#5-9.協力要請
【前回までは】
謎の不調に襲われたモリー、ルー、フェイ。それは彼女たちの寿命が近いという兆候か? そしてドクター・ハーバードのアジトでは、咬み裂きジェーンと呼ばれる女性がジョアンナと呼ばれていた──
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──あなたの力を借してほしい。レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック。
ライトチャペルの騒動の翌日、ヴィヴィアンの元にパーシーからのメッセージが届いた。
「いかがいたしますか?」
邸でメッセージを受け取ったヴィヴィアンにモリーが尋ねた。
「パーシー──警察がどこまでハーバードに迫っているのかを知る良い機会だわ。要請を受けましょう。その上で彼らに渡す情報を決めるわ」
「パーシー刑事を騙すことになりますが…よろしいのですか?」
「私たちの秘密を守ることが最優先よ」
ヴィヴィアンはモリーの頬に触れて微笑んだ。
「それに、騙しているのはいつものことよ」
おどけたようにヴィヴィアンは肩をすくめた。
私たちが人間ではないと知られたら、この社会では生きて行けない。正体を知られないためには嘘と偽りの生を生きねばならない。
それは彼女たちの逃れられない宿命であった。
× × ×
──ロッホ・ネス。
お茶や軽食を注文すると国内海外の新聞、雑誌が読み放題という情報サロンである。追加料金を払えばマイクロフィルムリーダーで新聞のバックナンバーや学術論文などを読む事もできる。
この店はヴィヴィアンがオーナーを務めており、3階に彼女のオフィスがあった。
「協力要請を受けて頂き感謝します。レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
メッセージを受け取った翌日。
パーシーそして当たり前のような顔でガラードが一緒にやって来た。
店員に訪問を告げたふたりは3階にあるヴィヴィアンのオフィスへと通された。
来客用のソファとテーブル、その奥に大きなガラススクリーンを持つマイクロフィルムリーダーが置かれているのがこの店らしい。
パーシーとガラードが並んでソファに座り、ヴィヴィアンはその向かいに座る。彼女の傍らにはいつものようにモリーが控えている。
「ライトチャペルでは大変だったようですわね」
ヴィヴィアンがテーブルの上に置かれたいくつもの新聞をみて言う。
どの新聞も一面は「咬み裂きジェーン現る!」「闇の中に消えたジェーンはいずこ?」といったタイトルが踊っている。
「記事にはガス灯が消えたのは何ものかの仕業だとありましたが、本当ですの?」
「はい。あの地区一帯に供給される石炭ガスのメインバルブが閉じられていました。おそらくコープスシンジケートの仕業でしょう」
無念さを滲ませパーシーが言う。
ガス灯が消えた暗闇に乗じてジェーンもシームも姿を消した。
「ジェーンらが消えた近くに下水のマンホールがありました。蓋に動かされた形跡がありましたので、ヤツらはそこから逃げたと考えられる」
「彼らはライトチャペルの地下をよく知っている、というわけですね」
ヴィヴィアンがつぶやく。
「シームのひとりでも捕まえていればなあ」
「だが収穫はあった」
ボヤくガラードにパーシーが言った。
「咬み裂きジェーンそしてシーム。彼らは人間ではない。──生ける死体だ」
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「生ける死体…ですか?」
「職業柄分かるのです」
パーシーは自分の手を見た。
彼らに触れた、あのおぞましい感触はまだ残っている。
「ジェーンそれにシームたち。彼らの肌は冷たく弾力がなかった。生きている人間のように見えましたが、あれは死体です」
ヴィヴィアンは傍らで控えているモリーの手に触れた。
あなたたちはヤツらの同類なんかではないわ。
その想いを込めてヴィヴィアンはモリーの手を握る。
モリーも応えて握り返す。
彼女の手はあたたかく、やわらかだった。
「そして彼らはコープスシンジケートと何らかの繋がりがある。彼らの身体は、密輸された死体と同じだったのです」
先日、貨物列車から出て来た死体の大半は警察本部の地下で保管されている。パーシーは密輸死体に触れて確認したのだった。
「密輸死体についても情報があります。まず数ヶ月かけて運ばれてきたというのに腐敗は一切無く、それどころか血液は凝固すらしていません。これは表に出ていない技術が関わっている」
「シンジケートは〈アフターズ〉だということですか」
