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#3-13.モスマン捕獲作戦

【前回までは】

大富豪カプスキーは一族にかけられた呪いを解くために本物の聖杯を欲していた。カプスキーの命でモスマンそしてパロヴォイ・サーカスがエンバーステッド教会の聖杯をねらう──



     1



 エンバーステッドはキャメロット中央区のすぐ北にある街である。

 職人の街として知られ、醸造所や印刷所、時計やクロノメーターを作る工房などが軒を連ねている。


 エンバーステッド教会は聖杯教会の中で最も古く、石造りの四角い聖堂に円筒型の身廊が付いている。


 ──夜12時。


 教会から離れること300メートルあまり。5階建てのビルの屋上に、三つの影があった。


 全身黒ずくめ。背中には二枚の羽のようなマント。モスマンことスクエア三兄弟である。


 いま三人は覆面はしておらず素顔をさらしている。

 短く刈り込んだブラウンの髪。灰色の瞳。険のある目つきをのぞけば端正な顔だちと言える。

 その顔が三つ並んでいる。この兄弟は三つ子なのだ。身体つきもそっくりで、同じサーカスの団員でも見分けがつかないほどである。


「あれがターゲットの教会だ」


 ガス灯に浮かび上がるエンバーステッド教会を眺め、長男ノリスが言った。


 周囲に近代的な建物がひしめく中にあって、古色蒼然としたエンバーステッド教会は特別な存在感を示している。


「高さは40フィート(12メートル)ないくらいか。半端な高さだな」

「で、今夜は誰が行く?」


 次男クリスに続いて三男モリスが尋ねた。


「クリスだ」


 ノリスは即答した。


「オレとモリスのスーツはちとガタが来ている」

「この前、張り切りすぎたもんな」


 モリスは肩をすくめると、ロープと小道具をクリスに渡した。


 先日、警察に追われるクリスの逃走を助けるため、ノリスとモリスはかなり強引な機動を行い、スーツに負担をかけていた。

 飛行が危険というほどの状態ではない。しかし精密、静粛な飛行が求められる盗み担当は一番コンディションがいいヤツに限る。


「それじゃバックアップは頼むぜ」


 クリスは覆面を被るとビルの屋上を駆け出した。

 あっと言う間に端に来る。とんっ、と軽く屋根を蹴り、クリスは空中に身を躍らせた。


 背中のマントが蛾の羽のように広がり、風をはらむ。

 その姿は巨大な黒い蛾である。


 本物の蛾と違いはばたきはしない。グライダーのように、クリスは音も無く滑るようにして夜空を駆けて行く。


 高度を下げ過ぎないよう気をつけながら滑空すること数十秒。目指す教会まで30メートルほどの距離に来た。

 クリスは旋回しながら速度を落とし、教会の屋根へと降下してゆく。

 速度が落ちるにつれ、教会の石造りの屋根が迫って来る。そして──


 速度がゼロになったその時、クリスは着地していた。足が石の屋根に触れた瞬間、とんっと小さな音がしただけの精密、静粛な着地であった。



     2



 ベルトポーチの道具で手早く天窓を破ったクリスは、細いロープを使って聖堂の中へ下りていった。


 噴射装置を使えばロープなしで降下できるが音が大きい。何よりあの装置は何度も使えない。ここぞという時以外、使用するのは控えねばならなかった。


 降り立った場所はベンチと祭壇の間の辺り。

 大きなガラス窓がいくつもあり、そこから外のガス灯が見えている。おかげで聖堂内は薄暗いという程度だった。


 クリスは身を低くして奥にある祭壇へと向かう。

 大きなガラス窓の向こう、通りに人影はない。だが念のためだ。


 祭壇には小さな宝石が嵌められた銀の聖杯が鎮座していた。例の本にあった絵と同じものだ。


 聖杯を手にしたクリスは不審に思った。


 あまりにも順調だ。上手く行きすぎではないか? そこに──


「よう、また会ったな」


 背後から声を掛けられた。


 薄闇に沈む聖堂。太い柱の一つ、その陰から二つの人影が現れた。

 あの晩、そしてパーティに現れた刑事と記者だった。


「驚いたぜ。気配はなかったはずだが」


 油断なく二人を見据えながらクリスが言う。


「この教会には隠し通路があってな。そこに潜んでいたってわけさ」


 コンコンっと柱を小突いてガラードが言う。


 聖杯教会で最も古いエンバーステッド教会が建てられたのは戦乱の時代。隠し通路は緊急時の脱出用に作られたものだった。


 窓からいくつもの光芒がさし込んだ。近くの建物で待機していた警官たちがアセチレンライトを手に現れたのだ。


「この教会は完全に包囲した。無駄な抵抗はやめろ」


 手にサーベルを携えたパーシーが、ゆっくりとクリスに近づいてゆく。サーベルは鞘に収めたままだが、ただならぬ威圧感をクリスは感じ取った。


「故買屋を始末しにいった連中とやりあったのはあんたかい」


 ナイフ投げのシューマン。防弾甲殻を着けたアムールトラのタイガ。

 あいつらを同時に相手にして生きている人間なんかはじめてだ。とてもオレが敵う相手じゃねぇ……。


 クリスはため息をついた。


「じゃあ逃げるしかねぇな!」


 叫んで腰のベルトにある煙幕装置を作動させる。


 作動すれば半径15メートルほどが白煙に包まれる化学装置である。吹き出した白煙に、聖堂の大半が包まれた。


