#4-4.謎の設計図
【前回までは】
ディファレンスエンジン2.0にまつわる黒い噂。蒸気の都が静止した事件の真相を求め、記者ガラードはメイドのモリーとともにソイヤー技師の自宅を訪ねる──
1
「ここがソイヤー技師の家か?」
ソイヤーの自宅はコバルトガーデンを抜けた少し先にあった。
その建物を見上げ、ガラードは声を上げた。
「住所はここで間違いありません」
弟子のポールからもらったメモを確認してモリーが言う。
「伝説級の時計職人がこんな安アパートに」
そこは労働者階級のための古い集合住宅であった。おそらく築10年以上、大火のすぐ後に建てられたものだ。
貴族や富裕層相手に高級時計を製作するソイヤー技師の年収は何百ポンドもあるはずだ。なのに労働者階級の集合住宅に住んでいるとは。
きしむ階段を上って2階へ上がる。3つ並ぶ部屋のまん中の202号室がソイヤーの自宅だった。
「ソイヤーさん、ご在宅ですか? ラウンドの記者クロスという者です」
ガラードがドアをノックする。
……返事はない。
ドアを開けようとしたがやはり鍵がかかっている。
「……留守か。ご近所に話し聞いてみるか」
つぶやいてガラードはお隣の203へと向かう。
モリーは感覚を研ぎ澄ませた。
人の気配はない。血も屍臭もしないから、死体になって転がっていることはなさそうだけど……。
モリーはドアノブに手をかけた。静かに、ゆっくりとドアノブを回す。
このままでは子どものお使いになってしまう。何か手掛かりだけでも……。
バキンっ…と金属の破壊音が鳴った。
「ドア、壊れてますよ」
「マジで? さっきガチャガチャした時にやっちゃったかな」
「古いですからね」
しれっと答えるモリー。
「ちょいとおじゃまするか」
ガラードに続こうとしたモリーは、廊下に小さな女の子がいるのに気づいた。
ここの住人の娘だろう。5歳かもう少し下くらいの年齢で、眼を大きく開けてモリーを見ている。
モリーが「しーっ」と人差し指を唇に当てると、女の子はカクカクとうなずいた。
それを確認してモリーはガラードに続いて部屋の中に入った。
入ってすぐ目に付いたのは大きな製図台だった。その横には拡大鏡が備え付けられた作業机がある。
家族向けの労働者階級の部屋。その大半が時計作りの設備と道具で占められていた。
「どっちが工房か分からねぇな」
ガラードがつぶやく。
ソイヤーの部屋はもう一つの時計工房というシロモノだった。
エンバーステッドにある工房との違いは旋盤など大きな工作機械がないこと。そして壁に記念盾と肖像画が飾られていることだった。
「この肖像画は…?」
壁に掛けられていた肖像画を見てモリーが声を上げた。
モリーはソイヤー氏の顔を知らないが、彼でないことは確かだ。描かれている老人は貴族の装いをしている。
「チャールズ・ペンドラゴン公爵だ」
ガラードが答えた。
2
「ペンドラゴン公爵…ディファレンスエンジンの産みの親。そしてビッグ・ペンの名前の由来となった方ですか」
広い額に知性を感じさせる眼。痩身で老いているが弱々しい感じはまるでない。
どことなくアーサー市長に似ている、とモリーは思った。
「ソイヤー技師は公爵をたいそう尊敬しているらしい。自分を見いだしてくれた恩人であり工学の師でもあるってな」
ガラードが言う。
見いだした恩人…私にとってのヴィヴィアンさまみたいな関係でしょうか。
もっとも、私は彼女を尊敬はしてないけれど。
心の中でつぶやいてモリーは室内を見回した。
「「あれは?」」
モリーとガラードは同時にそれを見つけ、声を上げた。
思わず顔を見合わせるふたり。
ガードは笑い、モリーは形の良い眉をひそめた。
ふたりが見つけたものは作業台に置かれた一枚の図面だった。
図面に描かれていたのは時計ではなかった。
書かれている寸法によれば、その機械は長さ24センチ、幅は10センチ。
電球を少し長くしたような形状で、外側はおそらくガラス。その中身は金属の線が組み合わさったような機械が入っている。
「見たこともねぇ機械だな」
図面を見てガラードがつぶやく。
モリーは図面に書かれている註釈のようなものに目を留めた。
水晶…電気で振動…これはドクター・マーリンが制作した装置と同じもの?
「──クリスタル・コアっていうのか。コイツは」
図面に書かれていた名前を読みながら、ガラードは手帳を取り出した。
しかし左手を三角巾で吊っているため、残る右手で手帳を取り出し、広げるのに苦労をしている。
「おっ、悪ぃな」
見かねて、モリーが手帳を広げ、押さえてやる。
ガラードは手帳にクリスタル・コアの絵を描いてゆく。
互いの息がかかるほど身を寄せ合っているが、ふたりは気がつかない。
「お上手ですね」
手帳に〈コア〉のスケッチが描かれてゆくのをみてモリーが言う。
「スケッチは記者に必要なスキルだからなっ」
「でも字は汚い…」
「タイプがあるからいいのっ!」
ガラードはスケッチを描き上げるとそのページを破ってモリーに渡した。
「お礼だ。ヴィヴィアン嬢のお土産にしてくれ」
「……どうも」
驚くモリーに、ガラードはニッと笑った。
あらためて自分用のスケッチを描こうとしたガラードは、モリーとの距離が近すぎることに気づいた。
「オレとしたことが…失礼」
「何を謝っているのですか?」
謝るガラードをモリーはいつもの感情のない顔で見つめた。
謝られた理由が分からないのである。
「それより続きを。誰かに見られたら通報されますよ」
「お、おう。それでは失礼して……」
きごちなくうなずいて、ガラードはスケッチをはじめた。
3
謎の機械〈コア〉のスケッチを終え、ガラードとモリーは廊下に出た。
そのすぐ後、隣の203号室から中年の女性が出て来た。
「ども、新聞記者のクロスと言います」
「記者さんがメイドと?」
女性──203号室のおかみさんは怪訝な眼でガラードを見た。
「オレはソイヤー技師の取材に。こちらはさる伯爵家のメイドさんで、仕事の依頼に来たそうです」
おかみさんはガラードとモリーを見くらべ、
「ソイヤーさんはもう何日も前から留守だよ」
「何日も…いつからですか?」
ガラードが尋ねる。
「さて…家を空けるのはしょっちゅうだったからねぇ。ビッグ・ペンが止まる前の日だったか」
「なるほど…ソイヤー技師本人についてはどうです? どんな人でした?」
「よくわかんないよ。部屋に籠もっているか留守かのどっちかだからね。ここの一番の古株だって話しだよ。工房に近いってだけの理由でここに住んでいて、もう10年以上……」
おかみさんはそこで、あっという顔になって続けた。
「そうだ。近頃ガラの悪い連中がウロウロしているんだよ。帰ってないのはそのせいだよ。きっと」
そう言うと、おかみさんは部屋に引っ込んだ。「ガラの悪い連中」を警戒したのだろう。
「ガラの悪いのがウロウロ…工房に来た強盗の仲間か?」
アパートの階段を下りながらガラードがつぶやく。
「これからどうしますか?」
外に出たところでモリーが尋ねた。
「おっ、まだお付き合いしてくれるのかい?」
「このままではお使いが果たせませんから」
笑いかけるガラードにモリーは淡々と答えた。その直後──
「動くな!」
拳銃を手にした男たちが、ふたりを囲むように現れた。
設計図というワードは、男の子心をくすぐるものがありますね。
そして隙あらばラブコメ。
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