#3-18.彼が刑事になったワケ
【前回までは】
キャメロットを騒がせた連続聖杯盗難事件。一味は逮捕され、黒幕カプスキーは命を落とした。そして──
セント・ジョージ教会。
その聖堂では、戻って来た聖杯で厳かな典礼が行われていた。
聖堂のベンチに座る人々の顔には安堵、そして喜びに満ちていた。
典礼が終わり、パーシーとヴィヴィアンが外に出るとガラードがいた。
「やっぱり、あるべき物がねぇと落ち着かないよな!」
「お前にしては珍しく本質を突いたことを言うな」
「その手はどうなさったの?」
ガラードの左手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「殺人サーカス団とやりあった時に、ちょいとね」
左手を持ち上げ、ガラードは笑った。
投げナイフ使いのシューマンとの戦いで受けた傷を、ロクに治療しないまま記事を書いたから化膿したのである。
「傷ついた手で記事を書いたのですか?」
「聖杯を奪う盗賊団に巨大マシンと薔薇の騎士の対決! 一刻も早く記事にしたくてね。タイプライターを血まみれにしちまって、編集長に怒鳴られちゃいましたが」
新聞各社の一面は、コバルトガーデンで大破、擱座したストリグーンの写真が載っている。
解体するまで待てないと、ストリグーンの残骸を残したまま青果市が立ち、なかば観光地になっているという。
パロヴォイ・サーカスの一味は逮捕され、団長のマーカス以下団員たちは裁判を待っている。
モスマン三兄弟ことスクエア兄弟は、次男クリスは死亡、残る二人は治療のため医療刑務所に収容されている。
ちょうどそこに典礼を終えたブロック神父が聖堂から出て来た。たちまち待ち構えていた記者たちに囲まれる。
「行かなくていいのか?」
パーシーがガラードに尋ねた。
「ああいう定番は他の記者たちに任せるさ。オレが取材するのは動物園さ」
「動物園? ああ、サーカスの獣たちですね」
グリズリーのバルカンとアムールトラのタイガは、昏倒した後ロープでぐるぐる巻きにされているのを発見された。
その場で殺処分することも考えられたが、動物には罪はないとの声が上がり、リゼントパークにある動物園に運ばれ、手当てを受けている。
「あのクマとトラが平和な余生が送れるか、気になるんでね。──こういうネタも人気あるんですよ」
それじゃ、と手を振り、ガラードは早足で去って行った。
「ケガしているのに元気なヤツだ」
「記者はガラードさんの天職みたいですわね」
パーシーとヴィヴィアンは半ば呆れてガラードを見送った。
「あなたはいかがです? ローマン刑事」
ふと思いついてヴィヴィアンは尋ねた。
「刑事は自分の天職だと思いますか?」
「……考えたこともなかったな」
「あら、それでは、どうして刑事になろうと思ったのです?」
「それは……」
パーシーは聖堂へと眼を向けた。
ブロック神父への取材攻勢は終わり、神父は典礼を終えて帰る人々と挨拶をかわしている。
「15年前の大火でオレはひとりぼっちになった。孤独と飢えで泣くことしかできないオレを、この教会が迎えてくれた」
ブロック神父と挨拶を交わす人々。その中には見知った顔もあれば、知らない顔もある。
「教会だけじゃない。オレが一人前になれたのは、大勢の人が、この街が、オレを育ててくれたからだ。だから、大人になったらこの街を守ろう、刑事になって困っている人たちの力になろう、そう思ったんだ」
「……ありきたりな理由ですわね」
「そう言うと思いましたよ」
パーシーは肩をすくめた。
「ですが…きらいではありませんわ。そういうの」
そう言ってヴィヴィアンは背中を向けた。
「ご機嫌よう、刑事さん」
そして足早に去って行った。
クールを装っていたヴィヴィアンだが、その胸は激しく高鳴っていた。
ちょっと! 今のパーシーの言葉! 素敵過ぎるんですけど!
うっかりすると声に出して叫んでしまいそうだ。ヴィヴィアンはそれを必死に堪えた。
「やはり言うのではなかったかな……」
そうとも知らないパーシーがため息をついた時、遠くにある時計塔の鐘が鳴った。
──ビッグ・ペン。
元キャメロット国会議事堂に付属する時計塔の鐘だ。
現在、国会議事堂は移転し、時計塔を含む建物は、巨大な計算機関ディファレンス・エンジンとなっている。
キャメロットの人間にお馴染みの鐘の音。
それを聞きながら、パーシーは習慣から無意識に鐘の数を数えていた。
「──え?」
鐘の音が途中で途切れた。
思わずパーシーはビッグ・ペンのあるほうを見た。
赤レンガの建物がひしめくその向こう、群を抜いて高い時計塔がそびえている。
ビッグ・ペンだ。
蒸気と煤煙に微かに霞む巨大な時計塔。それが沈黙している。
蒸気の都に、新たな異変が始まろうとしていた。
(第3話 聖杯の行方 おわり)
【次回予告】
──ビッグ・ペン。
それはキャメロットの都市機能と産業を支える巨大にして精緻なる歯車の頭脳。
ある日、その頭脳が停止した。
時計が、工場が、汽車が、キャメロットのすべてが停止する。
これは事故か? はたまた何者かの陰謀か?
消えた伝説の時計職人ダグラス・ソイヤー。
ディファレンスエンジン2.0にまつわる黒い噂。
新聞記者ガラードが、事件そして時計職人を追う。
同行するのは美しきメイド、モリー嬢。
ギャング。犯罪者組合。共産テロ組織。内務省諜報員。
時が止まった蒸気の都をさまよう記者とメイドに、次から次に悪党たちが襲い来る。
悪党たちのねらいは何か?
そして、ふたりの運命やいかに!?
次回、『蒸気大活劇スチームキャメロット 第4話 止まった蒸気の都』にご期待ください。
第3話 聖杯ねらう者 これにて完結です!
書きはじめた時は、防弾殻の猛獣とかメカ戦とかはまるで考えいませんでした。
次の4話は趣向を変えて、メイドのモリーと記者ガラードがメインの物語となります。
お楽しみに!
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