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#5-10.死に魅入られた街

【前回までは】

死体密売団の情報を求めてパーシーはロッホ・ネスを訪ねる。ヴィヴィアンはハーバードの情報を与えることはなかったが、その会話からパーシーは死体屋の目星をつけ、ブロンズストリートのラザラス葬儀社へと向かった──



     1



 ガリアン・クォーターはキャメロット中央区の西にある歓楽街である。


 同じ花街でもライトチャペルと異なり、売春宿以外に音楽ホール、小劇場などが多くあり、パブには作家や詩人、芸術家たちが訪れている。

 ガス灯も多く、夜となればケバケバしい外装の高級娼館がゆらめく街灯に浮かび上がる。


 その歓楽街も一歩裏に入ると様相は一変する。


 特にブロンズストリート周辺は同じ街とは思えない。

 狭い通りにあるのは工場や貧窮院。ガス灯はまばらで暗く、微かに届く表通りの光と喧騒が遠い世界のもののように思える。


 このブロンズストリート近辺は、半世紀ほど前にコレラが猛威を振るった場所である。半月で百人を超える死者を出したため、当時は「死に魅入られた街」と呼ばれた。


 そんな不吉な歴史があるブロンズストリートにラザラス葬儀社はあった。


「思ったより大きいな」


 蒸気自動車ソードフィッシュの運転席から降りたパーシーは、目の前の建物を見上げてつぶやいた。


 ──ラザラス葬儀社。


 薄闇の中、倉庫のような建物が黒々と浮かんでいる。トラックが4、5台は楽に入るほどの大きさだ。


「様子がおかしいぞ」


 ガラードが言う通りだった。


 ラザラス葬儀社は静まり返っていた。

 すべての窓に鎧戸が閉められ、入り口脇の常夜灯も消えている。聞こえるのはガス式冷凍機用の蒸気機関の音だけだ。


「……持っておけ」

「おい、いいのか?」


 パーシーがガラードに渡したのは六連発の拳銃であった。パーシー自身はサーベルを手にしている。


「念のためだ。無くすなよ?」

「遺族に恨まれねぇかな」


 拳銃をポケットにしまいながらガラードは言った。

 彼はシームを死体ではなく遺体としてみていた。感情的なガラードはパーシーほど冷徹になりきれないのだった。


 葬儀社のドア横の呼び鈴をパーシーが鳴らす。


 ……返事はない。


 二度、三度鳴らしたが、誰も出てこない。


「ガラード。頼む」

「お前さん、今回は規則を破ってばっかだな」


 パーシーに促されてガラードはポケットから針金を取り出した。

 十秒とかからずドアが開く。悪童時代に身に着けた技術であった。


 葬儀社の中は灯りがなく静まり返っていた。


「警察です。誰かいますか?」


 警戒しながらパーシーは声をかけた。


 ……やはり返事はない。


 ガラードがマッチを擦り、廊下のガス灯に灯を点した。


 入ってすぐの部屋は来客用の応接室だった。その奥は事務室。


「やけに散らかっているな」


 机は傾き、床には倒れた椅子と書類が散らばっている。

 まるで大勢が争った後のようだ。


 パーシーが次のドアを開けると、中から冷気があふれ出てきた。


 ガラードがガス灯を点けると、ゆらめく灯りの中、いくつもの石の台が並ぶタイル張りの部屋が浮かび上がった。


「死体安置所か」


 だが死体はひとつもない。隅に簡素な棺桶が置いてある。


 パーシーとガラードが次の部屋へ行こうとした時だった。


 ごとり…。微かな音がした。


 ふたりは振り返った。


 音は隅にある棺桶からしたのだ。



     2



 また、ごとり…と微かな音。

 棺桶の中からだ。間違いない。


 パーシーとガラードは目配せをすると、そっと棺桶のそばへと向かった。


 棺桶は顔を見るための窓のない、蓋を閉めたら釘で打ち付ける簡素なタイプである。見たところ蓋に釘は打ち付けられていない。


 ガラードが蓋に手を掛け、一気に開いた。中にいたのは──


「来るなぁあああ!」


 葬儀屋の職員と思われる若い男だった。


 彼は恐怖で錯乱していた。全身を縮こまらせ、狭い棺桶の少しでも奥へ逃げようとしている。


「警察です。落ち着いて下さい」

「……け、警察?」


 男はしばらく呆然とした後、正気に戻った。


「伯父が! 伯父がさらわれたんだ! 地下から出て来たヤツらに!」


 それも束の間、恐怖に震えてわめく。


「ヤツらってのは誰だ?」

「動く死体どもだよ!」


 ガラードの問いに男はわめく。


「ヤツらはいきなり地下から現れたんだ。5人…いや10人はいたかも? ヤツらはよってたかって伯父につかみかかり、地下の穴へと連れ去ったんだ」

「伯父というのは、ここの経営者のラザラスか?」


 パーシーが問う。


「ああ、そうだ。伯父は仲間から抜けようとしていたから始末されたんだ」

「仲間ってのはコープスシンジケートのことか?」

「警察ではそう呼んでいるのか? ああ、死体を集め、蘇らせている連中だ。あぁ…伯父を連れ去った死体の中にはオレらが処置したホームレスたちがいやがった。伯父も殺されてイモータルにされちまうんだ。そしてヤツらのために働かされるんだ! 永遠に…!」


