#3-11.大富豪カプスキー
【前回までは】
聖杯を奪う怪盗モスマン。アメリカから来た大富豪カプスキーがその黒幕ではないかと考えたヴィヴィアンたちは、カプスキーのパーティに──
1
その広間は、30組の紳士淑女が一度にワルツを踊ることのできるほどの広さがあった。
シャンデリアは点いておらず、薄闇の中に、ぼうっと光る乳白色の細長い円錐が林立している。
ネオロンの天幕だ。
直径は1メートル弱、高さ約3メートル。根本にある小さな電気照明によって薄闇の中、その姿を浮かび上がらせている。
その数は20ほどであろうか。
乳白色の柱のように細長い円錐が林立する様は、さながら太古の神殿のようであった。
手燭を持った係の者に誘導され、ヴィヴィアンら招待客は円錐が林立する中央辺りへと進んだ。
「キャメロットの紳士淑女の皆さま。ようこそ、未来へ」
薄闇の向こうで芝居がかった太い声が上がった。
その直後、シャンデリアに電灯が点り、林立する天幕が天井へと引き上げられた。
おお、と感嘆の声が上がる。
天幕の中から現れたのは、様々な衣装を着せたマネキン人形だった。
流行の最先端のドレス、フォーマルなスーツはもちろん、メイドやフットマンの制服、労働者階級の作業着もある。
マネキンたちの素材も様々だ。
労働者階級の服を着ているのは籐を編んだもの。ドレスを着たマネキンは陶器と金属でできている。
しゅっ、と蒸気音が上がり、ドレスを着たマネキンがポーズを変えた。簡易なオートマタなのだ。
招待客たちは服と趣向に目を見張り、感嘆の声を上げた。
「おじさま、面白いものがありますわ」
色とりどりのドレスには目もくれず、ヴィヴィアンはアーサーの腕を引いて列の端のほうへと向かった。
「ほほう、軍服まであるとはな」
「陸軍と海軍、それに近衛兵のものまで」
興味深く軍服を見つめるアーサーとヴィヴィアン。そこに、
「お気に召しましたかな」
と、太い声がかかった。その声は、開幕を告げた声と同じだった。
振り返ると、異相の紳士がいた。
長身で痩躯。灰色の髪、顎ひげと一体になった口ひげ、灰色の瞳はぎょろりと大きい。
「お初にお目にかかる。私がカプスキーです」
「市長のアーサーです。こちらはベンウィック伯爵令嬢ヴィヴィアンです」
「高名なる市長にお越し頂き、光栄です」
アーサーが歩み寄り、カプスキーと握手する。
この香りはミントとクローブ?
ヴィヴィアンは、カプスキーから強い香りが漂うのに気づいた。
握手が終わると、カプスキーはさりげなく後退してアーサーと距離を取り、ヴィヴィアンに眼を向けた。
「これはお美しい。しかしネオロンのドレスならば貴女の美しさをさらに引き立てることでしょう」
「あら、ありがとうございます。ですが──」
ヴィヴィアンは唇をつり上げる蠱惑的な笑みを浮かべた。
この娘、何かやらかす気だ?
ヴィヴィアンが浮かべた笑みにアーサーは気づいた。
しかしもう遅い。
2
「ネオロンの真価は、その強度にこそあるのではありませんか?」
ヴィヴィアンの言葉に、カプスキーのぎょろりとした目がさらに見開かれた。
若い娘からこのような言葉が出て来たのに驚いたのだ。
「お若いのに炯眼ですな。ネオロンは手触りは絹を越え、強度においてははるかに上回る。その上、原料は石油。新大陸で無尽蔵に産出する石油から作られるネオロンは、コストにおいても絹など問題になりません」
「素晴らしいですわ。コストでも優秀なのですね」
微笑むヴィヴィアン。しかしその笑みは挑発の成分をふくんでいた。
「ではドレスには向きませんわね」
「なんですと?」
こいう場所では社交辞令で誉めるものだ。
アーサー市長は内心、冷や汗をかいていた、
「舞踏会で淑女たちがまとう高級ドレスは、高価であることに価値があるのです。ネオロンが普及するほどに絹のドレスの価値はむしろ高まることでしょう」
カプスキーは黙り込んだ。表情は変化していないが愉快と思ってはいないはずだ。
「しかし──」
「ですが」
カプスキーの反論をヴィヴィアンが遮った。
それもマナー違反だ! アーサーは内心で叫んだ。
「ネオロンの素晴らしい強度には無限の用途がありますわ。ネオロンは絹だけでなく麻、木綿、リネン、あらゆる繊維に取って代わるのではないでしようか。──ねぇ、刑事さん」
いきなりヴィヴィアンが自分に、それも「刑事さん」と正体を明かして声を掛けたことにパーシーは面食らった。
「刑事?」
カプスキーが不審な目をパーシーに向けた。
どういうつもりだ?
パーシーがヴィヴィアンを見ると、彼女は何かを期待するような悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
なるほど、カプスキーを揺さぶるためか。
パーシーはヴィヴィアンの意図に気づいた。
ヴィヴィアンに操られているようで気に入らないがチャンスだ。
パーシーは乗っかることにした。
「刑事のローマンです。アーサー市長警護のためこのような姿をしております。周囲には内密に」
「うむ」
うなずくカプスキーにパーシーは、にこやかに笑い、手を差し出した。
カプスキーは握手をすると、すぐまた距離を取った。
「私もネオロンの価値はその強度にあると考えます。例えば船の帆、ロープ、漁網。気球に飛行船。それに防弾ベスト」
鋭い眼でパーシーはカプスキーを見据えた。
ピクリ、と一瞬だがカプスキーは緊張した。しかしそれだけだ。
「ミスターローマンは防弾ベストに関心がおありですかな?」
「近頃はキャメロットも物騒ですからね」
「そういえば、聖杯を奪う盗賊が出没していますわね」
ヴィヴィアンが加わった。その直後、カプスキーの右手が震えていることにパーシーは気づいた。
「聖杯の盗難ですか。新聞で見かけたかな」
カプスキーの口調に動揺はない。
しかし彼はさりげないふうを装い、左手で右の手首を握り、その震えを隠そうとしているようにパーシーには見えた。
動揺…とは違う。興奮…いや発作か?
「ときに、カプスキーさんは聖杯にご興味ありまして?」
ヴィヴィアンが小さな本を取り出して見せた。
「聖杯教会番付。聖杯の本物度…というのですか?」
「それをランキング形式にしたガイドブックです。まだ発売されていないものですが、見本をいだきましたの」
ヴィヴィアンが手にした本をカプスキーは食い入るように見つめている。
「よろしければどうぞ」
「よろしいので?」
「お招きいただいたお礼ですわ」
ヴィヴィアンが微笑む。
「感謝する。美しいレディ」
ヴィヴィアンが差し出した本を受け取ったカプスキー。その眼は狂的な熱を帯びていた。
間違いない。パーシーは確信した。
モスマン──聖杯を盗む賊一味の黒幕はこの男だ。
劇場版『マクロス 愛・おぼえていますか』のデートシーンで動くマネキンがいたの覚えていますか?
21世紀のブティックは動くマネキンが並ぶものだと思っていましたが、現実は簡素なものになってますね。
ちと残念。
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