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#5-4.咬み裂きジェーンと死の医師

【前回までは】

夏のキャメロットでは死者にまつわる怪奇な事件が起きていた。ガラードが追っている咬み裂きジェーンとはいったい?──



     1



「咬み裂きジェーンとは…また物騒な名前ですわね」

「なんだそのうさんくさい名は?」


 興味津々というヴィヴィアン。眉ひそめるパーシー。


「神出鬼没の女の通り魔です」


 ガラードは手帳を取り出し、続けた。


「犯行はいつも夜。女性ばかりをねらい、指や腕に噛みつく…ライトチャペル近辺で何人も被害に遭っているようです」

「そんな事件聞いてないぞ」


 パーシーが言う。


「被害者は娼婦ばかりなんだ。警察に届けると思うか?」

「……そうか」


 低くうなってパーシーは黙り込んだ。


 ライトチャペルはいわゆる花街。夜となれば多くの娼婦が街頭に立つ。

 専業の娼婦が大半だが、昼は別の職業をしている女たちもいる。前者は地元ギャングの支配下にあり、後者は身元が知られることを避けるため、被害に遭っても警察に届けることはない。


「指や腕に噛みつくなんて、まるで人狼ですわね」

「人狼! そのセンもあったか」


 ヴィヴィアンの言葉にガラードは手帳にメモしながら続けた。


「咬み裂きジェーンは異様に白い肌をしていて、その手は死人のように冷たいのだとか。だから吸血鬼だとか生ける死体だとか言われているんですよ」

「悲鳴を上げた死体の同類じゃないか」


 結局与太話か、とパーシーは呆れた。


 その横で、ヴィヴィアンとモリーは視線を交わし、うなずきあった。


「刑事さん、ガラードさん。次の予定があるのでこれで失礼しますわ」


 ヴィヴィアンはそう言うと、足早にサイドカーへと向かった。


「お前が気味の悪い話をするから」

「興味津々で聞いてたように見えけどな」


 令嬢とメイドの後ろ姿を見送りながらパーシーとガラードが言う。


「迂闊だったわ。昨夜の死体を見た時に気がつくべきだった」


 刑事と記者からじゅうぶん離れたところでヴィヴィアンはつぶやいた。


「ただ木箱に詰め込まれていただけなのに、あの死体はどれも新しかった。何週間…もしかしたら何ヶ月も時間をかけて運ばれてきたはずなのに」


 言うまでもなく死体は腐敗する。海外など長距離を移送する場合は塩かアルコールに浸けるか、棺に氷とおがくずを詰めて腐敗を防止する。

 ヒ素を注入するという方法もあるが、それで腐敗は防げても検体として利用できない。ヒ素は猛毒だからだ。


 あの死体は特別な方法で保存されていたのだ。

 表に出ていない裏の科学、闇の技術で。


「あの男が関係しているとお考えですか?」

「叫ぶ死体。咬み裂きジェーン。他に考えられない」


 モリーにヴィヴィアンは厳しい表情で言った。


「──死の医師(デス・ドクター)ジェフリー・ハーバード」



     2



 ──新暦1883年。


 今から15年前、名家にしてキャメロット屈指の大富豪ベンウィック伯爵を悲劇を襲った。


 伯爵の一人娘ヴィヴィアンが落馬により瀕死の重傷を負ったのだ。


 高名な医師が何人も呼ばれたが、間もなくヴィヴィアンはその短い命を終えた。まだ4歳だった。


 妻は既に亡く、娘だけが生き甲斐だったベンウィック伯爵には耐えられない悲しみだった。


 ──どんなことをしても娘を蘇らせる。


 狂気に陥った伯爵は、その財力で裏の勢力を頼った。


 邸の地下に秘密の研究施設を作り、そこに闇医者、霊能者、煉丹術を使う中国人が呼ばれた。

 

