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#5-5.娼婦の街

【前回までは】

死者を蘇生させるドクター・ハーバード。モリーたちを創った死の医師がキャメロットに戻って来た。死者にまつわる怪事件、咬み裂きジェーンも彼の仕業とみたヴィヴィアンは、警察よりも早くハーバードを見つけるべく動き出した──



     1



 翌日、パーシーはキャメロット警察本部の資料課を訪ねた。


「散らかっていて悪いね」


 資料課アーカイブ室の主任トリスタン・ライアスがパーシーを迎えた。


 役者のような美形に加え「弦が緩んだ竪琴」と評されるのどかな話し方と物腰は、かつて敏腕刑事だったとはとても思えない。


「忙しいところすみせん。先輩」

「一度に40以上の死体が出るなんて前代未聞だからね」


 トリスタンはのんびりした口調で言ったが、昨日の警察本部は大騒ぎどころではなかった。


 死体が出た場合、その死体は公営の遺体安置所に運ばれ、保管される。

 キャメロット市内にはそうした公営安置所が町ごとに存在する。特に事件性があるものは大病院や医大に運ばれることもある。

 また数年前、キャメロット警察は本部近くに大型の蒸気冷凍機を備えた死体の保管施設を作っていた。


 だが一度に44体もの死体が出るなど想定外で保管する場所が足りない。


「本部の地下にある物置──資料室があった場所だね。そこのガラクタやらなんやらを運び出して床板をひっぺがして仮のモルグを作ったんだ。事務方も非番も動員しての大騒ぎさ。市民たちからは警察本部が夜逃げするのかって笑われているよ」


 雨に濡れてもいいガラクタは外に放り出し、書類などは箱に詰めるか紐で縛って1階のあちこちに積み上げられている。知らない人間が見れば引っ越しか夜逃げの準備と思うのも無理はない。


「先輩が大活躍だったとか」

「よしてくれよ。僕はあちこちに電話して必要なものを手配しただけだよ」


 照れながらトリスタンは席に着いたパーシーに自らお茶を淹れた。


 床板をはがしたむき出しの地面に造船所から集めたおがくずを敷き詰め、近所の氷屋からかき集めた氷を投入。ちなみにはがした床板も簡易ベッドの材料にした。

 この一連の手順を整え、手配と指揮を執ったのがトリスタンだった。


 いつものようにのんびりした口調、しかしその判断は早く、指示は的確だった。

 作業を終えた部下たちにお茶や食事を出してねぎらい、無理を聞いてくれた氷屋には丁寧な礼状を出す気遣いも忘れない。

 「弦の緩んだ竪琴」の真の姿に、本部の警官たちは舌を巻いた。


「密輸列車から出て来た死体について。分かっていることを聞きたいのですが」


 パーシーは本題に入った。


「何ヶ月も運ばれてきた来たというのにどの死体も新しかった。まるでついさっき死んだみたいに。それでいてアルーコールやヒ素など防腐処理もしていないし、血液の凝固もなかった」

