#4-10.装置の正体、事件の真相
【前回までは】
ギャング、犯罪者組合、国際テロ組織に続いて現れたのは内務省だった。国家権力がソイヤー技師を追う理由とは──
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「私は内務省保安部のグリーンと申します」
ガラード、モリーたちの前に進み出た男はそう名乗った。
丸眼鏡をかけた落ち着いた紳士だ。
年齢は50歳くらい。柔和で穏やかな物腰をしている。
だがガラードのカンは、油断ならない相手だと教えていた。
「内務省か。道理でアダムさん家に警官がいなかったわけだ。代わりに警察の親玉が張り込んでいたんだからな」
──内務省。
一般には「警察の親玉」として売春、賭博などを取り締まる役所というイメージが強い。
しかしその役割は、移民の管理、法制度の整備と運用、刑務所の管理と多岐にわたる。その中には過激な政治運動、活動家への対処、暴動の抑止や鎮圧までも含まれている。
パーシーが手を引けと言うわけだぜ。
内務省はギャングやテロ組織など問題にならないヤバい相手だ。
内務省が治安維持の名の下に動けば、ガラードはもちろん、彼が務める新聞社ごと抹殺することも容易いのだ。
「この怖いお兄さんたちは? 役人には見えねぇんだが?」
そんな内務省に相手にもガラードはいつも通りの軽口で尋ねる。
「彼らは私の部下たちですよ。非公式ですがね」
「ははーん…ソイヤー技師の工房に来た強盗。ヤツを連れ去ったのはあんたらだな」
あの強盗はおそらくヘリン一家のギャング。
彼は仲間に回収されたのではなくて、内務省の男たちに拉致だったのだ。
「噂に聞いたことがあるぜ。──セクションゼロ。国民を見張る内務省の秘密部隊…お目にかかれて嬉しいぜ」
ガラードのふてぶてしさに、グリーンは微笑みを返した。
「非公式な部下ですが、私の命令がなければ危害は加えませんよ」
否定も肯定もしない。
「落ち着いて話せる場所に移動しましょう。こちらに」
グリーン氏はシティ・スパの隣にあるパブを指した。
彼の部下たち──セクションゼロのエージェントたちが、移動しろ、と無言の圧力をかけてくる。
ガラードは肩をすくめるとグリーンに従い、パブへと向かった。
「いかがしますか?」
モリーは霊波通信でヴィヴィアンに語りかけた。
ヴィヴィアンはランサーで基地アーセナルに戻り、モリーから報告を受けていた。
「今は彼らに従って」
モリーの頭の中でヴィヴィアンの〈声〉が告げた。
「車に押し込むのではなく、パブに行くというなら本当に話があるのでしょう。それに、内務省ならベンウィックの名を出せば悪いようにはしないはずよ」
名家でありキャメロット屈指の財力を持つベンウィック伯爵家である。内務省が自ら敵対することはない。
「承知しました。このまま報告を続けます」
ガラードの後に続きながら、モリーはヴィヴィアンに返した。
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そのパブはシティ・スパ帰りの客たちが喉を潤す店だった。高級住宅街にあるだけあって内装は上品かつ豪華である。
ビッグ・ペンが止まり、閉店しているため店内は無人だった。ドアの鍵はエージェントの一人が道具を使って開けたのだろう。
窓際のテーブルに、グリーン氏と向かい、ガラード、モリー、ソイヤー技師、息子のアダム氏が着いた。
「んで、話ってのはなんだい?」
席に着くなりガラードが尋ねた。
「記者である君に協力を頼みたいのだ。ガラード・クロスくん」
「もう調べがついてんのかい。おっかねぇ」
「そうだ、と言いたいところだが、実は君が名乗っていたのを部下が耳にしたのだよ」
グリーン氏は笑い、そして続けた。
「私はラウンドの、いや君のファンなのだよ。君の書く記事はとても素晴らしい。特に薔薇の騎士の記事はね」
「そいつは驚きだ。編集長に言ってくれよ。非公式でいいからさ」
ガラードが言い終えた直後、
「妻の身が危ないんだ! 父と私を解放してくれ!」
アダム氏が立ち上がって叫んだ。
「奥さんを助けるために我々は動いているのですよ」
手で座るよう促しながらグリーン氏が言う。
「計算局局長ギニー…あのような男にディファレンスエンジンを任せておくことはできない」
「……話しが見えねぇんだが?」
ガラードが首を傾げる。
「発端はあのギニーだ」
それまで黙っていたソイヤーが声を上げた。
「ディファレンスエンジン2.0更新を機に、ヤツはビッグ・ペンの名をクラウン・クロックタワーに改名すると言い出したのだ!」
「クラウン?」
「財務大臣ですよ」
事情が分からないガラードにグリーン氏が言う。
「ビッグ・ペンはペンドラゴン公爵の偉業を讃える名だ。大恩ある公爵さまの名を消しさるなど、わしはガマンならなかった。だから、こいつをすり替えた」
ソイヤーは抱えていたバスケットを開いて見せた。
「コイツは!」
思わず、ガラードはモリーと顔を見合わせた。
バスケット中にはタオルが敷き詰められており、そこに長い大きな電球のような機械が入っていた。
「これはクリスタル・コア。正確な信号を作り出す装置だ。こいつを組み込んだ時計の精度は飛躍的に向上する」
それはソイヤー技師のアパートにあった設計図、その完成品であった。
3
その機械は長さ24センチ、幅は10センチ。電球を少し長くしたような形状で、ガラスの殻の中に金属の線が組み合わさった機械が入っていた。
「時計の精度を上げる機械? 超強力な兵器とかでなく?」
「兵器ではありません。しかし、とてつもない発明です」
拍子抜けだ、という声を上げるガラードにグリーン氏が言った。
