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#4-13.空の魔王

【前回までは】

国際テロ組織レッドノートがクリスタル・コアを奪ったのは、音響兵器ギャラルホルンのためだった。メイドのモリーと記者ガラードは、レッドノートの巨大飛行船ザクソンに潜入したが──



    1



 海を行く鯨のごとく巨大な飛行船がキャメロットの上空を進む。


「おごれるキャメロットよ。資本主義の帝国よ。搾取され続けて来た労働者たちに償う時だ。聞け、虐げられし者たちの声なき叫びを!」


 飛行船ザクソンから、リーダーの鉄仮面ルーカスの声が流れる。


 その直後、見えない力によってビルの窓ガラスが次々と割れ、砕け散った。


 ──ギャラルホルン。


 人の耳に聞こえない低周波を使った音響兵器。


 窓、ガス灯、自動車、飲み物の瓶…飛行船ザクソンの進む所、ガラスというガラスが砕け散る。ビルが震え、石畳にひびが入る。


 何事ごとかと通りに出て来た野次馬たち。出動した警官隊たち。通りに出た者はことごとく苦鳴を上げて倒れてゆく。


「おのれ、テロ組織ごときが!」


 キャメロット警察の本部長ルーカンは歯がみした。


 飛行船ごとき、ライフルの一斉射でブリッジを撃ち抜けば簡単に倒せるとルーカンは楽観していた。

 だがライフルを手にした警官たちは、その射程に入る前に苦鳴を上げて地に伏し、ただの1発も発砲できていない。


 静かにザクソンが迫って来る。

 飛行船を見慣れているキャメロット市民だが、このザクソンは恐ろしい怪物のように思えた。

 後に人々はザクソンをこう呼んだ。


 ──空の魔王(ザ・スカイテラー)


 空から破壊と恐怖をまき散らすザクソンは、まさに空の魔王だった。


「総員後退! 2ブロック先まで下がれ!」


 屈辱と怒りに顔を歪め、ルーカンは命ずると、ポリスカーに乗って後退した。


「あいつら、キャメロットじゅうを破壊するつもりか?」


 ルーカンのつぶやきが聞こえたはずはないが、そこにルーカスの声が響いた。


「抗うがいい。そして無力さを知るがいい! 我らの目標はビッグ・ペンだ。資本主義の象徴にしてキャメロット経済の心臓ディファレンスエンジンを破壊する!」

「なんだと!」


 ルーカンは青ざめた。

 ビッグ・ペンが数日停止しただけでキャメロット市は機能不全に陥ったのだ。

 それが破壊されたら、その経済的な被害は15年前の大火災(グレートファイア)をはるかに越えるものとなるだろう。


 ポリスカーが2ブロック下がり、ルーカンはよろめく足で車から降りた。


「……陸軍に連絡して、火砲で攻撃するか」

「それは危険です」


 ルーカンのそばにいたパーシーが言った。ポリスカーを運転していたのは彼だった。


「飛行船を浮かせているものが何かをお忘れですか?」

「水素…そうだった!」


 ルーカンはうなった。

 極めて燃えやすい水素で浮く飛行船は巨大な燃料タンクも同じだ。

 キャメロットで飛行船が人口密集地を飛ぶことは禁止されているくらいだ。


「あのサイズの飛行船の水素に火が付き落下すれば、少なくとも3ブロックが壊滅します」

「ぐぬぬぬ……」


 被害の大きさ、それに伴う責任にルーカンは迷った。だがそれはわずかな間だった。


「……やむを得ん」

「本部長!」

「ビッグ・ペンを破壊されるよりはマシだ!」


 絞り出すようにルーカンは叫んだ。


「川に落ちれば大きな被害は出まい。いや、たとえ数百、数千の犠牲者を出そうとも、ビッグ・ペンのディファレンスエンジンは守らねばならん。あれが失われればキャメロットの経済は崩壊し、何十万もの失業者が出る。インフラは停止し、餓死や疫病の犠牲者が何万人も出ることになる」


