#5-13.咬み裂きジェーンの正体
【前回までは】
シームとコープスシンジケートの存在は、キャメロットの治安崩壊へとつながるかも知れない。手掛かりを求め刑事パーシーは情報サロン ロッホ・ネスのヴィヴィアンを訪ねる。そこに記者ガラードが「咬み裂きジェーンの正体が分かったかもしれない!」と駆け込んできた──
1
モリーが淹れてくれたお茶をガラードは一気に飲み干して言った。
「ジェーンの似顔絵を載せたんだが、これが大反響でさ。彼女を見た、知っているって投書が編集部にわんさか来ているんだ」
思ったより早く効果が出たようね…ヴィヴィアンは内心でほくそ笑んだ。
ガラードが勤める新聞社ラウンドが掲載した咬み裂きジェーンの似顔絵。実はこの似顔絵はヴィヴィアンの仕込みであった。
ランサーで撮影した写真は光量不足で、輪郭と目鼻立ちがかろうじて分かる程度のもので使い物にならなかった。
しかしこの手の作業が得意なルーが、写真とヴィヴィアンの記憶を元にジェーンの似顔絵を描き、それをライトチャペルの娼婦を通してラウンドに持ち込んだのである。
「で、今朝電話があったんだ。このジェーンと呼ばれている娘は、友人の娘によく似ているってな」
「よくあるイタズラじゃないのか?」
パーシーが疑いの眼を向ける。
この手のイタズラは警察にも山のように届いているのだ。
「オレも最初はそう思った。けどな、連絡をくれたそのご婦人は写真を持っているっていうんだ」
ガラードはニヤリと笑ってパーシーを見た。
「もうひとつ、その娘っていうのは15年前の大火が起きる数ヶ月前、事故で亡くなっているんだが、葬儀のあったその夜に墓が暴かれ、遺体が盗まれたっていうんだよ」
「失踪者や死体盗難事件は調べていたが、15年も前とは……」
「想定外でしたわね」
パーシーに続いてヴィヴィアンが言う。
「これからその婦人に会いにソーディグまで行くんだが、来るかい?」
「ああ、もちろんだ」
ガラードに言われパーシーが立ち上がる。
「私も同行させていただけますか?」
ヴィヴィアンは立ち上がると、パーシーが何か言おうとする前に、
「代わりというわけではありませんが、馬車を用意します」
と、機先を制した。
ここからソーディグに行くには汽車だとかなりの回り道になる。ソードフィッシュが大破して使えない今、馬車で行くのが一番早い。
「そりゃあいい! ──協力を要請しといて同行させないってのはムリがあるぜ?」
ガラードが肘でパーシーの脇腹をつつく。
「同行を許可します。ですが勝手に質問はなさらないように」
「もちろん」
あきらめ顔のパーシーにヴィヴィアンは笑顔で応えた。
2
数分後、やって来た馬車に4人は乗り込んだ。
パーシーとガラードが並んで座り、その向かいにヴィヴィアンとモリーが座る。
馬車を選んだのは蒸気タクシーは4人で乗るのは窮屈だからだ。
蒸気自動車が道路を席巻しつつある今も馬車が廃れない理由がこれであった。
「馬車といや、ブラックボイラーって知ってるか?」
走りだしてしばらくしてガラード言った。
「なんだそれは?」
「後ろに蒸気エンジンを積んだ真っ黒い馬車だ。ライトチャペル辺りでは、この馬車が現れると災いがあるって言われてるんだ」
「──地獄より来たりし黒き蒸気馬車。ですわね」
ガラードに続いてヴィヴィアンが言う。
「私が見た記事では、現代の死神、19世紀に蘇った首なし騎士、というふうに書かれていましたわね」
「さすがよくご存じで」
ガラードが恐れ入って続けた。
「で、咬み裂きジェーンは、このブラックボイラーに乗ってやって来るという噂があるんですよ」
「あの馬車にジェーンが……」
いつもなら一笑に付すパーシーであるが、今回は違った。
ライトチャペルではこの馬車を見かけた後で、ジェーンとシームに遭遇した。
昨夜ブロードストリートでは、ヘンリーが運転するソードフィッシュの行く手を塞ぐように現れた。
「偶然かも知れないが、気に留めておく必要があるな」
コープスシンジケートにつながる手掛かりなら、今はどんなものでも必要なのだ。
× × ×
ソーディグはキャメロット市中央からみて東にある住宅街である。
大火の前はどちらかといえば下町であったが、再開発によって大きく発展。市中心部に近いこともあって、現在は銀行や役所などに勤める裕福な中流階級たちの住宅街となっている。
新築・改築ラッシュのただ中にあるソーディグ。ここにホルジー婦人の家があった。
「記者さんが来ると聞いていたのですが……」
ホルジー婦人は60代の穏やかな感じの人であった。
記者が刑事、そして貴族の令嬢とメイドまでも連れて来たことに面食らった。そして令嬢が名高い〈出禁令嬢〉ヴィヴィアン・ベンウィックと知ると仰天した。
「今回の事件ではオブザーバーとして警察に協力しています。私のことはお気になさらずに」
「大丈夫。このレディは巷で言われているような危険人物ではありませんよ」
