#4-5.バーディツはメイドのたしなみです
【前回までは】
ソイヤー技師の部屋で、謎の設計図を見つけた記者ガラードとメイドのモリー。外に出たふたりは拳銃を手にした男たちに囲まれる──
1
「動くな!」
集合住宅を出てすぐのところでガラードとモリーは三人の男に囲まれた。
全員が拳銃を手にしている。
身なりは労働者階級のそれ。見るからに粗野な顔つきと態度は地元のヤクザものだろう。
ソイヤー技師のお隣さんが言っていた「ガラの悪い連中」とはこいつらに違いない。
「お前らソイヤーの部屋を訪ねたな? 何の用だ?」
「お宅らはどちらさんで?」
「オレらはヘリン一家のモンだ」
ガラードの問いにリーダー格らしいチンピラが答えた。
──ヘリン一家。
その名はガラードも知っていた。
元は魚市場でショバ代を取っていた地回りだったが、大火後の混乱と復興に乗じて勢力を拡大。現在は娼館、博打場にまで手を広げ、キャメロットのギャング団でビッグスリーの一角を占めるまでになっている。
「港のお兄さんたちがソイヤー技師に何の用事が?」
ガラードが尋ねる。その直後、
「質問しているのはオレだ!」
リーダー格のチンピラが拳銃のグリップでガラードの鳩尾の辺りを殴りつけた。
うめいて片膝を突いたガラードを見下ろし、
「オレは気が短ぇんだ。さっさと答えねぇとぶち殺すぞ!」
と、リーダーは凄んだ。
マズいな……。
片膝を突いたまま、ガラードは心の中でつぶやいた。
いつものガラードなら、チンピラ3人くらい叩きのめすのは簡単だ。拳銃をもっていようがいまいが関係ない。
しかし彼の負傷した左腕は包帯でぐるぐる巻きで、おまけにそれを三角巾で吊っている。
4日前、犯罪サーカス団の殺し屋とやりあった際に左手の平を負傷し、その傷が化膿したためだ。
ダメージそのものより三角巾で腕を吊っていることでバランスが悪い。
おまけにそばにはメイドのモリー嬢がいる。うかつなことはできない。
どうしたものか……。
と、ガラードが考えた時、
「よろしいでしょうか?」
美しいが感情を欠いた声が上がった。モリーである。
「私はお屋敷の用事でソイヤー氏を訪ねた者です。無関係なので通していただけますか?」
あまりに冷静。そして感情を欠いた顔と声にチンピラたちは戸惑った。
「そ、そうはいくか」
歩きだそうとしたモリーに、リーダーが拳銃を突きつけた。
「このメイド、かなりのべっぴんだぜ」
「この器量なら高く売れるぜ」
他の2人がモリーを見て舌なめずりをする。
「そうだな。その前にたっぷりと楽しませてもらおうか」
ニヤニヤ笑いながらリーダーがモリーに手を伸ばした。
2
ニヤニヤ笑うリーダーの手がモリーの腕に触れようとした、その時──
「がっ!?」
苦鳴を上げてリーダーが後ろに吹っ飛んだ。
ガラードは見た。
モリーが手の平でリーダーの胸を突いたのだ。
掌底打ちあるいは掌底、掌打とも呼ばれる、拳の代わりに手の平で打つパンチだ。
リーダーは3メートルは後ろに吹っ飛んで気絶した。華奢なメイドの仕業とは思えない威力である。
仲間のふたりは何が起きたか分からなかった。
そこに黒いスカートが翻り、モリーの回し蹴りが左にいた男の手から拳銃を蹴り飛ばした。軸足を変えてさらにもう半回転、後ろ回し蹴りが首に叩き込まれ、二人目も地に伏した。
「野郎っ!」
残る一人がモリーに拳銃を向けようとした時、ガラードが片膝を突いた姿勢のまま足払いを放った。
「うげっ!」
三人目のチンピラは背中から倒れ、苦鳴を上げる。それでも拳銃は手放さない。しかしそれがマズかった。
拳銃を握ったままの右手をモリーが踏みつけたのだ。
「あがががっ! やめろっ! やめてくれぇええ!」
「うわ痛そ」
泣き喚くチンピラを見ながらガラードはつぶやいた。
「すげぇな。モリー」
「ヴィヴィアンさま護衛のためバーティツを習っていますので」
バーディツとは、バートン=ライトなる人物が開発した武術である。日本の柔術とボクシング、フランスのサバットなど欧州の格闘技、杖術を統合したものとされている。
キャメロットでは「紳士の護身術」として貴族や富裕層に人気で、いくつものバーディツ・クラブがある。
「バーディツは上流階級の子弟に人気だと聞いていたが、メイドも習っているのかよ」
「ベンウィックは少し特殊ですから」
モリーそして彼女の妹たちはバーディツを学んだ理由はふたつあった。
ひとつは、彼女らの超人的なパワーと身体能力を隠すため。
武術の型で戦えば、モリーたちに叩きのめされた者や目撃者たちは、彼女らの常軌を逸したパワーではなく武術の技で倒されたと思わせることができる。
ふたつ目は手加減を覚えるため。
