#3-12.呪われた一族
【前回までは】
大富豪カプスキーの新繊維ネオロンのお披露目パーティに招待されたヴィヴィアンたち。カプスキーが聖杯を奪うモスマン一味の黒幕と確信する──
1
パーティを辞する時になって、パーシーはガラードの姿がないことに気づいた。
「静かだと思ったら、あんなところに……」
壁際にあるバーでシャンパンを飲んでいる。
「フットマンがパーティで飲むなっ」
ガラードのそばに行き、パーシーは小声で怒鳴った。
主人に同行した使用人が酒を呑むなど非常識にもほどがある。いかにガラードでもそのくらいは知っているはずだ。
「いやぁ上流階級サマたちの飲む酒はどんなものかと思ってねぇ」
へべれけのガラードがパーシーにもたれかかる。
「お前、どれだけ飲んだんだ?」
パーシーは、一瞬、放り出して転がしてやろうかと思ったが、場所を考えて踏みとどまった。すると──
「──モスマンがいたぞ」
真剣な声になってガラードが囁いた。酔いは演技だったのだ。
「本当か?」
「左の後ろにピエロの格好したマネキンがあったろ? あれは生身の人間が扮していて、時折動いてはパントマイムよろしくパフォーマンスをするんだが」
パーシーはガラードに肩を貸すふうを装いながら、そっと後ろを見た。
ガラードの言う通り、後ろの台座の上に赤、白、青の鮮やかなピエロがいた。
招待客が見つめる中、突然動いては驚かせ、笑わせている。
ゆったりした衣装で分かり難いが、細身で筋肉質なところはモスマンに似ている。
「確かか?」
「記者の観察眼をナメるな」
「ケツに見覚えがあるとでもいうのか?」
「男のケツなんか覚えるかよ。オレと目が合った時、驚きに眼ぇ見開いたんだよ。その後もオレをチラチラ見てるから、気づいてないフリのために、こうして──」
そこでガラードはシャンパンの中身を一気飲み干すと、
「ダメ、お上品すぎ! やっぱオレの口には合わねぇや」
と、パーシーにもたれかかるフリをした。
たしかにピエロはガラードが声を上げる度にチラチラと視線を向けてくる。
ガラードの言うように、彼はモスマンだ。
メイクで顔は分かり難いが、目を見れば分かる。ピエロの目にあるのは警戒、そして敵意だ。
「しょうのないヤツだ。クビになっても知らんぞ」
パーシーはいつもと違う声を作り、ガラードに肩を貸して出口近くにいるヴィヴィアンとアーサー市長のほうへ向かった。
× × ×
馬車に戻ると、いたのは御者だけでメイドのモリーの姿はなかった。
「あの子には用があるので、先に帰ってもらいましたの」
それがヴィヴィアンの答えであった。
「それにしても、さっきは肝を冷やしたよ。ヴィヴィアン」
馬車が走り出してすぐにアーサー市長が隣に座るヴィヴィアン言った。
「カプスキー氏を揺さぶるためですわ。それに、最後はカプスキー氏もご機嫌でしたでしょう?」
悪戯が成功した子どもみたいな笑みを浮かべるヴィヴィアンに、アーサーは「やれやれ」とため息をついた。
「それで、成果はあったのかね?」
「はい。カプスキー氏は聖杯泥棒たちの黒幕でしょう」
ヴィヴィアンの向かいに座るパーシーが答えた。
「聖杯への病的な関心。そして会場にモスマンらしき男がいました」
「そこまで聖杯を欲しがる動機はなんだ?」
「おそらく、聖杯が持つ奇跡の力だ」
横から尋ねたガラードにパーシーが答える。
「カプスキーはかなり強い香水を使っている」
「ミントとクローブ…おそらく口臭を隠すためでしょう」
パーシーに続いてヴィヴィアンが言う。
「握手する以外は相手と距離を取ることから見て間違いない。それに手の震えも見られた。重い病にかかっていると思われる」
「それを治すために聖杯が持つ奇跡の力──本物の聖杯を欲しがっているというわけか」
ガラードがうなずく。
「最後に渡したあの本は?」
「あれはモスマンたちを誘い出すエサですわ。ねぇ、刑事さん?」
アーサーの問いにヴィヴィアンが微笑むと、パーシーに視線を向けた。パーシーはうなずくと、
「必ずやモスマン一味を捕らえ、聖杯を取り戻します」
と、こちらも笑みを浮かべた。
2
──暗闇。
グリゴリー・カプスキーは暗闇の中でもがいていた。
夜ごとにみる悪夢。
暗闇の中、己の身体が朽ち果て、くずれてゆく恐ろしい夢だ。
目覚めても悪夢は終わらない。
口の中は血なまぐさく、手が勝手に震え出す。目はかすみ、ひどい耳鳴りがする。
己の身体がくずれているのは現実なのだ。いつか夢と同じように光を失い、生きながら朽ち果てゆくのだ。
──呪い。
