#5-1.忌まわしき密輸品
本編のはじまりです。
いつものお約束、薔薇の騎士ランサーの華麗なる活躍をご覧下さい。
1
夜の闇を裂いて貨物列車が疾走する。
その後ろを、アセチレンランプを灯し、手回しサイレンを鳴らすポリスカーの群れが追いかけている。
「ヤバいぜ。ケイン」
「ヤバイよ。アニキ」
十数両の貨車を引く蒸気機関車の運転台で、ダンとケインは自分たちの不運を呪っていた。
「深夜の貨物列車の運転手だなんて、ヤバい仕事だと思っていたが」
「貧窮院に行ったほうがマシだったかなぁ」
ダンとケイン、このふたりは同じ22歳で血縁でもない。3ヶ月早く生まれたダンをケインが「アニキ」と呼んでいるのである。
ふたりは地方の染料工場でボイラー技士見習いとして働いていた。
しかしその工場が廃液を垂れ流していたことが発覚して倒産。ふたりは職を求めて都キャメロットに流れてきたのである。
しかしツテのない都会で仕事はなかなか見つからない。有り金を使い果たしたところでウラの仕事に手を出したのだ。
仕事先はバージハウス──キャメロット東部のホムズ河沿いにある港である。そこで船から降ろされた荷を貨物列車で運ぶという仕事であった。
荷物は密輸に違いない。ヤバい仕事だ。
そうと知りつつカネのないふたりは仕事に応募した。
ところが、積み荷の半分ほどが積まれたところで警官隊が現れたのである。
積み下ろしをしていた連中が次々と逮捕、拘束されるのを見て、ダンとケインはパニックに陥った。
こっそり逃げればいいものを、よりによって目立つ上にレールの上しか走れない汽車で逃げたのである。
「これからどうするんだよアニキ?」
おどおどしたケインが兄貴分のダンに尋ねた。
「行けるとこまで行くんだよ! どんどん石炭くべろ!」
缶扉を開けて、備え付けのシャベルを使って石炭を放り込む。
最新型の高速鉄道では液化石炭を燃料に使うタイプが主流になりつつあるが、貨物列車ではいまだ石炭を人の手でくべるものがほとんどである。
加減弁、ドレンコックを操作して蒸気圧を高めてゆく。
実はダンもケインも機関士ではない。
以前の勤め先でボイラー炊きの助手をしていたのを、「田舎で軽便鉄道の機関士をしていた」と偽って応募したのである。
だからなんとなくではあるが、機関車の走らせ方が分かるのだった。
「クソっ! なんでスピードが上がらねぇ?」
ダンは蒸気圧を上げたが列車はたいして加速しない。
なんとなくで動かせるほど機関車は甘くないのであった。
じりじりとポリスカーの群れが追いついてくる。そこに──
「なんだ?」
ポリスカーの群れが上げる蒸気エンジンの音に混じり、重く異質な排気音が迫って来る。
ダンとケインは振り返り、その正体を知って叫んだ。
「「薔薇の騎士!」」
2
──その二輪自動車は巨大にして華麗であった。
四人乗りの自動車に匹敵する巨体。ボディを覆う真紅のカウルは黄金のバラの意匠で彩られ、ポリスカーのアセチレンライトに輝いている。
ランサーと呼ばれるこのスーパーマシンを駆るのは白い甲冑の騎士だ。
──薔薇の騎士。
キャメロットの悪党、犯罪者たちを退治している謎のヒーローである。
「アニキ、薔薇の騎士だよ! オレたちもうダメだ」
「いや、前を見ろ」
進行方向、機関車のライトに照らされて川に架かる鉄道橋が浮かび上がる。その先は牧草地が広がっている。
川の幅も鉄道橋の長さも20メートルほどしかないが、車が渡れるような橋は近くにはない。
蒸気自動車もモーターサイクルも線路の上をまともに走ることはできない。
「オレたちゃツイてるぜ!」
ダンは笑った。
そこに薔薇の騎士が駆るランサーがスピードを上げた。
とんでもない速度だ。
ポリスカーの群れを右にかわし左にすり抜け、あっという間に追い抜いて列車のすぐ後ろに迫った。
貨物列車が鉄道橋に入る。
ランサーはスピードをさらに加速し、川面へ飛び出した。
ダンとケインは目を剥いた。
川面へ飛び出したモーターサイクルがその形を変えたのだ。
車体中央部が折れ、カウルが移動して乗り手を覆う。エンジンブロックは背面に移動し、後部ユニットが手足へと変わる。
数秒でモーターサイクルは身長約4メートルの機械の騎士にと変形した。
──ナイトフォーム。
ランサーの人型形態をこう呼ぶ。
