#4-6.暴走! 老人と重機
【前回までは】
静止した蒸気の都。消えた時計職人ソイヤーとの関係は? 真相とソイヤーを追う記者ガラードとメイドのモリーの前に立ち塞がる悪党たち。彼らがソイヤーを追う理由とは──
1
「面白いわね!」
モリーの頭の中に、ヴィヴィアンの〈声〉が届いた。
言葉通り面白がっている。目を輝かせ、唇をつり上げて笑うその顔が目に浮かぶようだ。
カオスな銃撃戦に巻き込まれたモリーとガラード。
モリーが作った隙を突いて、ふたりはその中から抜け出した。
一息ついたところでモリーは、霊波通信でこれまでのことをヴィヴィアンに報告した。
霊波通信とは、後の世に言うテレパシーを用いた音声通信である。
モリー、ルー、フェイのメイド三姉妹は超人的な筋力、身体能力ともう一つ、特別な能力があった。
それが意識した考え、言葉──心の声を他の姉妹に届けるというものだ。
これを受信し音声化する機械が薔薇の騎士の秘密基地アーセナルにある。
この霊波通信装置を介することで、本来は姉妹の間でしか届かない〈声〉を双方向の音声通信として利用しているのだ。
「この静止したキャメロットにソイヤー氏が関係しているのかどうか。ガラードさんに同行して調べてちょうだい」
「わぁデートだ。いいなあ」
ヴィヴィアンに続いてフェイの〈声〉が届いた。
「帰ったら詳しく話してね。デートのこと」
続いてルーの〈声〉。こちらはフェイと違い面白がっている。
「何をバカなことを。任務よ」
モリーは心の〈声〉を送って妹たちを一蹴した。
「必要なら応援に出るわ。──ドクター、Mk4を準備しておいて」
「大丈夫かい?」
ヴィヴィアンの〈声〉が終わると同時にガラードが尋ねた。
心配そうにモリーの顔をのぞき込んでいる。
「どうしてそう思うのですか?」
「深刻そうな顔してたじゃねぇか」
「深刻? 私がですか?」
霊波通信に集中していたのを、ガラードはモリーが思い悩んでいると見えたのだろう。
「無愛想な質なのでそう見えたのでしょう。すみません」
「いや謝ることじゃねぇよ。ていうか、謝るのはオレのほうだ」
「はい?」
「君を危険に巻き込んじまった。今からでも遅くない。君はお屋敷に戻ったほうがいい」
モリーはしばらく反応できなかった。
誰かに心配されたことなど、ほとんどなかったからだ。
「いえ、ご一緒します。このままではお使いを果たすことができません」
「もしも君に何かあったらヴィヴィアン嬢に恨まれちまうよ」
「恨まれる…ですか?」
叱られる、怒りを買うではなく「恨まれる」とガラードは言った。
「ああ、君とヴィヴィアン嬢はメイドと主人っていうより仲の良い姉妹みてぇだからな。恨まれるどころか殺されかねない」
おどけてガラードは肩をすくめた。
──あなたは私と同じ。姉妹よ。
モリーの意識が目覚めた時、はじめて聞いた声。それはヴィヴィアンのこの言葉だった。
「そんなふうに見えますか?」
「記者の観察力を舐めんなよ? ふたりを見ていれば分かるさ」
驚いた。モリーのヴィヴィアンへの想いをこのお調子者の記者は見抜いていたのだ。
「あなたは油断ならない人ですね」
そう言いながらモリーは不思議と悪い気はしなかった。
「それより、この後、どちらに向かうのですか?」
モリーは話を戻した。
「お屋敷に帰ってくれないのか」
「ここで分かれたとして、さっきの連中に遭遇するかもしれません。それならあなたと一緒にいたほうが良いとは思いませんか?」
「それは…そうか……」
「それに──」
微かに笑ってモリーは続けた。
「あなたに私を止められませんよ。ガラードさん」
「お、おう。たしかに……」
先刻、チンピラたちを一瞬で倒したモリーを思いだし、ガラードは引き攣った笑みを浮かべた。
2
