#3-14.驚異のカラクリ! 蒸気サーカス団!
【前回までは】
モスマン・クリスは罠にはまり、捕らえられた。だが彼は不敵な笑みを浮かべる──
1
「歩いて帰れっていうのかよ」
警官たちがパトカーと護送車に分乗して引き上げるのを、ガラードはひとり見送ってボやいた。そこに、慌てた様子の若い警官がやって来た。
「本部長は?」
「お前さんも置いてきぼりかい?」
ガラードはあごで遠ざかってゆく警察の車列を示した。
「サーカス団を見張っていた班からの報告が来たんですが」
困り顔の警官は、指揮所にしていた教会近くの印刷所で電話番をしていたらしい。
「何かあったのかい?」
「それが──サーカスのテントが歩きだした、と」
「は? どういうこった?」
× × ×
モスマン三兄弟の次男クリスを捕らえた警察は、その一味であるパロヴォイ・サーカスも一網打尽にすべく、彼らが幕を張るサウスウォークへと向かった。
ポリスカー8台と蒸気バスを改造した護送車が4台、計12台の警察車両が縦列で、夜の通りを進む。
キャメロットの中央区を南下し、コバルトガーデンの広場に入る。
この広場はキャメロットで最も大きな青果市があり、昼は大勢の人々で賑わっている。しかし深夜では人は影すらなく、直径約100メートルの広場は静けさと薄闇に沈んでいた。
広場の中ほど辺りで、先頭のポリスカーが停まった。後に続くポリスカーや護送車も停止する。
「何故こんなところで停まる?」
不機嫌に鼻を鳴らし、護送車の助手席にいたルーカン本部長が窓から顔を出した。その直後、本部長は固まってしまった。
「なんだあれは…?」
コバルトガーデンの広場は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っている。ガス灯もまばらで、広場の大半は薄闇に沈んでいる。
その薄闇の中、黒々とそびえ立つ巨大な影があった。
──サーカスのテントだ。
ポリスカーのヘッドライトに浮かぶテントは絹のようにつややかで、そこから真鍮でメッキされた煙突と大きな歯車、そしてラッパのような機構がいくつも突き出し、灯りにきらめいている。
「さっき通った時はなかったぞ?」
先頭のポリスカーから下りた警官がつぶやいた。
数時間前、警官たちはエンバーステッドに向かう途中、このコバルトガーデンを通り抜けた。直径30メートルはあるこんな大きなものがあれば見落とすはずがない。
突然、テントから突き出した煙突が煙を噴き上げ、警官たちはぎょっとなった。
テントのあちこちにある電灯が輝き、天幕に描かれた「パロヴォイ・サーカス」の文字を照らし出す。真鍮の大ラッパから大音量で陽気なオルガンの曲が流れだす。
──テントの中。
あまたのメーターとスイッチに囲まれた団長マーカスは、額から右眼にかけて走る傷を歪め、凶悪な笑みを浮かべた。
「ショウタイム!」
サーカスのテントがぶるぶると震えたかと思うと、警官たちに向かって動きだした。
直径約30メートル、高さは12メートル──4階のビルほどもあるテントが迫って来る!
ガシャガシャガシャ…石畳を突く耳障りな金属音。ゆれるテントの裾から巨大な金属の突起が何本も垣間見える。
脚だ。
クモかカニのような細く尖ったたくさんの鉄の脚が、テントの中に隠されているのだ。
迫り来る金属の脚の群れに、警官たちが悲鳴を上げ、左右に散って逃げだす。
振り下ろされた鋼の脚に、先頭のポリスカーが貫かれた。
2
「パロヴォイ」とはロシア語で「蒸気」を意味する。
パロヴォイ・サーカスは蒸気仕掛けの出し物をウリにしていたが、テントそれ自体も蒸気で動く巨大なカラクリだったのだ。
──ストリグーン。
それがこの動くテントの名である。
蒸気を噴き出し、電灯に飾られたサーカスのテントが、陽気な音楽を鳴らしながら警察の車列を蹂躙してゆく。
ストリグーンの尖った金属の脚がポリスカーを貫き、押し退けてゆく。テントをまとった巨大な怪物に、警官たちはなす術もなく逃げ惑うしかない。
「な、ななななんだ…あれは…!」
悪夢のような光景に、顔面蒼白となったルーカン本部長が叫ぶ。
「本部長! 退避を!」
護送車の後部、留置室と運転席を隔てる金網越しにパーシーが叫ぶ。
留置室のドアは外から鍵が掛けられており、パーシーもモスマンことクリスも自分では出ることができない。
警官の一人がルーカンの腕をつかみ、引きずるように退避させた。
操縦席のマーカス団長は、ペリスコープを使い、外の様子を伺いながらこの巨大マシン ストリグーンを操っていた。
縦に4台並んだ護送車。その中から大勢の警官が降車し、道の両側に退避している。警官が出てこないのは前から2台目の護送車だけだ。
「そこか!」