噂に聞いていたが、目の当たりにすると驚嘆せずにはいられない。
だがふたりが真に驚愕したのはその後だ。
背部に移動したエンジンユニットから吹き出す高圧噴流が、ランサーの巨体を水面に浮かせている。水を蹴立てて機械の騎士は川面を走り抜けてゆく。
「水の上を走るとか…キリストさまかよ!」
ダンが叫ぶ。
川を渡りきったランサーは、再びモーターサイクル形態──ランスフォームに変形。すさまじいスピードで牧草地を走る。
その速度は最新の蒸気自動車よりもはるかに速い。牧草地という悪路をものともせず、ランサーはあっと言う間にダンとケインの貨物列車を追い抜いた。
貨物列車を追い越したランサーは、はるか先でナイトフォームに変形。線路の上に立ちはだかった。
「アニキぃ…!」
ケインが情けない声を上げる。
「へっ! ランサーがなんぼのモンじゃ!」
しかしダンは強気だった。
「いかにランサーといえど機関車だけで50~60トン。貨車を入れれば何百トンもあるんだ。止められるもんなら止めてみやがれ!」
ダンは嘲笑うと、景気づけに汽笛を鳴らした。
迫る貨物列車のライトに真紅の機械の騎士が照らし出される。
ランサーはしゃがみこむと、両手それぞれにレールをつかんだ。
背部の真空フロギストンエンジンの回転数が上がり、レールを引き剥がす。
鋼のレールが、まるで飴細工のように軽々と曲げられる。
とんでもないパワーだ。縦に円を描くように曲げられたレールはまるで車両留めのような形になった。
「ちょっ…!」
「そりゃねぇよ!」
ケインとダンが叫んだ直後、ランサーは線路上からひょいと飛び退いた。
ダンが急ブレーキをかけたが、列車は急には止まれない。
数秒後。ものすごい音を立てて貨物列車は脱線した。
3
「手間をかけさせてくれたわね」
見事に脱線した貨物列車。ランサーのカメラを通してそれを見るヴィヴィアンがつぶやいた。
「この惨状、パーシー刑事が怒るかもしれませんね」
「脱線したのは機関車と貨車4両。後ろの7両は無事です。この程度なら許容範囲でしょう」
薔薇の騎士のヘルメットの中、ルーとモリーの〈声〉が報告した。
モリー、ルー、フェイのメイド三姉妹は、貨物列車が乗っ取られたとき、既に貨車の屋根に飛び乗っていた。
ナイトフォームでは胸の辺りにあるランサーのヘッドライトが、脱線して野原に転がった機関車とその後ろの貨物車を照らし出す。
乗っ取った二人組が、よろよろと機関車から這い出してきた時だ。
「ちょっと! 貨物から大変なものが出て来たよ!」
フェイの〈声〉にヴィヴィアンはランサーのライトをそちらに向けた。
「これは──」
よたよた逃げようとしていたダンとケインの前に、機械の騎士が立ちはだかった。
「ひぃいい!」
「おたすけおぉ!」
情けない声を上げるふたりを、ランサーの鉄の腕がつかみ上げた。
右手にダン、左手にケインをぶら下げたランサーは、横転した貨車の場所まで歩いて行き、そこにふたりを放り出した。
「お前たち、この積み荷のことを知っていたのか?」
ランサーの拡声器から流れた機械加工された声に、ダンとケインはぎょっとした。
まるで機械がしゃべっているかのような金属質の声だったからだ。
しかし彼らが本当に恐怖したのはそのあとだった。
「積み荷?」
ダンとケインは振り返り、野原に散乱した荷物を見た。
脱線した貨物から放り出された大きな木箱。その箱が壊れ、中身が転がり出ている。その中身は──
「し、死体だぁあああ!?」
ランサーのヘッドライトに照らし出されたのは、人間の死体だった。
1つの木箱に4,5体…壊れた木箱は4つ…20を越える死体が転がっている。
その様にダンとケインは白目を剥いて失神した。
「このふたりは単なる運び屋だったようですね」
ランサーのそばにメイド姉妹の長女モリーが音も無く来ていた。
「大半は黒人…植民地の人間のようね」
ヴィヴィアンはヘルメットの中で形の良い眉をひそめた。
「なぜ死体を密輸? それも大量に……」
5-0(プロローグ)に続いて怪奇な導入です。
ちょっと気分を変えるためコミカルな追跡劇にしてみましたが、いかがでしたでしょうか?
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