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#4-8.参上、死の大天使

【前回までは】

重機リフターで逃走したソイヤー技師だが、ギャングに捕らわれそうになる。窮地に陥ったソイヤー技師だが、ランサーの試作モデルMk4が登場。ギャングを一掃した──



     1



「うは、すげぇな」


 ガラードは目を見張った。


 ランサーの放水銃に押し流され、10人以上いたギャングたちはホムズ河にたたき落とされた。わずか数秒の出来事だった。


「ガラードさん、ソイヤー氏が」


 モリーが声を上げた。


 リフターの運転席からソイヤーの姿が消えていた。

 ガラードがモリーの視線を追うと、ソイヤーはバスケットを抱えて船着き場に降りていた。

 小船の船頭にカネを渡している。船で対岸に渡ろうというのだ。


「素早いじーさんだな!」


 慌ててガラード、そしてモリーが駆け出した。


 船着き場に向かいながら、ガラードは煙の出ている船──蒸気エンジンが動いているものを探した。


 この船着き場は小型の蒸気船用のもので、持ち主兼船頭の何人かは自分の船で暮らしている。蒸気船のボイラーは煮炊きにも使えるのだ。


 ……あった。しかし一艘だけだ。


 その船頭はソイヤーの乗った船をぼんやり見送っている。


「船を出してくれ! あの船を追うんだ」


 ガラードはその船に駆け寄り、船頭に頼んだ。


「いくら出す?」


 めんどくさそうに船頭が答えた。


「1シリングでどうだ?」

「もう一声」

「なんだと?」


 1シリングは平均的な労働者の日給に近い。対岸までの船賃としては高すぎる。


「もう三日も仕事にあぶれているんだ」

「足下見やがって…!」


 歯ぎしりするガラード。この間にもソイヤーを乗せた小船はどんどん遠ざかっている。


「モリー、持ち合わせねぇか?」

「仕方ないですね……」


 サイフを取り出そうとしてモリーは、数人の男たちが船着き場に降りてくることに気づいた。


 ヘリン一家でもブラッド・ユニオンでもない。あの謎の一団だ。


 その先頭にいた長身の男がガラードに向かって駆け寄ってきたかと思うと跳躍した。


「Yaaah!」


 叫びながら蹴りを放つ。


「うおっ!」


 ガラードは後ろに飛び退いてなんとか跳び蹴りをかわした。


「フフン、よくかわしましたネ」


 男はおかしな訛りのある言葉で言うと挑発的な笑みを浮かべた。


 ゆるくウェーブした金髪に青い瞳。陽気で人なつこい笑顔がよく似合う。

 しかしその瞳は冷たく、他人を見下す傲慢さが見えた。


「そのおかしな口調…フランス人か?」


 ガラードの問いに男は笑みを浮かべた。


「ウィ。ミーの名はガブリエル。──死の大天使デス」




     2




「死の大天使だと?」


「そのフネはミーたちがいただきマース。ついでに、そちらの美しいメイドさんもネ」


 ガブリエルは笑みを浮かべるとモリーにウインクした。

 そして両の拳を握って構える。


「渡すかよ!」


 ガラードは言い返しながらガブリエルの構えを見た。


 ボクシングのファイティングポーズに似ているが……。


 しゅっ! と鋭い呼吸音と共にガブリエルが拳を繰り出した。速い!

 左のジャブ、右のストレート。

 ガラードはかわし、右手で防御する。


「はっはぁ! アナタ、なかなかやりマスね」


 小馬鹿にした口調でガブリエルが再び左のジャブを放つ。今度は二発連続、そして右ストレート──と思いきや右の回し蹴り!


