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#4-12.音響兵器ギャラルホルン

【前回までは】

人実交換の場に内務省セクションゼロのエージェントが突入。その直後国際テロ組織レッドノートが乱入、クリスタル・コアを奪って逃走した──



     1



 植物園を出たレッドノートの蒸気自動車2台は北へと向かった。

 その後をモリーが操る馬車が追う。


 すぐにホムズ河とそこに架かる石造りの橋が見えて来た。

 2台の自動車は馬車の100メートルは先を走っていて、ちょうど橋を渡るところである。


「自動車より上手いな」

「馬が良いですから」


 しかしガラードとモリーに焦りは無かった。


 この辺りは見通しが良い。100メートルどころか1キロ先まで見通せる。

 おまけにビッグ・ペンが停止した影響で他の車は1台も走っていない。見失うおそれはないのだ。


 橋を渡ったレッドノートの蒸気自動車は左に折れ、河沿いを西へと向かう。


 その先はブレンフォード。

 ホムズ河がブレン川と合流する場所で、河沿いには造船所そして大きな倉庫がいくつも建ち並んでいる。


「連中は、なんで〈コア〉を奪ったんだろうな?」


 2台の蒸気自動車を目で追いながらガラードがつぶやいた。


「グリーン氏はディファレンスエンジンを止め、資本主義社会にダメージを与えるため、と言ってましたね」


 手綱を取るモリーが言う。

 橋を渡りきった。馬車の進路を左に向くよう手綱を引く。


「それならあの場で〈コア〉を破壊すりゃいい。だが連中は持ち帰った」


 ──ブツは手に入れた。


 〈コア〉を奪ったレッドノートはそう言って引き上げた。


 はじめからヤツらのねらいは〈コア〉だったのだ。


「怪光線を出したり、大爆発を起こすものじゃねぇ。〈コア〉は時計を正確に動かすための部品だ。なんでテロリストが欲しがる?」


 河沿いの道は湾曲していて先を行く蒸気自動車が見えなくなる。

 モリーは馬たちに鞭を入れ、速度を上げた。


 カーブを曲がると2台の蒸気自動車が停まっているのが見えた。

 モリーはさらに馬車の速度を上げた。


 この辺りは倉庫街で巨大な倉庫がいくつも建ち並んでいる。

 一際大きな倉庫の前に、レッドノートの蒸気自動車が停まっていた。2台とも車内に誰も乗っていない。


 ガラードは御者台から飛び降りると、モリーに手を差し出した。


「……どうも」


 表情はあまり変わらなかったがモリーは少し戸惑い、そして厚意を受けることにした。


「良かった。気ぃ悪くさせたかと思ったぜ」

「ちょっと戸惑っただけです。別に蹴飛ばそうとか考えていたわけではありません」

「お、おう…」


 本気なのかモリーふうのユーモアなのか分からない。


 そこが面白ぇんだよな。このメイドさんは。

 ガラードは内心苦笑した。


 ふたりは用心しながら倉庫のドアを開け、中に入った。


 倉庫の中は窓がなく真っ暗だった。そのせいか表から見たよりも大きく感じた。

 どこかに蒸気機関があるらしく、その駆動音が聞こえている。


「なんだありゃ?」


 闇の中、小さな船のようなものが見えた。

 全長は20メートルくらいか。だが船にしては側面に広いガラス窓がいくつもついている。


「ひょっとして家? なんで倉庫の中に家が?」


 訝しく思いながら、ガラードとモリーはそちらに向かった。

 側面についた金属の小さな階段から中に入る。


 その途端、周囲が明るくなった。

 光の差し込み具合から、倉庫の天井が開いたのだとガラードは気づいた。


 微かに〈家〉が揺れた。続いて奇妙な浮遊感。


「こいつは──」


 窓から外を見たガラードは目を剥いた。


 コンクリートの床がゆっくりと遠ざかってゆくではないか!


