#5-15.ヘルファイア倶楽部
【前回までは】
死体屋を探っていた娼婦のメアリーが連れ去られた。連れ去られた先は、金持ちたちがおぞましい行為にふけっていると噂のヘルファイア倶楽部。ヴィヴィアンはこの秘密クラブがハーバードのパトロンではと考える。メアリー救出とハーバードとの関係を探るべく、ルーはヘルファイア倶楽部に潜入する──
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──ヘルファイア倶楽部。
ガリアン・クォーターにある高級娼館である。
会員制のクラブでもあり、会員は数百ポンドの年会費を払うことができる大金持ちに限られていた。
その物騒な名前から、このクラブには怖ろしい噂があった。
普通の快楽に飽きた金持ちたちが、より強い刺激を求めて悪魔崇拝の儀式にふけっているというのだ。
夜な夜な開かれる儀式では、さらわれてきた女子どもが祭壇に捧げられ、その血肉を会員たちが喰らっている…と。
ルーがそのヘルファイア倶楽部に到着したのは、そろそろ日が暮れようとしている頃だった。
壁に金色の逆さ十字が取り付けられた大きな館が夕日に浮かび上がっている。
黒く塗られた館は異様な雰囲気をまとっている。
しかし、金の逆さ十字はといい、入り口の「Hellfire Club」の仰々しい書体の店名といい、幼稚なわざとらしさをルーは感じた。
今回もルーは娼婦に変装していた。しかしライトチャペルの時とは違い、ドレスは上等なもので胸元はさらに大きく開いている。
ルーは裏口に回り、勝手にドアを開け、中へと入った。
秘密クラブといっても料理人、掃除人、洗濯屋そして娼婦と、そこで働く人間の出入りは多い。こそこそするより当たり前という顔をしているほうが目立たないのだ。
厨房の横を抜けて奥へと向かう。
扉があれば手を触れ、目を閉じてその中の気配を伺う。
イモータル7のメイドたちは壁の振動から中にいる者の気配を感じることができるのだ。これがモリーならば分厚い壁の向こうの会話まで聞き取れるのだが、ルーには人の気配の有無がわかるだけだ。
どの部屋にも人気はなかった。館はかすかなざわめきがあるだけで静かだ。まだ時間が早いせいだろう。
「ここは……」
3つ目に開いた扉、その向こうは小さなホールになっていた。
逆さの十字架と悪魔の像が飾られた祭壇。床には魔法陣が描かれている。その床のあちこちには赤黒い大きなシミがあった。
噂の儀式の間である。
「生贄の儀式…ね」
ルーの顔に呆れたような笑みが浮かんだ。
ここに血の臭いはしない。
赤黒いシミはワインだし、魔法陣に書かれているのは呪文ではなく卑猥なスラングだ。
噂の悪魔崇拝は形だけの悪ふざけにすぎなかった。
儀式の間を出たルーの前に階段が現れた。地下室と二階に続いている。
メアリーがいるとしたら地下室かも? そう考えていると、足音が近づいて来た。
階段の陰に隠れて様子を伺うと…なんと知った顔だった。
「はぁいジム」
艶っぽい声に振り向いた地回りのジムは、相手を知って驚愕した。
「な、ななんでここにいやがる!」
ルーに痛めつけられた彼の両の頬には大きな膏薬が貼られていた。
「あなたが誘ったんでしょう? だから来たの♡」
やわらかく微笑むルー。
「ふっ、ふざけんな!」
叫んでジムは背中側のベルトに挟み込んでいた拳銃を抜いた。
6連発リボルバーの軍用拳銃だ。それをルーに向ける。
「この前はよくもやってくれたな。腹に風穴開けてやる!」
距離は2メートルもない。撃たれればまず間違いなく当たる。
2
拳銃を腰の辺りで構えるジム。
その目がルーの胸に留まった。
彼女はいま大きく胸の開いたドレスを着ており、豊かな谷間がこぼれ出ている。
「いや、その前にオレのアレをぶち込んでやろうか。この前の礼に、たっぷり楽しませてもらうからな」
欲情に目をぎらつかせ、ジムは舌なめずりをする。
いかに怪力でも銃には敵わないと思っているのだ。
「地回りにしては良い銃を持っているのね」
ルーは鼻で笑うと、無造作に左手でジムの拳銃をつかんだ。
「なっ! こ、このっ!」
ジムは引き金を引こうとしたがびくともしない。
ルーが上から回転弾倉をつかんでいるからだ。
「リボルバーは撃鉄を起こしていない状態で弾倉を押さえられると引き金が引けないのよ」
だが、ジムが本当に驚愕したのはこの後だった。
左手でつかんだジムの拳銃、その銃身をルーの右手がつかんだ。
「え…?」
銃身がぐにゃりと曲がった。
さして力を入れたふうもないのに、ルーの細い指が鋼の銃身を飴細工のように曲げてゆくではないか!