マーカスがレバーを操作すると、テントにスリットが開き、中から長大な腕が現れた。右の腕は四本ツメ、左腕はハサミのような形状になっている。
「うおっ?」
護送車が揺れ、パーシーは叫んだ。
ストリグーンの右手が、その四本ツメで護送車をつかみ、持ち上げたのだ。留置室のパーシーとクリスは必死にしがみついた。
後ろを下にして傾いた車内。パーシーの目の前で、鉄の壁がヘコみ、切り裂かれる。ストリグーンがハサミ状の左手で切り開いているのだ。
まるで缶詰でも開けるかのように護送車の壁が容易く切り開かれた。
「あばよ!」
傾いた車体を滑り、モスマンの次男クリスが裂け目から外に出る。いつの間にか手錠を外していた。
逃がさじ、とパーシーはサーベルを手に、後を追って裂け目に飛び込んだ。
「おっと」
しかし、外に出たパーシーの前に、痩せぎすの男が立ちはだかった。
金髪をオールバックにし青い眼は鋭い。その手にはチャクラムを持っていた。
「故買屋を殺した男か」
アジアかアフリカの奇妙な仮面を着けていた男だ。奇怪な仮面はヨーロッパ人であることを隠すためだったのか。
地響きを立てて護送車が下ろされた。
「……行け」
「任せたぜ」
チャクラムを持つ男──投げナイフ使いのシューマン。その感情を欠いた声にクリスが応え、護送車の運転席に飛び込んだ。
聖杯を奪う気だ。
それと分かっていてもパーシーは動けない。
投げナイフ使いのシューマンがパーシーをねらっているからだ。
クリスを捕らえようと背を向ければ、シューマンのチャクラムが襲いかかってくる。
──どうする?
3
「モスマンが逃げたぞ!」
「聖杯が奪われた!」
警官たちから声が上がった時、モスマンの次男クリスは聖杯を手に護送車から出ていた。
「逃がすな! 捕らえろ!」
ルーカン本部長が叫ぶ。
「うぉおお!」
巨大マシン・ストリグーンから左右に散って逃げていた警官たちが、クリスに向かって駆け出した。
その時、ストリグーンを包むテントから飛び出した影たちがあった。
パロヴォイ・サーカスの団員たちである。
鉄の鉤爪や湾曲したナイフを持ったピエロたち。火の付いたトーチをこん棒に使う火吹き男。投げ縄を長大な鞭のように振るうカウボーイなど。
高い身体能力とトリッキーな攻撃に、数で圧倒しているにも関わらず警官たちは翻弄された。そして、
「バルカン!」
「いけ! タイガ!」
猛獣使いのリード姉弟が操る防弾甲殻を着けた二頭の猛獣が警官たちに襲いかかる。
カナダから来た体重450キロのハイイログマのバルカン。
シベリア生まれ、体長3メートルのアムールトラのタイガ。
暴れ回る二頭の怪物は、サーカス団の数的不利を補って余りある存在だった。
警官隊とサーカス団の混戦、大混乱の広場をクリスは聖杯を手に駆け抜けて行く。
このままでは逃げられる。
──イチカバチか!
覚悟を決めたパーシーがシューマンに斬りかかった。
迅速な踏み込みと鋭い斬撃。しかしシューマンは飛び退いてそれをかわし、チャクラムを放った。
サーベルとその鞘でチャクラムをはじき返したパーシーは、いきなり背を向け、クリスの後を追った。サーベルはシューマンへの牽制だったのだ。
「バカめ!」
背を向けたパーシーに、シューマンがチャクラムを投げる。いや、投げようとしたができなかった。一台のポリスカーがシューマン目がけて突っ込んできたのだ。
「おらぁっ!」
運転していたのはガラードである。
斬りかかる直前、パーシーはシューマンの後ろに広場に駆け込んできたガラードを見つけた。二人は視線だけでこの作戦を伝え合い、実行したのだった。
突進して来たポリスカーを、シューマンは後ろに飛び退き、かろうじてかわした。
石畳の上に転がってしまったが、さらに勢いをつけて転がり、その反動で立ち上がる。
シューマンが立ち上がった時、パーシーとの間には停止したポリスカーが割り込み、チャクラムの射線を阻んでいた。
「てめぇの相手はオレだ」
ポリスカーのドアが開き、ガラードが降り立った。
「警官ではないな…何ものだ?」
「正義の新聞記者だ」
左手を上衣のポケットに入れたままガラードが言う。
「記者…だと?」
シューマンは、ガラードのたたずまいから油断のならない相手と察した。
数々の修羅場をくぐってきた者が持つカンが、目の前の新聞記者があの刑事にも劣らぬ強敵だと告げている。
両者はにらみ合い、仕掛けるタイミングを探った。そして──
主人公メカは4mの機械の巨人。これが生身の人間と戦うと絵面がよろしくない…
と、いうわけで巨大メカ登場!
真の姿を現すのは次回。
乞うご期待!
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