「そんな死体はあり得ない」


 息を呑むパーシー。


「僕は見たことがある」


 トリスタンはお茶を一口して続けた。


「公開解剖の叫ぶ死体だ」

「あれは本当にあったことだったんですか!」


 ガラードの言っていた噂だ。パーシーは記者たちの与太話だと思っていたが実際に起きたことだったとは。


「まだ表に出ていない技術…この事件も〈アフターズ〉がらみだろうね」


 ──大火の後に(グレートファイア)現れたものたち(アフターズ)。略して〈アフターズ〉。


 15年前の大火を境にして、世界は大きく変わった。


 急速に発達したテクノロジー。

 魔法や錬金術を科学と融合させた新技術。


 それらは世界を大きく発展させたが、同時にありえないような事件、犯罪を生み出していた。

 裏の科学。闇の技術。

 これらを用いる事件、犯罪者たちは〈アフターズ〉と呼ばれていた。


「その叫ぶ死体はどこに?」

「それが行方不明なんだ」


 困った顔でトリスタンが答えた。


「搬送を頼まれたという葬儀屋が持ち去ったんだ。もちろん警察は頼んじゃいない」

「密輸団の仕業か。──これは叫ぶ死体と密輸された死体が同じものだという証拠だな」


 つぶやくとパーシーはカップに残ったお茶を飲み干し、立ち上がった。


「気をつけなよパーシー。今回の犯人は大きな組織だ」

「ありがとうございます」


 トリスタンの心配そうな視線に見送られ、パーシーは資料課を後にした。


 彼の頭の中には、ガラードが言っていたもうひとつの噂──咬み裂きジェーンが浮かんでいた。



     2



 ライトチャペルの夜は暗い。


 通りに並ぶガス灯は少なく、あちこちにある町工場の旧式な蒸気機関が吐き出す黒い煙と蒸気で街はよどんでいる。

 どの通りにも機械と石炭、化学薬品と汚水のにおいが立ちこめ、人も建物も薄汚れている。


 蒸気の都と繁栄を謳歌する王都キャメロットにあって、この街は繁栄から取り残されていた。


 そのライトチャペルの通りを娼婦に変装したルーが歩いていた。


 大きく胸元が開いた安物のドレスにくたびれたブーツ。髪はわざと乱れた感じにして片側にたらし、濃いめの化粧をしている。


「よぉネェちゃん、いくらだい?」


 これで十何人目か。

 咬み裂きジェーンの情報を求め、その目撃情報が多いライトチャペルにやって来たのだが、数分おきに男たちから声を掛けられている。


「先約があるのよ。また今度ね」


 声を掛けてきた男を軽くあしらいながらルーは内心ため息をついた。


 情報収集はちっと進まない。

 しかしこの役割はモリー、ましてやフェイにはできない。


「ちょっとあんた」


 路地の中から女の声がした。


「見ない顔だね。ここはアタシらのシマだよ」


 路地から出て来たのは痩せた娼婦だった。年齢は30半ばくらいか。後ろにはもっと若い娼婦たちが3人ばかりいる。みな鋭い眼でルーをにらんでいる。

 新参者が縄張りを荒らしに来たと思っているのだ。


「あら、ごめんなさい」


 ちょうどいい。

 ルーはやわらかく微笑むと、声を掛けてきた娼婦の手を取った。


「実はアタシ探偵なの。ある人の依頼で調査に来ているの」

「探偵? ええっ!?」


 娼婦が驚きの声を上げた。ルーが彼女に1シリング銀貨を握らせたからだ。

 1シリングはこの街の娼婦たちの一晩の稼ぎに相当する。


「いいのかい?」

「依頼人のお金だもの。金持ちからはふんだくってやらないと」


 ウインクして笑うルー。娼婦の顔にも笑みを浮かべた。


「アタシはメアリー。何を聞きたいんだい?」

「メアリー姐さんね。咬み裂きジェーンについて何か知らない?」

「ああ、アレかい。娼婦の間で噂になっているよ」


 娼婦メアリーの態度は警戒から一転、友好的なものになっていた。


 これがルーの特技だった。

 瞬時にその場に適したキャラクターを演じ、相手の心をつかむ。情報収集にこれほど適した才能は無い。

 おそらく意識に上がらない、ルーの生前の記憶によるものなのだろう。


「噂だけどね。何人も被害に遭っているってさ」

「指を食い千切られた子がいるって聞いたよ」


 メアリーの後ろにいた若い娼婦たちも集まって来た。


「なぜ指を?」

「指を集めているんじゃない? ほら手に欲情する男とかいるじゃない」

「アタイは指輪が目当てだって聞いたよ」

「指輪…何か特定の指輪かしら?」


 ルーがつぶやく。


「それよりヤバいのはシームだよ」