 パーシーは唇を噛んだ。

 いつも保身ばかりを気にするルーカン本部長だが、今回は彼の言うことが正しい。


「消防にも連絡しましょう。大規模火災への対応と付近住民の避難誘導に協力を要請するのです」


 それくらいしか自分たちにはできないのか、パーシーが拳を握りしめた。そこに──


 重い排気音を轟かせ、巨大なモーターサイクルが現れた。


「「薔薇の騎士!」」


 パーシーとルーカンのすぐ前に、ランサーは後輪を滑らせ、停止した。


「手を貸してくれ、刑事さん」


 ランサーに乗ったまま、薔薇の騎士が言う。

 お馴染みとなった機械で加工した金属質の冷たい声。だがパーシーはその声の中に、決意と闘志を感じた。


「手を貸せだと? 何をする?」

「知れたこと。──あの飛行船を引きずり下ろす!」




     2



 同じ頃、飛行船のキッチンではガラードとモリーが話し合っていた。


「状況を整理しよう」


 ガラードが切り出した。


「この飛行船はギャルのホラとかいう兵器でビッグ・ペン破壊を目論んでいる」

「阻止するには飛行船を墜落させるか、音響兵器を使えなくする。この2つです」


 モリーが相変わらずの無表情でうなずく。

 パーシーと違い、ガラードの言い間違いにツッコミを入れたりしない。


「飛行船は火を点ければ簡単に落とせる。だが大惨事だ。そしてオレたちも助からない」


 明確な弱点があるのにそれが使えない。ガラードは顔をしかめた。


「ならば水素を抜きましょう。気嚢──水素の詰まったガス袋には緊急排出用のバルブがあります。これを開けば飛行船は浮力を失い、徐々に降下して行きます。もうひとつ、蒸気エンジンを止めるかクリスタル・コアを外せばギャラルホルンは使用不能にできます」


 ギャラルホルンは電力エネルギーで動いている。それはこの飛行船の蒸気エンジンから得ているのは明白だ。


「よく知ってるな。それもヴィヴィアン嬢かい」

「ええ」


 ついさっき、霊波通信で、ヴィヴィアンそしてドクター・マーリンから教えてもらったのである。


「問題は、どうやってやるかだが……」


 ガラードは辺りを見回した。

 ふたりがいるのは狭いキッチンである。


 この飛行船は通常のものと違い、ふたりが乗り込んだ場所からブリッジに行くことができなかった。ギャラルホルンなどというものを組み込んでいるためだろう。

 ブリッジへつながる通路を探していると人の気配を感じ、隠れたのがこのキッチンだったのだ。


「ここが武器庫だったらなあ」


 ガラードはため息をついた。

 彼もモリーも武器になるようなものはナイフひとつ持っていない。しかし、


「いいえ、ここは武器庫ですよ」


 モリーは、微かに笑みを浮かべた。



     ×   ×   ×



「ビッグ・ペン、ギャラルホルンの射程まであと10分」


 ザクソンのブリッジでクルーが告げた。


「もっと近く、ビッグ・ペンのすぐ近くまで行くとしよう」


 ギャラルホルンの力は想像以上だったことにルーカスは気を良くしていた。

 一番の懸念は銃撃であった。しかし〈コア〉を使わないギャラルホルンでもライフルの射程外から相手を無力化できていた。


 より大きな恐怖を、より深い絶望を与えてやろう。鉄仮面のルーカスはそう考えた。


「市民への犠牲が多くはありませんか?」


 観測クルーのひとりがルーカスに言った。

 双眼鏡で監視している彼は、下で倒れているのが警官だけでないことに気づいたのだ。


「無辜の民が犠牲になっている、と君は言うのかね」


 ルーカスは観測員のそばに行き、諭すように言った。


「その通り。我々は敵だけでなく味方も、無実の者をも殺す。それが革命だ」


 パリの宝石職人も殺された無実の者のひとりだ。

 彼は固有振動同調装置の開発をしていたが、クライアントがテロ組織と知り、協力を拒否。口封じのためガブリエルに殺されたのだった。


「そして革命の敵を悉く滅ぼし、人々が解放された世が訪れた時、我らもまた果てる」


 静かに、そして熱っぽくルーカスは語る。


「歴史は我らを悪と呼び、殺戮者とそしるだろう。それで良い。我らは皆ロベスピエールとなるのだ。革命の罪を、その暗部をすべて背負って退場する。我らは自由なる世界のための捨て石となるのだ」