ガラードがあまりフォローになっていないフォローを入れる。
先日、鉄道作業員とタイタン海運の男たちの間にサイドカーで割って入った件で「暴走令嬢あわや大惨事」「彼女にブレーキはないのか」などと書き立てられていた。
やはり同行を許可すべきではなかったか……。
後悔しながらパーシーは、習慣から通された居間を観察する。その目が、暖炉の上に飾られた写真立てのひとつに留まった。
「この方は…!」
写真には20代の女性が映っていた。
「──ジョアンナ・ハルゼイ。私の友人バーバラの娘です」
ホルジー婦人が言う。
写真の女性はライトチャペルで遭遇した咬み裂きジェーンにうり二つであった。
3
「バーバラとはお隣で、家族ぐるみの付き合いをしていたのよ。去年、そのバーバラが亡くなって彼女の遺品をもらったの。その写真もそのひとつ」
ホルジー婦人はさびしげに窓の外を見た。
塀越しに、隣の家が建て替え工事をしているのが見える。
「あの家はバーバラさんの?」
「ええ。ハルゼイさん家は彼女ひとりだったから」
ガラードの問いにホルジー婦人が答えた。
「彼女──ジョアンナさんは15年前に亡くなったというのはほんとうですか?」
パーシーの問いにハルゼイ婦人は静かにうなずいた。
「忘れもしない4月8日のことよ。ジョアンナは婚約指輪をもらった帰り道、自動車事故に遭ったの」
婦人によれば、ジョアンナの遺体は頭部以外はひどい有様で、特に左腕はほぼ千切れていたという。
そのジョアンナの葬儀があった夜。彼女の遺体が何ものかに奪われた。
死体泥棒は慌てていたのか、左腕はじめ身体の一部が棺に残されていた。
「可愛そうなジョアンナ。結婚を前に命を落とし、その亡骸を連れ去られるなんて! バーバラの嘆きは見ていられなかったわ」
ホルジー婦人の目に涙が浮かぶ。
かつてキャメロットでは解剖の検体は死刑囚の死体が使われていた。
死後、身体を切り開かれることは、それが医療目的あっても強い拒否感があったからだ。多くの人にとって解剖は、死後に身体を陵辱されるに等しいことだったのだ。
「バーバラとエリックは残されたジョアンナの左腕を埋葬し直しました。ロビンソンさんにもらった指輪が残っていたのはせめてもの慰めね」
「エリックはバーバラさんの旦那さんですね。ロビンソンさんというのは?」
「ロビンソンさんはジョアンナの婚約者よ。キャメロット総合大学の医学部で講師をしていたの」
ガラードの質問にホルジー婦人が答える。
その横で、ヴィヴィアンとモリーは視線を交わした。
咬み裂きジェーンは指輪をした女性ばかりを襲っていた。やはりこのジョアンナ・ハルゼイがジェーンとみて間違いない。
「警察も捜査してくれたのだけど2ヶ月後にあの大火でしょう。──バーバラはよく言っていたわ。あの大火がなければ犯人を見つけられたかもしれないのに…って」
大火災。キャメロット市の大半を焼いたあの大火で警察は機能不全に陥った。捜査資料も多くが失われ、数多の事件が迷宮入りになったのだ。
手詰まりか…と、パーシーとガラードは落胆した。
一方ヴィヴィアンは複雑だった。ハーバードの手掛かりが得られないことは残念だが、パーシーらに知られずにすんだという安堵もあった。
「婚約者のロビンソンさんですが、今はどちらに?」
望みを掛けてパーシーが尋ねた。
「亡くなったわ。大火の4年…いえ5年後だったかしら。焼け出された人たちの治療に働きづめだったもの。生前の希望で、彼はジョアンナの隣に葬られたわ」
「そうですか……」
最後の手掛かりを失い、また落胆するパーシー。
「警察はロビンソンさんを疑っていたのよ。信じられないわ。あんな誠実な人を」
一方、ホルジー婦人の昔語りは熱を帯びていた。
「私は何度も警察に言ったのよ? 調べるなら従兄弟のジェフリーを調べるべきだって」
「従兄弟のジェフリー?」
ヴィヴィアンは思わず声を上げた。
「そう。ジェフリー・ハーバード。ロビンソンさんの同僚。普段はいるんだかいないんだか影が薄い人だったんだけど、ジョアンナの葬儀で大騒ぎしてつまみ出されたの。彼は何度も叫んでいたわ」
ヴィヴィアンの驚きに気づかず、ホルジー婦人は続けた。
「──僕ならジョアンナを蘇らせることができるんだ! って」
その回限りのゲストキャラの名前を考えるのってめんどくさいですよね?
そんな時、私は元ネタの小説のキャラ、映画のキャスト/スタッフの名前を流用したりもじったりしています。
今回だと、『死体蘇生者ハーバート・ウエスト』と『ZOMBIO 死霊のしたたり』です^^
ドクター・ハーバードはリスペクトですが。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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