#4-11.乱入、また乱入
【前回までは】
静止した蒸気の都。その原因は財務官僚のギニーの出世欲だった。事態を収拾すべく内務省が動き、記者ガラードとメイドのモリーもそれに同行する──
1
シェーンはキャメロット南西部にある人気の行楽地だ。
ホムズ河に近く、自然保護区に多くの公園、遊歩道、クリケット場、ボート池、乗馬道などがある。中でも人気なのは王立植物園である。
その王立植物園にある熱帯館が、財務省計算局局長ギニーが取引現場に指定してきた場所だった。
ギニーはブラッド・ユニオンにアダム・ソイヤーの妻ローレルを誘拐させ、ソイヤー技師にクリスタル・コアを持って一人で来るよう電話で要求してきた。
広大な敷地の植物園は周囲を柵に囲まれ、その正面ゲートは宮殿のように壮麗なものだ。
バスケットを抱えたソイヤー技師はひとりそのゲートをくぐった。
取引場所であるパームハウス、その「逆さにした船がいくつも集まっているよう」と形容される巨大な温室はゲートからも見えている。歩いて1分ほどの距離だ。
温室までの道はまっすぐでトラックが4、5台も並べられるほど広い。
いつもは人々で賑わう植物園は無人で、静まり返っている。
しかしこの静けさの中には、内務省の秘密部隊セクションゼロのエージェントたちが潜んでいた。
ソイヤー技師とは別のゲートから先行して潜入したエージェントたちは、植物園の木々や植え込みに身を隠しながらパームハウスへと向かっていた。
「オレたちは留守番かよ」
正面ゲート近くに停めた蒸気自動車。そのそばでガラードはふて腐れていた。
蒸気自動車から降りたところで、この場を動くなと命じられたのだ。
「その腕では足手まといですよ」
モリーが冷たく言う。
ガラードの左腕は包帯でぐるぐる巻きの上、三角巾で吊っている。これで潜入するのは厳しい。
「冷てぇな。君は味方だと思っていたのに」
ガラードは肩をすくめるとグリーン氏に向き直った。
「〈コア〉を持っていかせて大丈夫なのかい?」
「ギニーは本物を知っています。バスケットがカラだと知れたらローレルさんの身が危ない」
柵の間からパームハウスを見つめ、グリーンが言った。
鉄とガラスの温室が陽光にきらめいている。これだけ距離があると中の様子はまるで見えない。
「一応、気にしてはいるんだな」
ガラードは正門前に立つアダム氏を見た。
鉄の柵をつかみ、食い入るようにパームハウスを見つめている。
ギニーがソイヤー技師ひとりで来るよう言っていなければ同行したかったのだ。
「我々にはソイヤー氏の協力が必要ですからね。アダム氏もキャメロット銀行のエリート。怒らせるより恩を売るにこしたことない」
「すべては計算ってわけかい」
ガラードは鼻を鳴らしてまたパームハウスに目をやった。
植物園は不気味なほど静まり返っていた。
2
パームハウスに入った途端、ソイヤーに熱気が押し寄せて来た。
ヤシの木をはじめ熱帯の植物を育てている館内は、温度だけでなく湿度も高いのだった。
キャメロットでは馴染みのない熱帯植物たちの間に、細い道が奥へと続いている。まるで遊歩道のあるジャングルだ。
中心部の広場には、この温室の目玉のひとつである巨大なヤシの樹があった。
15メートル以上──5階建てのビルほどの高さがあるヤシの樹が頭上に緑の腕を広げている。
その広場に、黒ジャケットと赤ネクタイ──ブラッド・ユニオンを6人従えたスーツ姿の男がいた。
年齢は40手前。度の強い眼鏡をかけ、神経質そうな顔をしている。彼が財務省計算局局長のギニーであった。
「来たなソイヤー」
「ローレルは?」
ギニーがあごで合図すると、隣の木の陰からまた1人、ブラッド・ユニオンの黒ジャケットが現れた。青ざめた若い婦人の手を引いている。アダムの妻ローレルだ。
「彼女を放せ。わしがそちらに行く」
そう言ってソイヤーはギニーのすぐ前に立った。
「見せろ」
ギニーが命じ、ソイヤーは手にしたバスケットを開けて見せた。
中身を確認したギニーは、安堵のため息をつくと、ローレルを離すよう、あごで合図した。
「こわい思いをさせてすまなかった。外でアダムが待っている。行きなさい」
「あの……」
突き飛ばされるように解放されたローレルは、何か言いたげにソイヤーを見た。
「早く!」
戸惑うローレルだったが、ソイヤーに強く促され、駆け出すように入り口へと向かった。
「やっと利口になったな。ソイヤー」
ローレルの姿が見えなくなるとギニーが言った。
「技師ふぜいがお上に逆らえるなどと思い上がりおって。今回は傷一つつけずにおいたが、もしまた貴様が逆らえば……どうなるか、分かるな? んん?」
勝ち誇ったギニーがソイヤーの顔をのぞき込む。
「なあ、もういいだろう?」
ブラッド・ユニオンのひとりが声を上げた。
「これでオレらの仕事は終わりだろ」
「お楽しみは後にしろよ」
他の連中も声を上げる。
「うるさい! 誰がカネを払うと思っているんだ!」
勝利の一時を邪魔され、ギニーは怒鳴った。
「まだ仕事は終わっていない! このジジイををビッグ・ペン──おっとクラウン・クロックタワーに運ぶんだ」
「へいへい」
めんどくさい…という顔でブラッド・ユニオンたちが動こうとした時だ。
しゅっ! と空気を裂く音が鳴り、ブラッド・ユニオンのひとり、その肩に短い矢が突き刺さった。
そいつが上げた悲鳴のため、続けて鳴った風切り音はかき消された。
続いて2人に矢が突き刺さり、地面に倒れる。
「な、なんだ?」
