#4-15.魔王の断末魔
【前回までは】
音響兵器で街を蹂躙する「空の魔王」ザクソン。巨大飛行船を止めるべく、船内で記者ガラードとメイドのモリーが、外では薔薇の騎士のランサーが立ち向かう。そして切り札、刑事パーシーが登場──
1
「想像以上に風が強いな」
吹きつける風がパーシーの髪をなぶり、ジャケットをはためかせる。
地上およそ96メートル、メンテナンス用のバルコニーに立ったパーシーは、手にしたライフルを構えた。
パーシーの鋭い眼がザクソンを見据える。
狙うのはブリッジの後ろにある巨大な真鍮のラッパのような装置──ギャラルホルンの放射器。それが薔薇の騎士に指示された標的だった。
距離はおよそ200メートル、目標の大きさは直径3メートル。自動車ほどの標的だ。
普通なら命中して当たり前の距離であり大きさだ。
しかし、ここは環境が悪すぎる。
ライフルを構えることもままならない狭い場所。そして強風。それに、
──なるべく同じ場所に命中させてほしい。
「無茶を言ってくれる…!」
薔薇の騎士のオーダーはかなり無茶なものだった。
──あなたの腕が頼りだ。刑事さん。
パーシーはごく短い深呼吸して…初弾を放った。
弾丸は見事ギャラルホルンに命中した。
だが、分厚い真鍮製の放射器はライフル弾程度ではびくともしない。
「本当に効果があるのか?」
疑いながらパーシーは次弾を装填した。
今は薔薇の騎士を信じるしかない。
2発、3発……パーシーの放つ弾丸がギャラルホルンに命中し、火花を散らす。
どれも初弾が命中した場所から10センチと離れていない。驚異的な命中率である。
だが……やはりギャラルホルンはびくともしない。
4発、5発……。
「……むっ?」
6発目を装填しようとしてパーシーは気づいた。
宮殿の震動が止まっている?
低周波の照射は続いている。それなのに宮殿は微動だにしていない。
「固有振動、同調できません!」
ザクソンのブリッジで、クルーが悲鳴のような叫びを上げた。
「出力異常か? それともクリスタル・コアに何かあったのか?」
「エンジン異常ありません」
「給電もです!」
「クリスタル・コアは作動中。ですが震動の同調ができません!」
青ざめ、パニックに陥るクルーたちの言葉を、鉄仮面ルーカスは呆然と聞いていた。
「さすがパーシー。お見事」
震動が消えたことに気づいて、ヴィヴィアンは笑みを浮かべた。
固有振動の同調はきわめて精密な作業だ。クリスタル・コアがなければ不可能なほどデリケートなものなのだ。
パーシーの銃撃は放射器を破壊することは出来なかったが、その表面に傷をつけた。
見た目にはささいな傷。
だがこの些細な傷によって低周波の収束が乱れた。操作側が見ているデータと実際に放射される低周波に誤差が生じた。
ささいな傷がギャラルホルンの致命傷となったのである。
「機関室はどうなっている? 侵入者は制圧できたのか?」
そうとは知らぬルーカスは、ギャラルホルンの不具合を侵入者の破壊工作だと考えた。
「機関室、応答ありません!」
「後部クルー、誰も応答しません」
「ガブリエルは? まさか──」
その後の言葉をルーカスは飲み込んだ。
ガブリエルが後れを取るなど、あり得ないことだからだ。
2
膝を折られた苦痛に顔を歪ませながら、ガブリエルは笑みを浮かべた。
「これがミーの切り札デス」
ガブリエルが手にしたのはデリンジャーと呼ばれる二連銃身の小型拳銃だった。
手の平に収まるほどの小さな拳銃で射程は短いが口径は大きく、至近距離では高い殺傷力を持っている。
だが、それを向けられたガラードは、動じたふうもなく、
「そうかい」
とだけ言った。
その余裕にガブリエルが訝しく思った時は遅かった。
ばんっ! と濡れたタオルがガブリエルの顔に叩きつけられた。
顔面にヘビー級ボクサーのパンチ以上の打撃をくらい、ガブリエルの意識は吹っ飛んだ。
「遅いぜ」
濡れタオルを手にしたモリーにガラードが言う。
「申しわけありません」
ちっとも申しわけそうでない顔と声でモリーが言う。
「これを取りに行ってましたので」
メイドの左手には、ガラスの殻に覆われた機械──クリスタル・コアが抱えられていた。
「どうやって?」
モリーの肩越しに見ると、機関室のドアが開け放たれている。
ガラードはちらっと見ただけだが、船の後ろから来たクルーは10人ほどいた。機関室も3、4人はいるはずだ。
それをこの華奢なメイドは、ガラードがガブリエルと戦っている数分の間にすべて片付けたというのか。
「……秘密です」
無表情の中に微かに悪戯っぽい笑みをふくませモリーが言う。
「まあ、いいや」
このメイドはそういう子なんだ、とガラードは深く考えるのはやめた。