「これはディファレンスエンジンの心臓部となる装置です。記者ならディファレンスエンジンの仕組みを知っていますね?」
「お、おう、歯車とバネが組み合わさっている計算機械だろ?」
「その通り。その歯車ですが、回転が均一でないと計算に誤差が出る。小さな誤差でも機械の規模、計算の桁数が大きくなるとそれは無視できないものになります。正確な計算には駆動軸が正確なサイクルで回転する必要があるのです」
「えっと…」
ついて行けなくなってガラードがモリーを見た。
「正確な計算には正確な時計が必要、ということでしょう」
「な、なるほど! つまりそのクリスタル・コアは文字通りディファレンスエンジンの核ってわけだな」
「素人ならその理解でよい」
ソイヤーはそう言って続けた。
「従来のディファレンスエンジンのマスタークロックの誤差は1日に1秒。バネと振り子ではこれが限界だ。これでは歯車列を倍増させた2.0では使いものにならない。だがこのクリスタル・コアならば1日の誤差は0.01秒にできるのだ!」
話すうちにソイヤー技師の言葉は熱を帯びてきた。
「この装置の中心には薄く削った水晶が入っておる。1880年にキュリー兄弟が発見した水晶の圧電効果を応用したものだ。水晶に交流電流を加えると周期的に振動する。それを検出して──」
「オッケー! 技術的な説明はいい」
ガラードは無事なほうの右手を前に出してソイヤー技師の話しを遮った。
「あんたがその〈コア〉をニセモノとすり替えたから、ディファレンスエンジンとビッグ・ペンが止まったわけなんだな?」
「大臣のご機嫌取りのためビッグ・ペンの名を変えようとするギニーを許すことはできなかったのだ」
ソイヤーはうなだれた。
「ギニーが改名をあきらめるなら、わしはコアを返すつもりだった。だがヤツは事が露見する前にわしを捕らえようと裏社会の連中を寄こしたのだ」
「裏社会の連中ってぇと……」
「ブラッド・ユニオンです」
と、グリーン。
「しかしブラッド・ユニオンがなかなかソイヤー氏を見つけられないものだから、ギニーは裏社会に噂を流した。ソイヤーと彼の持つ機械は大金になる、とね。それにヘリン一家が飛びついた」
「つまりこの大騒ぎは、財務官僚の下らない考えからはじまったのかよ」
ガラードは呆れて天を仰いだ。
とてつもない陰謀だと期待していたが、こんなしょうもないことが原因だったとは!
「官僚の浅知恵という他ないですね。ブラッド・ユニオンだけならまだしも、裏社会に噂を流したことでヘリン一家、そしてレッドノートまで首を突っ込んできた」
グリーン氏もため息をついた。
「共産テロ組織がなんで出て来る? 革命の資金にでもするつもりか?」
「ヤツらは資本主義打倒を掲げている。ディファレンスエンジンが停止すれば社会は大混乱、資本家には大打撃ですからね」
「なるほど……」
スジはは通っている。
しかしガブリエルがパリで宝石職人を殺した理由は謎だ。逃走資金目当ての強盗だったのだろうか?
「事態が収拾できなくなったギニーは、アダム氏の奥さんを誘拐させ、ソイヤー技師と直接取引することにしたのですよ」
「状況は分かった」
ガラードはグリーン氏に向き直った。
「で、その事情をオレに話したのはなんでだ?」
「言ったでしょう。あなたに記事を書いてもらいたいのですよ」
「オレは悪事に手加減しねぇぞ? 相手が役人だろうが大臣だろうがな」
「一方で踏みつけられたもの、立場の弱い相手は徹底して擁護する」
にらむガラードをグリーン氏は微笑みで受け止めた。
「犯罪サーカス団のクマとトラの記事がそうです。あなただけです。あの獣たちのその後を思いやる記事を書いたのは」
「おだててんのかよ?」
「ギニーは優秀な官僚ですが彼の代わりなどいくらでもいる。しかしソイヤー技師に代わりはいない。ディファレンスエンジンは今後も進化し続ける。それにはソイヤー氏の技術が欠かせない」
疑いの眼を向けるガラードに、グリーン氏は冷たい笑みを浮かべた。
「ビッグ・ペン停止の影響と損害は大変なものです。ソイヤー氏には非難の声が向けられるでしょう。それから守っていただきたいのですよ、あなたのペンで」
ガラードはふん、と鼻を鳴らした。
「いいだろう。だが、条件がある」
ガラードは身を乗り出した。
「ひとつはアダム氏の奥さんを無傷で取り返すこと。もうひとつは、今すぐはじめること」
「もちろんですとも」
グリーン氏は笑って右手を差し出した。
イヤそうな顔をしながら、ガラードはその手を握った。利用されている感じがして面白くないのである。
ビッグ・ペンとディファレンスエンジン停止の原因と理由が判明した。
そして事態は解決へと動いている。
「ようやくこのお使いも終わりそうです」
モリーは霊波通信をそう締めくくった。しかし、
「そんなこと言って、少しさびしいんじゃなくて?」
「ガラードさんとのデート終わっちゃうもんね~」
ルーとフェイから、からかいの〈声〉が届いた。
「何をバカなことを…!」
思わず口に出して言ってしまうモリー。
その声に、先を歩いていたガラードそしてグリーン氏が振り返った。
「なんでもありません。お気になさらずに」
無表情の仮面をかぶりモリーは動揺を隠した。
終わるのがさびしい? そんなこと、あるはずが……。
内務省のグリーン氏。
イメージはS.H.I.E.L.D.のコールソンです。眼鏡掛けていますが。
名前はアーサー王の物語に登場する「緑の騎士」から。
敵のように現れ味方となる。でもいつ敵対してもおかしくない…そんなポジションです。
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