「──こいつは飛行船だ!」


 ガラードは叫んだ。


 彼とモリーが忍び込んだのは、巨大な飛行船の中だったのだ。




     2




 ──ザクソン。


 それがこの飛行船の名である。

 葉巻型の船体の全長は90メートル、直径は18メートル。この世界では最大級の大きさである。


 動力を備えた飛行船が登場したのは1851年フランスであった。

 それから半世紀近く。飛行船は蒸気船、鉄道に続く長距離旅客の一翼を担うまでになっていた。


「こんな巨船をよく極秘に作ることができたな」


 飛行船のブリッジで、ガブリエルがフランス語でつぶやいた。


「資本主義を快く思わないものは労働者だけではない」


 答えたのは飛行船ザクソンそして今回の計画のリーダーであるルーカスだった。


 細身で長身。その口調、立ち振る舞いは気品と知性が感じられる。

 だが何よりの特徴は、顔の上半分を覆う鉄製のマスクをしていることだ。

 このことから彼は「鉄仮面(アイアンマスク)のルーカス」と呼ばれている。


「王政復古を目指す伝統貴族がそうだ。貴族に取って代わりつつある新興中流を潰すためなら、連中はなんでもする」


 鉄仮面ルーカスは冷たい笑みを浮かべた。

 その仮面の下の素顔は誰も知らない。

 醜い傷を隠すためと言われているが、どこかの国の王族との噂もある。


「実に愉快ではないか。貴族どもから得たカネで、資本主義の帝国から労働者たちを解放するのだから」


 ガブリエルそしてブリッジのクルーたちからも笑い声が上がった。そこに、


「クリスタル・コアの取り付け、完了しました」


 と、船内スピーカーが機関室からの報告を伝えた。


「では諸君。テストといこう」




     ×   ×   ×




 ホムズ河沿いの通り、シェーン大橋の近くでは、ヘリン一家のギャングたちが警官隊に抱囲されていた。


 ソイヤー技師を捕らえようと、ヘリン一家のギャングたちは市内各地で騒ぎを起こしていた。連中をすべて逮捕すれば、ヘリン一家の力を大きく削ぐことになる。

 キャメロット警察は、これを機に徹底的にヘリン一家を叩くことにした。ソイヤーを探して市内をうろつくギャングたちを狩りだしたのだ。


 そしてここシェーン大橋近くに20人ばかりのギャングたちが、それに倍する警官たちに抱囲されていた。


 警官隊とポリスカーに囲まれ、ギャングたちが降参した時だった。


「なんだ?」


 彼らの頭上を大きな影が覆った。

 見上げた彼らの目に映ったのは、西のブレンフォードからやって来た巨大な飛行船だった。


「こんな場所に飛行船が?」


 ギャングも警官たちも、突然現れた飛行船に驚き、見上げた。

 飛行船ザクソンのブリッジからそれを見下ろすルーカスは、


「──ギャラルホルン始動」


 と、静かに命じた。


「聞け、キャメロットよ。資本主義の帝国を打ち砕く、滅びの角笛を!」




     3




 ギャングと警官隊、その頭上に200メートルほどのところにやって来た飛行船ザクソン。

 そのブリッジの後ろから、直径3メートルほどもある真鍮のラッパのようなものが現れた。


 微かな、霧笛のような重く低い音が鳴り始めた。


「な、なんだ?」


 警官かギャングのひとりが声を上げた。


 川面が、道沿いのビルが微かに震えている。波紋のように波立つ川面に、白い腹を見せて魚たちが浮き上がっている。


「うぐっ…!」

「ぐぇ…!」


 はらわたを締め上げられるような痛みを感じ、ギャングも警官も苦鳴を上げて次々と倒れてゆく。


 通りにあるガス灯のガラスが砕け散った。ビルの窓ガラスが次々と割れ、赤レンガの壁ににひびが入る。


 見えざる力が、聞こえざる音が、飛行船から放たれているのだ。

 それが川面を、人々の臓器を揺さぶり、街を震わせているのだ。


「ヘンな音が聞こえる気がする。気持ち悪いぃ……」


 近くで張り込んでいたフェイが、基地アーセナルに霊波通信を送った。


「低周波を用いた音響兵器じゃ!」