 だが彼らはカネが目当てのインチキ、騙りだった。


 ──本物以外は必要ない。


 伯爵は彼らを始末させ、その亡骸を下水道に捨てた。


 そして本物が集められた。


 人造人間を作り出す魔法使い。

 不死の霊薬を調合する錬金術師。

 死者を蘇らせる南米の呪術師。


 科学の時代に生き残っていた闇の知識を継承する者たちである。


 そこに禁断の領域に手を出した科学者、研究者たちが加わった。


 生命の根源物質を研究する医師。

 複製細胞の研究者。


 魔法や錬金術と融合した裏の科学の研究者。表に出すことができない闇の技術の使い手たちである。


 ──必要な機材、材料は何でも用意する。成功報酬はのぞみのままだ!


 言葉通り、ベンウィック伯爵はどんなものでも用意した。

 高額な機材。希少な薬種。そして正規のルートでは入手不可能なおぞましい素材──人体、生きた赤子まで。なんでも迅速に用意した。


 やがて地下の研究室では驚異的な成果が生み出されていった。


 だが、それらは伯爵の望むものではなかった。


 ──愛娘ヴィヴィアンは戻らない!


 ベンウィック伯爵は絶望した。

 絶望は彼をより深い狂気に落とした。


 そしてベンウィック邸は炎に包まれたのだ。

 絶望した伯爵が火を放ったのだろう。


 その炎は邸だけでなく、王都の大半を焦土と化した大火災(グレートファイア)──キャメロット大火の火元、そのひとつとされている。


 ベンウィック邸は跡形もなく燃え落ち、おぞましき秘密の研究とその成果もすべて灰燼に帰した。


 はずだった──



     3



 ──ベンウィック伯爵邸の地下にある研究室。


 この真鍮とガラスの機械に満ちた冷たい空間に来るとヴィヴィアンはふたつの感情に揺れる。


 ここは彼女が誕生した場所だった。

 この研究室に来る度、ヴィヴィアンは、自分が人間ではない──死んだ令嬢の細胞から造られた複製人間であることを思い知らされる。


 だが、ここはヴィヴィアンが家族を得た場所でもあった。


 モリー、ルー、フェイ。


 彼女たちもまた造られた存在だった。そしてヴィヴィアンと同じく、炎で葬られようとした「要らない子」たちであった。


 巨大な水槽の中で眠る彼女たちを見たヴィヴィアンは思った。


 ──この子たちは私と同じ「要らない子」。私たちは姉妹だ。


 モリー、ルー、フェイ。

 彼女たちの存在に、ヴィヴィアンがどれほど救われたことか。

 人ではない存在が人として生きていられるのは家族がいたからであった。


 そのルーとフェイに連れられ、ドクター・マーリンがやって来た。


「いいところだったのに…何の用じゃ?」


 ボサボサの白髪、大きく見開いた眼に片眼鏡(モノクル)、よれよれの白衣姿。絵に描いたようなマッドサイエンティスは不機嫌だった。

 ランサーに新装備を取り付けるという至福の時間を邪魔されたからだ。


「ドクター・ハーバードを覚えていて?」


 マーリンの不機嫌を無視してヴィヴィアンは尋ねた。


「ハーバード? はて……」


 考えること数秒、マーリンはぽんと手を打った。


「あのメガネの小僧か!」

「小僧?」

「15年前、死んだ令嬢を蘇らせるために集められた者たち。ヤツはまだ20代、一番の若造だった。そして最もイカれたヤツだった。ヤツの研究テーマは死の克服──生命の根源物質を探り出し、死者を蘇らせるというものであった」