「ぐっ!」


 ガラードはなんとか右手でガードした。しかし防ぎきれず、ガードした右腕ごと側頭部に一撃をくらい、よろめいてしまう。


「その技…てめぇサバット使いか!」


 サバットとは、フランスで生まれた護身術である。

 18世紀、パリの不良たちの蹴り技主体のケンカ術を体系化したものである。

 護身術として普及しているが、蹴りに加えボクシングような手技、投げ技までも存在する。そのため使用者がその気になれば攻撃的な格闘術に変貌する。


「オウ! よくご存じですネェ」


 ガラードに、ガブリエルは嘲りの笑みを浮かべると、いきなり蹴りを放った。


 膝を狙った一撃からの側頭部への蹴り。

 ガラードは自ら踏み込んで威力を削ぎ、右の拳を叩き込む。


 しかしガラードの拳は空を切った。


「っ!」


 ガラードの顔が驚き、そして苦痛に歪む。

 ガブリエルはガラードの拳をかわしたばかりか、その腕を巻き込むようにして捕らえ、関節技をかけたのだ。


「フッフーン」

「野郎…!」


 余裕の笑みを浮かべるガブリエル。苦痛をかみ殺しながらガラードはふりほどこうとするがびくともしない。


「オウ、ムダに抵抗すると折れてしまいますヨ?」

「折れるもんなら…折ってみやがれ!」

「それでは、エンリョなく…!」


 ガブリエルがさらに腕を締め上げた。

 ミシミシ…と間接が軋む音が聞こえそうだ。


 ところが、突然、ガブリエルは関節技を解いた。


「ザンネン。アナタ、ラッキーでしたネ」


 遠くからポリスカーのサイレンが近づいて来る。その音は1台や2台ではない。かなりの数のポリスカーが接近しつつある。


「ガブリエル!」


 後ろの仲間に呼ばれ、ガブリエルはきびすを返した。


「クソっ!」


 その後ろ姿を見送り、ガラードは悪態をついた。


 その額にハンカチが当てられた。モリーだった。

 ガードしきれなかった側頭部への一撃で、額が少し切れていたのだ。


「左手のケガがなければ、ガラードさんの勝ちでしたね」


 彼女の顔も声もいつものように無感情だ。しかし手当てする手は優しかった。


「ヘんっ! あと3分あればオレが勝ってたぜ」


 顔をしかめながらガラードは強がってみせた。




     3




「なぜお前がいる?」


 ポリスカーで駆けつけた警官たちの中に、ガラードは幼なじみのパーシー・ローマン刑事を見つけ、声を上げた。


「それはこっちのセリフだ。この騒ぎはお前が元か?」


 パーシーは鋭い眼でガラードを見た。


 パーシーはキャメロット警察で最年少の刑事にして最も実績を上げている敏腕刑事である。


 美しいまでに端整な顔立ちに細身の長身。ツイードのスーツを一分の隙なく着込み、ボウラーハットをした姿は、貴族か中流富裕層の青年のように見える。


 女性的と形容されるような容姿をしているが、弱さは微塵もない。力と知性にあふれた鋭い眼が、まだ22歳とは思えぬ圧力を見るものに与えるからだ。


「死の大天使ガブリエルだと? そのサバット使いはそう名乗ったのか?」


 ガラードから事情を聞いたパーシーの眼がさらに鋭くなった。


「知ってるのか?」

「……共産テロ組織の殺し屋だ」

「共産テロって…噂の『レッドノート』か!」


 ──レッドノート。


 それは欧州で最も過激な共産革命組織である。

 メンバーが小さな赤いノートを携帯していることからこの名がある。


 かつては労働者の権利を唱える穏健的で小さな組織だったが、先鋭化するにつれて勢力を拡大。現在はフランス、ドイツを中心に欧州全土で暗殺や破壊活動を行う一大テロ組織となっている。


「そういやサバットは、フランス革命の革命家たちも使っていたっていうな」

「ヤツの役割は対抗する派閥の幹部や裏切り者を始末すること。サバット使いだが稀にナイフも使うようだ。分かっているだけで12人を殺害。関与が疑われる殺人事件はその何倍もある」

「死の大天使の名は伊達じゃねぇってことか」


 ガラードはガブリエルの陽気で人なつこい笑みを思い出した。


 まさに天使のような笑み。しかしその眼は冷酷な光をたたえていた。

 あの眼、あいつは人殺しを楽しむ輩だ。


「先年、パリ市警の警部を殺害したこと。その直後の宝石職人の殺人で顔を見られたことからパリに居られなくなり、姿を消していた。──まさかこのキャメロットに来ていたとはな」

「国際的なテロ組織…ソイヤー技師は、なんでそんなヤツらにねらわれているんだ?」


 つぶやいてからガラードはひらめいた。


「あの設計図だ!」


 ガラードは叫んでパーシーに向き直った。


「ソイヤーのアパートで謎の機械の設計図を見つけたんだ。きっと新兵器か何かだ。それであのじーさんは追われているんだ! すぐに保護しねぇと!」


 興奮するガラードに、パーシーはため息をついた。


「弟子からの通報で、ソイヤー氏の工房、自宅、息子のアダム・ソイヤー氏の家に警官を送っている。じき保護されるはずだ」

「息子のとこまで? やけに手回しがいいな」


 ガラードは幼なじみの刑事を見た。


「……何かつかんでいるな? 今日の事件が起きる前から」

「お前はもう手を引け」


 ガラードの問いに答えず、パーシーは言った。


「友人としての忠告だ。この件はお前の手に負えない」

「へん! ギャングやテロリストが怖くて新聞記者ができるかってんだ」

「そんなレベルじゃな──」


 言いかけてパーシーは、しまったという顔になった。


「まだいんのか? ソイヤーをねらうヤツが!」

「忠告したからな。ケガ人は大人しくしていろ」


 ガラードに背を向けるとパーシーは去って行った。


 ギャング、ブラッド・ユニオン、レッドノート…他にもまだソイヤー技師をねらう者たちがいる。

 それも、パーシーの口ぶりからするともっとヤバい存在だ。


 しかし、国際的なテロ組織よりヤバいものってなんだ?


「……手を引くのですか?」

「うお! びっくりした」


 いつの間にかガラードの後ろにモリーがいた。

 ガラードとは少し離れたところで警官から事情を聞かれていたはずだが、いつから後ろにいたのか。


「パーシー刑事の忠告に従い、ソイヤー氏の件から手を引くのですか?」

「まさか」


 重ねて問うモリーにガラードはニヤリと笑みを浮かべた。


「ヤバいから手を引け? こいつはオレにとっちゃ、ぜひ調べてくださいっていうお誘いだぜ」

「ガラードさんならそう言うと思っていました」


 モリーは、ほんの微かに笑みを浮かべた。


「これからどうします?」

「取りあえず、ソイヤー技師の息子の家だ。急ごうぜ!」



バーディツに続いてサバットが登場。

4話(章)は格闘回みたくなってますね^_^;


3話より、原則「生の敵は生身。メカの相手はメカ」とする方針にしました。

つまり、今回もメカ戦が…?

どんなものが出て来るか、乞うご期待!


ここまでお読みいただきありがとうございます。

よろしければブクマ、評価、リアクション、感想、レビューなどをお願いします。

質問やツッコミも大歓迎ですよ!

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