「よしっ!」


 白煙の中、クリスはガラス窓に向かってダッシュした。窓をぶち破って外に出ればチャンスはある! しかし──


「何ぃっ!?」


 ガラス窓を突き破ると同時に、クリスの身体は身動きがとれなくなった。聖堂の外に転げ落ち、衝撃で一瞬、息が止まった。


「これは…!」


 全身が細い網にくるまれている。

 もがいてももがいても網から逃れられない。


「ネオロン製の網だ。さる人が用意してくれた」


 クリスが破った窓から出て来たパーシーが言う。


「こんな短時間で用意できるはずが──」


 言いかけてクリスは気づいた。


「まさか…?」

「そうだ。カプスキーに渡したあの本は、お前をこの教会に呼び寄せるエサだ。この罠で捕らえるためのな」


 パーシーが静かに言う。


 カプスキーに渡した『聖杯教会番付』などという本は存在しない。あれは見本などではなくヴィヴィアンがそれらしく作らせたフェイクだったのである。

 そしてクリスを捕らえた網も、ヴィヴィアンがサンプルに取り寄せたネオロンから作ったものだ。

 ヴィヴィアンからカプスキーのパーティの件を聞いたあの日から、令嬢と警察が密かに準備していたのだ。


 パーシーがサーベルを手にクリスに迫ったのは、彼を窓に誘導するためだ。

 ネオロン製の捕獲網は、窓の上に巻き上げられて設置してあり、ガラードが仕掛けのヒモを引くことで展開した、というわけだ。


「負けたぜ」


 転がったままクリスは肩をすくめると、脱力した。


 しかし──


 ──その顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。



     3



「でかしたぞローマン刑事!」


 指揮所にしていた印刷所からルーカン本部長が出て来た。教会近くで手頃な広さということでモスマン捕獲作戦の指揮所にしていたのである。


 しかしパーシーは「どうも」と言っただけで空を見回している。


「どうした?」

「こいつには兄弟が二人いる。バックアップのためその辺りに潜んでいるはずなのですが」


 近くのビルの屋上を見渡すが、その姿はない。


 遠くにいるのか、あるいは……。


 パーシーが考えている間にもモスマンの次男クリスは網から出され、その代わりに手錠をかけられていた。


「とにかくモスマンは捕らえた。このままサーカス団のほうに向かい、一網打尽にしてくれるぞ!」

「あのサーカス団には殺し屋や猛獣使いがいます。心してかからねばなりません」


 鼻息荒い本部長に対し、パーシーは慎重だった。


 ふと、薔薇の騎士の姿がパーシーの頭をよぎった。


 サーカス団逮捕に、ヤツとランサーがいたら心強いのだが……。


「バカなことを!」


 パーシーは小さくつぶやいてかぶりを振った。


 ヤツも犯罪者のひとりだ。アテにするなど警察官失格だ!


 その間に、モスマン捕獲作戦に動員された警官たちの撤収と、モスマン護送の準備が進められていた。


 近くの倉庫や路地に隠しておいた護送車の1台がモスマン護送のために呼ばれた。


「道路封鎖用に用意しておいて正解だったな」


 自画自賛するルーカン。そこに、


「聖杯は教会に返さないんで?」


 と、ガラードが尋ねた


「重要な証拠だからな。とりあえず署に運ぶ」


 護送車後部の留置室に収容されるクリスが、ルーカンの言葉を聞いてニヤリと笑った。しかしそれに気づいたものはいなかった。


「何故、記者がここにいる?」


 話しかけたのが新聞記者のガラードと知ってルーカンは目を剥いた。


「逮捕の協力にね。──それより、モスマンにインタビューしたいのですが」

「許可できん。明日、本部で記者会見を行う。取材はそれ以降にしてくれたまえ」


 ルーカン本部長は、犬でも追い払うみたいに手を振り、ガラードを遠ざけた。


「悪いが規則だ。聖杯はなるべく早く返すよう取り計らうと神父に言っておいてくれ」


 ガラードの肩をパーシーは軽くたたくと、護送車に乗り込んだ。


「おいおい、そりゃねぇだろ」


 ボヤくガラードを置いて、護送車そして警官たちは引き上げていった。



     ×   ×   ×



 星のない灰色の夜空の下、ガス灯が照らす石畳を警察の車列が進む。


 まん中に4台の護送車、その前後にパトカー(ポリスカー)が4台ずつという構成である。

 4台の護送車でクリスが収容されているのは2番目のもので、他は警官たちのバスとして使用されている。


 粛々と進む警察車両の列。

 それを高所から見ている二つの黒い影があった。


 ノリスとモリス。モスマンことスクエア兄弟の長男と三男である。


「やれやれ、クリス捕まっちまったよ」

「聖杯さえ手に入りゃ、キャメロットから消えてやったのになあ」


 ノリスとモリスはそろってため息をついた。そして、


「「今夜はハデなショウになるぜ!」」


 そろって歯を剥いて、笑った。



しばらく地味な回?が続きましたが、次回から怒涛のアクションパートがはじまります!

乞うご期待!


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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