#4-3.ディファレンスエンジン2.0
【前回までは】
基準時計ビッグ・ペンと計算機関ディファレンスエンジンが止まり、キャメロットの街は機能不全に陥った。記者ガラードは、この事件には時計職人ソイヤーが関係しているとにらむが──
1
ソイヤーの時計工房を出たモリーとガラードは、ソイヤーの自宅へと向かった。
「ビッグ・ペンが止まったのは、ディファレンスエンジン2.0に更新したその日の午後だった」
歩きながらガラードが言う。
「更新と言っても取り替えるわけじゃない。演算装置とかいうのを増やし、基準時計をより精度の高い特殊なものに交換するというものなんだ。膨大な計算には正確な時計が必要なんだそうだ」
「そこで時計職人のソイヤー氏ですか」
モリーが言う。
「おっ、興味出て来たな」
得意げにガラードがモリーの顔をのぞき込んだ。
「この事態にはヴィヴィアン様も関心がおありですので」
モリーはいつもの無感情な顔と声で返した。
モリーの関心は、この異変の情報を主であるヴィヴィアンに伝えたい、それだけである。
ガラードは肩をすくめると続けた。
「ディファレンスエンジンとソイヤー技師の関わりはもっと古い。ソイヤー技師はディファレンスエンジンを開発したペンドラゴン卿のお抱え技師の一人だったんだ」
発明公爵、科学卿と呼ばれるチャールズ・ペンドラゴン公爵は科学、機械工学に多大な功績を残した。
その最大ものが歯車を用いた計算機械ディファレンスエンジンである。
本来、ディファレンスエンジンは対数や三角関数の数表を作ることに特化した計算機械だった。後にパンチカードを使って様々な計算を行えるものに進化した後も、計算機械はこの名で呼ばれている。
それほどディファレンスエンジンの登場が画期的だったのだ。
「試作機の製作から実用化。その後のペンドラゴン宮殿をまるごと計算機関に改造する計画にもソイヤー技師は参加している。公爵亡き後も独自に計算機械の研究を続け、今回のディファレンスエンジン2.0ではさっき言った精密な時計の開発をしていた」
ガラードは一息ついて続けた。
「生前、ペンドラゴン卿は言っていたそうだ。──ソイヤーなくしてディファレンスエンジンの完成はなかった、とな」
「それほど重要な役割を」
モリーはつぶきながら、ヴィヴィアンに頼まれた〈お使い〉の意味を考えた。
──時計の修理は口実。本当の目的は、ドクター・マーリンの作った装置をソイヤー氏に見てもらうこと。
伝説級の時計職人。歯車の魔術師。ガラードの話を聞くと、ソイヤー氏の評判は大げさでもなんでもないことが分かった。
ドクターは水晶がどうかと言っていたけど…時計と関係があるのでしょうか?
「ところがこのディファレンスエンジン2.0には黒い噂が多くてな」
ガラードの声にモリーは我に返った。
「当初の3倍に膨れあがった費用。出来レース疑惑のある入札。その中心にいるのは計算局局長のギニーっていう財務官僚だ。コイツとソイヤー技師が揉めていたらしいんだ」
「計算局の局長といえばビッグ・ペン──ディファレンスエンジンの運用責任者ですね。それがどうしてソイヤー氏とトラブルに?」
「そいつを聞きたくてインタビューしに行くのさ」
ガラードはそう言って笑った。
2
馬車も蒸気自動車も、そして通行人もいない通りをモリーとガラードは並んで歩く。
しばらくして急に視界が開けた。広場に出たのだ。
──コバルトガーデン。
いつもなら野菜市で賑わう広場は無人だった。
広いだけにその静けさはより強く感じた。
「ここが、こんなにがらんとしているなんてな」
耳が痛いほどの静けさにガラードがつぶやく。
「世界に私たち二人だけしかいないみたい……」
モリーも思わず、そんなことをつぶやいた。
街を埋め尽くしていた人々。
途切れることのないざわめき。
それが消えたキャメロットは、まるで別の世界のように見えた。
「モリーみたいな美女と二人きりなら悪くないな」
たちまちお調子者に戻ったガラードが言う。
「退屈しますよ」
「そんなことないさ。君は面白いからな」
話しながらメイドと記者は無人の広場を進む。
「事件も特ダネもないのに。あなたは耐えられますか?」
「たしかに! それは退屈で死にそうだ!」
「そこで本音を言うあたり、ガラードさんは正直ですね」
「だろう?」
「言っておきますが、ほめていませんよ」
広場のまん中には巨大な鉄の残骸があった。
四日前、薔薇の騎士のランサーが倒したストリグーンだ。
脚を広げれば40メートルになろうかという巨大な鉄のクモガニ。
胴体は裂け、無数の配管が露わになっている。その背中にはストリグーンの腕が槍のように突き立てられている。まさに鋼の怪物、その骸だ。
「あの戦い…すごかったぜ」
クモガニの骸の前でガラードは足を止め言った。
「怪物を退治する騎士…あの時のランサーは、薔薇の騎士は、現代に蘇った伝説の英雄みてぇだった」
「伝説の英雄ですか……」
ヴィヴィアン様はノリと勢いでやったのでしょう。
……でも、それが〈英雄〉というものなのかもしれない。
「あぁ! 薔薇の騎士にインタビューできたらなあ!」
ガラードが叫ぶ。
「新聞記者としては薔薇の騎士の正体を知りたいですか?」
「知りたい! 死ぬほど知りてぇ! でもダメだ」
即答して否定するガラード。
「正体が知られたら、ヒーローとして活動できなくるかもしれねぇ。それはダメだ。このキャメロットは彼を必要としているんだ」
「……本心は?」
「正体を知ったらお楽しみがなくなる! 正体不明だからこそオレたちは薔薇の騎士に惹かれるんだ」
「やはりあなたは正直ですね」
そう言った直後、モリーは愕然となった。
どうして私は普通に会話しているの? 普通の人間みたいに……。
「モリー?」
「先を急ぎましょう」
不審な顔をするガラードを置いて、モリーは先へ急いだ。
スチームパンクといえばディファレンスエンジンですよね。
歯車のコンピューターというのが男子心をくすぐります。
スチームパンクを書く以上、ディファレンスエンジンは使いたいギミックでした。
さてどのような物語になりますか…乞うご期待!
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