。
「その根源物質があれば死者を蘇らせることも可能ですか?」
「その通り。不老不死も可能になるだろうな」
あっさりと教授が認めたのでパーシーとガラードは驚いた。
「実在したらの話だよ」
ふたりを見て教授は笑った。
「なんだよ。あるかないかもまだ分かんないのかよ」
「ハーバードは実在すると信じていたのですね」
拍子抜けしたガラードに続いてパーシーが言う。
「そうだ。ハーバードは病的なほどこの研究に打ち込んでいた。彼は自分を抑えることが出来ない性格だったが、失踪する直前は異常なほどだったよ」
「と、いいいますと?」
「許可も得ず他の研究室の備品や薬品を持ち出して使う。研究費が足りないからと大学の名で借金をする。貧窮院の重病人を生きたまま解剖しようとしたこともある」
「それ、世間じゃイカレてるって言うんですよ!」
ガラードが叫んだ。
珍しくパーシーはガラードに同意していた。
ハーバードは倫理が欠けた犯罪者ではないか。
「ハーバードの消息について心当たりはありますか?」
パーシーの問いに教授は首を振った。
「彼は大火が起きるひと月ほど前に大学から姿を消した。大火で死んだか、あるいは借金の返済が出来ず殺されたのかもしれない」
「そうですか……」
ハーバードの研究と人となりは知ることができた。
しかしそこから先の手掛かりは得られなかった。
教授に礼を言って、パーシーとガラードは待たせてある馬車へと向かった。
「大したネタはなかったな」
ガラードがため息をついた。
気がつけば陽は大きく傾き、街を赤く染めていた。
「──ラウンドに行こう」
馬車に乗り込んですぐパーシーが言った。
「へ? ウチに?」
ラウンドはガラードが勤める新聞社である。
「咬み裂きジェーンの目撃情報が山のように届いていると言っていたよな。そこから彼女の足取りを追えばハーバードそしてコープシンジケートにたどり着けるかもしれない」
「他に手掛かりはねぇからな。しかし、大変な作業になるぜ?」
ガラードは苦笑し、御者に行く先を告げた。
2
ラウンドは自前の印刷所を持たない小さな新聞社だ。
雑居ビルの2階にある事務所兼オフィスのドアを開けたガラードは、
「会議室借りまーす」
と声だけかけて、パーシーを会議室に通した。
10人も入ればいっぱいという狭い会議室には社名の通り丸いテーブルが置かれている。
ガラードはそこにキャメロット市の地図を広げ、箱いっぱいの咬み裂きジェーン関係の投書をぶちまけた。
「地名が入っている投書とそうでないもの、地名が入っているものはライトチャペルとそれ以外とに分けよう」
「あいよ」
投書を読み、仕分ける作業がはじまった。1時間ほどかけて取りあえずの仕分けが終わったところでガラードがお茶を淹れた。
「咬み裂きジェーンとシームはドクター・ハーバードの研究の成果だと思われる。だが、ハーバードの目的が分からない」
水に色がついているだけという薄いお茶を口にしながらパーシーが言った。
「目的は死んだジョアンナって娘を蘇らせることだろ」
何を今さら、という顔でガラードが言う。
「それなら彼女は何故さ迷い歩いている? 咬み裂きジェーンの噂が立つくらい何度も街に現れてはシームに連れ戻されている」
「研究が完成してなくて不完全とか?」
「ではシームは何だ? ジョアンナ蘇生の実験台にしては数が多すぎる」
「確かに……」
ガラードはライトチャペル、そしてブロンズストリートに現れたシームたちを思い出した。
ブロンズストリートで死体に戻ったシームたちは警察に回収されたが、その数は50近くあったという。
「ジョアンナはハーバード。シームはコープスシンジケート用ってことじゃないか?」
「オレもそう思う。だが何十、ことによると何百という死者の軍団を何に使うというんだ?」
「……ロクでもねぇことだけは確かだな」
ガラードがつぶやいた直後、勢いよく会議室のドアが開かれた。
「ガラード! 労組つぶしの取材はどうしたっ!」
怒鳴り込んできたのは編集長のハウエルだった。
ハウエルはパーシーを見て無言で挨拶し、パーシーも会釈を返す。何度も訪れているので顔見知りだった。