「心当たりはふたつ。ひとつはソイヤー技師の仕事仲間。もうひとつはソイヤー技師の息子の家だ」
細い通りを歩きながらガラードが言う。
相変わらず、昼間だというのに人通りはない。
「近いのは仕事仲間のほうだ。この先、ホムズ河沿いにあるデニケン歯車工場ってとこだ」
言っている間に水のにおいがしてきた。建物の列の間からホムズ河の川面が見える。
「この近くに、歯車の工場があるのですか?」
モリーが尋ねる。
薔薇の騎士の〈眼〉として働くモリーたち姉妹は、キャメロットの地理に精通している。
この辺りは倉庫街で工場はなかったはずだ。
「工場そのものはランチェスターにある。これから行くのは事務所兼倉庫だ。工場で作られた製品を集め、受注先に送るための中継地ってとこだ」
時計職人といっても一からすべてを作るわけではない。
歯車などの仕様を部品メーカーに送り、届いた部品を調整、組み立てるのだ。
デニケン・ギアワークスはその歯車を作る工場で、ソイヤー時計工房とは30年以上の付き合いだという。
「デニケン・ギアワークスの社長アーロン・デニケンはソイヤー技師の親友だ。スイスで修行していた頃に知り合い、家族ぐるみの付き合いがあったんだとか」
「過去形ですか?」
「友情は健在だ。ソイヤーは家族仲が悪いらしい。ソイヤーは付き合いベタでガンコらしいからな。まるで誰かさんみたいに」
「……誰かさんとは私のことですか?」
ガラードが自分を見ていることにモリーは気づいた。
「いいや。パーシーのことだけど?」
「なっ!」
からかわれたと気づいて、一瞬、モリーの表情が動いた。
一瞬だけだったがガラードがそれを見逃すはずはない。
「ニヤニヤ笑わないでください」
「笑ってないよ~?」
「……蹴りますよ」
「かわいい顔して過激だな君は」
すっとモリーの眼が細められた。
「ゴメン、マジゴメン。からかって悪かった」
モリーから飛び退いてガラードは謝った。
「おっと目的地に着いたぜ」
「え?」
裏通りの先が開け、小さな広場みたいになっている。
その奥に赤レンガ張りの横に広い建物があった。
建物のほとんどが倉庫で、両開きの大きな鉄の扉がついている。倉庫と繋がる2階建ての小さな建物が本社なのだろう。ドアに小さく「デニケン・ギアワークス」と書かれている。こっちは裏口なのだ。
ガラードとモリーは建物の陰から様子を窺った。
ヘリン一家、ブラッド・ユニオン、そして謎の一団…連中が来ているかもと警戒したのだ。
彼らがソイヤー技師を追っている理由は謎だ。
ヘリン一家のチンピラは借金の取り立てだと言っていた。しかしそれではブラッド・ユニオンや謎の一団までもがソイヤーをねらっていることが説明できない。
何か…ガラードたちの知らない別の理由があるのだ。
「……連中はまだみてぇだな」
周囲に人の気配がないことを確認し、ガラードは裏口へと向かった。
あまりに静かなせいでガラードの靴音が大きく聞こえる。
裏口の前でガラードは建物内の気配を伺った。
静かだ。流通が止まり、デニケン・ギアワークスは休業中のようだ。
ガラードはそっと裏口のドアに手をかけた。
……鍵がかかっている。
「ノックはしないのですか?」
「うおっ? いたのかよ」
すぐ耳元でモリーの声がしてガラードは飛び上がった。
足音も気配もしなかったから、彼女は物陰で待っていると思っていたのだ。
「失礼。お屋敷ではメイドは目立たぬよう振る舞うものですから」
「まるで猫だな」
ガラードがそう言った時、いきなり裏口のドアが開いた。
3
裏口のドアを開け、中から現れたのは背の低い老人だった。
年齢は60をいくつか過ぎたくらい。背は低いが体つきはがっちりしていて腕も指も太い。頭ははげ上がり、口とあごは白い髭に覆われている。
