#5-14.正義の味方の名が廃る
【前回までは】
咬み裂きジェーンの似顔絵を載せた反響は大きかった。彼女を知っているという老婦人に会うため、刑事パーシーと記者ガラード、そしてヴィヴィアンとモリーはソーディグに向かった。咬み裂きジェーンの本当の名はジョアンナ・ハルゼイ。そして老婦人の口からドクター・ハーバードの名が出た──
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最悪だわ! パーシーが…警察がドクター・ハーバードの存在を知ってしまった!
ヴィヴィアンは心の中で叫びながらも、それを表情に出さないよう苦労した。
「ヴィヴィアンさま」
モリーがヴィヴィアンの袖を引き、そして耳元に何か囁いた。
それを聞いたヴィヴィアンの顔に、一瞬、驚きの表情が広がる。ヴィヴィアンはモリーとうなずき合うと、
「用事を思い出しました。これで失礼させていただきます」
と、立ち上がった。
「馬車はそのままお使い下さい。──皆さま、ごきげんよう」
そしてそのまま出て行った。
「やはり破天荒な方ですねぇ」
ホルジー婦人が呆気にとられる。
「オレたちも次に行こう」
パーシーはガラードに促し、立ち上がった。
「次ってどこに?」
「ハーバードがいたという大学だ」
いつものパーシーならヴィヴィアンの行動に疑問を持ったかもしれない。だが、今、彼の心はコープスシンジケートにつながるドクター・ハーバードのことで占められていた。
× × ×
ホルジー婦人の家を出たヴィヴィアンとモリーは蒸気タクシーを拾い、ロッホ・ネスへと急いだ。
先ほど、モリーにベンウィック邸の執事ボールスから霊波通信が届いたのだ。
──ベイカー探偵社に助けを求める女性がロッホ・ネスにやって来た。彼女曰く、死体屋の黒幕にメアリーが殺される、というのだ。
ベイカー探偵社はヴィヴィアンが情報収集のために買収した探偵社である。
ロッホ・ネスは特定の会員に私書箱サービスもあり、ルーが渡した連先カードにはロッホ・ネスの住所と私書箱の番号が記されてあった。
ここに届いたメッセージカードや手紙は日に3度、配達員が回収し、ベイカー探偵社へ届けられる。ヴィヴィアンが調べている事件であれば、その報せは彼女の元にも届けられる。
今回はロッホ・ネスにきた女性が「探偵が来るまでここで待つ」と言って聞かないため、店からベンウィック邸のボールス執事に連絡が行ったのであった。
「メアリーというのはルーがライトチャペルで会った娼婦かしら?」
「おそらく。今、ルーがロッホ・ネスに向かっています」
タクシーの後席でヴィヴィアンとモリーが小声で話し合う。
先日、ルーは探偵と称してライトチャペルで調査していた。その際メアリーたち娼婦にベイカー探偵社のカードを渡し、追加の情報があれば連絡するよう頼んでいた。もちろん良いネタには報酬をはずむと言って。
わずかな稼ぎのために身体を売るしかないライトチャペルの娼婦たちは喜んで協力してくれた。しかしメアリーはそのために危険な領域に踏み込んでしまったようだ。
ロッホ・ネスに着いたヴィヴィアンとモリーは、エレベーターで3階へと上がった。ヴィヴィアンのオフィス、その奥にある隠し部屋へと入る。
そこには奇妙な機械が鎮座していた。
大きなオーブンほどもある鉄の箱。その上面には微かな光を放つガラスの円筒がいくつも並んでいる。
霊波通信機である。
ロッホ・ネスのオフィスは、薔薇の騎士のもう一つの司令基地なのであった。
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「錬金術でアルミニウムと水銀を処理した合金ヒドルミナ。それを線状にしたものを正八面体の水晶に接続し、エーテルの中で通電、振動させると霊波を生じるのだ!」
ドクター・マーリンはヴィヴィアンにそう説明した。しかし実のところそのマーリンも「どうしてそうなるのか」は分かっていなかった。
「ルーです。到着しました」
霊波通信機のスピーカーからルーの声が流れた。
これは彼女の心の中で念じた〈声〉を受信し、電気信号そして音声に変換されたものである。
