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#5-11.闇の中の巨大な影

【前回までは】

ラザラス葬儀社が死体屋では…と調査にやって来たパーシーとガラード。しかしラザラスはシームの群れに連れ去られた後だった。迫り来るシームの群れからラザラスの甥ヘンリーを連れて脱出をはかるパーシーとガラード。ところが蒸気自動車ソードフィッシュがヘンリーに乗り逃げされてしまい──



     1



 ヘンリーは蒸気自動車ソードフィッシュが走行可能な状態にあると知って運転席に乗り込んだ。

 彼には蒸気トラックの運転経験があり、伯父のラザラスはそれを見込んで雇ったのだった。


「うわぁ!?」


 急発進したソードフィッシュの加速にヘンリーは仰天した。

 蒸気トラックとはまるで違う。ソードフィッシュは市販車ではトップランクの高速車なのだ。


 たちまちシームの群れを突破し、ガス灯の点る交差点が近づく。


 交差点に立つガス灯の炎に、ヘンリーはほっとした。

 それも束の間、右から一台の馬車が現れ、交差点のまん中で停まった。


 ──ブラックボイラー。


 後部に蒸気機関を載せた漆黒の馬車だ。

 狭い道である。ブラックボイラーによって交差点は完全に塞がれてしまった。


 反射的にヘンリーはブレーキを踏んだ。


「うわぁあああっ!」


 高速が仇となった。

 ソードフィッシュは制御不能に陥り、後輪を滑らせながら進路が大きく左にそれる。

 必死にブレーキを踏むヘンリー。その視界に倉庫の赤レンガの壁がすごい勢いで迫ってくる。そして──


 大きな激突音が上がり、ソードフィッシュは倉庫の壁に激突して止まった。


 あの馬車は──


 シームたちを斬り払いながら、パーシーはブラックボイラーの存在に気がついた。


 あの異形の馬車は先日、ライトチャペルで見かけた。

 まるでヘンリーの逃走を阻むように現れたことといい、シームたちに関わりがあるのか?


 停止したソードフィッシュにシームの一団が向かう。

 衝撃で気を失っているのか、ヘンリーは車内から出て来ない。


「パーシー! 行けっ!」

「頼む!」


 ガラードに促され、パーシーはソードフィッシュに迫る一団に向かった。


 目の前に立ちふさがる3体のノドをサーベルで斬り裂く。

 だが、3体のうち2体は、首から血を吹き出しながらも倒れず、パーシーにつかみかかってくる。


「浅いか!」


 頸動脈を切っただけでは足りないと知ったパーシーは、つかみかかる腕をかわすと、より深くシームのノドを斬り裂いた。

 気管を完全に切断した。血が流れ込み、ごぼごぼという音を立てる。

 呼吸できなくなったシームは凍り付いたように動きを止め、そして倒れた。


「くそがっ!」


 一方、素手のガラードは苦戦していた。


 パーシーのぶんを引き受け10数体のシームと戦っているのだが、いくら殴り倒してもシームは立ち上がり、向かって来る。


 ほぉお……ほぉお……。


 シームたちの呼吸音は止むこと無く押し寄せて来る。


 とにかく戦闘力を奪うことだ!


 ガラードはつかみかかる腕をねじり上げて肩か肘の関節を破壊する。横から膝を蹴り、へし折った。


 それでもシームたちは残った腕でつかみかかり、砕かれた膝でよろよろと立ち上がって向かって来る。


 コイツはやべぇな……。


 ほぉお……ほぉお……。


 止むことの無いシームの呼吸音がガラードを押し包む。さしものガラードも気力が萎えそうになった。そこに──


 重い排気音の轟きと共にまばゆい光が射した。


「薔薇の騎士!」

「ランサー!」


 薔薇の騎士のランサーが現れたのだ。



     2



 薄闇の中、モーターサイクルがその形を変えた。


 車体の中程が折れ曲がり、カウルが形を変えて移動し、操縦者を覆うと同時に頭部ユニットが現れる。後部左右のユニットは腕と脚へとその形を変えた。


 ──ナイトフォーム。


 モーターサイクルは身長およそ4メートルの機械の騎士へと形を変えた。


「離れたまえ。記者くん」


 ランサーのスピーカーから、機械で加工された薔薇の騎士の声が言う。


「ありがたい!」


 ガラードは跳び蹴りで目の前のシームを蹴り倒すと、着地の反動を利用して再度跳躍。シームの囲みの外に出た。


 腰だめに構えたランサーのリボルバーライフルが火を噴いた。シームたち5,6体がまとめてズタズタになって倒れる。

 散弾だ。

 ここまで引き裂かれてはさしものシームも立ち上がれない。


 背中に移動したエンジンからの高圧噴流でランサーは地面すれすれに浮かび上がり、滑るように移動する。


 ガラード、パーシーのそばを駆け抜け、ソードフィッシュに向かうシームたちの背中に向けて散弾を放つ。


 2射、3射…背中から散弾を浴びせられ、シームたちはぼろ布ようになって倒れて行く。


 今夜の薔薇の騎士は容赦がない。

 あっと言う間に20体はいたシームたちが全滅した。


 その直後。交差点のガス灯が消えた。


 たちまち辺りは闇に包まれる。

 残った光源はランサーのヘッドライトだけ。交差点内にいるブラックボイラーのアセチレンライトは光量が弱く、馬車のすぐ近くしか照らせていない。


 ランサーのヘッドライトに照らされたソードフィッシュのドアが開いた。ヘンリーが転げ落ちるように出て来る。


 衝突の衝撃で意識がはっきりしていないのか、四つんばいでのろのろとソードフィッシュから離れようとしている。


 その後ろ、ランサーのヘッドライトが届かない闇の中に、


 ──何かがいた。


 大きな…ランサーと同じかそれ以上の大きさの何かがいる。


 ブラックボイラーのアセチレンライトが鬼火のように動いた。いやブラックボイラーが走りだしたのだ。


 ランサーが背中から高圧噴流を吹き出し、後を追おうと走る。


 そのランサーに向かって巨大な何かが飛んできた。

 ソードフィッシュだ。4人乗りの蒸気自動車が、宙を飛んで来たのだ!