「はい、ルーカス!」


 観測員が感極まり、目を輝かせた。

 ルーカスの理想という狂気に感染してしまっている。


 その時、飛行船が揺れた。


「水素漏れです。高度が下がっています」


 ブリッジクルーが報告した直後、船内放送のスピーカーから叫び声が上がった。


「侵入者だ!」



     3



「行き止まりかよ」


 2つの気嚢の排出バルブを開き、水素を船外に放出させたガラードとモリーだが、行く手を金属の殻に阻まれた。


 機関室を覆う防火殻だった。

 船体中央に配置された蒸気エンジンは、水素への引火を防ぐため耐熱、防火処理された殻に覆われている。

 ザクソンではこの殻は特に大きく、複雑な構造になっている。音響兵器ギャラルホルンの共鳴管の働きを持たせるためだ。


 ふたりは細い金属のハシゴを上がり、飛行船の中央を貫く通路に出た。

 V字型したアルミ合金が無数に並び奥へと続いている様は、空中のトンネルのようだ。


 通路は防火殻の前で左右2つに分岐し、丸い金属殻を回り込むようにして船体後部へと続いている。


「入り口は…ここか!」


 左側の通路に入ったガラードのすぐ前に頑丈な金属のドアがあった。

 そのドアがいきなり中から開いた。


「「え?」」


 顔を出した機関士とガラードは思わず、戸惑いの声を上げた。


「侵入しゃ──」

「おっと!」


 間一髪、閉じかけたドアを、ガラードは右足を入れて阻止した。


「こんの…!」

「ブリッジに連絡! 侵入者だ!」


 ドアを開けようとするガラード。閉じようとする機関士。

 力はガラードのほうが勝っていたが、彼は負傷した左腕を三角巾で吊っている。片手だけでは分が悪かった。


「モリー! 手伝ってくれ!」

「申しわけありません。しばらく頑張って下さい」


 ガラードの頼みをモリーは断った。

 船の後方から、別のクルーたちが大勢、ナイフや手斧を手に駆けつけていたからだ。


「なんでメイドが?」


 船尾のほうからやってきたクルーたちは目を疑った。

 異常を感じてやって来たら、可憐な美しいメイドがいたのである。


 呆気にとられる彼らの前で、モリーは小さな包みに入れた小麦粉を空中に撒いた。


 白い粉が舞い散り、小さな帳が広がる。

 そこにモリーはキッチンから拝借したナイフとフォークを抜いて、こすりあわせた。

 フォークとナイフが火花を散らし、小麦粉の小さなカーテンがぱっと燃え上がる。


 それは取るに足らない小さな炎だった。

 しかし水素で浮く飛行船は火気厳禁だ。それを叩き込まれたクルーたちは恐怖し、身も心も硬直した。


 そこにモリーが突っ込んだ。


 まず前にいたふたりにナイフとフォークを投げる。

 華奢なメイドが投げたナイフとフォークが深々と肩に突き刺さり、ふたりが苦鳴を上げてかがみ込む。


 その上を飛び越えたモリーが次に手にしたのは、濡らしたハンドタオルだった。


 しぶきを上げて白いタオルが振るわれる。

 顔にくらったクルーは一撃で昏倒した。ヘビー級ボクサーのパンチと同じかそれ以上の威力であった。


 返すタオルが別のクルーの腕に蛇のように絡みつく。モリーがタオルを持つ手を振ると、そいつは麻袋のように軽々と宙を舞い、通路から下へ放り出された。


「なんだコイツ!」

「化け物だ!」


 モリーがタオルを振るう度、ザクソンのクルーたちは顔を張り飛ばされ、武器を叩き落とされ、あるいは吹き飛ばされて通路から転落して戦闘不能となってゆく。


「モリー、まだか?」


 扉で力比べをしているガラードが声を上げた時、


「おやおや」


 背後から陽気な声が上がった。


 首だけで振り向いたガラードの表情が変わった。


「……てめぇか」

「またお会いしましたネ」


 レッドノートの殺し屋ガブリエルは、ガラードに向け、天使のような笑みを浮かべた。



飛行船!スチームパンクといえばコレですよ!

そして飛行船といえば「空の魔王」の異名。

調べてみたらキング・オブ・ザ・スカイテラー=空の恐怖の王者が、日本では「空の魔王」と訳されたみたいです。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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質問やツッコミも大歓迎ですよ!

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