#3-10.いざ、パーティへ
【前回までは】
聖杯を奪う怪盗モスマン。その黒幕はアメリカの大富豪カプスキーか? 真偽を確かめるべく、一同はカプスキーのパーティへ──
1
──週末。
「綺麗だよヴィヴィアン。しかし……」
ベンウィック邸にヴィヴィアンを迎えに来たアーサー市長は、彼女のドレスを見て、微かに眉をひそめた。
「……少々過激ではないかね?」
今宵のヴィヴィアンのドレスは、つややかなブラックシルクに鮮やかな深紅のコントラストという鮮やかなものだった。背中が大きく開いており、スカートもふくらはぎが見えるほど短い。
「今時レディはこのくらい普通ですわよ」
「そうなのかね?」
アーサーはヴィヴィアンの後ろにいるパーシーとガラードに尋ねた。
「若い女性に人気ですよ。特に、自分の美しさに自信がある方に」
ガラードが答えた。
彼は黒のスーツ、膝までのズボンとソックス、白い手袋という典型的なフットマンの姿をしていた。
フットマンとは、給仕、来客の案内、メッセンジャーなどを務める男性使用人で、かつては主の護衛も担っていた。
近年、男性の使用人を雇うと高額の税金が掛けられるようになり、フットマンは大きく数を減らしている。
その一方、家の格や富を誇示するためにフットマンを雇う家もある。
そんなわけだから、フットマンは背が高く、端正な顔立ちの若者が選ばれていた。
「今宵のホストはアメリカ人。流行の最先端のドレスで臨むのは良い選択かと思います」
ガラードに続いてパーシーが言う。
ヴィヴィアンを見た瞬間、パーシーは、息が止まるほど見とれたのだが、それを冷静な仮面で隠していた。
「刑事さんもガラードさんも、とてもよくお似合いですわ」
パーシーは黒のタキシードにシルクのシャツとタイという青年紳士然とした出で立ちだった。
ガラードが高級な服を着慣れずぎこちないのに対し、パーシーは生まれながらの紳士のように着こなしている。
市長にしてアヴァロン公爵であるアーサーの随員にふさわしい姿である。
アーサーが乗ってきた馬車はランドーと呼ばれる大型にして高級なタイプであった。
まずはアーサーが乗り込み、その横にヴィヴィアンが、向かいにガラードとパーシーが座る。車内は4人でも余裕があった。
四頭の馬が車を牽き、御者台は他の馬車より高い位置にある。その御者の隣にメイドのモリーが座っていた。
「カプスキー氏は母国アメリカの政界や財界に太いパイプを持っている。失礼のないよう気をつけてくれたまえ」
馬車が動き出した後、アーサーが言った。
「だ、そうですわ。お二人とも。お行儀良くしてくださいね」
向かいに座るパーシーとガラードにヴィヴィアンが笑って言う。
「君もだヴィヴィアン」
アーサーが横目でヴィヴィアンをにらみ、言った。
「あら私も?」
心外、という顔でヴィヴィアンが言う。
「くれぐれも社交界にデビューした時のような騒ぎは起こさないでくれ」
社交界デビューの舞踏会でヴィヴィアンはある騒ぎを起こした。そのため彼女は2年間、公式な舞踏会に出ることを禁じられた。
以来、ヴィヴィアンには『出禁令嬢』の二つ名がつけられることとなった。
「そんな昔のことを。私も大人になりましたわ」
ヴィヴィアンは口を尖らせた。
「近頃は大人のレディらしく品行方正にしてますわ。──ねぇ、刑事さん、ガラードさん?」
品行方正な大人のレディは、それが悪党だとしても、路上で貴族を殴り倒したりはしないものだが──思わず出かかった言葉を、パーシーとガラードは呑み込むと、
「その通りです」
「痛快なくらい品行方正です」
と、答えた。
2
──ウエストエンド。
貴族や中流階級の資産家の邸宅が並ぶ街である。
その一角に、ライトアップされ、鮮やかな色とりどりの幕で飾られた邸宅があった。
「なかなか見事だな」