狼狽するギニーたちを囲むように、拳銃を手にしたセクションゼロのエージェントたちが現れた。
「我々は内務省の者だ。──ギニー局長、あなたを拘束する」
「なんだとぉ?」
内務省と聞いてギニーは青ざめた。
3
「ローレル!」
パームハウスから駆け出てきた妻の姿を見て、アダムは駆け出した。
夫と妻はゲートとパームハウスのちょうど中程で抱き合い、泣き崩れた。
そのすぐ後、パームハウスの入り口からエージェントが顔を出し、「確保!」と叫んだ。
グリーンが部下を連れ、正門へと向かう。
「呆気ねぇもんだな」
ガラードはつぶやいて正門をくぐった。そのすぐ後ろにモリーが続く。そこに──
──銃声が上がった。
「どうした?」
思わずグリーンと部下たちは足を止めた。
次々と銃声が上がる。植物園の中で銃撃戦が行われているのだ。
ガラードはモリーと視線を交わすとパームハウスへと駆け出した。
「…っ!」
ガラードが館内に飛び込むと、すぐ目の前にノドを切り裂かれ、絶命したエージェントの死体が転がっていた。
その間にも銃声が立て続けに上がっている。
「何が起きてやがる?」
ガラードは用心しながらも、早足で緑に埋め尽くされた館内を進んだ。
× × ×
ヤシの大樹がある広場。
その中央で、悲鳴をあげてうずくまるギニーとその隣にソイヤー技師。ふたりの足下には血まみれのブラッド・ユニオンたちが転がっている。
彼らを挟んで2つの勢力が銃撃戦を繰り広げていた。
一方はセクションゼロ。もう一方はレッドノートだ。
セクションゼロがギニーらを制圧した直後、共産テロリストたちが乱入して来たのだ。
セクションゼロのエージェントたちは散開して、木々の陰に隠れて応戦している。
レッドノートのテロリストは4人。セクションゼロは6人。
テロリストなど訓練を受けたエージェントたちの敵ではない。制圧は時間の問題だと思えた。しかし──
エージェントのひとりが苦鳴を上げた。背後から首を締め上げられている。
「ノンノン、抵抗は無駄デース」
レッドノートの殺し屋「死の大天使」を自称するガブリエルだった。
天使のような朗らかな笑顔でエージェントを締め落とす。
「アナタ、面白いオモチャ持ってますネ」
締め落とされ、ぐったりしたエージェントの腕をつかむと、ガブリエルは他のエージェントたちへと向けた。
しゅっ! と風切り音が鳴り、袖の中から短い矢が撃ち出される。
──スプリングダート。
バネ仕掛けで短い矢を打ち出す暗器だ。ブラッド・ユニオンを奇襲した武器はこれだった。
その武器が、今は仲間のエージェントたちに向けられたのだ。
矢で射られ、1人が無力化される。
「Yaaah!」
ガブリエルは締め落としたエージェントを盾にして、残る4人に迫った。
「なんだこいつは!」
「構うな! 撃て!」
立て続けに銃声が上がる。エージェントたちは、盾にされた仲間ごとガブリエルを射殺しようというのだ。
「ハッハーっ!」
ガブリエルは嘲りの笑みを浮かべた。
エージェントたちの拳銃では人一人貫通する威力はないのだ。
じゅうぶん距離を詰めたガブリエルが、盾にしたエージェントの陰から飛び出す。
旋風と化したガブリエルの蹴り技がエージェントたちを襲う。
「ひとつ! …ふたつ!」
つま先がノドを突き破り、踵がこめかみを砕く。一撃で絶命させられたエージェントたちが倒れてゆく。
「みっつ、よっつッ!」
瞬く間にエージェントたちは全滅した。
「てめぇは…!」
「おや?」
広場に現れたガラードに、ガブリエルはきょとんとした顔になった。
たった今、何人もの人間を殺したとは思えない、あどけない顔である。
「〈コア〉が!」
そこにソイヤーの声が上がった。
レッドノートの1人が、ギニーからバスケットごとコアを奪ったのだ。
「ブツは手に入れた! 退くぞ!」
ガブリエルは肩をすくめると、仲間たちの後を追って奥へと向かった。
「野郎!」
ガラードがその後を追う。
緑に埋め尽くされた館内を走り抜けると、開け放されたドアがあった。反対側の出入り口だ。
ガラードが飛び出した時、ガブリエルとレッドノートたちは2台の蒸気自動車で逃走したところだった。
「クソがっ!」
荒い息をつくガラード。そこに、
「ガラードさん」
と、モリーが彼の袖を引いた。
彼女も全力疾走したはずなのに、その息はまるで乱れていない。
「あれを」
モリーの指差す先には、二頭立ての馬車があった。
「ギニー氏のものでしょう。あれをお借りしましょう」
モリーはそう言うと御者台へと上がった。
他にレッドノートが乗ってきたらしい蒸気トラックが1台あったが、エンジンは停止していた。
蒸気エンジンは一度止めたら始動には何分もかかる。馬車しかないのだ。
「馬車も扱えんのか?」
ガラードは急いで御者台に上がり、モリーの隣に腰を下ろした。
「これもメイドのたしなみです」
モリーは無表情の中に微かに笑みを浮かべて言うと、馬車を出した。
事件は解決すると思った?
残念、もっと悪化しました。そしてこれからは更に…!
登場した植物園のモデルはキューガーデン。
作中観光案内とかでいわれている「逆さになった船」と描写しましたが、ほんとは「カマボコ」と書きたかったです。
いっそキャメロットにはカマボコが大人気とすればよかったかな^^
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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