#5-12.キャメロットを覆う闇
【前回までは】
ブロンズストリートのラザラス葬儀社で、刑事パーシーと記者ガラードはシームの群れに襲われる。そこに薔薇の騎士が駆るランサーが現れ、シームを一掃する。パーシーは協力を要請するが薔薇の騎士の答えは沈黙だった──
1
「薔薇の騎士! ヤツはついに一線を越えたな」
キャメロット警察本部。ルーカン本部長が叫んだ。
彼の手には今朝の新聞が握られていた。
見出しは「真夜中の虐殺? 血に染まる薔薇の騎士ランサー!」と、昨晩のブロンズストリートの件が曲解されて報じられている。
「彼が撃ったのはシーム…生ける死体だけです。殺人には当たらないでしょう」
なんでオレがヤツの弁護をしなければならないのだ…と考えながらパーシーは答えた。
「報告書は読んだが…生ける死体とは、にわかには信じがたいな」
「先ほど資料課で医大と協力した調査結果を聞きました。自分がノドを斬って倒した個体を解剖したところ、心臓が動き出したそうです。数時間後には停止したとのことですが──大丈夫ですか?」
「問題ない。疲れが溜まっているだけだ」
想像したのだろう。ルーカンは今にも吐きそうな顔をしていた。
「奇怪といえば、今回破壊されたガス灯もそうだった」
せき払いをしてルーカンは話題を変えた。
「先刻、消防から報告が来ていた。あのガス灯は元栓を閉じられたのではなく、ランプ部分が何か強い力で押しつぶされて破壊されたらしい。ガスが出たままだったため危うく火事になる所だったとか」
強い力で押しつぶされた…?
あの闇の中には何か大きなものがいた。
姿はよく見えなかったがその存在は感じた。
アレが、ロウソクの炎を指でつまんで消すようにガス灯を炎ごと握りつぶしたというのか? そしてソードフィッシュを投げ飛ばしたと。
アレは、いったいなんだったのか?
「生ける死体とそれを操る者…こんなことが広まれば、どれほどの混乱が生じるか想像も出来ない」
ルーカンの顔色が悪いのはグロテスクな報告だけではなかった。
死体をそれも大量に蘇生させているだけでもじゅうぶんおぞましいのに、コープスシンジケートは、その死体を手に入れるため大勢を殺しているのだ。
これが明るみに出れば、とんでもないパニックが起きる。
大勢の死者が跳梁することへの恐怖。
奇跡と讃える者とそれを否定する教会関係者との対立。
ホームレスや植民地の人間のように人知れず殺され、生ける死体にされることに脅える人々も多いだろう。
そうした恐怖は自警団を作り、流言飛語で「あやしい」とされた人々を殺戮したり、暴徒化して大規模な騒乱に発展するおそれがある。
15年前、大火の後ではそうした事件が何度も起きたのだ。
「今はマスコミに伏せているがそう長くは持つまい」
「市民にシンジケートの存在が知られる前に全貌を暴き、逮捕するよう努力します」
15年前、治安が崩壊したキャメロット。
この街をあの闇の時代に戻してはならない。一刻も早く、シンジケートの正体を突き止める!
強く固くパーシーは決意した。
2
午後、パーシーはロッホ・ネスを訪ねた。
「刑事さんおひとりとは珍しいですわね」
パーシーの頼みを断った翌日である。ヴィヴィアンは緊張し、それを悟られないため軽口でパーシーを迎えた。
「ガラードとはいつも連れだって来ているわけではありません」
遺憾そうに答えるパーシーをヴィヴィアンはオフィスへと案内した。
いつものようにメイドのモリーがお茶とビスケットを並べる中、パーシーは昨晩の状況とシームについて警察が知っていることを話した。
「ガス灯と蒸気自動車という損害の割りに、得られた手掛かりは大したものではありませんでした」
そうでもありませんわ。
ヴィヴィアンは心の中でつぶやいた。
まず、ノドを裂かれたシームの内臓が解剖されて動き出したこと。そしてしばらくして停止したこと。
これらはイモータルによって蘇った者の特徴に合致する。
彼らは呼吸が出来なくなると活動が停止するのだ。
モリーたちが水槽に入れられていたのは、呼吸を止めれば活動停止になるからだった。活動停止したイモータルは劣化や腐敗とは無縁で、呼吸が再開すればたとえ数十年経った後であっても復活する。
ただしそれは身体を維持できる機能が損なわれていなければ、という条件が付く。
ノドを裂かれ、呼吸できなくなったシームは活動停止状態になった。それが解剖によって空気に触れたことで内臓が動き出したのだ。
しかし内臓だけでは生き続けることができず、数時間後に永遠に停止した…というわけだ。
次に、シームと呼ばれる者たちが、モリーたち三姉妹と似て非なる存在であることが確認できた。
シームたちにはモリーたちのような超人的な怪力や身体能力はない。
もしシームらがイモータル7であればパーシーとガラードは無事ではなかっただろう。
同じイモータルでも投与されたものによってその特性が違うことはマーリンから聞いていた。それが裏付けられた。
イモータル8あるい9か?
