#4-1.秘密基地アーセナル
【前回までは】
聖杯盗難事件が解決し、街に平穏が戻った。それも束の間、時計塔ビッグ・ペンが停止した──
1
天然の地下洞窟に手を入れた広い地下の整備場。
噂の仮面のヒーロー薔薇の騎士。ここはその秘密基地アーセナルである
そこに、電灯の灯りに照らされ鈍い鋼の光を放つ巨大な二輪自動車があった。
薔薇の騎士が駆る驚異のマシン『ランサー』である。
現在ランサーはカウルを外し、フレームや内部機構がむき出しになっている。
「この姿を見るのは久しぶりね」
そう言うとヴィヴィアン・ベンウィック伯爵令嬢はランサーに向かった。
彼女こそ数々の怪人、犯罪者を退治してきた薔薇の騎士その人である。
美しいブロンドの髪は先の三分の一ほどが銀色という不思議な髪をしている。
悪戯っぽい表情を作るエメラルドグリーンの眼は無邪気な子供のようであり、唇をつり上げ気味に笑う微笑みは不敵かつ蠱惑的だ。
現在ヴィヴィアンはドレスではなく、身体にぴったりとした黒い服を着ていた。そのため彼女の見事なスタイルがはっきりと分かる。
これはインナーアーマー。
甲冑の下に着るいわゆる鎧下である。
積層構造のシルクで作られており、通気性そして衝撃吸収に優れている。見た目は薄いが小口径の拳銃弾なら防ぐほどの防御力を備えている。
本来はこの上に特殊樹脂で出来た白の甲冑を着けるのだが、今はランサーの試運転ということでインナーアーマーだけである。
「動作確認をはじめるわ」
モリー、ルー、フェイのメイド三姉妹そしてドクター・マーリンが見守る中、ヴィヴィアンは宣言した。
地下の整備場に重い排気音が轟き、真空フロギストンエンジンが作動する。
ヴィヴィアンがアクセルを吹かすと、一際大きくエンジンが咆吼し、モーターサイクルの前輪が大きく跳ね上がる。
鋼の構造がむき出しのモーターサイクルが、その形を変えてゆく。
車体の中程が折れ曲がり、操縦者を包み込むように移動する。同時に頭上をフタするように頭部ユニットが現れた。後部左右のユニットが上下に分割され、上部は腕に、下部は脚へとその形を変えた。
──ナイトフォーム。
数秒でモーターサイクルは人型形態へと変形した。
「……今ひとつ間接が固いわね」
つぶやいてヴィヴィアンはナイトフォームからランスフォーム──モーターサイクル形態に戻した。
ボディが二つに割れ、あちこちの機構が折れ、スライドする。変形中に崩れたバランスを下方に吹き出した高圧噴流が支え、モーターサイクルに戻ったランサーは静かに着地した。
「手足は新品に総取り替えしたからな。まったく無茶しおって」
そう言ったのは、ボサボサの白髪に片眼鏡、ヨレヨレの白衣を着た、見るからにマッドサイエンティストという老人であった。
彼はドクター・マーリン。
ランサーをはじめとするマシンや装備の製作、整備を担当している。
「私もエレガントに戦いたかったのだけど。成り行きでね」
先日、巨大なクモガニメカ『ストリグーン』をランサーはパワーでねじ伏せた。
その際、手足のパーツにかなり負担をかけてしまっていた。そのため今回の修理は大がかりなものとなってしまったのだ。
「エレガント…ですか」
ストリグーンとの戦いを思い出し、メイドのモリーはつぶやいた。
「嬉々として力比べしていましたよね。ヴィヴィアンさま」
「ノリノリだったよね」
ルーとフェイが続く。
「そうだったかしらね? 覚えていないわ」
ヴィヴィアンが笑ってとぼけ、マーリンはため息をついた。
2
「モリーひとつ、お使いを頼まれてくれる?」
ランサーの動作試験をいくつか行った後、ヴィヴィアンが言った。
「エンバーステッドにダグラス・ソイヤーという時計職人がいるの。彼の工房に行って、うちにある時計の修理を依頼してきてほしいの」
「はい。……しかし、お屋敷に修理が必要な時計がありましたか?」
整備場の端にある小さなテーブル。そこに着いたヴィヴィアンにお茶を淹れながらモリーは尋ねた。
「時計の修理は表向きの理由。本当の目的は、ソイヤー氏にドクターの新しいオモチャを見てもらうことよ」
「オモチャとはなんだ!」
ランサーの調整をしていたマーリンが怒鳴る。
「水晶の圧電効果を利用したあの装置は、ランサーの新たな装備に必要な機械であるぞ!」
「まともに動作しないならオモチャ以下でしょう」
マーリンを軽くいなしてヴィヴィアンは続けた。
「急ぎのお使いではないから、のんびり行ってらっしゃい」
「のんびり…ですか?」
モリーはいつもの無感情な顔の中に戸惑いを見せた。
「あなたはいつも私に付き合ってもらっているわ。たまにはひとりでゆっくり過ごしてほしいのよ。半休だと思って行ってらっしゃい」
「……それでは、行ってまいります」
ひとりでゆっくり過ごして、と言われてモリーは戸惑ってしまった。
しかしせっかくのヴィヴィアンの心遣いである。
お使いのあと、街の様子を見ながら帰りましょう。
ビッグ・ペンが止まって今日で三日目。街の様子も気になる。
そう考えて、モリーはベンウィック邸を出た。
× × ×
キャメロットの街は静まり返っていた。
工場が止まり、汽車が止まっていた。
メインストリートにあふれていた蒸気自動車と馬車。
ホムズ河に浮かんでいた大小無数の船。