「それよりどうする?」
ふたつの気嚢から水素を抜いて、飛行船ザクソンは降下している。だがここには窓がないため、現在、どこまで降下しているのか分からない。
「なんとかなりますよ」
モリーはこともなげに言った。
× × ×
飛行船ザクソンの高度は地上60メートルほどにまで下がっていた。
さらにモリーが蒸気エンジンからギャラルホルンへの電力供給を停止させたため、音響兵器は完全に沈黙した。
「やるわね。モリー」
ヴィヴィアンはつぶやくと、ロープランチャーをランサーの右腕にロックし、ウインチの巻き上げ速度を最大にした。
ロープが高速で巻き取られ、右腕を空に伸ばしたランサーが宙に浮く。
まるでヨーヨーが巻き戻るように、機械の騎士が飛行船に向かって空を駆けて行く。
「なんてヤツだ…!」
時計塔の頂上からそれを見たパーシーは驚き、呆れた。
いかにランサーといえどあの高さから落ちれば助からない。薔薇の騎士は命知らずにもほどがある。
「よっと」
ザクソンにランサーが取り付くと、ヴィヴィアンは左腕で飛行船の外皮を引き裂いた。
ベリベリと音を立ててネオロンの外皮がはぎ取られ、軽合金のフレームや気嚢などの内部構造が現れる。
「左下、もう6メートルほどです」
ヘルメットにモリーの〈声〉。彼女からの霊波通信だ。
「左下……この辺りかしら、ねっ」
ウインチから少しロープをくり出して移動し、再び外皮をはぎ取る。
「ランサーっ!」
外皮を破り、姿を現した機械の巨人に、ガラードは目を見開いた。
3
「こちらに」
スピーカーから機械加工された薔薇の騎士の声。
ランサーの腕がガラードに差し出され、おっかなびっくりしがみついた彼を、機械の指が包んだ。
「この腕は旧型でね。あまり器用ではない。しっかりつかまっていたまえ」
「握りつぶされたりしねぇよな?」
不安に思いながら、ガラードは機械の指に捕まった。
「失礼します」
モリーはランサーの腕の上を軽やかに歩くと、ガラードにおぶさるようにしがみついた。
首に回された細い腕と背中に当たるやわらかな感触。しかしガラードがそれを楽しむ余裕はなかった。
「ゆくぞ」
薔薇の騎士が宣言するが早いか、ランサーが落下したのだ。
「おわぁあああっ!?」
この時の高さ50メートルあまり。しかし落下は突然止まった。
ランサーの右腕のロープランチャー、そのウインチがロックしたのだ。そしてロープを繰り出しながら、エレベーターくらいの早さで降下して行く。
その足下にあるのはホムズ河の川面だ。川岸まで20メートルはある。
「少し揺れるぞ」
スピーカーから薔薇の騎士の声がしたと同時に、ランサーの背部から高圧噴流が吹き出した。
「うおぉっ!」
機械の騎士とそれに抱かれたガラードとモリーが振り子のように揺れ、川岸に向かって飛んだ。
着地した。
同時にガラードとモリーは投げ出される。
「──っ!?」
放り出されたガラードは、山と積み上げられたクッション、布団の中に突っ込んだ。
おかけでケガはない。
「モリー! 無事か?」
「はい。この通り」
何事も無かったかのようなモリーの落ち着いた声。
彼女はすでに立ち上がっており、手にしたクリスタル・コアを持ち上げて見せた。
「〈コア〉よりお前さんだよ! どこにもケガはねぇんだな?」
「ええ、大丈夫です」
少し離れた場所に1台の蒸気トラックがあった。その陰からルーとフェイがモリーに向かって小さく手を振っていた。
このクッションや布団は、近くのホテルから彼女たちがかき集めたものだった。
「ありがとう、ふたりとも」
モリーが妹たちに霊波通信で感謝したその時、後ろの川面にザクソンが墜落した。
ガラードとモリーを下ろすと同時に、ヴィヴィアンはまたロープランチャーを使い、飛行船がホムズ河に落ちるよう誘導したのだった。
落水の衝撃か、ザクソンの内部で炎が上がった。
炎は見る間に広がり、あっと言う間に飛行船全体を包み込んだ。
外皮は一瞬で燃え尽き、籠状の骨組みが炎の中に露わになる。それもたちまち紅蓮の炎によって溶け、くずれてゆく。
炎が川面に触れ、すさまじい水蒸気が上がった。
さしもの炎も大河の水に飲み込まれ、急速にその勢いを減じてゆく。
それは空の魔王が上げる断末魔のようであった。
キャメロットを恐怖に陥れた巨大飛行船ザクソン。
その最期は、呆気ないものであった。
誰か忘れていませんか?
ということでパーシーが切り札として登場です。
巨大な兵器が滅びる様は心惹かれるものがありますね。
今回、ランサーは性能の劣る試作型なこともあり、ラストの活躍は仲間の救出となりました。
いかがでしたか?
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