#3-9.鋼鉄よりも強く、絹よりもしなやか
【前回までは】
怪盗モスマンの手がりを得るべく、刑事パーシーは古物商へ。そこに現れたのは奇っ怪な仮面を着けた殺し屋、そして装甲に覆われた謎の獣だった──
1
──翌日。
パーシーがロッホ・ネスを訪ねると、すでにガラードが来ていた。
「ここに集まるのが当たり前になっているな」
店員に案内されながらパーシーはつぶやいた。
案内されたのは先日と同じ個室だった。前と同じくヴィヴィアンの向かいにガラードと並んでパーシーは席に着いた。
「聖杯を集めているのはアメリカ人の富豪らしい」
モリーがお茶とビスケットをテーブルに並べ終わるのを待ってパーシーは言った。
「その富豪の名前は?」
ヴィヴィアンの問いにパーシーは首を振った。
「そこまで話したところで、その故買屋は、オレの目の前で殺された」
「なんだと?」
ガラードが声を上げた。
「あとで分かったんだが、フロッグマンが逮捕された後、市内の故買屋が4人、不審な死を遂げていた」
あのあと警察本部に戻ったパーシーはそれを知った。先に殺された故買屋たちは心臓発作などとして片付けられていた。吹き矢に気づかなかったのだ。
「殺したのは奇怪な仮面を着けた男。毒の吹き矢とこんな武器を使った」
パーシーはテーブルにチャクラムを置いた。
「チャクラムですわね。インド亜大陸の古代の武器」
「よくご存じで」
チャクラムを手に取ったガラードが、感心してヴィヴィアンを見た。
「仮面の男の正体は? 捕らえたんだよな?」
「逃げられた」
勢い込んで聞いたガラードに、パーシーは無念そうに答えた。
「ヤツを捕らえようとした時、巨大な獣に襲われたんだ」
「獣ぉ? 街中でか?」
ガラードが素っ頓狂な声を上げる。
相手がパーシーでなければ信じられない話だ。
「体長は少なくとも3メートル。全身を灰色の甲殻に覆われていた。その甲殻は大口径の拳銃弾も通らなかった」
「獣っていうか化け物じゃねぇか」
「まるで『ジェヴォーダンの獣』ですわね」
驚くガラードにヴィヴィアンが言う。
「なんすかそれ?」
「18世紀半ば、フランスのジェヴォーダンという地域に現れた謎の獣です。神出鬼没にして銃弾も効かない不死身の身体。女子どもばかりを襲い、その被害者は100人を越えるとも言われています。その正体は、王室打倒を目論む秘密結社が操っていた猛獣だったとか」
「オレを襲った〈獣〉はその同類か」
パーシーは甲殻にはじき返された弾丸をテーブルに置いて、続けた。
「おそらくトラかライオンにでも鎧を着せているのだろう。はじき返された弾丸がほとんど変形してないところをみると、鉄などの硬い鎧ではなさそうだが」
「防弾ベストのようなものでしょうか」
ヴィヴィアンの言葉に、パーシーとガラードが眼を向けた。
「今年の春、アメリカで開発された銃弾を防ぐベストです。シルクを層状に重ねた構造で銃弾を受け止め、着用者を守るのだそうです」
「シルクなんかで銃弾が防げるんですか?」
ガラードが聞く。
「重量辺りの強度は、シルクは鉄より強いそうです」
「マジで?」
「もっとも、防ぐことができるのは拳銃弾まで。ライフル弾は貫通するとのことですが」
「あの〈獣〉の鎧はそれか。表面は固く見えたが、樹脂か何でコーティングして強度を上げているのだろう。厄介だな」
ヴィヴィアンの解説にパーシーがうなずき、つぶやいた。
ただでさえタフな大型肉食獣。それに防弾着を着せられては、キャメロット警察が保有するライフルでは太刀打ちできないかもしれない。
2
「オレからも面白いネタがある」
ガラードが言ってテーブルに広げたのは、サーカスのチラシだった。
「パロヴォイ・サーカス?」
パーシーがその名を読み上げた。
チラシにはサーカスの名とともに、金色の煙突や歯車が突き出ているテントが描かれていた。
「サウスウォークで小屋をかけているサーカスだ。このサーカスにはスクエア三兄弟という軽業の兄弟がいる」
「軽業の三兄弟というだけでモスマンというのは安易すぎないか?」
パーシーが疑問を口にした。
ガラードはニヤリと笑うと、
「このサーカスは、蒸気機関のカラクリとアクロバットで評判なんだが、もう一つ、面白い評判があるんだ」
一つ、と指を一本立ててガラードが言う。
「地元警察によると、このサーカスにはスリやかっぱらいの被害が1件もないんだよ」
「まあ」
「この手の催しで、1件もないというのはおかしいな」
ヴィヴィアン、そしてパーシーが驚く。
「地元の地回りがスリたちに警告しているらしい。──命が惜しけりゃ、あのアメリカ人のサーカスで仕事をするな、ってな」