紺の作業着を着て手にはバスケットを抱えている。
「あんたソイヤー技師?」
ガラードの問いに老人の眼が鋭くなった。
「お前たちもヤツに雇われたか?」
「ヤツ? ヤツって誰のこと──」
ガラードの言葉が終わらないうちにドアは勢いよく閉ざされた。そして内から鍵を掛けられる音。
「ソイヤーさん! オレは新聞記者だ! あんたに聞きたいことがあるんだ」
ドアを叩きガラードが叫ぶ。
しかしドアは沈黙したままだ。
「ガラードさん」
モリーがガラードの袖を引いた。
いくつもの蒸気音が近づいて来る。何台もの車がやって来ているのだ。
ふたりから見て右手、表通りから蒸気トラックと2台の蒸気自動車が入って来た。トラックの荷台に10人ほどの男たちが、天蓋のない蒸気自動車には無理矢理6人ほどが乗っている。
さっきの連中とは違うがヘリン一家だろう。
左のほうからも蒸気トラックが1台やって来た。こちらは黒のジャケットと赤ネクタイたちがやはり10数人荷台に乗っている。こっちはブラッド・ユニオンだ。
「オレらはヘリン一家だ! てめぇら、どこのモンだ!」
「ソイヤーはオレらの獲物だ! どきやがれ!」
それぞれの車両から降りたヘリン一家とブラッド・ユニオンたちが倉庫裏でにらみ合う。
「またかよ……」
ガラードがうんざりした声を上げた。その時だった。
倉庫の大扉が吹き飛ぶようにして開いた。
驚く一同が見つめる中、倉庫の中から大型の蒸気自動車が現れた。
大きさはトラックほど。ごつい車体に太く大きなタイヤ。そして車体前面には鉄のツメを持つ巨大なアームが付いている。
──リフター。
大型トラクターに荷下ろし用のアームを着けた重機だ。
天蓋のない運転席に着いているのはソイヤーだった。
蒸気と黒煙を噴き上げ、リフターがツメ付きアームを振り上げる。そして対峙していたヘリン一家とブラッド・ユニオンたちのど真ん中に突っ込んで行った。
鉄のツメを振り上げて迫る重機に、悲鳴を上げてギャングたちが逃げ惑う。
その群れをかき分けるようにしてリフターは右に折れ、ヘリン一家のトラックにぶつかった。
金属同士がぶつかり、擦り合うイヤな音が上がる。
リフターがアームで蒸気トラックを持ち上げる。ぎちぎちとアームの間接がイヤな音を立てながらトラックをさらに持ち上げ、横転させた。
ついでに車体をぶつけて押し退け、ソイヤーの乗るリフターは表通りへと出て行った。
「とんでもねぇな」
声を上げたガラードの目の前に、蒸気自動車が1台、滑り込んできた。
「乗りますか?」
運転していたのはモリーだった。ヘリン一家が乗ってきたものを拝借したのである。
「運転できたのかよ」
「これもメイドのたしなみです」
無表情で応じるモリー。
天蓋のないオープンカーである。ガラードはドアを開ける手間を惜しみ、ドアをまたぐようにして飛び乗った。
蒸気そして石畳に食いつくタイヤ、ふたつの白煙が上がり、モリーが運転する蒸気自動車が急発進した。
「前! 前!」
横転したトラックに向かって真っ直ぐ進ませるモリーにガラードが声を上げた。
なんとか右にハンドルを切ったものの完全には避け損ね、左側面をこすってしまう。
続いてスピードを緩めず急ハンドル。後輪が悲鳴を上げ大きくドリフトしながらなんとか曲がる。
「20キロ以上で走らせたことがないので荒い運転になります。ご容赦を」
「そういう事は乗る前に言えよ!」
かくして老人とメイドの暴走追跡撃がはじまった。
ついにソイヤー技師登場。と思いきや、重機で暴走、逃走。
まるでヒロインですw
じーさんでは萌えない? メイドのモリーがハンドルを握って後を追いますのでご容赦を。
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