 男はまくし立てた後両手で肩を抱き、ガタガタ震えている。


「イモータルってのはシームのことかな?」

「おそらくな」


 ガラードとパーシーはうなずき合う。


「あなたの名前は?」

「……ヘンリーだ」


 パーシーの問いにラザラスの甥は名乗った。


「ヘンリー、あなたに伺いたいことがある。警察署まで来ていただきたい」

「ダメだ! 外にはヤツらがいるんだ!」


 パーシーとガラードは顔を見合わせた。


 通りにそんな気配はなかった。

 ヘンリーの妄想だろうか? あるいは、文字通り、息を殺して暗闇に潜んでいるのだろうか。


「それじゃ警察に電話して応援を──」

「電話は通じない! 切られちまっているんだ」


 事務所に向かおうとしたガラードにヘンリーが叫ぶ。


「イヤだイヤだイヤだ…魂のない怪物にされるのはイヤだ」


 頭を抱え、ヘンリーは棺桶の中にうずくまる。

 テコでも動く気は無い様子だ。


「電話を確認してくる」


 確認のためガラードは事務室に向かった。

 ヘンリーの言う通り電話は通じなかった。


「マジかよ」


 つぶやいたガラードは、何気なく窓の外を見た。

 事務所の窓は鎧戸が閉められ外は見えない。だがその鎧戸に微かな隙間があるのにガラードは気づいた。


 鎧戸の隙間の向こうは真っ暗だった。

 30メートルほど先にあったガス灯が消えているのだ。


「偶然…なわきゃないよな!」


 ガラードはつぶやくと安置室へと戻り、パーシーに耳打ちした。


「ヤバいぜ! ヤツらが来ているみてぇだ」



     3



 葬儀社から出たパーシーは、周囲を警戒しながらすぐ近くに停めた蒸気自動車ソードフィッシュへと向かった。


 近くにあったガス灯は消えており、光源はさっき灯した葬儀社の表にある常夜灯だけだ。


 相変わらず辺りは静寂に包まれている。聞こえるのは冷凍機の蒸気機関の音だけだ。


 だが、イヤな気配を感じる……。


 闇に潜む気配を感じながら、パーシーはソードフィッシュに乗り込んだ。


 ソードフィッシュには停車後も最低限の蒸気圧を維持するパイロットバーナーがある。

 パーシーがそのパイロットバーナーをメインバーナーに切り替えると、みるみる圧力メーターが上がってゆく。


「──っ!」


 周囲の暗闇が蠢いたような気がした。


 果たして闇の中よりよろめくような足取りで、頭に縫い目のある集団──シームが現れた。


 ほぉお……ほぉお……。


 凍てついた風のような彼らの呼吸音が押し寄せて来る。


 左から5、6人、右からも同じくらいのシームが、ソードフィッシュと葬儀社の間に割って入るように迫って来る。


 ソードフィッシュの機関の圧力は──まだ足りない。


「ちぃっ!」


 パーシーはソードフィッシュから降りながらサーベルを抜き放った。


「ガラード! 出たぞ!」


 薄闇の中、パーシーのサーベルが閃く。ふくらはぎを深く切られたシームが転倒する。


「こりゃまた団体さんだな」


 背後にヘンリーをかばい、葬儀社のドアから顔を覗かせたガラードがつぶやく。


 ライトチャペルの時と違い、今回のシームたちはガラード、パーシーにもつかみかかってくる。葬儀社にいる全員を捕らえるつもりか。


「ヤツらはノロい。オレたちが抑えている間に車まで走れ!」


 ヘンリーにそう言ってガラードは飛び出した。


 手近なシームを殴ってよろけさせ、その隣の2体を回し蹴りでまとめてなぎ倒す。


「何をしている! ヘンリー!」


 ドアから顔を覗かせてガタガタ震えているヘンリーに、パーシーが怒鳴る。


「クソが!」


 ガラードは悪態をついてポケットから拳銃を抜き、一発、シームの胸に撃ち込んだ。


「走らないと撃ち殺すぞ!」


 ついでにヘンリーに銃口を向けると、悲鳴を上げて彼はソードフィッシュへと走りだした。


 そのヘンリーを捕まえようと、胸を撃たれたシームが手を伸ばす。生ける死体は胸を撃たれた程度では止まらないのだ。


「……カンベンな」


 ガラードはシームの頭に拳銃を向け、撃ち抜いた。

 さすがのシームも頭を撃ち抜かれては起き上がって来なかった。


 薄闇の中パーシーのサーベルがひらめき、ガラードの拳銃が咆える。

 たちまちシームの半数が行動不能に陥っていた。しかし──


「新手だ!」


 通りの両方からさらに10数体ずつ、シームが現れた。


「どんだけいるだよ!」


 ガラードが拳銃を向けたがすでに弾切れだった。


「退くぞ!」


 パーシーが叫んでソードフィッシュへと駆け出す。


 ソードフィッシュが車体下から蒸気を噴き出した。


 ヘンリーだ。彼が運転席についてスロットルを開けたのだ。


 蒸気を噴き出し、ソードフィッシュが急発進する。


 シームの群れの間を突き抜け、ソードフィッシュが走り去って行く。


「アイツ車の運転できたのか」


 ガラードが呆然とつぶやいた。


 ほぉお……ほぉお……。


 パーシーとガラードを不気味な呼吸音が取り巻く。


 ふたりはシームの群れの中に置き去りにされてしまった。



自動車にキーがついたのは20世紀に入ってからだったようですね。

初期の自動車が乗り逃げされるおそれはほとんどなかったため。


蒸気エンジン→ボイラーの圧力が一定にならないと動かない。

ガソリンエンジン→クランク回してエンジン始動にコツと力が要る。

そもそも運転できる人間が少ないので、盗んでも買い手がいない。


そんなわけでパーシーもガラードも乗り逃げさけれるなんて思いもよらなかったわけです。


不死身のシームの群れに取り残されたふたりはどうなるのか?

次回に乞うご期待!


ここまでお読みいただきありがとうございます。

よろしければブクマ、評価、リアクション、感想、レビューなどをお願いします。

質問やツッコミも大歓迎ですよ!

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