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#4-2.歯車の魔術師

【前回までは】

メイドのモリーは、ヴィヴィアンのお使いで尋ねた時計工房で記者ガラードと出会う。工房に入ったガラードを謎の襲撃者が──



     1



 ソイヤーの時計工房。

 中に入ったガラードの背後から、ナイフを手にした男が襲いかかった。

 ナイフがガラードの背中に突き立つと思えた瞬間、


「おらぁっ!」


 気配を感じたガラードが後ろ蹴りを放った。


 ナイフの男──おそらく強盗は、2メートル近く後ろに吹っ飛び、壁に叩きつけられた。


「もう一人の弟子…とかじゃねぇよな?」

「蹴り飛ばしておいて気にしますか」


 入り口で見ていたモリーが言う。


 はた目には冷たく批判しているように見えるが、モリーはガラードの判断と気持ちの切り替えの早さに感心していた。


「んーっ! んーっ!」


 縛られ、猿ぐつわをはめられ、床に転がされていた男が呻いてもがく。


 思わずガラードの注意がそちらに向いた。

 その隙を突くかのように、強盗が立ち上がり、逃げ出した。工房の奥、裏口へと走る。


「待てこら!」


 ガラードが追いかける。

 しかしわずかの差で強盗はドアを開けて外に飛び出した。


 ばんっ! ガラードの目の前でドアが勢いよく閉められる。これでまた差が開いてしまう。


「クソっ!」


 いつものガラードなら容易に捕らえていただろう。

 そもそもはじめの蹴りで相手は昏倒していたはずだ。


 しかし左腕を負傷し、三角巾で吊っている今のガラードは走ることも戦う力も三割は落ちている。負傷のダメージ以上にバランスが悪いのだ。


 裏口のドアを開け、外に飛び出したガラードは強盗を追いかける。

 まだ距離はさほど離されていない。

 追いつける。ガラードがそう思った矢先──


 どこからか1台の蒸気自動車が疾走してきた。

 車体を黒く塗られたその車は、ブレーキ音を立てて強盗の行く手を塞ぐように急停止した。

 間髪入れずドアが開き、車内から伸びた手が強盗を車内へと引っ張り込む。

 ドアを閉めるのも待たず、車体下から蒸気を噴き出し、黒い蒸気自動車は急発進する。


「仲間がいやがったか!」


 舌打ちするガラードを置いて、黒い蒸気自動車は走り去っていった。




     2




 ガラードが時計工房に戻ると、モリーが、強盗が落としていったナイフを使って縛られていた若者を解放していた。


「助かりましたぁ…生きた心地がしませんでしたよ。あ、僕はソイヤー親方の弟子でポールといいます」


 弟子のポールは、助かった後の興奮から早口に言った。


「今のヤツ強盗かい?」


 ガラードが確認する。


「それが変なんです。いきなり押し入ってきて僕を縛りあげたかと思うと、あっちこっち探し回って…何かを探しているみたいでした」

「ダグラス・ソイヤーと言えば『歯車の魔術師』と呼ばれる伝説級の時計職人だ。高値で売れそうなブツを探していたのか?」

「それが時計には目もくれず、そっちの製図台や図面のところばかり探していて」


 ポールが奥の製図台のほうを指差した。


 組み立て作業を行う作業机の向こう、どっしりした大きな製図台がある。

 その周辺には製図のための道具や図面を仕舞う棚があり、そのいくつかは物色され、開け放されていた。


「目的のものが見つからなかったようで、僕に金庫の場所を聞いていたところにあなたたちが来たんです。──あ、どうも」


 モリーがキッチンで汲んだ水をカップに入れ、ポールに渡した。


「ソイヤー氏はどちらに?」


 モリーが尋ねる。


 見たところ工房内にいるのはポール一人だ。2階からは人のいる気配がしない。


「さぁ…どこにいるんでしょう?」

「はぁ?」


 弟子の答えにガラードは変な声を上げてしまった。


「親方は気まぐれで、毎日工房に来ることもあれば、1週間以上顔を出さないこともあるんですよ。この前なんか、しばらく来ないなぁって思っていたら、酔って暴れてトラ箱に入れられていたんですよ」

「伝説級の職人って……」


 ガラード、そして見た目はそう見えないがモリーも呆れていた。


「ソイヤー氏の自宅を教えていただけますか?」


 モリーが言うとポールは住所と簡単な地図をメモに書いて渡してくれた。


「念のため警察に連絡しといたほうがいいぜ」

「親方が何かトラブルに? それで工房に来てないとか?」


 ポールはそれに思い至り、青くなった。


「酔って暴れてヤバい連中の恨みを買ったのかもな」


 ガラードの悪い冗談に、ポールはあわてて外出の準備をはじめた。この工房に電話は引かれていないのだ。


「ご一緒してもいいかな?」


 外に出て、ソイヤーの自宅へ向かおうとしたモリーのとなりにガラードが並んだ。


「どうして?」


 感情のない顔と声でモリーが尋ねる。


「ソイヤー氏に聞きたいことがあるって言ったろ? 取材だよ」

「それは知っています。どうして私と一緒に行くのか、と尋ねているのです」

「別々に行く理由もないだろ?」

「……お好きにどうぞ」


 モリーが素っ気なく言うと、ガラードは「よしっ!」と笑った。


 何なのでしょうこの人は…私と同道することを喜ぶなんて。


 モリーにはガラードという男が理解できない。


「……さっきの強盗、気にならないか?」


 ふいに真剣な顔になってガラードが言う。


「あの車、強盗の仲間にしては立派でしたね」

「そうそれ! さすがヴィヴィアン嬢のメイドだぜ」


 真剣な顔は数秒だけだった。いつものお調子者に戻ってガラードは続けた。


「オレがソイヤー技師に取材したいのは、彼が陰謀に関わっているかもしれねぇからなんだ」

「陰謀ですか?」

「ソイヤー技師はビッグ・ペンとディファレンスエンジンの製作に関わっている。その改良版であるディファレンスエンジン2.0にもな」


 モリーは思わず足を止めた。


「まさか…?」


 馬車も蒸気自動車が消えた通り。

 どの店も工房もドアを閉じ、街を歩く人はいない。

 無人の街は耳が痛いほどの沈黙に包まれている。


 この事態はビッグ・ペンとディファレンスエンジンが停止したことが原因だ。


「そうだ。この沈黙したキャメロット。──ダグラス・ソイヤーは、こいつに深く関わっているに違いない」



ベンウィックのメイド三姉妹

・モリー:長女、無表情系

・ルー:次女。ルクレツィアの略。おっとりお姉さん系

・フェイ:三女。元気、無邪気のロリ系


皆さんは誰がタイプですか?

ちなみに名前の由来はモルガン・ル・フェイより。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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