縫い目(シーム)?」

「近頃、顔に縫い目がある気持ち悪い男たちがうろついているんだよ」

「それでシームね……」


 ルーはふと自分たちの身体にある縫合の痕を思い出した。


「その縫い目野郎たちは集団で女をさらうんだよ」

「アタシも見たことあるよ。白いドレス着た女がさらわれるのを」

「だからアタイらは裏通りから顔だけ出して声をかけるようにしているのさ」


 ルーがやたらと男たちに声をかけられたのもこれが理由だった。通りに娼婦の姿がほとんどないからだ。


 そう言えば、街のあちこちに屈強な男が立っていた。美人局(つつもたせ)かと思っていたが用心棒だったようだ。


「お前ら、しゃべくってねぇで客を見つけろよ!」


 そこに、後ろから太い声がかけられた。



     3



 声を掛けてきたのは通りにいた厳つい男だった。

 男の顔を見た途端、娼婦たちは口をつぐみ、眼を伏せた。


 娼婦たちから金を巻き上げる地回りだ。


「お前、ここらじゃ見ない顔だな」


 地回りがルーの顔を間近で見て目を見開いた。


「よく見りゃえらいべっぴんじゃねぇか。あんたならヘルファイア倶楽部でも一番人気になれるぜ」


 ルーはその名に聞き覚えがあった。

 キャメロットの西、ガリアン・クォーターにある高級娼館だ。金持ちが悪魔崇拝の儀式をしているという黒い噂がある。


「ここで立ちんぼするよりずっと稼げるぜ」


 笑いながら地回りはルーの肩に手を回そうとする。


「よしなよジム。その人は探偵なんだよ」

「探偵だからなんだってんだ」


 声をかけたメアリーに、地回りのジムはうるさそうに手を振った。


「ジムそのひとは──」

「うるせぇ!」


 言いかけたメアリーをジムはいきなり殴りつけた。

 二度、三度とジムはメアリーを殴り続ける。


「売女ごときが! オレに指図するんじゃねえ!」


 よろめいたメアリーの髪をつかんで無理矢理顔を上げさせた。


「口答えすると殺して死体屋にたたき売るぞ! てめぇみてえな年増はそのほうがカネになるくらいだ」


 目に物騒な光をたたえてすごむジム。

 その肩を、ルーの細い指がとんとんとたたいた。


「あん?」


 振り向いたジムの頬がパァン! と鳴った。

 ルーが平手打ちしたのだ。


「このアマ! なにし──」


 再びルーの手がひらめいて、路地に平手打ちの音が響いた。


 あまりの威力にジムはよろめいた。

 はた目には女の平手打ち。だが二発目の平手打ちはフライ級のボクサーの一撃に等しかった。


「女を殴るのは楽しい?」


 冷たい眼で男を見つめるルー。その手がまたひらめいた。

 反対側の頬が鳴り、ジムはよろめいた。今度の一撃はバンタム級並の威力だった。


「弱いものを虐めて楽しいの?」


 ルーの右手が上がる。


「ひぃっ!」


 左を打たれると思ったジムは左腕で顔をガードした。


 パアンっ! 庇ったのと反対の頬が鳴った。


 さらにまた一発。そしてもう一発。


 ジムが庇うのと反対の頬がはたかれる。


「ねぇ、楽しいの?」


 ジムの鼻から血が流れ、歯が折れていた。ルーの平手打ちの威力は今やライト級のパンチを越えていた。


「や、やめ…たすけ…!」


 屈強な大男が華奢な女に一方的に平手打ちされ、泣いて命乞いをしている。

 メアリーたち娼婦はあ然とその様子を見ていた


「やめない」


 ルーの右手がひらめき、ジムをガードごと張り飛ばした。

 細いメイドの平手は今やヘビー級ボクサーの一撃と同じだった。


 吹っ飛ばされ、壁にたたきつけられたジムの意識が飛ぶ。

 だがルーの容赦ない平手がさらに襲い、ジムの意識を引き戻した。


「た、たすけ…たすけてくれ……」


 涙と血まみれの顔で懇願するジムをルーは冷たく見下ろした。


「……これ以上は口が利けなくなるわね」


 残念そうにつぶやいたルーはジムの胸ぐらをつかんで微笑んだ。


「詳しく教えてくれるかしら? 死体屋のこと」



いつもニコニコ人当たりは良いルーですが、姉妹で最もドライな性格で、必要とあればいくらでも冷酷になります。

モリーやフェイに比べて出番が少なかったルーですが、今回は彼女が多く活躍しますよ!

お楽しみに!


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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