#5-7.花街の怪
【前回までは】
ライトチャペルで情報収集に当たっていたルー。その前に、額に縫い目がある不気味な男たちシームが現れる。集団で女性をさらうシームとはいったい──
1
ルーは追いつめられていた。
謎の頭痛に気を取られている間に、彼女は不気味な男たちに抱囲されていた。
──シーム。
頭髪が無く、額の辺りに頭を一周する縫合痕がある男たち。
ほぉお……ほぉお……。
凍てついた風のような呼吸音がルーを取り巻く。
虚ろな目をしたシームたちは、声も上げず、ぎこちない動きで手を伸ばしてきた。
「くっ!」
一番近いシームを掌打で吹き飛ばし、次の相手を回し蹴りで地に這わせる。
頭が…身体が重い…!
謎の不調で身体が思うように動かない。
それでもルーの突きと蹴りは牛馬をも昏倒させるほどの威力がある。たちまちシームたち5人が霧雨で濡れた石畳の上に転がった。しかし──
ほぉお……ほぉお……。
倒れたシームたちが何事も無かったかのように起き上がってくるではないか!
やはりこいつらは私たちと同じ……!
殴り倒し、蹴り倒しながらルーは霊波通信で姉妹とヴィヴィアンに報告しようとした。
だが〈声〉が届いた気配がない。
どういうわけか霊波通信まで使えないのだ。
ほぉお……。
「はっ!」
背後から伸びた手がルーにつかみかかる。
かわそうとしたが間に合わず、ドレスの袖がつかまれてしまう。
「このっ!」
逃れようとするルーと引き寄せようとするシームの間で力比べとなる。
その間にも他のシームたちが迫って来る。
「っ!」
袖をつかんだシームにルーが後ろ蹴りを放った。ドレスが裂け、袖がちぎれる。切れ端を握ったままシームが後ろに吹っ飛び、石畳の上を何度も転がった。
だがその間にルーは残り4体のシームに完全に抱囲されてしまっていた。
マズい!
ルーは完全に追いつめられた。その時──
通りに女性の悲鳴が響き渡った。
ルーのものではない。悲鳴は数ブロック向こうから聞こえた。
「え?」
突然、シームたちの動きが止まった。
彼らはルーに手を伸ばした姿勢のまま、凍り付いたように動かない。
何が起きているの?
数秒後、シームたちは突然動き出した。
ほぉお……ほぉお……。
ルーに興味を無くしたかのように、シームたちは彼女を無視し、ふらふらと歩いて行く。
危機は去った。しかしルーは安堵できなかった。
頭痛と身体が重い謎の体調不良。そして霊波通信ができない。
この不調はなんなの?
× × ×
同じ頃、パーシーとガラードは悲鳴が上がったほうへと走っていた。
「あれは!」
霧雨でほんやりしたガス灯が照らす薄暗い通り、白いドレス姿の女が、スキンヘッドの男たち4人に捕らえられ、悲鳴を上げている。
「噂のシームか!」
ガラードが叫ぶ。
白いドレスの女を襲っている男たちは皆頭髪がなく、頭に縫い目のような痕があった。
シームたちは悲鳴を上げる女を御輿のように頭上に担ぎ上げ、黒い馬車──おそらく霊柩車に無理矢理乗せようとしている。
「待て!」
「この野郎が!」
叫んでパーシーとガラードがシームたちの背中に体当たりする。
バランスを崩したシームたちが抱え上げていた女を取り落した。
「よっと」
ガラードが女を受け止め、地上に降ろす。
「こちらに!」
パーシーは自分の後ろに庇おうと彼女の手を取った。
──なんだ?
パーシーはぎょっとして思わず手を放した。
白いドレスの女の手は冷たく、肌に弾力がなかった。
刑事であるパーシーはこの感触に覚えがあった。
まるで死体ではないか?
もしやこの女性が、あの咬み裂きジェーンなのか?
2
その女は、花街には不似合いな白いドレスを着ていた。
年齢は20代前半。くすんだブロンドの髪も細い指の爪もよく手入れされていて、中流以上の家の娘であることは間違いない。
いま誘拐されかかっているというのに、彼女の顔には感情というものがなく、青い眼は虚ろだった。
「この女性がジェーンなのか?」
「なんだって?」
パーシーのつぶやきにガラードが声を上げる。
ジェーンと思われる白いドレスの女は、虚ろな眼で濡れた石畳の通りをふらふらと歩いて行く。
普通じゃない。
シームたちと反対方向だが、ただ歩いているだけだ。シームのことをまるで気にしていない。
ほぉお……ほぉお……。
そのジェーンに後ろからシームたちがつかみかかろうとする。
「この野郎!」
叫んでガラード、そしてパーシーがシームたちを殴り倒す。
パーシーは拳に触れた感触にぞっとなった。
シームたちの肌はジェーンと同じだった。死人のように冷たく弾力が無かった。
「なんだこいつらは!」
ガラードが驚きの声を上げる。
シームたちは殴っても蹴っても苦鳴も上げず、ひるみもしない。
ほぉお……ほぉお……。
かすれた呼吸音とともに立ち上がる。
彼らはパーシーとガラードなど眼中になかった。
いくら殴られてもシームたちは反撃もせず、避けもせず、ひたすらジェーンを追いかけようとする。
その間にもジェーンはふらふらと通りを西のほうへと歩いて行く。
そちらに目的とするものがあるのか?