「えぇええええっ!?」
U字型に曲がり、銃口が持ち主のほうを向いた拳銃を持ったままジムは叫び声を上げた。
「あなたのアレはこれよりマシかしら?」
こぼれんばかりに目を見開くジムにルーは顔を寄せた。
「たっぷり楽しませてもらうわよ」
間近に迫るルーの笑みに、ジムは声にならない悲鳴を上げた。
× × ×
「ヘルファイア倶楽部にメアリーはいませんでした。彼女は港へ連れて行かれたそうです」
潜入から数十分後。ロッホ・ネスのオフィスにルーからの霊波通信が来た。
「港? どこの?」
ヴィヴィアンが尋ねる。
キャメロットを貫くホムズ河は巨大な運河であり、港は無数にある。
「不明です」
ルーの声に無念さが滲む。
「ドクター・ハーバードについての手掛かりはあった?」
「直接つながるものは何も。ただ、ヘルファイア倶楽部の会員名簿を手に入れました」
ジムを締め上げたルーは娼館の事務室へと案内させ、そこで名簿を手に入れたのだ。
「いかがわしい秘密クラブは仮の姿。その実体は労働者組合をつぶす資本家たちの集まりでした。タイタン海運のホワイトはじめ工業、鉱山、それに大規模農園の経営者──会員はいずれも労働者組合と激しく敵対している連中です」
「タイタン海運のホワイトですって?」
密輸された死体が出て来た現場に来たあの成金だ。
「ホワイトは言っていたそうです。──我々はついに理想の労働者を手に入れた。今いる連中は全員解雇だ! と」
「……そういうこと。なんておぞましい!」
ヴィヴィアンの低いつぶやきには怒りが宿っていた。
連中の目的が分かったのだ。
「死体が出て来た貨物列車。あの列車はバージハウスでそれを積み込んだのでしたね」
モリーがマイクロフィルムリーダーを操作する。ガシャガシャと歯車がかみ合う音が鳴り、ガラスの画面にキャメロットの列車路線図が表示された。
「バージハウスは海外からの船も着く港。その線路は東はキャメロット郊外、西は市の中心に伸びている。西に向かう路線の駅には…ブロンズストリートがあるわね」
ヴィヴィアンは路線図にその名を見つけた。
ラザラス葬儀社がある場所だ。
「密輸された死体はラザラス葬儀社に運んで下処理され、そこからハーバードの元へと向かう手はずだったのね」
あの日、警察の手入れがなければ、阿呆な二人組が列車を奪って逃げなければ、列車は本来の目的地に向かっていたのだ。
「バージハウスの大通りを北西に行けばライトチャペル。その先はソーディグ。ジェーンことジョアンナの足取りとも一致します」
「港とやらはきっとバージハウスね」
ヴィヴィアンはモリーを見た。
「3人で手分けしてバージハウスにあるタイタン海運関係の場所を探るのよ! ドクター・ハーバードとメアリーはきっとそにいる」
ヴィヴィアンの命にモリーが頷き、音も無く出て行く。
そろそろ日が暮れる。
あの港のどこかに、メアリーそしてドクター・ハーバードがいる。
パーシーたちより早く見つけなくては。
ヘルファイア倶楽部は、X-MENではなく、18世紀に実在した同名の秘密クラブがモデルです。
オリジナル同様、悪趣味なお遊びの集まりです。
5章の構成をしている時、ドバイ案件やらエプスタインやらの話題を目にしました。リアルのほうが胸糞じゃねぇか…と思ったり。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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