「お前…本来の仕事ほっぽってこの件を追っていたのか」
パーシーが呆れた。
「たった今、組合からの情報が来た。タイタン海運が従業員の大半を一斉解雇した。詳しく話を聞いてこい」
「えっと…明日の朝イチじゃ──」
「今すぐだ! とっとと行け!」
無駄な抵抗を試みるガラードを遮ってハウエルが怒鳴りつけた。
「行ってこい。作業はオレひとりでやっておく」
「そんじゃ行ってくる~」
とほほ…という顔でガラードは出て行こうとして、
「どこに行けばいいんです?」
編集長に尋ねた。
「バージハウスだ」
3
バージハウスはキャメロット東部のホムズ河沿いにある物流拠点である。
石炭を積んだ船がその荷を下ろす拠点として整備され、近年では貨物鉄道の駅が置かれている。
ここで下ろされた貨物は列車に積まれ、西はキャメロット中心部へ、東は郊外そして他の都市へと向かうのである。
「ありゃ。来るのが遅かったか?」
バージハウスの端にあるオフィス街。そこにあるタイタン海運の事務所前は静かだった。
てっきり大勢の労働者が抗議の声を上げてるものと思っていたガラードは拍子抜けした。
事務所はすでに閉められ、所在なげにうろついている男が数人いるだけだった。
残っていた組合員に話を聞いてガラードは驚いた。
タイタンは今月分の給料を満額先払いしたのだ。残り二十日ほどもあるのに。
「ゴネるヤツは好きにゴネてろ! 今、解雇に応じる者はこの場で小切手を渡す!」
タイタンの事務方のこの宣言で、反対運動は不発に終わったのだった。
「えらく気前が良いな」
「ああ、今夜も荷が着くはずなのに作業員のほとんどを解雇したんだ」
これはなんかあるな…しかしジェーンとコープスシンジケートの件も調べている途中だし……。
ガラードは迷った。
しかしそれはわずかな間だった。ガラードはオフィス街から港のほうに歩きだした。
「編集長に叱られるからじゃない。記者のカンが告げているんだ」
× × ×
陽が落ちた運河の港に灯りが点る。作業用の電灯だ。
その灯りに、埠頭に着いた貨物船と少し離れた場所にある貨物列車が浮かび上がる。
貨物船の前に、高級な馬車や蒸気自動車がやって来た。
降り立ったのはいずれも高級なスーツをまとった資本家たちだった。その数6人。
「どいつもこいつも労働者組合ともめているヤツらだな」
コンテナの陰に隠れて様子を見ているガラードがつぶやく。
そこに黒い煙を上げる黒い馬車が現れた。
あれはブラックボイラーじゃないか?
ガラードが見つめる中、ブラックボイラーは資本家たちの前で停止すると、中からでっぷり太った大男が現れた。
「なんであいつが?」
黒い馬車に乗っていたのはタイタン海運の社長ドワイト・ホワイトだった。
「会員の皆さん。お待たせいたしました」
ホワイトはもったいぶった演説をはじめた。
「近頃の労働者どもには皆さんも辟易していることでしょう。要らぬ知恵をつけ、やれ賃上げだやれ待遇改善だのと騒ぐ。心得違いも甚だしい。我ら資本家のおかげで食えていることを忘れている」
資本家たちがうなずく。
「我々に考える労働者は必要ない。労働者は黙って仕事をこなせばいい。もっと言えば給料の要らない労働者がほしい。──そんな理想の労働者が現れました」
ホワイトが手を振ると、貨物船から作業着を着た男たちが現れた。ぞろぞろとタラップを降りて資本家たちの前に整列する。その数は100人はいるだろうか。
ガラードは息を呑んだ。
男たちには頭髪がなく、頭部を一周する縫合痕があった。シームだ。
「──イモータル。これが理想の労働者たちです」
前回は共産主義のヤベーのでしたが、今回5話は資本主義のヤベー奴らが登場です。
ホワイトはカリスマとかない小悪党ですが、こういう人間が最も邪悪なことをするのだ思ってます。
なので私の作品は小悪党がやたら多い^^
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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