#5-3.令嬢と刑事、メイドと記者
【前回までは】
脱線した貨物列車の中から大量の死体が。死体密輸団の目的は何か?──
1
「現場はただいま封鎖中です。何の御用ですか?」
パーシーはでっぷり太った大男──ホワイト氏に尋ねた。
「なんだ貴様は?」
若い刑事とみてホワイトは威勢を取り戻した。
「刑事のローマンです」
「今すぐ積み荷を回収さていただきたい。こうしている間にも我が社の損害は増え続けているのだ!」
「あの積み荷はあなたの社のものですか?」
鉄橋の向こうに目をやりパーシーは尋ねた。
「おかけで我が社は大損だ。一刻もはやく無事な積み荷を回収し、これ以上の損失が増えるのを防がねばならん」
ホワイトは苛立ち、ステッキで何度も石畳をつついた。
「貴様のような若造では話しにならん! 責任者を出せ!」
「誰に言っても同じですよ」
怒鳴るホワイトを見つめてパーシーは静かに言った。
にらんだわけではない。パーシーの強い意志と知性の眼の圧力に、ホワイトはたじろいでしまったのである。
日頃格下ばかり相手にしている成金などこんなものだ。
「その積み荷から大量の死体が出て来ました。他にも植民地から密輸されたらしき品がいくつか」
「密輸品? 死体!? 我が社は関係ない! わしは善良な経営者だ」
「善良ねぇ……」
横からガラードが声を上げた。
「あんたのタイタン海運はもめ事が多いことで有名だぜ。残業代を払わない。仕事でケガをした作業員に見舞金を出さない。組合員を買収してスト破りをする」
「経営者は利益を追求する。当然のことだ」
ホワイトはパーシーに向き直り、続けた。
「そんなことより現場検証はいつ終わるのだ?」
「積み荷のリストを用意して下さい。そのリストと付き合わせて問題がないものから順にお渡したします」
ホワイトは、ぐぬぬ…と、うなると、
「密輸団か脱線させた薔薇の騎士を逮捕しろ! 損害を請求してやる!」
と肩を怒らせて帰って行った。
「ヤツは密輸に関わっていると思うか?」
ホワイトの太い背中を見送り、ガラードがパーシーに尋ねた。
「なんとも言えん。経営者と密輸団が別というのはよくあることだからな」
「いつぞやの密輸団もそうでしたわね」
ヴィヴィアンが言う。
それはヴィヴィアンとパーシーが出会うきっかけとなった事件であった。
2
「今日はまた過激な格好ですね」
パーシーが眉をひそめたのはヴィヴィアンのぴったりした乗馬用のズボンにであった。
ぴったりした乗馬スボンは彼女の見事な脚線美を見せつけているかのようである。さっきまでヴィヴィアンに反感の眼を向けていた男たちが、今は彼女の脚線美に目を奪われている。
「ローマン刑事は若いのに保守的ですわね。アーサーのおじ様みたい」
「とてもよく似合っておいでですよ」
「ありがとう。ガラードさん」
調子よく言うガラードにヴィヴィアンが微笑む。
「なぜ貴女がこちらに?」
軽くため息をついてからパーシーは尋ねた。
「この鉄道の筆頭株主が私の親戚なのです。それで見に参りましたの」
「それはお気の毒に」
パーシーは草原に転がる機関車のほうを見た。
「幸い、復旧はあまり時間がかからないとのことです。早ければ夕方、遅くとも明日には使えるようになるそうです」
作業の下見に来た親方はそう見積もっていた。線路から転げ落ちた機関車や貨車の回収は時間がかかるが、線路そのものの復旧は早いという。
「それは残念」
「はい?」
ヴィヴィアンの言葉にパーシーは自分の聞き間違いかと思った。
「その親戚というのは、いつもネチネチ嫌味なことをしてくる方なので、いい気味だと思ってましたのに」
ヴィヴィアンは唇を吊り上げて笑った。
子どものように無邪気で、不敵かつ蠱惑的な笑みであった。
刑事が令嬢の笑えない冗談に呆れるその横では、
「よっ、久しぶり」
ガラードがメイドのモリーに声をかけていた。
「どうも」
いつものようにモリーは人形のように無表情であった。
ショートなのが惜しいほどの美しい黒髪。神秘的な黒い瞳。端正な顔立ちだが感情がまるでない。
「左手はもうよろしいので?」
「おう、この通り!」
先日ケガをした左手で、拳を握ったり開いたりしてガラードは回復をアピールする。
「良かったですね」
