#5-2.死体密売団(コープスシンジケート)
【前回までは】
密輸品を積んだ貨物列車。その中から大量の死体が出て来た。
誰が? 何のために大量の死体を密輸したのか…?
1
「いつもながら乱暴なヤツだな」
密売団摘発と貨物列車乗っ取りの翌朝。
脱線現場に来たパーシー・ローマン刑事は呆れ顔でつぶやいた。
ねじ曲げられ、放り出されたレール。
牧草地に機関車と4両の貨車が転がり、木箱や麻袋などの積み荷が散乱している。
薔薇の騎士のランサーの仕業である。
乗っ取られた貨物列車を止めるためといえ、脱線させるとは…!
警官たちが脱線現場に駆けつけた時、薔薇の騎士は去ったあとだった。
例によって犯人たちを鋼線でしばり、青いバラのカードを残していた。
一応の気遣いか、ランサーではみ出た貨車をレールの上に戻したり、ねじ曲げたレールを外すなど復旧作業がしやすいようにしてから立ち去ったという。
「旦那、オレたちゃいつまで待ってりゃいいんだい?」
線路の修理、その下見に来ていた親方が尋ねた。
「すまない。検分がすむまでもうしばらく待ってくれ」
パーシーの言葉に、親方はため息をついた。
脱線したのはただの貨物列車ではない。
海外からの密輸品そして大量の死体を運んでいたのだ。
警察本部長ルーカンはこの件を最優先とし、投入可能なすべての捜査員を動員した。
大勢の警官たちが手分けして見て回り、資料室の人間が積み荷の内訳を記録している。
「死体が大量に出たって聞いたが、もう回収しちまったのかい?」
ハンチングを被った長身、野性的な男が顔を出した。
パーシーの幼なじみにして新聞記者のガラード・クロスである。
「お前…どこから入った?」
鉄橋はもちろん、現場につながる小道にも警官が配置され封鎖されているはずだった。
「親方さんたちとおしゃべりしながら一緒に」
ウインクしてガラードが言う。
親方は部下数人と下見に来ていた。ガラードはそれにまぎれて警備をすり抜けたのだった。
パーシーはためいきをつくと、
「死体は夜明け前に回収した。全部で44体あったそうだ」
と、話した。
どうせすぐに記者会見が開かれる。そこで話される内容以上のことはパーシーも知らないのだ。
「よん…っ! 大量殺人じゃねぇか!」
「殺人かどうかは調査中だ。むしろこれだけ多いと別の可能性が高い」
「別の? ああ、死体泥棒か」
ガラードは自分の早とちりに気づいてうなずいた。
研究のために人体を必要としている大学や病院は多い。
かつてそれらの検体は死刑囚の死体が使われていたのだが、とても量が足りない。
そこで埋葬されたばかりの死体を掘り起こし、研究機関に売りつける死体泥棒が横行していた時代があった。
死体泥棒、蘇生師と呼ばれる連中だ。
「しかし今時死体泥棒なんているのか?」
1830年代に無縁者や貧窮院の遺体を検体に利用できるようにした解剖法が制定されると、死体泥棒たちは次第にその姿を消した。1898年現在では怪奇な昔話でしかない。
「他の密輸品に混じっていた以上、あの死体は〈商品〉と考えるのが妥当だ。用途は見当も着かないが」
「死体密売団か…手掛かりは何もねぇのか?」
「逮捕したのはいずれも臨時雇いのあぶれ者だった。死体を運んでいたことさえ知らなかった」
「やはり。捜査は手こずりそうだな」
「今のは記事に書くなよ?」
パーシーが釘を刺したその時、遠くからけたたましい警笛が上がった。
数百メートル向こう、鉄橋を渡った先では復旧作業の本体である列車が作業員と修理資材とともに待機していた。
立て続けに警笛が鳴らされる。
「何かトラブルらしいな」
パーシーはつぶやくと鉄橋へと向かった。
2
「四の五の言わず道を空けやがれ!」
「誰がどくか! こっちは修理に来てんだぞ!」
騒ぎの元は新たにやって来た貨物列車だった。
鉄橋のすぐ手前で待機していた鉄道復旧の列車に、後からやって来た別の貨物列車が針路を譲るよう強要したのだ。
鉄橋の手前で線路は鉄橋を渡るものと北へと向かうものに分岐している。後から来た列車の連中は、そっちに行けと要求しているのだ。
──タイタン海運。
後から来た列車、その貨車にはその名が描かれていた。大手の海運会社である。
「ど・き・や・が・れ!」
タイタン海運の機関士が怒鳴り声にあわせて警笛を鳴らす。
その横暴さに鉄道作業員たちは頭にきた。
「誰がどくか!」
「力づくでどかしてみろ!」
修理屋とタイタンの男たちが罵り合い、にらみ合う。
「双方落ち着け!」
「現場は封鎖中だ!」
鉄橋の手前で警備していた警官4人が必死に制止する。だが双方あわせて50人以上の気が立った男たちを止めることはできない。
「何をやっておる!」
後続の一団、その後ろから太い声が上がった。
でっぷり太った大男だった。
上等なフロックコートにシルクハット、手には細身のステッキ。一見すると貴族のように見えるが、品のない葉巻のくわえ方に横柄なその態度は〈新たな紳士〉──新興中流の成金であった。
「すいません、ホワイトさん。こいつらが」
「役立たずどもが! どかぬなら力づくでもどかせ」
成金──ホワイトは傲岸にいい放つと、
「なんだと!」
「面白ぇ! やれるもんなやってみやがれ!」
鉄道作業員たちがいきりたった。
──マズい!
