#3-17.聖杯は、資格無き者には災いをもたらす
【前回までは】
広場の戦いをガラードそしてランサーに任せ、刑事パーシーはモスマンを追った──
1
「まだか? マーカスはまだか?」
ウエストエンドにある屋敷。その居間でカプスキーは、マーカス率いるパロヴォイ・サーカスを待っていた。彼らが聖杯を手に戻って来るのを待ちわびていた。
デカンタのウイスキーをグラスに注ぎ、一気にあおった。
カプスキーはウォッカは飲まない。
ロシアの酒ウォッカを飲むと父を思い出すからだ。
追放される絶望。錯乱した父を見る人々の蔑む眼。
ウォッカを飲むと、それを思い出すからだ。
ロシアを追われたカプスキー一族は、アメリカに渡った。
はじめは薬草、鉱石などからインチキな薬を作り、それを売っていた。しかしたちまち行き詰まり、持って来た財産は減り、負債は増える一方だった。
そんな中、西海岸で錬金術師を求めているとの噂を聞いた。
アメリカ西海岸で起きたゴールドラッシュ。
カプスキーがアメリカに渡った1860年代後半、川の砂金はほとんど採りつくされていた。
それでも金鉱熱が冷めない者たちは山を切り開き、掘削し、金を掘り続けていたのだ。
錬金術師は貴金属を見つける知識がある。また掘り出した鉱石から金を精製するには水銀が必要で、その扱いに長けていた。
金鉱で錬金術師は求められている。
成功するには金鉱しかない。
しかしそれは金が出たらの話だ。金鉱はのるかそるかの賭けだった。
カプスキーは賭に勝った。
西海岸にある山の中で、カプスキーは莫大な富を得た。
そこで飲んだバーボンウイスキーは、カプスキーに成功の記憶を蘇らせる酒であった。
キャメロットに来る際も、わざわざアメリカからバーボンを樽で持ち込んでいた。
だが、グラスのバーボンを飲み干した後、カプスキーの口に広がったのは、生臭い血のにおいだった。
「ぐぅおぉおお……」
目の前が真っ暗になり、カプスキーは絨毯の上に膝をついた。
執事が何か言ってたが耳に入らない。
呪いだ。カプスキー一族の呪いだ。
そしてオレが新大陸で犯した悪行の報いだ。
鉱山を開く際、カプスキーは邪魔な原住民たちを大勢殺した。精錬所では中国人労働者たちを劣悪な環境で酷使し、使い捨てにした。
呪われろカプスキー!
カプスキー一族に災いあれ!
闇の向こうで怨嗟の声がする。
その声はカプスキーの頭蓋の中で幾重にも反響し、耐えがたいほど大きくなってゆく。
聖杯…聖杯の奇跡の力さえあれば、この苦しみから…呪いから救われるのだ。
苦悶するカプスキーの眼前に、ふいに光が差した。
やわらかくてあたたかな光。
その光の後ろに人影があった。
「おお…! 手に入れたのだな! 聖杯を! 本当の聖杯を!」
カプスキーは立ち上がると、光に向かって歩き出した。
「旦那さま、お気を確かに!」
執事の手を振り払い、カプスキーはドアを開けた。そこにいたのは──
「……聖杯への妄執が高じて正気を失ったか」
パーシー刑事の言葉に、カプスキーは正気に戻った。
2
「貴様はローマン刑事…ここで何をしている?」
夢から覚めたような顔で、カプスキーが呆然と言った。
実はパーシーのほうも驚いていた。
彼らがいるのは館の玄関。訪問を告げたパーシーは、執事が応対するものと思っていた。
そこに錯乱したカプスキーがドアを開けて現れたのであった。
「聖杯を奪った賊がこの屋敷に逃げ込みました」
「何だと!?」
カプスキーが大声を上げ、辺りを見回した。
「失礼する」
カプスキーを無視して、パーシーは鞘に収めたサーベルを手に館の玄関から中庭へと向かった。
館の窓から漏れ出る電灯の光で、中庭は薄暗い。
しかし場所によっては見通せない闇となっている。
よく手入れされた芝生、その間にある石畳の道を踏んで、パーシーは中庭のまん中へと進む。
中央には彫像付きの噴水が薄闇に浮かんでいた。現在、その仕掛けは止まっていて水音はしない。
「いるのは分かっている。スクエア兄弟」
パーシーが静かに言うと、噴水の向こうから、三つの影が現れた。
ノリス、クリス、モリスのモスマン三兄弟である。
「撒いたつもりだったんだが、最初からここに来ると読んでいたか」
「カンが良いのも考えものだぜ。刑事さん」
「アンタのこと、嫌いじゃなかったんだけどなあ」
声までもそっくりな三兄弟が、音も無くパーシーを抱囲するように近づいて来る。その手には小型のナイフが握られていた。
「コロシは苦手だが、悪あがきをさせてもらうぜ!」
中央のモスマンが、身体ごとナイフを突き出した。体を開いて右にかわしたパーシーに、右側のモスマンが襲いかかる。