ドクター・ハーバードの新たに生み出したタイプであろう。
「保護された方からは何か情報がありましたか?」
「残念ながら、ヘンリー氏は面会謝絶で聴取もままなりません。ただ、搬送される救急車の中で少しだけ話を聞けました」
ヘンリーは頭を強く打っていて、あの後すぐに病院に運ばれた。
「彼の伯父ラザラスは死体の横流しと下処理をしていたそうです。イモータル3なる薬を注入して腐敗を止め、頭髪を剃って頭蓋骨を開く…仕上げはドクターと呼ばれる男が行っていた、とのことです」
「そのドクターの名は?」
緊張しながらヴィヴィアンは尋ねた。
「不明です。ドクターというのも医師なのか博士なのかも不明です。オレはその両方ではないかと考えています」
「その根拠は?」
ヴィヴィアンは安堵したが、それを顔に出さないよう苦労していた。
「ヘンリー氏によれば、ラザラスは、ドクターにはスポンサーたちがいるようなことを言っていたのです。ドクターは医学博士のような存在で、スポンサーらの研究資金でイモータルの開発と製造を行っているのでしょう」
「なるほど……」
15年前、オリジナルのヴィヴィアンの時と同じね…ヴィヴィアンは心の中でつぶやいた。
あの時はベンウィック伯爵がスポンサーで、目的は死んだ幼い娘を蘇らせることだった。
今回のスポンサーの目的はなんだろうか?
もうひとつ気になるのがあの巨大な影だ。
人間のように見えたが、その身長は5メートルをゆうに越えていた。
ランサーより一回り大きな巨人。
あれはスポンサーとやらが用意したものか? それともハーバードの新たな研究成果だろうか?
3
「レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
「は、はい」
パーシーに名前を呼ばれ、ヴィヴィアンは物思いから我に返った。
「このドクターの候補になりそうな〈アフターズ〉に心当たりはないでしょうか?」
「私が見つけた候補は、中国の錬金術である煉丹術。南米のブードゥー教の呪い師。あとは人工生命を創る魔術結社…この辺りです」
捜査の目をハーバードから逸らすため、ヴィヴィアンは魔法関係の〈アフターズ〉をセレクトしていた。
「そうですか」
落胆するパーシー。
「それより、咬み裂きジェーンについて新しい事実はありまして?」
ヴィヴィアンは話題を変えた。
「そうでした。これもヘンリー氏の情報ですが、咬み裂きジェーンは逃亡しては連れ戻されるを繰り返しているようです。ラザラスは何度もジェーンを連れ戻す手伝いにかり出され、不満を口にしていたとか」
「ライトチャペルで刑事さんたちが遭遇したのは、そのジェーンを連れ戻す現場だった?」
「おそらく。ジェーンを乗せようとしていた霊柩馬車、あの御者台にいたのはラザラスだったのかもしれません」
「何度も…という点が気になりますわね」
ヴィヴィアンは考えた。
シームが女をさらうという噂。あれはジェーンが連れ戻される現場のことだったのではないか?
何故ジェーンが何度も逃亡するのかは不明だが、ひとつ分かったことがある。
──ジェーンは、ドクター・ハーバードにとって特別な存在なのだ。
重要な研究の成果だからか。あるいは個人的に特別な存在なのかも。
そこにオフィスのドアがノックされた。店員がガラードを案内してきたのだ。
「大変だぜ!」
案内の店員を押し退けるようにしてガラードが叫んだ。
「咬み裂きジェーンの正体が分かったかもしれねぇぞ!」
この作品のシーム/イモータルはいわゆるゾンビパンデミックを起こしませんが、それでもこんなのがうようよいると知られたら疑心暗鬼によるパニックは必至でしょう。
ルーカン本部長は小心、小物な小役人ですが、だからこそ市民の不安に敏感なのでしょう。
そして物語はここから急展開! ガラードか持って来た「咬み裂きジェーンの正体」とは?
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