罵り合いが乱闘に発展する気配に警官たちは青くなった。その時──
けたたましいクラクションが鳴りわたった。
何事かと男たちがそちらを向くと、クラクションを鳴らしながら1台のサイドカーが突っ込んでくるではないか。
「うわわわっ!」
「あぶねっ!」
にらみ合っていた鉄道作業員とタイタン海運の男たちが悲鳴を上げて飛び退く。
ブレーキ音を鳴らして突っ込んできたサイドカーは、きれいに分かれた両陣営のど真ん中で停まった。
「ごめんなさい。この車には慣れていないもので」
ちっとも悪いと思ってない美しい声。
サイドカーの乗り手がゴーグルを下ろし、かぶっていた乗馬帽を取る。ふわり、と金と銀の髪が広がった。
サイドカーで割って入ったのは美しい令嬢であった。
髪は本物の金と見紛うばかりのブロンド。肩にかかるより少し長い程度のその髪は、先の三分の一ほどが銀色になっている。
悪戯っぽい表情を作るエメラルドグリーンの眼は無邪気な子供のようであり、唇をつり上げ気味に笑う微笑みは不敵かつ蠱惑的だ。
「……女だ!」
「どこの令嬢だ?」
男たちの間から声が上がった。その声は、彼女の美しさへの感嘆と同時に、反感がふくまれていた。
令嬢が着ているのは男性用の乗馬服だったからだ。
3
「なんという破廉恥な! 恥を知れ!」
ホワイトがステッキを向けて令嬢を怒鳴りつけた。
サイドカーで現れた令嬢は、黒のフロックコートに白の乗馬ズボン、ロングブーツと男性が乗馬する際の服装をしていた。
女性の社会進出が進んだキャメロットでも「女は女らしい服を着るべき!」という保守的な考えの男性はまだ多い。
その考えは労働者階級のほうが強かった。
炭鉱で働くためにジーンズをはいた女性たちに、ジーンズの上からスカートをはくよう強要した町もあるくらいだ。
「スカートではこれに乗れませんもの」
しかし令嬢はホワイトの非難も、数十人の男たちの反感の視線もそよ風ほども感じていない。
サイドカーを降りると、側車に乗せてきたメイドに乗馬帽を渡した。そこに、
「レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック!」
橋を渡ってきたパーシー刑事が驚きの声を上げた。
「レディ・ヴィヴィアン?」
「あれが〈出禁令嬢〉!」
その名を聞いた途端、男たちの反感は消えた。
──ヴィヴィアン・ベンウィック伯爵令嬢。
キャメロットでその名を知らぬものはいないだろう。
自由奔放、傍若無人、横紙破り、破天荒。彼女はその行状で新聞を賑わせてきた。
その最たるものが、14歳で社交界デビューしたその日に騒ぎを引き起こし、2年間公式な舞踏会に出ることを禁じられたことだ。
それでついたアダ名が〈出禁令嬢〉である。
まともな貴族の令嬢なら海外か尼僧院に逃亡するに違いないこの不名誉なアダ名も、ヴィヴィアンにはどこ吹く風。むしろ面白がっている様子さえある。
「ベンウィック伯爵令嬢…!」
ホワイトが驚きにうめく。
「タイタン海運のドワイト・ホワイトさんですわね。はじめてお目に掛かります」
「い、いや、これは…レディ・ヴィヴィアン・ベンウィックとは知らず、ご無礼を……」
ホワイトはあわてて突きつけていたステッキを背中に隠した。
ベンウィック伯爵家はキャメロット屈指の大富豪であり財界にも強い影響力を持っている。さらにヴィヴィアンの後見人は市長にしてアヴァロン公爵のアーサー・アヴァロン。ホワイトごとき成金とは格が違う。
ホワイト海運の連中も鉄道の作業員たちもすっかり怒気を失い、先ほどの一触即発の空気は消えてしまっている。
あわや数十人規模の乱闘となるところを、ヴィヴィアンひとりが納めてしまっていた。
さすがだな。
パーシーは安堵するとともに感謝した。
ヴィクトリア朝、女性の乗馬服はロングスカートで、横座りで馬に乗っていたとか。
むしろ危ないような?
そして胸が大きく開いたドレスはよくて、ズボンが許されないのは今の感覚ではピンと来ませんね。
まさに異世界のような価値観。^^
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