ちっとも良く思っていないような感情の無い顔と声だった。
……また壁ができちまったな。
ガラードは心の中でつぶやいた。
十日前、ガラードはモリーとともに事件に巻き込まれ、街を救う大冒険をした。
その中でガラードは、一見無感情に見えるモリーにしっかり感情があり、他人をいたわる優しさもあることを知った。他人にはそう見えないだけなのだと。
イイ感じになったと感じたガラードはモリーをデートに誘った。
だが彼女は断った。
ただ断っだけでなく、会話を交わすことさえもモリーは拒否しているかのようだった。
「ガラードさん」
ヴィヴィアンがガラードに声をかけた。
「近頃、ロッホ・ネスにお見えになりませんわね。モリーが寂しがっていましてよ」
「マジっすか?」
「嘘です」
喜ぶガラードにモリーが間髪入れずに否定した。
「即答かよ!」
ガックリと肩を落としたガラードだったが、
どうやら嫌われたわけじゃなさそうだ……。
と、内心安堵していた。
間髪入れない否定。だが本当に無関心ならリアクションすら返さないはずだ。
壁はある。だが本気で拒絶しているわけではなさそうだ。
……今はこれでいいや。
ガラードは心の中でつぶやいた。
3
「近頃は労使問題を追ってましてね。港や工場を回ってるんですよ」
ぼりぼりと頭をかいてガラードが言う。
先日の共産テロ組織レッドノートの一件は資本家や企業経営者たちを恐怖させた。
彼らは労働組合への締め付けを強化したが、その反動でキャメロット各地でデモやストライキが頻発しているのだった。
「労使問題とは、正義の新聞記者のガラードさんらしいですわね。──ねぇモリー」
「そうですね」
ヴィヴィアンに答えたモリーだが、その表情にも声にも感情というものがまるでない。
ヴィヴィアンとモリーの視線がぶつかり合う。
この程度では動じないか……。
いつも私にツッコミを入れられてばかりなので意地悪したいと思ったのですね。甘いですよヴィヴィアンさま。
令嬢の固まった笑みとメイドの無表情。視線だけで会話するふたりである。
「ビッグ・ペン──財務省の一件以来、社会派のネタを追うよう命じられましてね」
妙な緊張を感じつつガラードは続けた。
「オレとしちゃ怪奇な事件のほうが好みなんですがね」
「死体が叫んだとかいうアレか? バカらしい」
パーシーが吐き捨てるように言う。
「死体が叫んだですって?」
「先日の公開解剖で──」
話しかけてパーシーは口をつぐんだ。
機密事項だからではなく、レディが気分を悪くしそうだから止めたのだ。
パーシーの表情から、彼の気遣いを知ったヴィヴィアンは微笑んだ。
「構いませんわ。とても興味があります」
「ヴィヴィアンさまは公開解剖など見慣れていますのでご安心ください。解剖見学後にスイートブレッドを召し上がりになったこともあります」
モリーの補足に、パーシーとガラードは驚きに目を見開いた。
スイートブレッドとは胸腺やすい臓およびそれを使った料理である。子牛や子羊のそれを用いたものは高級料理として知られている。
つまりは内臓料理である。それを公開解剖の後で食べるとは、この令嬢は普通の神経ではない。
このメイドは…さっきのお返しのつもり?
ヴィヴィアンは笑顔でモリーをにらみつけ、モリーはいつもの無表情で受け止める。
「そういうことでしたら……」
「公開解剖で、担当の教授がメスを入れた死体が叫び声を上げたって事件です」
どういう表情をしていいのか困るパーシーに割り込むようにガラードが言った。
「それは興味深いですわね」
「肺に残っていた空気が漏れ出たと聞いています。それが大げさに伝わっただけですよ」
関心を示したヴィヴィアンだがパーシーは否定した。
「そっちも興味がありますけどね。オレが追いたいのは『咬み裂きジェーン』のほうです」
──咬み裂きジェーン?
その名に、ヴィヴィアンはエメラルド色の眼が鋭く細められた。
【後書き】
タイタン海運の社長ホワイト。
ブラック企業の社長で正反対のホワイトに──ではなくて、名前の由来はタイタニック号を保有していたホワイト・スター・ラインからですw
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