これはカプスキー家の者にかけられた呪いなのだ。
カプスキー家は代々宮廷お抱えの錬金術師で、初代はイワン雷帝に仕えたという。
表向きは皇帝や貴族たちの健康長寿の霊薬の作成と金や銀の精製が役目である。しかし真の顔は、暗殺用の毒薬、反逆者の口を割らせる幻覚剤作りであった。
ロマノフ王朝数百年の間にカプスキー一族の薬で殺された貴族たちは何十人いただろうか。
拷問された反逆者、皇帝の健康長寿の霊薬作りのために生き血を絞られた平民たちは何百という数に上るだろう。
故にカプスキーの一族は呪われた。
代々の当主の多くは晩年錯乱し、狂い死している。
父のヴィクトルもそうだった。
30年前、父ヴィクトルが皇帝の前で錯乱し、カプスキー一族はロシアを追われた。
流れ着いたアメリカの地で、父ヴィクトルは正気と狂気の間をさ迷いながら世を去った。
その死に顔はおぞましいものだった。
髪はごっそりと抜け落ちて眼は濁り、歯という歯は根本から血を流していた。
父と同じだ。自分にも一族の呪いが発現したのだ。
カプスキーは恐怖した。
代々伝わる錬金術も、近代医学も、カプスキーの身体を蝕む呪いには無力だった。
カプスキーは絶望した。
しかしある日、キャメロットにある聖杯のことを知った。
癒やしの力。奇跡の力を持つ聖杯があれば、自分は救われるのではないか?
いや、この呪われた身を救えるのは聖杯をおいてほかにない!
聖杯を、本物の聖杯を手に入れるのだ!
× × ×
ネオロンのお披露目パーティが終わるや、カプスキーはパロヴォイ・サーカスの座長たちを集めた。
「次の標的が決まったぞ。エンバーステッドの教会だ!」
奥の居間に集められたサーカスの団長たちを前に、カプスキーはヴィヴィアンから贈られた本を掲げて見せた。
「この本によれば、エンバーステッドの教会にある聖杯が本物である確率が高い。ただちに奪ってくるのだ!」
「ただちにって…今夜ですかい?」
団長のマーカスが目を剥いた。
下調べもなく盗みに入るのは無謀すぎる。
「パーティに記者と刑事が来ていたぜ。先日の盗みで出くわした二人だ。こっちには気づいてねぇみたいだったが…マズくないか?」
モスマン三兄弟──と名付けられた軽業のスクエア兄弟の次男クリスが言う。会場でピエロを演じていたのは彼だった。
「そろそろ潮時だぜ」
「ここらでフランス辺りに河岸を変えちゃどうです?」
スクエア兄弟の三男モリス、そして兄ノリスが言う。
「ならん! 聖杯を手に入れるのだ!」
しかしカプスキーはそれを一蹴した。
ただでさえぎょろりとした眼が、狂気に見開かれている。
「まさか今日やるとは警察も思っちゃいまい。むしろチャンスかもな」
何か言おうした団員たちをマーカス団長が制した。
「ただし、キャメロットでのお勤めは今夜で最後です」
「ぬう……」
カプスキーがうめく。
「カプスキーの旦那は大事なお得意様だ。契約金もたんまり貰っている。だがオレは一座を守る義務がある。そのエンバーステッドとかの聖杯を手に入れたらヨーロッパに渡る。──それでいいですね? 旦那」
「ああ、それでいい! 一刻も早く聖杯を手に入れるのだ!」
かろうじてカプスキーにも理性が残っていた。
いや一刻も早く、聖杯を手に入れたいだけかもしれない。マーカスは内心、ため息をついた。
「てなわけだ。今夜はパロヴォイ・サーカスのキャメロットで最後のショウだ! 気合い入れて行くぜ!」
自分を奮い立たせるためにもマーカスは檄を飛ばす。それに応え団員たちは「おうっ!」と声を上げた。
× × ×
──同じ頃。
カプスキー邸の裏庭に美しい影が佇んでいた。
モリーである。
薔薇の騎士の〈眼〉であるメイドは、館の壁に手を触れ、その震動から中の会話を聞き取っていたのだ。
「今夜、モスマン一味がエンバーステッドを襲います」
心の〈声〉を基地アーセナルの霊波通信機に届けると、モリーは音も無く庭の塀を駆け上り、その姿を消した。
カプスキー邸の人間はもちろん、庭の虫でさえ、彼女がいたことに気づかなかった。
聖杯泥棒の黒幕→聖杯を集める→杯が好き→カプスキー
というダジャレなノリで命名したカプスキー。
それがこんな重く、複雑な背景を持ったキャラになろうとは…!
これも「キャラが勝手に動く」というヤツでしょうか^^
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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