モリーたち三姉妹が手加減なしに力を振るえば、その拳は胴体を貫き、頭蓋骨は玉子の殻のように砕けてしまう。
バーディツの訓練で何十というダミー人形を破壊して、モリーたちは手加減を覚えたのである。
「さて、ヘリン一家がソイヤー技師に何の用があるのか、聞かせてもらえるかい?」
倒れたままのチンピラにガラードが尋ねる。
「ソイヤーはウチにデカい借りがあるんだよ」
「借り? 借金か?」
「ああ、それを取り立てるから無傷で連れてこい、ってアニキに命令されたんだ」
ガラードとモリーは顔を見合わせた。
「ソイヤー技師がギャングに借金?」
「年間、何百ポンドも稼いでいるような方が?」
「大方、女かギャンブルだろ? ──足をどけてくれよ」
まだモリーに手を踏んづけられたままのチンピラが懇願した。その直後だった。
一発の銃声が上がった。
3
「これはまた……」
ガラードはため息をついた。
通りを大勢のチンピラたちがやって来る。15、6人はいる。
「おうおう! てめぇらどこのモンだ?」
硝煙をたなびかせている拳銃を手にした先頭の男が凄んだ。
その男を見て、モリーに手を踏まれた男が「アニキ!」と声を上げた。ヘリン一家のギャングたちだ。
「あの方に聞いてみますか? ソイヤー氏の借金の話」
「聞きてぇとこだが、ちと雰囲気がよろしくねぇなあ。──ていうか、キミ、度胸ありすぎだろ」
淡々と言うモリーにガラードは舌を巻いた。
銃を手にした男が15、6人が殺気だった眼を向けているのに、モリーはまるで動じていない。
「コイツらソイヤーのこと嗅ぎ回ってやがった! ──やい! いい加減、足をどけろ!」
さっきまで泣き喚いていたチンピラが威勢を取り戻した。
「へへへ…アニキたちが来た以上、てめぇらはお終いだぜ」
モリーが足をどけるとチンピラは涙目のまま凄んでみせた。
しかしモリーは相変わらず無表情のまま、
「あれもアニキとかいう方の手下ですか?」
と、尋ねた。
「あん?」
モリーの視線はヘリン一家たちと反対の方向を見ていた。
黒いジャケットと赤いネクタイという男たちが通りをやって来る。その数は10人以上。
「おいおい…ありゃあブラッド・ユニオンだぞ」
ガラードがつぶやく。
──ブラッド・ユニオン。
それは裏社会の犯罪者組合である。
職にあぶれた貧困者。組織に属していないチンピラたち。そういった連中を集めて荒っぽい仕事をさせるのだ。
この組織には上下関係も横のつながりもない。
あるのは仕事を斡旋する者と、それを引き受ける者たちという関係だけだ。
その仕事は、誘拐、強盗そして殺人という荒事ばかり。仕事を受けた者たちには「お仕着せ」の黒ジャケットと赤ネクタイが渡される。
「なんだてめぇらは?」
ヘリン一家のアニキが叫ぶ。
「ソイヤーはオレたちの獲物だ。その情報を握るものもオレたちのものだ。港の地回りは引っ込んでいろ!」
ブラッド・ユニオンの一人が怒鳴り返し、一斉に銃を抜いた。
「野郎!」
「やる気か!」
ヘリン一家の連中も銃を構える。
「カンベンしろよ……」
ガラードは天を仰いだ。
ガラードとモリー、ふたりを挟んで、ヘリン一家とブラッド・ユニオンたちがにらみ合う。
まさに一触即発。古いアパートのある通りは、小さな物音一つで弾けそうな緊張に包まれた。
そこに銃声が上がった。
ヘリン一家でもブラッド・ユニオンでもない。別の方向からだ。
建物の陰から現れた一団が、ヘリン一家、ブラッド・ユニオン双方に拳銃を放ったのだ。
「野郎!」
「ぶっ殺してやる!」
逆上したヘリン一家とブラッド・ユニオンが応戦し、謎の一団を加えた三つ巴の銃撃戦がはじまった。
通りに怒号と銃声があふれ、銃弾が飛び交う。
「チンピラどもが! くたばれ!」
「クソがっ! このクソどもがっ!」
三つの勢力はいずれも銃の腕はお粗末で、統率もとれてない。ハデなだけの無様で混沌とした戦いが繰り広げられる。
ガラードとモリーはそのまん中にいて身動きがとれない。
モリーは内心、ため息をついた。
どうしてこうなったのでしょう? わたしは、ヴィヴィアンさまからお使いを頼まれただけなのに……。
今回はプロローグと本編をつなげてみたましたがいかがでしょうか?
史実のバーディツは一時話題になったものの、わりとすぐ衰退して歴史から消えたようですが、本作では流行りの護身術となっておりますw
こういうのもスチームパンクの醍醐味。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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