 当時を思い出し、マーリンはうひひ…と笑った。


「──エーテル血清イモータル。あのメガネ小僧は、それを注入すれば死者が蘇ると言っておった。死体をバラし、あるいはツキハギしてはイモータルを改良し続けていった」


 モノクルをかけたマーリンの眼が3人のメイドたちを見た。


「そうそう、そこのメイドたちもそのイモータルによって蘇ったのであったな」


 モリー、ルー、フェイ──3人のメイドは、思わず自分の首や腕に手を伸ばし、触れた。そこは縫合された縫い目の跡がある場所だった。


「イモータル1と2は短時間、臓器や筋肉がぴくぴく動く程度だった。イモータル3は蘇生は出来ないが半永久的に腐敗を止めることができた」


 あの貨物列車にあった新しい死体。あれはイモータル3だったのだろう。


「その後イモータル4、5と改良を重ねて被検体は目を開け、動き回るようになった。だが生前の記憶もなければ自我もない。ぎくしゃく動く死体でしかなかった。イモータル6はバランスを欠いた失敗作。蘇生した死者は凶暴化して生きた人間に襲いかかった。わしも危うく囓られるところじゃった」


 語り続けるうちにマーリンは興奮し、その言葉は熱を帯びていった。




     4



「ベンウィック伯爵が火を放った時、ハーバードはここにいたの?」


 延々しゃべり続けそうなマーリンを遮ってヴィヴィアンは尋ねた。

 あの火事で、集められた魔法使いや科学者たちの何人かが巻き添えで焼死している。


「大火の3週間…いや4週間ほど前だったか? ヤツは屋敷からたたき出された」


 マーリンは首を横に振り、続けた。


「その直前にヤツが作ったのがイモータル7。そこのメイドたちはその成果だ。驚異的な身体能力と治癒能力を持つが、やはり生前の記憶も自我もなかった。それは伯爵の望んだものではなかった。だからハーバードは追い出されたのじゃ」


 そこでマーリンはモリーたちを見て、ククク…と笑った。


「今のおぬしたちを見たら、あのメガネはどんな顔をするだろうな? おぬしらには知性も自我もあり、その振る舞いは普通の人間と変わらない。イモータル7は完成していたと言える」

「私たちに生前の記憶はありませんわ。ハーバード医師とベンウィック伯爵からすれば失敗作でしょう」


 肩をすくめてルーが言う。


「フェイたちが今のようになったのは、ヴィヴィアンさまがいたからだよ」

「イモータル7だけでは、今も私たちは動く死体のままだったでしょう」


 フェイに続いてモリーが言う。

 ヴィヴィアンは姉妹たちに微笑みを返すと、


「その後ハーバードはどうしたの?」


 マーリンに尋ねた。


「さて、新大陸に渡るとか言っておったような…いやアフリカだったか? ──今になってなんじゃ? あのメガネがどうかしたのか?」

「ドクター・ハーバードがキャメロットに戻ってきたらしいの」

「なんと!」


 マーリンは目を剥き、そして笑い出した。


「あの小僧がこのキャメロットに! うひひひ! 15年でヤツのイモータルがどれほど進化しているやら…楽しみだ!」


 両手を広げて喜ぶマーリンを無視し、ヴィヴィアンはメイドたちに向き直った。


「ハーバードが警察に捕まれば、私たちの正体が知られるかもしれない」


 ヴィヴィアン、モリーたちは法的、社会的には人間ではない。

 それが公になれば、彼女たちはこの社会で生きてはいけない。絶対に知られてはならない秘密だった。


「手掛かりは死体密売団(コープスシンジケート)。それに咬み裂きジェーンですね」


 ヴィヴィアンの言葉にモリーが続き、ルー、フェイがうなずく。


「警察よりも先にハーバードを捕らえるわよ」



今回は異能のメイド姉妹モリー、ルー、フェイの生まれた背景が描かれます。

ヴィヴィアンそしてメイド姉妹の正体を知るドクター・ハーバードは、ある意味最も危険な敵と言えるでしょう。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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娘を生き返らそうとするクレイジーな貴族。好きな展開ですヽ(´▽`)/ どう料理するか楽しみに読み進めさせて頂きます
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