空を行く大陸間航行の飛行船たち。
そのすべてが姿を消していた。
まるで時が止まったみたい……。
通りを歩きながらモリーは心の中でつぶやいた。
三日前、ビッグ・ペンことペンドラゴン宮殿の時計塔が止まった。
原因は不明。
ビッグ・ペンはただの時計ではない。キャメロット王国すべての基準時間となる時計である。
その時計が停止した。キャメロットから正確な時間が失われたのだ。
失われたのは時間だけではなかった。
かつて国会議事堂だったペンドラゴン宮殿は、キャメロット市のすべての計算を一手に担う巨大な計算施設になっている。
──ディファレンスエンジン。
精緻な無数の歯車からなる巨大な計算機関。
近代化、大規模化した産業は高度かつ膨大な計算が必要とされる。それを行えるのがこのディファレンスエンジンという計算機械だ。
キャメロットが空前の繁栄を謳歌しているのは、この金属の脳の恩恵とも言われる。
近代社会は数字で動いている。
銀行、汽車の運行、船舶の航海情報とその修正。研究所、大規模工場の運用から労働者の給与と税の計算。
産業のほとんとがこのディファレンスエンジンによる計算を必要としている。
それが止まったのである。
最初に止まったのは汽車だった。続いて銀行と大型の工場が停止した。
役所が止まり、大型商業施設が止まった。
初日と翌日は個人の商店や小売業は営業していたが、それも銀行と流通が止まると閉店するしかなかった。
後日、人々は1898年7月20日をこう呼んだ。
──キャメロットが静止した日。
× × ×
エンバーステッドはキャメロット中央区のすぐ北にある。
職人の街として知られ、醸造所や印刷所、時計やクロノメーターを作る工房などが軒を連ねている。
この街もやはり静まり返っていた。
郊外ではまだ少し走っていた馬車も、まばらにいた露天商の姿もここにない。
時計とディファレンスエンジンが停止した影響は、中央に近いほど大きいのだった。
モリーがソイヤーの時計工房の前に来た時だった。
「おや、奇遇だな!」
静寂を陽気な声が破った。
モリーに声をかけたのは、背の高い、野性的な顔立ちをした若者だった。ハンチングを被り、ケガをしているのか左腕を三角巾で吊っている。
新聞記者のガラード・クロスだった。
3
「あんたはヴィヴィアン嬢のメイドさんで…えぇっと……」
ガラードは記憶を辿ったが、彼女の名前がなかなか出てこない。
ショートなのが惜しいほどの美しい黒髪。神秘的な黒い瞳。
白い顔は人形みたいに整っているが、やはり人形みたいに感情というものがない。それが彼女に神秘的な魅力をまとわせていた。
こんな美人の名前を忘れるとは、オレとしたことが…!
ガラードが焦っていると、
「モリーです」
感情を欠いた声でメイドが言った。
「ああ、そうだった! ミス・モリー」
「モリー、で結構です」
感情のない顔と声で返すモリー。
「じゃあモリー。オレのこともガラードと呼んでくれ」
「はい、ガラードさん」
……壁を感じる。
呼び捨てにしてね、と言ったのに「さん」付けで返された。
無表情のせいばかりではない。
このメイドは、他人と親しくすることを避けている気配があった、
「まあいいや」
ガラードは細かいことを気にしない男だった。
「モリーは何故ここに?」
「ソイヤーという時計職人に修理の依頼を」
「お屋敷の時計かい? 年代ものとか? それともキンピカの超豪華なヤツ?」
「メイドの私には分かりかねますが、きっとそうなのでしょう」
──沈黙。
会話が途切れた。
沈黙は続く。
「あのう…オレがここにいる理由は聞いてくれないのかな?」
たまりかねてガラードから切り出した。
普通、会話の流れではそうなるはずなのだ。
薄々気づいていたが、このモリーというメイドはかなり普通ではない。
「……ガラードさんはどうしてこちらに?」
仕方ない、という雰囲気をにじませてモリーが言う。
「オレもソイヤーっていう爺さんに用があってな」
「取材ですか?」
「おっ、今度は聞いてくれたな」
ガラードが笑う。
「それでは、お先にどうぞ」
モリーは無感情に言って、入り口から一歩下がった。
会話がかみ合わねぇな……。
ガラードは内心つぶやきながら、
「それじゃ、お言葉に甘えまして」
と、ソイヤー時計工房の呼び鈴を押した。
……返事がない。
二度、三度呼び鈴を押す。やはり返事がない。
「留守……いや、灯りは点いている。それに人が入る気配がするぜ」
真顔になったガラードがドアノブに手を伸ばした。
鍵はかかっていない。ドアは開いていた。
そっとドアを開け、ガラードが中をのぞき込む。
たくさんの時計が壁に掛けられた工房は無人だった。
静かに、足音を殺してガラードは工房内に入った。
「え?」
入って右のほうを見ると、縛られ、猿ぐつわをかけられた若者が床に転がされていた。
「おい、何があった? ケガはねぇか?」
ガラードが若者に駆け寄ろうとしたその時──
背後から、何者かがガラードに襲いかかって来た!
第4話の本編スタートです。
無表情ヒロインとお調子者、ふたりの冒険がはじまりです!
今回もよろしくお付き合いのほどを。
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