馬車を降りたアーサーがつぶやいた。
「照明は電灯…アメリカらしいですわね」
アーサーにエスコートされるヴィヴィアンが言う。
電灯の灯りはゆらめくことがないため一目でそれと分かる。
石炭が経済を回すキャメロットにおいて、夜を照らすのはもっぱらガス灯だ。新大陸からもたらされた電灯はほとんど普及していない。
「あれが電灯の光か。……ランサーのヘッドライトに似ているな」
二人の後ろに続くパーシーの言葉に、ヴィヴィアンは「正解ですわ」と内心でつぶやき、微かに笑みを浮かべた。
受付係はアーサーとヴィヴィアンの顔を見ると、
「ようこそおいで下さいました。市長。レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
と、招待状を確認することなく二人を通した。キャメロットの社交界で、この二人の顔を知らぬものはいないのだ。
「この二人は私の連れだ」
アーサーがそう告げただけで、パーシーとガラードも名前を聞かれることもなく通された。
「もう少し肩の力を抜け。ニセモノのフットマンだとバレるぞ」
ぎこちないガラードに、パーシーが囁いた。
「着慣れない服だからしょうがねぇだろう。それに、誰もオレなんか見てねぇよ」
ガラードの言う通りだった。招待客も係の使用人たちも、その視線はアーサー市長にエスコートされるヴィヴィアンに集中していた。
「ヴィヴィアン・ベンウィック嬢だ」
「まだ19歳というのに、レディの貫禄十分だな」
男性はたちはその艶やかさに目を見開き、
「なんとはしたないドレスだこと」
「出禁令嬢と呼ばれるわけですわね」
女性たちの大半は、過激なドレスに眉をひそめている。
パーシーは少し複雑な気分になった。
艶やかなヴィヴィアンに見とれる男たちの姿に、
「やはり彼女は美しいのだ」
と嬉しく思う反面、
「そんな眼でジロジロ見るな」
という思いも抱く。
そんなパーシーの想いをよそに、ヴィヴィアンはアーサーにエスコートされながら颯爽と歩いて行く。
4人は玄関ホールを抜け、会場の大広間に続く廊下へと進む。
玄関ホール、そして廊下もネオロンのカーテンに飾られていた。
「見た目は絹そのものだな」
「手触りも絹と遜色ありませんわ」
投資家と思われる夫婦の言葉が聞こえた。他にも、
「アメリカ人にしてはセンスが良いではないか」
「元々この館は、由緒ある貴族のものでしたからね。工業化と近代化で、かつてのように領地の収入だけでやっていけなくなって手放したとか」
「持参金目当てでアメリカの資産家の娘を嫁に貰う家もあるらしいですな」
などという貴族たちの囁きも聞こえた。
「……貴族の質も落ちたものだ」
アーサーが嘆かわしい、と小さくつぶやいた。
一方、パーシーとガラードにとっては情報の宝庫だった。
「カプスキーという名はロシア人のようだが?」
「ご存じない? 元はロマノフ家に仕えた錬金術師の家系だとか」
「なんでも父親が皇帝の不興を買って一家でアメリカに亡命したそうで。色々といかがわしい事業で成り上がったとも言われていますな」
耳をそばだてているだけで次から次へと聞こえてくる。
真偽不明のものも多いが、カプスキーがこの国でどう思われているか、それがわかるだけでも大きな収穫だ。
廊下を進み、4人は招待客たちと共にパーティ会場に入った。
「これは…!」
その光景に、招待客全員が息を呑んだ。
パーティは貴族たちの戦場。
なのでガラードは浮いてます。
一方パーシーは任務でVIPの護衛することも多いので、慣れています。
ちなみに私は、スーツなんて冠婚葬祭以外はほぼ着ないので、満足にネクタイも締められません^_^;
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