「サーカスは表の顔。裏の顔は犯罪者というわけですか。それも、とても恐ろしい連中だと」
ヴィヴィアンがうなずく。
「アメリカ人のサーカスだと言ったか?」
パーシーの眼が鋭くなった。
「このサーカスはアメリカから来た。そのスポンサーがこいつだ」
ガラードがチラシの横に一部の新聞を置いて言う。
「グリゴリー・カプスキー。アメリカの大富豪だ」
パーシーが身を乗り出して新聞を見た。
経済誌で、見出しには「大富豪カプスキー氏キャメロットに来たる。繊維業に革命か」とあった。
「カプスキー…金融と繊維業で一代にして富を築いたロシア系アメリカ人ですわね」
「ヴィヴィアン嬢はご存じで?」
「これまでにない新しい繊維を開発したと聞いて、サンプルを取り寄せたことがありましたの」
驚くガラードにヴィヴィアンは微笑みを返した。
「その新繊維の名はネオロン。石油から作る繊維です」
約50年前に開発された人造絹レーヨンは、発火しやすいという欠点があった。なにせレーヨンのドレスを着た女性が火だるまになる事件がいくつもあったというのだ。
ネオロンとは、新たなレーヨンという意味であろう。
「鋼鉄よりも強く、絹よりもしなやか──というのがうたい文句です。その言葉通り、現在、これ以上の強度を持つ繊維は存在しません」
「あの羽か!」
パーシーが叫んだ。
「モスマンの羽だ。本部の資料課が調べてくれた。既存の繊維では強度が足りず、モスマンのあの羽を作ることは不可能だと。だが、そのネオロンとやらがそれほどの強度があるなら……」
「つながったな」
ガラードがパーシーとうなずき合う。
3
「問題は、このカプスキーってヤツがどこにいるか分からねぇんだ」
「キャメロットに来ているのだろう。高級ホテルを片端から当たれば…いや、難しいか」
そうしたホテルは口が固い。記者はもちろん、警察が相手でも宿泊客について話すことはない。
「あら、分かりますわよ」
「「ええっ!?」」
ヴィヴィアンの言葉に、パーシーとガラードが同時に叫んだ。
「5日後に開かれるカプスキー氏のパーティに、アーサーのおじさまとともに私も招待されていますの」
アーサーのおじさまとは、キャメロット市長にして公爵であるアーサー・アヴァロンのことである。
ベンウィック伯爵の友人で、伯爵亡き後、ヴィヴィアンの後ろ盾となり、彼女の成長を見守ってきた。言わばヴィヴィアンの父親代わりである。
「カプスキーのパーティ?」
「キャメロット政財界の方々を招いての、ネオロンのお披露目です」
と、ニヤリとヴィヴィアンは笑った。
横目でその笑みを見たモリーは、内心、ため息をついた。
ヴィヴィアンはパーシーに「お願い」されたいのだ。
そういう子どもみたいな態度を取るから、パーシー刑事とうまく行かないのですよ……。
「頼む! レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック! オレをそのパーティに同席できるようアーサー市長に取り計らってくれないか」
迷いも躊躇いもなくパーシーは頭を下げた。
あまりに真摯なパーシーの眼であり言葉だった。
ドキドキドキドキ……いきなり、ヴィヴィアンの心臓の鼓動が高鳴った。
「け、刑事さんの頼みとあらば断れませんわね」
横を向きながら言うヴィヴィアン。その頬が染まっていることに気づいていないのは本人とパーシーだけだった。
「オレもオレも! 下男とか御者とかでいいから連れて行ってください」
ガラードが手を挙げて叫ぶ。
「オレは捜査に行くんだ。取材などされたら邪魔だ」
「自分だけズルいぞ! もし例の獣に襲われたらどうするんだ?」
「お前が戦うというのか?」
「お前を囮にして逃げる!」
「一人で逃げるな! レディ・ヴィヴィアンを守って逃げろ!」
子どもみたいなやりとりである。
しかし、そのおかげでヴィヴィアンは平静を取り戻した。
「分かりました。ガラードさんもご一緒して構いません。ただし!」
ガラードとパーシーがピタリと止まった。
「二人ともお行儀良くして下さいね? アーサー市長と同行するのですからね」
「うむ」
「お、おう」
と、パーシーとガラードはうなずいた。
鋼鉄よりも強く、絹よりもしなやか
このフレーズの元ネタは映画『キングコング対ゴジラ』です^^
アマプラで久しぶりに視ました。
やはり怪獣映画はよいですな!
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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