 それを聞いたドクター・マーリンが目を輝かせた。


「音波で物質を震動させるシロモノだ。出力が大きければ、理論上、どんな物体も破壊できるぞ」

「今すぐそこを離れなさい! フェイ!」


 基地に戻っていたヴィヴィアンはフェイに退避を命じた。続いて、


「飛行船のサイズ、姿を教えて。ルー」


 別の場所で偵察しているルーに命じた。


「全長およそ90メートル、直径は20メートル弱。上部から黒煙と蒸気が上がっていることから動力は蒸気機関でしょう」

「これでどのくらいの威力が出るの? ドクター」

「……大した威力は出せぬな。せいぜいガラスを割ったり、生き物なら気分が悪くなるくらいだろう。それも長時間浴びなければ問題無い」


 マーリンががっかりした様子で断じたその直後、


「では、本当の力を見て見よう」


 ザクソンのブリッジでルーカスが命じた。




     ×   ×   ×




「ギャラ…ナントカってのはなんなんだ?」

「ギャラルホルン。北欧神話の、世界の終わりを告げる角笛です」


 飛行船の内部に潜入したガラードとモリーは、たまたま見つけたキッチンに隠れて様子を窺っていた。


「近頃のメイドさんは物知りだな」

「ヴィヴィアンさまの御側にいますから。自然と覚えてしまうのです」


 そこに、


「手の空いている者は右舷の窓から見たまえ。ギャラルホルンの真の力を」


 船内放送でルーカスの声が流れた。


 ガラードとモリーは肩を寄せ合って、キッチンの小さな窓から見下ろすと、ホムズ河に架かる鉄道橋が見えた。


「あれはシェーン鉄道橋だな」


 ホムズ河で分かたれているキャメロットの両岸を結ぶ鉄道橋のひとつである。


 また、微かな霧笛のような音が聞こえ始めた。


「この音がギャラナントカか? 何も起きないぜ」

「いえ、よく見てください。鉄道橋が震えています」

「なんだと?」


 モリーの言う通り、長さ300メートルはある鉄道橋が微かに震えていた。その震えはみるみる大きくなってゆく。


「このザクソンの蒸気エンジン程度の力では、堅牢な構造物を破壊することはできない」


 そこにまた船内放送でルーカスの声が流れた。


「だが我らはクリスタル・コアを得た」

「なんだと!」


 ガラードは思わず声を上げた。


「橋が…!」


 モリーの声にガラードは鉄道橋を見て、そして目を疑った。


 鉄の橋が、それと分かるほどに震えている。

 震えはみるみる大きくなってゆく。

 もう震えるなんてものではない。鋼鉄の橋が、まるでゴムのようにぐにゃぐにゃと曲がり、ねじれている。


「物には固有の振動が存在する。クリスタル・コアは、ギャラルホルンが放つ低周波をターゲットの固有震動と一致するようチューニングするのが役割だ。同じ震動を加え続けると物体はどうなるか?──見るがいい!」


 ルーカスの言葉が終わった直後、鉄道橋が崩壊した。


 まるで引き延ばされたゴムがちぎれるように、鋼鉄の橋がちぎれ、バラバラになってゆく。

 悪夢のような光景だ。

 長大な鉄の橋が大小の破片に分裂し、川面に落下して無数の水柱が上がる。


「これぞレッドノートの科学陣が開発した音響兵器ギャラルホルン、その真の力だ!」


 船内放送でルーカスが高らかに叫んだ。


「進路を東に! 次の目標はビッグ・ペン! 資本主義帝国の心臓を破壊するのだ!」



鉄仮面ルーカスは、アーサー王の物語のルキウス皇帝が由来です。

部下の「死の大天使」ガブリエルにキャラ負けしないよう「鉄仮面」となりました。

一応、鉄仮面は革命と関係があったりするし。

脳内ボイスはぜひ、池田秀一で^^


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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質問やツッコミも大歓迎ですよ!

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