 間一髪、ランサーは体を開くようにして飛来したソードフィッシュをかわした。


「うおっ!」

「あぶねっ!」


 パーシーとガラードのすぐそばに、ソードフィッシュが屋根を下にして落下した。二度、三度と四人乗りの自動車がボールのようにはねながら地面を転がる。


 ランサーは動かない。ソードフィッシュが飛んできたほうにリボルバーライフルを向けている。


 闇の中に脅威となる存在を感じて警戒しているのだ。


 どのくらいそうしていたか……。


 遠くよりポリスカーのサイレンが聞こえてきた。


 銃声や砲声を聞いた住人が通報したのだろう。



     3



 遠くから近づいて来るポリスカーのサイレン。


 それを聞いてかランサーはリボルバーライフルを下ろした。

 近くにある照明は、ランサーの胸の位置にあるヘッドライトだけだ。そのまばゆい光の後ろにある機械の巨人は闇に溶け込んでいるようだ。


「お前は──」


 闇の中に立つランサーをパーシーは見上げた。


「お前は、このシームやコープスシンジケートについて何か知っているのか? 薔薇の騎士!」


 闇の中に散らばる、いまや完全な骸となったシームたち。

 散弾による容赦ない殲滅は、相手が生者ではないと知っていたからだとパーシーは確信していた。


「知っているなら教えてくれ! シンジケートのために大勢の人間が殺されているんだ! 犠牲者の多くは無力な人々だ! 頼む! ヤツらの情報を教えてくれ!」


 真摯なパーシーの叫びだった。


 だが薔薇の騎士は沈黙したままだった。そして──


「なっ!?」


 ランサーのヘッドライトが消えた。まるでパーシーを拒むかのように。


「それが答えか? 薔薇の騎士!」


 パーシーは叫ぶが、その声は闇に吸い込まれるだけで何の反応もない。


 その闇の中、何かが動いている気配をパーシーは感じた。

 だがそれも束の間、吹き出した高圧噴流その余波がパーシーに吹き付けられた。


 薔薇の騎士のランサーは去って行く。

 遠ざかる高圧噴流と排気音でそれが分かった。


 それと入れ替わるようにポリスカーのサイレンが大きくなってくる。


 ほどなく到着したポリスカーのアセチレンランプが凄惨な現場を照らし出す。


「パーシー!」


 ガラードの声でパーシーは我に返った。


 アセチレンランプの光の先、倒れて動かないヘンリーの姿が浮かび上がっていた。



     4



 ブロンズストリートの端にあるビール工場。その屋根の上に三つの美しい影があった。


 モリー、ルー、フェイ──ヴィヴィアンに仕えるメイド姉妹である。


「またあの頭痛があった。ふたりは?」


 先夜と同じ謎の頭痛に襲われたモリーが妹たちに尋ねた。


「私もあったわ。前よりは軽かったけれど」

「フェイも。最初は通りに近づいた時だった」


 青い顔をしてふたりが言う。


 ──考えられる原因は寿命だ。


 病とも老化とも無縁の彼女たちを襲った謎の頭痛と体調不良。ドクター・マーリンはその原因は寿命が近いからではないか、と仮説を立てた。


 はじめてこの症状に襲われた翌日、姉妹はマーリンの検査を受けた。結果は、


「特に異常は認められない」


 であった。


 この結果はむしろ姉妹たちを不安にさせた。これこそが寿命が近いことの現れではないかと。


 そして今夜、三人そろってまたあの頭痛に襲われた。


 ほんとうに、その時が近づいてるのかもしれない……。


「ヴィヴィアンさまに話す?」


 ルーがモリーに尋ねた。


「多分、もうご存じだと思うわ。何も言わないのは、私たちの気持ちを理解しているから」

「そうだね。ヴィヴィアンさまはそういう人だから」


 モリーの言葉にフェイがうなずき、顔を上げた。


「グダグダ悩んでもしょうがないよ! 今はヴィヴィアンさまのためにやれることをがんばろう!」


 涙を目に溜めながら言い切るフェイに、モリーとルーは微笑み、うなずいた。


「そうね。今はドクター・ハーバードを見つけることに全力を尽くしましょう」


 もしも命を終える時が来たとしても…その時はその時だと、姉妹たちは覚悟を決めた。


「ヴィヴィアンさまをお待たせしてはいけない。急いで帰るわよ」


 モリーが駆けだし、ルーとフェイが後に続く。


 雲と煤煙に覆われた星のない夜を、みっつの影は音も無く風のように駆け抜けて行く。


 涙を吹っ切るように、速く、もっと速くと駆けていった。



あああ…ソードフィッシュがぁ!!

……刑事が乗る車の宿命です。

むしろ今回までよく頑張ったよね。うん。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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