そこに、手回しサイレンの音と共に2台のポリスカーがやって来た。
念のため、パーシーが要請していた所轄の警官隊が騒ぎを聞きつけてやって来たのだ。
2台のポリスカーは通りに並んで停まり、ちょうどジェーンを連れ去ろうとした霊柩馬車の行く手を塞ぐ格好になった。
霊柩馬車の馬たちが急停止していななく。
「ローマン刑事!」
2台のポリスカーから計6人の警官たちが降りてきた。
「その馬車を逃がすな! それとこいつらを逮捕しろ!」
「誘拐の現行犯だぞ!」
警官たちに霊柩馬車とシームを任せ、パーシーとガラードはジェーンの後を追った。
「こいつ! 大人しくしろ!」
「なんだこいつら!?」
警官たちがシームたちともみ合う声を背中で聞きながら、パーシーとガラードはジェーンの後を追う。
そこに行く手から重い排気音が轟き、白いヘッドライトが射した。
「薔薇の騎士!」
ガラードが叫ぶ。
ジェーンの行く手に薔薇の騎士のランサーが現れたのだ。
ライトチャペルの暗い通りにあって、ランサーの真紅のボディは一際鮮やかに見える。
アセチレンランプとは異なる白いヘッドライトに照らされて、ジェーンは足を止めた。
白い光芒に浮かび上がるジェーンの姿を見てランサーも停止した。
ランサーのヘッドライトに照らされ、ジェーンは立ちすくんでいる。
しかし、すぐにまたふらふらと歩き出す。
「阿片で正体無くしたヤツみてぇだな」
「そんなものじゃない」
先ほど触れた死体のようなジェーンの肌を思い出し、パーシーはつぶやいた。
ふたりがジェーンに追いつき、パーシーはその手を取ろうとした時だった。
突然、通りのガス灯が消えた。
3
「なんだ?」
ガス灯が消えた。
ひとつだけではない。パーシーたちのいる通りにあるガス灯、いやそこに並ぶ建物の中にあるガス灯までもが一斉に消えたのだ。
たちまち辺りが闇に沈む。
石炭ガスの供給トラブルか? それとも何ものかの仕業か?
パーシーは警戒した。
ほぉお……ほぉお……。
闇の中のせいか、シームの不気味な息づかいが大きく聞こえる。
今や光源はランサーのヘッドライトとずっと後ろのポリスカーと霊柩馬車のアセチレンライトだけだ。
そのランサーの真空フロギストンエンジンがうなり、高圧噴流が吹き出す音がそれに混じる。
闇の中、ランサーのヘッドライトが高い位置に移動する。
ナイトフォーム──人型に変形したのだ。
高い位置に移動したヘッドライトの光の中にシームの集団が浮かび上がる。
その数5人。警官隊ともみ合っているのとは別の集団だった。
「どこから出てきやがった!」
ガラードが叫ぶ。
シームたちはよろめきながらも早足でジェーンに迫ろうとする。
ランサーが腰だめに構えたリボルバーライフルが火を噴き、シームたちのすぐ前の石畳がはじけた。威嚇射撃だ。
だがシームたちは止まらなかった。
ほぉお……ほぉお……。
人体に命中すれば木っ端微塵になるであろうランサーのライフル弾が、すぐ目の前に着弾したというのに、ひるみもせず、虚ろな眼のままジェーンへと向かう。
「止まれ!」
「くそが!」
パーシーとガラードがシームの群れを阻止しようと殴りつけ、蹴り倒す。
「こいつら…痛みを感じねぇのか!」
ガラードがうめく。
ほぉお……ほぉお……。
シームたちは殴られ、地に転がされても何度でも立ち上がる。
突然、後ろで悲鳴が上がった。ジェーンの叫びだ。
「しまった!」
どこから現れたのか、3人のシームたちがジェーンを連れ去ろうとしている。
パーシーとガラードはシームたちともみ合って動けず、ランサーもジェーンがいるため撃てない。
たちまちジェーンを捕らえたシームたちはランサーのヘッドライトの外に、闇の中へと消えた。
「待て!」
叫んでパーシーはまとわりつくシームたちを振り払うと、ジェーンが消えた暗がりへと走った。
ランサーのヘッドライトがパーシーが駆けるほうに向き、建物と建物との間の路地を照らし出す。
だが、そこにすでにシームもジェーンの姿もなかった。
ヴィヴィアンは舌打ちした。
この狭さではランサーが入ることはできない。
「モリー、フェイ。彼らはいまどこに?」
霊波通信でメイドたちを呼ぶ。
モリーとフェイは高い位置から状況を見ている。この暗闇でも彼女たちなら見通すことができる。
しかし霊波通信に応答はなかった。
「モリー? ルー? フェイ?」
再度呼びかけてもメイドたちから返事がない。こんなことははじめてだ。
気がつくと、ライトチャペルの通りは静まり返っていた。
あれほどいたシームたちが、いつの間にかいなくなっている。
ジェーン。シーム。すべては闇の中に消えてしまった。
咬み裂きジェーン、そしてシームの登場です。
両者にはどんな関係があるのか? そしてルーの謎の不調、その原因は?
謎が謎を呼ぶ5話(章)は読み始めたら止まらない!(と思う)
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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