ロッホ・ネスに入ってすぐ、ルーは助けを求めに来たという女性を見つけた。
安物のくたびれたドレスを着た彼女は、場違いな場所に来て身体を固くしているのですぎ分かった。
ライトチャペルで会った娼婦たちの中で一番年下の子だった。名前はアニー。年齢は15、6歳か。
探偵社の人間が来るまで待つという彼女に、ヴィヴィアンの指示でお茶が出されていた。しかし彼女はほとんど口をつけずにいた。
「お待たせ」
「探偵さん!?」
メイド姿のルーを見てアニーは驚いた。
「話は奥で聞くわ」
何か言いかけるアニーを制して、ルーは奥の個室へと連れて行き、
「2号室に入ります」
霊波通信でヴィヴィアンに伝える。
ロッホ・ネス1階の個室すべてには集音装置が隠されており、そこでなされる会話はヴィヴィアンのオフィスで聞くことができるのである。
「メアリー姐さんが帰って来ないんだ! きっとヤツらに捕まったんだよ!」
「落ち着いてアニー。詳しく話して」
部屋に入るなり叫んだアニーを、ルーはやさしくなだめ、座らせた。
「噂の死体屋はラザラスって葬儀屋だった。メアリー姐さんはコイツがヘルファイア倶楽部にしょっちゅう出入りしてるって突き止めたんだ」
「ガリアン・クォーターにあるヤバい娼館ね」
──ヘルファイア倶楽部。
金持ちたちの秘密クラブである。
高級娼館をまるごと買い取り、会員たちが悪魔崇拝や生贄の儀式などおぞましい享楽に耽っているともっぱらの噂だった。
「あそこはよほどのお大尽じゃないと会員になれないんだ。いくら羽振りがいいったって葬儀屋風情が出入りできる場所じゃない。このことを探偵社に知らせるって出かけたきり、姐さん帰って来ないんだよ」
アニーは震えてルーに取りすがった。
「姐さんはきっとヘルファイア倶楽部につれて行かれたんだ。あそこにつれて行かれた娼婦はみんな帰ってこないんだ。きっと悪魔の生贄にされてるんだよ! お願いだよ! 姐さんを助けて!」
泣きながら訴えるアニー。
貧しい娼婦たち同士、助け合って生きているのだろう。血のつながりがなくともメアリーはアニーにとって大切な姉妹なのだ。
私たちと同じように。
「メアリー姐さんがヘルファイア倶楽部にいるというのはほんとう?」
「助けてくれるの?」
ルーの言葉にアニーの目が希望に見開かれる。
「調べてみるわ」
アニーに微笑みを返しながらルーは、
「──許可していただけますか? ヴィヴィアンさま」
と霊波通信を送った。
「いいわ。フェイをバックアップにつれて行きなさい」
ヴィヴィアンは即答した。
「よろしいのですか? ルーは同情と責任から娼婦を助けようとしています」
モリーが確認する。
長女を自認する彼女は、自分たちの感情を殺してヴィヴィアンのために働く姿勢を貫いている。
「あなただって助けたいと思っているのでしょう」
ヴィヴィアンはモリーに笑いかけた。
ライトチャペルの娼婦は見捨てられた存在だ。死のうが生きようが誰も気にも留めない。
社会にとって存在しないも同然──要らない子だ。
私たちと同じ……。
「これはドクター・ハーバードにつながる手掛かりになるかもしれない。彼の研究には莫大な資金が必要。ヘルファイア倶楽部の金持ちがそのパトロンかもしれないわ」
パーシーたちがハーバードの名前を知った。
彼らより先にハーバードを見つけるには、どんな細い手掛かりでも追うしかない。
「それに──」
ヴィヴィアンは唇をつり上げて笑う、彼女らしい笑みを浮かべた。
「女の子の頼みを断ったら、正義の味方の名が廃るわ。そうでしょう?」
「はい」
モリーが無表情の中に微かな笑みで応え、
「ありがとうございます」
「そうこなくちゃ!」
霊波通信機からルーとフェイの明るい声が流れた。
今回のサブタイトルは昭和テイスト増し増しです。
子どもの頃に読んだSFや冒険小説、そしてTV時代劇のナレーション…昭和人である私はあのノリが大好きなのです。
皆さんはいかがでしょうか?
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