バックステップでさけたパーシーだが、すぐそばに左にいたモスマンが迫っていた。
「おおっ?」
左のモスマンから驚きの声が漏れた。
間一髪、鞘に収めたままのサーベルでパーシーが攻撃を防いだのだ。
「やるじゃん。刑事さん」
「だが、いつまでかわし続けられるかな?」
「行くぜ!」
三人のモスマンが襲いかかって来た。
あまりに見事な連携。一人目をかわしても二人目が、それをかわした時には三人目が斬りかかっている。
二度、三度とパーシーの服が斬り裂かれる。身体にまで傷はないがそれも時間の問題だ。
繰り返される連係攻撃にパーシーは防戦一方だ。
後退を繰り返すうちに噴水のそばにまで追い込まれてしまった。
しかし、パーシーの顔には恐怖も焦りもない。
その目はあくまで冷徹で鋭いままだ。
「大したタマだよ刑事さん」
「殺すには惜しいな」
「だが、そろそろ終わりだ!」
攻撃に出た三兄弟。同時にパーシーが動いた。
自らモスマンたちに踏み込みながらサーベルを一閃する。
「「「うそだろ?」」」
三兄弟がそろって驚愕の声を上げた。
身体ごと大きく旋回して振るわれたサーベル。その一刀で三兄弟はまとめて両脚を斬り裂かれ、揃って地面に倒れた。
「見事な連携だ。だがそれが仇となったな」
パーシーは三兄弟が密集するよう位置取りし、その瞬間、自ら踏み込んで三人まとめて斬ったのだった。
「聖杯を返してもらおうか」
サーベルを一振りして血をはらい、鞘に収めたパーシーが言う。
苦痛にうめきながら次男クリスがマントで隠していた聖杯を取り出した。
「負けたぜ。刑事さん」
「お前たちのショウをステージで見たかったな」
パーシーの言葉に、クリスは苦痛の中で笑みを浮かべた。そこに──
──銃声が轟いた。
3
薄闇に沈む中庭に轟いた一発の銃声。
胸を撃ち抜かれたクリスの手から聖杯が転げ落ちた。
「旦那!」
長男ノリスが叫んだ。
クリスを撃ったのはカプスキーだった。
「聖杯はわしのものだ! わしには聖杯が必要なのだ!」
震える手で拳銃を持ったカプスキーが叫んだ。
むき出した歯からは血が流れ出ていた。
拳銃でパーシーを牽制しながらカプスキーは地面に転がった聖杯へと向かった。
「貴様、そうまでして聖杯が欲しいか?」
「我が一族にかけられた呪いを解くには聖杯をおいてないのだ」
パーシーをにらみながらカプスキーが聖杯に手を伸ばす。
「お前は呪われてなどいないぞ。カプスキー」
パーシーの目は憐れみの色があった。
「お前を苦しめているのは呪いではない。水銀中毒だ」
聖杯に伸ばしていてカプスキーの手が止まった。
「なんだと?」
「近年の研究によって分かったことだ。貴様のその症状は、錬金術、金や銀の精錬所の労働者、それに帽子屋──日常的に水銀を扱う者に共通してみられる症状だ」
それはパーティの帰りの馬車でヴィヴィアンが教えてくれた情報だった。
錬金術師や帽子屋には、しばしば身体だけでなく精神に異常をきたす者がいる。その原因は蒸気化した水銀を吸い込むことだと。
その研究ははじまったばかりで、研究者以外にはまだ知られていないという。
「水銀は梅毒の治療にも使われているが、過剰に投与すると、手の震え、歯茎からの出血、精神障害が起きる。そして特に危険なのが水銀の蒸気だ。肺から入った水銀蒸気の影響は服用の何十倍も危険だという」
「水銀…そんな! では父も?」
わなわなと震えるカプスキー。激しく動揺している。
その拳銃をパーシーが奪おうとした時──
「「しゃあっ!」」
モスマン兄弟の二人が同時に叫び、手にしたナイフを投げた。
2本のナイフでノドを貫かれ、カプスキーの身体は硬直した。
ぎょろりとした眼が、これ以上ないというほど見開かれている。
「クリスの仇だ」
そう言うと三男モリスは仰向けに倒れた。長男ノリスはすでに倒れている。出血で気を失ったのだ。
ゆらゆら揺れていたカプスキーの身体が倒れた。確かめるまでもなく絶命している。
ロシアからアメリカに流れ、罪と波乱に満ちた人生を送った大富豪は、キャメロットでその生涯を閉じた。
「聖杯は、資格なき者には試練そして災いをもたらす…か」
パーシーは無念そうに首を振ると聖杯を拾い上げた。
キャメロットを騒がせた聖杯連続盗難事件は、ここに終結した。
ストリグーン戦のハデさに比べ、モスマン三兄弟vsパーシーの戦いは地味ですが、いかがだったでしょうか?
盛り下がってないとよいのですが。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブクマ、評価、リアクション、感想、レビューなどをお願いします。
質問やツッコミも大歓迎ですよ!