パーシーからのメッセージが届いた時からヴィヴィアンは予想していた。
問題は警察がハーバードのことをどこまでつかんでいるかだ。
「先日お話しした叫ぶ死体の噂を覚えていますか?」
ガラードが言った。
「叫ぶ死体は密輸団の運んでいた死体とそっくりなんだそうです」
「解剖に立ち会った資料課の人間がそう話していました」
ガラードに続いてパーシーが言う。
「密輸された死体は解剖されたのですか?」
「ええ。叫び声を上げた死体はなかったようですが」
噂を聞いて尻込みする医師たちを説き伏せるのに苦労した、とトリスタンはこぼしていた。
「個体差があるというわけですね」
イモータルを注入するタイミングや回数で違いが出る、とマーリンが言っていたことをヴィヴィアンは思い出した。
モリーたちの縫合痕で残っているものと消えたものがあるのもそのせいらしい。
「もうひとつ。密輸された死体の大半は殺されていたことが判明しました」
パーシーの眼に怒りが浮かんでいた。
「死因は溺死。手足に縛られた痕がありました。手足を縛った上で海に落とされたのでしょう」
「やはり大量殺人だったのか!」
ガラードが声を上げた。
「溺死させたのは、簡単かつなるべく身体に傷をつけない方法だから…かしらね」
ヴィヴィアンは珍しく気分が悪くなった。
死体を集めるための効率的な殺人。
まるで産業だ。だが……。
──大量の死体を必要とする産業とは何だろう?
3
「植民地だけじゃない。ライトチャペルではホームレスたちがさらわれ、姿を消している。シンジケートは我々に見えないところで大勢を殺している」
パーシーの口調は静かだったが、強い怒りが込められていた。
「レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック。あなたの協力が必要だ。死体蘇生を研究している人間や技術について教えてくれ!」
まっすぐな視線でパーシーがヴィヴィアンを見つめている。
パーシーは弱い立場の人々が犠牲になっていることに憤っているのだ。
喜んで協力したいところだけど……。
「そうですわね…いま思いつくのはエンバーミングくらいかしら?」
ヴィヴィアンは、当たり障りのない情報で誤魔化すことにした。
「死体の保存技術は新大陸の内戦で大きく進歩しました。戦死した兵士の遺体を故郷に運ぶためだと言われています」
しゅっと小さな蒸気が吹き出し、ガシャガシャと歯車がかみ合う音が鳴る。
いつの間にかモリーが奥にあるマイクロフィルムリーダーに移動していた。
彼女の手がキーを叩くと教室の黒板ほどもあるガラススクリーンにエンバーミングの記事が表示される。
「血管に防腐効果のある薬液を注入して血液を排出させるわけか」
表示された記事を読んでパーシーはつぶやいた。
「アメリカでは有名人の遺体を保存して各地を巡る、ということも行われていますわね」
「新大陸の葬儀屋は進んでいるんだな」
ヴィヴィアンの説明にガラードがつぶやく。
「葬儀屋か…おかげでひとつ思いついた」
「えっ?」
パーシーは立ち上がると、「電話をお借りする」と断って、リーダーの横にある電話を手に取った。
「トリスタン先輩。消えた叫ぶ死体について聞きたいことがあるのですが」
電話の相手は資料課のトリスタンだった。短いやり取りをしてパーシーは電話を置いた。
「公開解剖の叫ぶ死体。あの死体の出所を追えばシンジケートの手掛かりをつかめるかもしれない」
「まだ調べていなかったのかよ?」
叫んでガラードが立ち上がる。
「死体が消えた後に簡単な事情聴取をしただけだ。その時は密輸死体もシームの情報も無かったからな。──レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
パーシーはヴィヴィアンに向き直り、
「これが突破口になるかもしれない。感謝する。引き続き〈アフターズ〉の調査もお願いする。では失礼」
一礼してパーシーは足早にオフィスを出て行った。ガラードもその後に続く。
「私、誤魔化すつもりでヒントを与えてしまったのかしら?」
「そのようですね」
モリーがため息をつく。
「ああっ! もぉっ!」
ヴィヴィアンは足を踏みならして立ち上がった。
「パーシーはどこへ行くと言っていたの?」
「ブロンズストリートにあるラザラス葬儀社です」
今回は、ヴィヴィアン側とパーシー側が協力しないという特殊な状況です。
そのせいで展開が遅く感じたり、ノリが悪いと感じられたりしないか心配…。
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